【緋彩の瞳】 Believe ②

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

Believe ②

「顔色悪いけれど、どうしたの?」
「……亜美ちゃん。みんなは?」
「みんな、クラスが違うから。ホームルームが長引いているみたい」
「そう」
亜美ちゃんは挨拶を抜いて、レイの体調を気にする声をかけてきた。
うつむいていたのに、よっぽどなのかもしれない。
「体調悪いの?」
「うーん、そんな自覚はないわ」
別に悪いとは思っていない。憂鬱だなって思っているくらい。
みちるさんと付き合うようになったことは、全員に伝えている。
今更、というか。そんなことをみんなに言われた。
出会った瞬間から、レイはみちるさんしか見られなかったし、みちるさんもレイのことを想っていてくれたことは感じていた。
今も、みちるさんから愛情を感じていないわけじゃない。
ただ、付き合うようになってからの方がデートをしなくなった。
いや、デートらしいデートをしたという記憶が付き合う前しかない。
2人でゆっくりと食事をしたのはいつが最後だったのか。
クリスマス時期はずっとコンサートだったし、正月にみんなで集まったことはあったけれど、そのあと2人きりになれたのは、夜遅くになってからだった。次の日の朝、2人で少しゆっくりと過ごしたけれど、みちるさんと朝を迎えたのは、だから1カ月以上も前の話。
夏の終わりに付き合い始めてから、レイの生活パターンはみちるさんからの連絡をただ待ちわびるだけになっていた。
1年以上の友達以上恋人未満の間、2人は時間に縛られることもなく電話をしあい、暇さえ見つければ出来る限り会うようにしていた。戦いが激しくなる中、それでもデートのために時間を割いたし、みちるさんの仕事も今のようなスケジュールではなかった。
手料理をふるまってくれたこともあった。

「みちるさん、最近忙しいの?全然クラウンに来ていないわね」
亜美ちゃんはレイの憂鬱の原因を早々にわかっていて、あえてその話題を振ってきてくれた。
とても優しい人だから。そう言うところは好き。
「昼間に暇が取れるような状況じゃないと思うのよね。仕事が終わるのは日付が変わる頃がほとんどだから」
ちなみに、明日は地方に行くらしい。いつ帰ってくるのかも聞いていない。聞けば教えてくれるのかもしれないのに、聞けずにいた。
週に1~2度はみちるさんと会えている。忙しい中、夜中でも会いたいと思って来てくれていることは嬉しいし、だから、抱きたいと思っていてくれているのであれば、そこに愛があると信じている。
それでも、それ以上に虚しい想いがあるのはどうしてなのだろうか。
本当に抱かれたいかと自問自答してしまう。
セックスするよりも、レイは明るい場所でみちるさんの笑顔を見ていたい。キスをして手を繋いで、寄り添って。そういう普通のことだけで十分だと思う。いや、むしろそういう普通のことをしたい。そしてセックスするのなら、お互いに裸で抱き合いたい。
中途半端に脱がされているレイと、服を脱ぐ気配すらないみちるさん。
鬱憤でも溜まっているのかもしれない、なんてちらりと考えてしまう。愛はそこにあると感じていても、レイが触れることをまるで拒むように、みちるさんは裸で抱き合ってくれない。
シャワーを浴びていないからなんて、そんなことは気にしないと言っても。
明日の仕事のことを考えながら、レイを抱くと言うのなら。
抱いてくれなくていいから、ただ、ぎゅって抱きあって
お互いの吐息が頬にかかるような距離で、たとえ10分でもそうしていたい。
それは我儘なのか。
伝えてもいいことなのか。

レイにはわからない。

「忙しいのね、みちるさん」
「CDが出たばかりだから」
「そうだったわね。結構評判がいいらしいわ。クラシック部門では異例のヒットだとか」
「ふーん。東京でのコンサートのチケット、みちるさんに用意してもらっておくわ」
地方に行くって言っているのだから、東京でもコンサートはあるだろう、たぶん。夏以外は定期的にリサイタルかコンサートをするようにしていると、いつだったか聞いた。CDが出たから、今年は数も多いのかもしれない。
でも、そういうことを話題にするような会話っていうものが、ここ最近成立していない。
「みちるさんと、あまり会えないの?」
「昨日、会ったわよ」
正確に言えば、夜中だけど。
「そう。元気にしていた?」
「えぇ」
ランプひとつでは、みちるさんがどれほど元気だったのかはわからない。
無理だと言っても止めてくれなかったのだから、体力的には元気がないというわけじゃないはずなんだけど。
「喧嘩でもした?」
「……喧嘩か…。するほどの会話がないわね。本当、顔を合わせる程度の時間しかないの」
「だから、レイちゃんは寂しいのね?」
「……寂しい、か」
その言葉の意味と自分の感情がどれくらい重なるだろうか。
テーブルに突っ伏すと、亜美ちゃんは頭をそっと撫でてくれた。
「相談にはのるわ」
「ありがと」
とはいっても、亜美ちゃんに夜中の情事についての寂しさを言ったところでどうなるのだろう。
気持ちだけ受け取って、その想いで紛らわせてもらえたら十分だ。
「おまたせ~~!!」
うさぎの能天気な声に反応して、レイは起きあがった。自然に漏れた笑みは、仲間がいてくれるということが、どれだけ支えになるのかという証明だった。

地方とはどうやら福岡らしい。今朝、新聞にみちるさんが取り上げられているということをクラスメイトが噂をしていたのを聞いた。
早朝にみちるさんから羽田にいて、東京には明後日帰ってくるというメールをもらっていたのに、どこへ行くということは書かれていなかったし、聞きそびれていた。
誰よりもみちるさんのことを知っているというのは、思いあがりでしかないのかも。
でも、それでも好きなのだから仕方がない。
「火野さん」
「………はい」
「あまり集中できていないようだけど」
「すみません」
放課後、弓道部の練習は見事に的を外し続けていた。的に当てられないと言うことがないはずなのに、心を乱しているような矢を放っている。
「少し休憩をしたらいいわ」
「……はい」
ムキになっても仕方がない。レイは3年の先輩に言われて、待っているほかの生徒に場所を譲った。上級生たちが次々に的に矢を当てて行く音も、遠くに感じている。
結局その後もレイはいつもの調子に戻らずに、土や壁に向かって放たれた矢を、一本一本抜く作業が続いていた。

「火野さん」
あぁ、怒られるかもしれない。練習終わり、先輩に呼び止められる声が背後から聞こえてきて、ピンと背筋を伸ばして振りかえった。
この人のこと、少し苦手なのだ。
みちるさんに顔が似ているから。あまり、近づきたくはない。なんとなく。
性格に問題があるとかじゃない。後輩にも人気はあるし、先生からの信頼も厚い先輩。
「お疲れさまでした、緋彩先輩」
「お疲れさまでした。今日はどうしたの?あなたらしくないわね」
「……申し訳ございませんでした」
「いえ、私が何か迷惑を被ったわけじゃないから、謝らなくてもいいわ」
緋彩翼先輩がレイの隣に並んだから、一緒にバスに乗った。レイが仙台坂を登った神社前で降りて、緋彩先輩はその次の次のバス停で降りる。
「他の部員の人にも、迷惑をかけている自覚はあります」
「火野さん、ここ最近はあまり調子がよくないみたいだから。みんな心配しているのでしょう」
腫れものに触れるような態度を取られるのは昔からのことだから、慣れているんだけど。
「また、明後日は気持ちを切り替えます」
「何か悩み事でもあるの?」
「いえ」
「そう?………私では役に立てないかもしれないけれど、必要があれば話は聞くわ」
「お気持ちだけ、ありがたく受け取ります」
亜美ちゃんにも心配されるし、学校の先輩にまで心配されるなんて。
どんな憂鬱な顔をしているのか、怖くてまともに鏡を見ることができない。
だからみちるさんと、夜中にしか会えないことはかえって好都合なのか。
いや、夜中に会うからこんな想いをしなければいけないのだった。
福岡から帰ってきて、次はどこへ行ってしまうのか。
その間に休みはあるのか。会ってくれるのか。
何も分からない。連絡を入れることがなぜこんなに難しいと思ってしまうのかもわからない。
「火野さんは弓道部始まって以来のエースなのだから。周りを引っ張っていってもらわないといけない立場であるということは、忘れないでね」
「……はい」
「期待しているのよ、あなたに」
TA女学院は目をつぶっていても大学に行けるため、3年生の部活の引退はそれぞれ自由なタイミングで出来る。緋彩先輩は後輩のためにと、2月に入っても週に1度は練習に顔を出してくれている。後輩にとても慕われていて、レイが高校に上がる前までは人気は断トツだったとか、ヴァレンタインデーのチョコの数がすごかったとか、そう言うことを聞いたことがある。
「御心配おかけしました」
「いいのよ。もし、何か迷いを断ち切れないのなら、ちゃんとミサに出てお祈りするといいわ」
「……そうですね」
先輩は一家そろって敬虔なクリスチャンだ。だから、毎日行われるミサにも必ず出席し、時々聖書を読んだり、聖歌隊と一緒に歌ったりしている。
そう言えば、大学は声楽科に進むと言っていた。たしか、凄く歌が上手いらしい。
レイは先輩に深く頭を下げて、先にバスを降りた。
微笑んで手を振って、緋彩先輩を乗せたバスが去ってゆく。
笑顔なんて久しぶりに見たわ。
愛する人に似ているせいか、レイはそんなことを考えていた。
みちるさんじゃないから、意味のないことなのに。



2時間目と3時間目の間に行われるミサは自由参加だ。月に1度の体育館で行われるミサとは違い、TAの中でも一番古い講堂で行われるミサは、ほとんどがクリスチャンの子たちで埋め尽くされる。レイは出席率がゼロに近かったけれど、先輩に言われて何となく出てみた。クドクドと神父のお言葉を聞かされたあと、今日は聖歌を歌うらしい。
「翼様の独唱らしいわよ」
どこかの誰かが黄色い声でヒソヒソと会話をしているのが聞こえてきた。
聖歌隊の姿が見えないと思ったら、オルガンの傍に立っているのは緋彩先輩1人だけ。

カトリック聖歌322番

そんなタイトルを言われたところで、レイはよくわからない。

透き通る、さわやかで伸びのある歌声が講堂に響き渡り
無防備すぎるレイの心をギュッと掴みねじり潰した。

ただ立ち尽くすだけ。
耳に残る歌声が怖いくらい身体を駆け巡っている。
歌い終わって着席をするのも、身体の力が抜けたようになっただけだ。
もっと早く、緋彩先輩の歌を真剣に聞くべきだった。
音楽に疎い、みちるさんにだけしか興味がなかった過去を、残念に感じた。


練習のない日だったので、いつものようにクラウンへと向かおうとすると、仙台坂へ向かうバスを待つ列に緋彩先輩を見つけた。
「緋彩先輩」
「あら、ごきげんよう。火野さんはもうお帰り?」
「いえ、ちょっと別のところへ」
「そう。気分転換になるといいわね」
今日は、はるかさんとせつなさんも遊びに来るらしいから、いつもよりもにぎやかになるのは確かだ。みちるさんがいない。ただそれだけ。
「今日のミサ、感動しました」
「あら、出ていたのね。ありがとう」
感動した、なんて誰にでも使える言葉しか出てこない語彙力のなさ。
「時々歌うのよ。また、来てね」
「はい、是非」
掲示板に貼られている、ミサの月間のプログラムをチェックしたら、もうあと数回しか先輩の出番はない。もうすぐ卒業してしまうのだ。


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Date:2014/04/06
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