【緋彩の瞳】 呼べない名前

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

呼べない名前

原作 
初めてこの世界で5人が揃った。いや、会おうと思えばすぐに合流することだってできたけれど、それじゃぁセーラーVとして活躍していた意味がない。
「何だって、偽者なんかをね~」
軽い自己紹介と今後、プリンセス探しから本腰入れての戦いへと移る団結っぽいことをやっただけで、せっかく出会えた仲間たちとも1時間も満たないうちに解散。
「まぁ、いい経験になるよ。あの、ちょっとドジなプリンセスをお守りするにはちょうどいいじゃないか」
美奈子のお目付け役は、相変わらずのんきにそんなことを言っているけれど。
「それにしても~、マーズったら。相変わらず綺麗じゃない。しかも若い」
まだみんな前世を思い出していなくて、だから自分のことをプリンセスだと思い込んでいるマーズを見てせめてあなただけでも気がついて欲しいと、喉の近くまで作られていた言葉を飲み込むのに必死だった。同じ14歳、幾分あのころより若々しいマーズの姿を単純に見ているのも嫌ではない。記憶が戻った後にどんな言葉を言ってくるのか、どんな態度を取るのかも興味はある。
「なんだ、これ」
「んー?」
机の影からアルテミスが呟いた。いまだひとりちょっとだけ悲劇のヒロインをしている美奈子は適当に言葉を返す。勝手にどうぞ自分で解決してくれ、という感じ。
「宝石…ネックレスか」
「誰かが落としたんでしょ。保管してあげたら?」
見向きもしない。前世の記憶を引っ張り出してきてマーズと愛し合う自分に少々酔いしれているからだ。
「美奈子、よだれ」
ぴょん、と美奈子が顎を乗せている机に飛び乗ったアルテミスはくわえていたネックレスをそっと置いて、それから見ちゃいられないと注意した。
「…おっと」
「おっと、じゃないよ。スケベオヤジ」
「誰もスケベなことなんて想像してないわよ」
手の甲についているよだれは何だ。突っ込もうとしたけれど余計悲しくなってくる。
「あ、これ」
何も想像していなかったアピールを続けるつもりなのか、美奈子は話題を変えるようにネックレスを手にした。
「綺麗なルビー。どこかで…」
誰のだろう。自分以外だから4人のうちの誰かのものだ。でも、ルビーの色が似合う人は一人しかいないのだけど。

「あ」
「…あ」
カチャ、とドアが開いた。帰ったはずの彼女が戻ってきたのだ。人がいるとは思っていなかったのか少しびっくりして構えている。
「あ、驚かせてごめんね」
「いえ。こっちこそ」
少しだけ彼女がマーズであるということをじっくりと見てしまった。自分に用事があったのだろうかと一瞬だけ思ったけれど。人じゃなくて、この場所に用事があるようだ。
「どうしたの、マーズ」
美奈子は変わらずマーズと呼んで、自分で自分に突っ込みを入れる。あれほど全員の名前を何度も繰り返し覚えて、一番頭の中で連呼し続けた今の彼女の名前を呼びそびれてしまった。
「探し物をしていて」
学生かばんを何もない机に置いてそれからあたりを見渡す。さっきまで座っていた場所だ。机の下にも当然何もない。
「レイ、君が探しているのはネッ…ぶっ!」
発見者であるアルテミスが美奈子の手の中にある存在を伝えようとしたけれど、途中で彼は倒れた。
「え?何かしら?」
床を徹底的に見ていたレイはほとんど聞いていなかったようだ。
「なんでもない。探しものって何?」
美奈子は瀕死のアルテミスなんて存在しないように笑顔を振りまいた。そしてそっと手に持っているネックレスは自分のスカートのポケットに入れる。
「ネックレスなんだけれど」
「一緒に探しましょうか?」

少しでも同じ時間をこの小さい空間で。無意識にそう思っていた。
「え?いえ、いいわ。人を待たせてあるし」
「マー…亜美ちゃんたち?」
美奈子ではなく床を見つめてばかりいるレイ。美奈子はスカートのポケットをそっとなぞった。
「彼女たちは帰ったわ」
「そう」
誰?って聞いてもいいだろうか。今日初めて出会ったことになっている二人だけれど。
「プリンセス、もしルビーのネックレスが落ちていたら教えてくれるかしら?」
「ネックレスね、わかったわ」
「ありがとう」
塵ひとつない綺麗な床、机やイスを見回ったレイは仕方がない、と諦めているのだろう。
「大切なものなのね」
「えぇ。母の形見なの」
確か父親は政治家。母親は病死。簡単な彼女のプロフィールはちゃんと頭の中に入っている。どこに住んでいるのかも、もちろん。
別に美奈子はしんみりなんてしなかった。レイもそういう感じには見えない。
「そう。見つかるといいわね」
「えぇ…チェーンが古かったから」
仕方がない。といった風に彼女はまた学生かばんを手にする。
「それじゃぁ、プリンセス」
「美奈子よ。…愛野美奈子」
せめてヴィーナスと呼んでもらえたら。まるで他人の二人から、少しは距離が縮まるのだけれど。プリンセスなんて一番呼ばれたくない名前だ。
「そうだったわね。それじゃぁ」
彼女は名前を呼ばずにドアの向こう側へ消えた。
「あ、…」
スカートのポケットの中に残されたネックレス。
ただ、手渡すときに触れたいだけだったのに。
結局渡すタイミングを逃してしまった。
「美奈子、馬鹿だな」
「…だってさ」
瀕死だったアルテミスはレイがいなくなるまで動かず耐えていてくれた。ありがたいけれど、どうせなら美奈子のポケットにあるって言ってくれたら渡せたのに。
「思い出すよ、レイだって。約束したんだろう?」


『じゃぁ、この恋の続きは来世で』

『そうね、あなた以外にはありえないわ』


「思い出してくれたら、恋の続きはできるのかしら?」
「また、あの頃みたいに猛アタックすればいいじゃないか。マーズは押しに弱いんだし」
「でも、彼女はマーズじゃなくて火野レイっていうのよね…」
あの頃は恋も友情もいつだって傍にいた四人の輪の中だけだったけれど。二人の間に広がる世界には、いっぱいの人がいて、いっぱいの感情がある。
「…火野レイ。可愛い名前だわ」
彼女を信じる気持ちだけでこれまで戦ってきた。だからあと少しの間なら、がんばれる。
いつか彼女が思い出してくれたときに、このネックレスを返そう。新しいチェーンをつけて。

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Date:2006/08/08
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