【緋彩の瞳】 Believe ③

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

Believe ③

「レイ、何かいいことでもあった?」
「は?……なんで?」
「いや、なんとなく。みちるとデートの約束でもあるのか?」
「地方に行ってるのに、デートなんていつするのよ」
みちるさんは明日帰ってくるけど、何時に帰ってきて、そのあと会えるのかどうか、とりあえず不透明。もしかしたらまた、夜遅くに来てくれるかもしれない。
それは単純に嬉しい気持ちはある。コンサートはただでさえ疲れるのに、地方へ行くということはもっと負担も大きい。
だから、会えないと思っている。レイも明日は朝早くから、巫女のアルバイトでおじいちゃんと一緒に地鎮祭に行かなければならない。
夜中にまた抱きに来てくれたとしても、レイは早朝のアルバイトのことを考えると、悩ましいところ。でも、嫌とは言えない。会ってくれるのなら。
「そっか。なんだか、楽しそうだから。会えなくても繋がってるんだな~」
「……別に、いつでもみちるさんのことばかりじゃないのよ、私も」
隠すこともないので、学校で先輩の歌がすごく良くて、そういう経験は初めてだったという話をした。
「へぇ。ミサなんてあるんだね。流石TA」
美奈のコメントなんて、そんなものだということはわかっている。レイは自分から話題が逸れたらいいなと思いながらも、先輩が大学の声楽科に行くくらい上手いことと、弓道部の先輩でもあるということを教えた。
「その人って美人?」
「はるかさん、ナンパしようとしてない?」
「しないよ。TA女学院の人を相手に選ぶなんて、恐ろしくてできないね」
「ならいいけれど。かなり美人よ。下級生にファンも多いみたい。ミサは満員だったわ」
はるかさんがレイの学校の生徒をナンパなんてした日には、腕の一本くらいへし折ることはわかっているだろうから、そこは信じていようと思う。
「へー。美人なんだね」
みちるさんに似ているということは、いらない情報。あの歌声が今も胸の奥で響いている。今はみちるさんと会えない寂しさや苦しさよりも、清々しい想いを持っていたいとさえ感じている。
だから、この想いを抱いている間には会えたらいいのに。




羽田には夜11時に到着した。レイには飛行機に乗る直前にメールをしておいた。マンションに来てほしい、と。付き合い始めてすぐに、レイには合鍵を渡していた。それを使ってレイが入ったことはなかった。主のいない部屋に入っても、レイには意味のないことなのだろうし、こんな時のために渡している。レイの部屋に行ってもよかったけれど、夜中の12時を回って辿りついても、疲れた身体を休めることができない。
自分の部屋に戻り、ゆっくりお風呂に入り、ぐっすり眠りたいのだ。明日は少し時間が取れるし、幸いにも土曜日だからレイは学校が休み。
どれくらい久しぶりにレイとゆっくりできるのだろうか。
疲れた身体を癒すのはレイしかいない。


レイからの返信が来ていなかったので、車の中から電話をかけた。1度目は繋がらず、10コールを待ってから一度切った。5分してからかけなおすと、3コール目でレイの声が聞こえてきた。
「レイ」
『みちるさん、ごめんなさい。返信できなくて』
「どうしたの?」
『明日、おじいちゃんのお仕事を手伝わないといけなくて。朝4時には起きて準備をしないといけないの。だから、マンションに行くならそっちを3時半には……タクシーを呼んで』
悩んでいて、連絡を取ることができなかったみたいだ。時計は11時30分を回っている。もうあと15分ほどでマンションにつく。
「レイのそのお手伝いは、明日何時に終わるの?」
『8時過ぎ』
「場所は?」
『そんなに遠くないわ』
「……そう。その後の予定は?」
『今は何も』
「終わったら、うちに来られそう?」
テンポよく答えていた声が、携帯電話の向こうで静かになった。
「レイ?」
『……うん、わかった。着替えてからなるべく早くに行くわ。みちるさん、明日の予定は?』
「10時半くらいまでは、何もないわ」
『ゆっくり寝てて』
「チャイムを鳴らさずに入ってきていいから。本当は今すぐにでも会いたいけれど、レイの都合もあるものね」
3時半にレイを送り出すということも正直考えた。どちらの方がレイにとって都合がいいのか、レイの負担を考えると会う時間が短くても、朝の方がいい。
『必ず行くから。ごめんね、せっかくなのに』
「いいのよ。暖かくして寝てね」
『おやすみなさい』
レイがプツリと電源を落としたのを確認して、携帯電話をシートに放り投げた。
すぐにでも会いたかった。身体は疲労をため込んでいて、だからレイが必要なのに。
明日の朝、レイはどれくらい早く来てくれるのだろう。どれくらいの時間、抱き合っていられるのだろう。


2月の早朝は真っ暗闇で、痛いほどの寒さだった。何十年も続けているおじいちゃんでも、この時期の早朝地鎮祭は骨身にしみると言うのだから。お互いに風邪だけは引かないようにと、見えないところにカイロを貼って出て行く。ビルの隙間から吹き荒れる風の音が耳に痛く響いて、雪がチラついていた。
レイはそれでもこの仕事は嫌いじゃない。会いたい人がいるからと言って、いい加減なことをしようとも思わない。
うす闇になりかけ、あいにくの曇り空の元でようやく地鎮祭が終わった。挨拶を済ませて時計を見たら7時半。少し早く終わった。
おじいちゃんと一緒に神社に戻り、服を着替えて朝食も取らずに部屋を飛び出した。みちるさんからもらっている合鍵は、ずっと財布の中から出されずに使う時を待ちわびている。バスを待つ煩わしさを我慢しつつ、バスを降りたら地下鉄に乗る。わずか数駅にイライラして、エスカレーターを猛ダッシュで駆け上がる。土曜日の朝は人が多くないとはいえ、それでも縫うように走りながら、大きなマンションの前にようやくたどり着いた。
カードキーで正面玄関を開け、高速エレベーターに乗り込む間に、額の汗を拭う。シャツの中も汗を掻いていた。
13階にたどり着き、そっとカードキーを差し込むと、緑のランプが取っ手で小さく光り、電子音が響く。寝ているかもしれないと気を使い、静かにドアを開けた。
冷たい2月の朝、廊下はひんやりとしている。ショートブーツのジッパーをはずしていると、寝室のドアが開いた。
「レイ」
「寝てた?起こしてごめんなさい」
「いえ、ちょっと前に目が覚めていたの」
みちるさんはガウンを羽織っていたから、物音で目が覚めたのではないようだ。
「どうしたの、息を切らして」
「走ったのよ、ちょっとだけ」
最寄り駅からマンションまでは、ショートブーツで出せるスピード最大だったかもしれない。
「汗をかいちゃって。風邪をひいちゃうわ」
「後でシャワー浴びるから」
ひんやりとしている廊下のせいか、すでに足元は冷え始めている。みちるさんはコートごとレイを抱きしめてくれた。
数日前に会ったばかりなのに、みちるさんに会えたのがすごく久しぶりのように感じる。
夜以外で会ったのは、本当に久しぶりで。
「おはよう、レイ」
「おはよう、みちるさん」
こんな普通の挨拶を交わすことも、新鮮な気がした。いつも、お休みっていうセリフしかなかったから。
「ごめんなさいね、朝早くに呼び出して」
「ううん」
人口の光に照らされていても、夜中ではないからみちるさんの顔がちゃんと見える。そんなことでも嬉しいと思う。
「みちるさん、10時半くらいまで大丈夫なの?」
「えぇ。その時間にマネージャーが迎えに来るわ」
「そう」
何をしよう。一緒にお風呂に入るのもいいし、朝食を取ってもいい。暖かいコーヒーを飲んで、暖房のきいたリビングでソファーに腰を下ろして2人でゆったりするのもいい。
きつく抱きしめている腕の力をレイが先に抜いた。みちるさんもそっと放してくれる。手を取られて寝室に連れて行かれた。ドレッサーの前にある椅子の背に脱いだコートをかけた。
「ごめんなさいね、その時間には出られる準備をしておかないとダメなのよ」
みちるさんは背中を抱きしめてきた。ドレッサーの鏡に映し出されるみちるさんの両腕はレイの汗ばんでいるシャツのボタンをはずしにかかっている。
「じゃぁ、あんまり時間もないならコーヒーでも飲んでゆっくりする?」
「……したくない?」
「だって、汗かいたし。朝のアルバイトの後もシャワー浴びてないもの」
薄手のカーデガンはとっくにボタンをはずされて、シャツのボタンも全開にされている。鏡に映るみちるさんは、鏡越しでさえ視線を向けてはくれない。
「気にしないわよ」
朝早くても、夜遅くても、2人の間でやることはセックスだけしかないのかも。
そうじゃないって思いたいのに。
レイは振りかえってみちるさんの両頬を冷えた手で包んだ。
久しぶりに真正面から向き合うその愛しい人は、誰が見ても疲れた顔だと言えるだろう。
眠った方がいいのに。それでもレイを求めてくれる。
「……抱かせてくれないんでしょ?」
「ごめんなさい。……仕事があるし」
だったら、別に。そんなセリフを飲み込んで唇を重ねた。冷えた唇。みちるさんの身体もひんやりとしている。レイはみちるさんのガウンのひもをほどいた。
「私、みちるさんと一緒にいるだけでもいいのよ?」
「私もよ。でも、あまり時間が取れないし。会っている間はレイに触れていたいの」
欲しいと言われて喜ぶ身体と、満たされない何か。
その間を埋めるものは、レイもみちるさんを欲しいと思っていることが伝えられない苛立ちだけだろうか。
「……ん……」
「レイ」
手を引かれてベッドに腰を下ろす。せめて、みちるさんの素肌に触れていたい。レイは抱き締められながら、みちるさんのシャツの中に手を入れて乳房を愛でた。みちるさんは拒むことなく、服を脱いでくれた。
透き通る白い肌。抱きしめられながら、恋しいと想う気持ちを塗る様に身体を掌で覆う。
乳房も引き締まったウエストも、背中も。
吹きかけられる吐息、しなやかな指が襲う快感は、みちるさんの素肌に触れていられる満足があったからか、それともいつも以上にみちるさんが攻め立てたせいなのか、やめてと懇願する声も聞き入れられず、レイの身体は何度も弓なりに跳ねた。


朦朧としながら、スーツに着替えているのをベッドから見ていた。
起き上がれないわけじゃないけれど、けだるさの方が勝っていた。
「また、どこか地方に行くの?」
「今日は渋谷でお仕事なの。明日は仙台に行くわ」
「いつ帰ってくるの?」
「ホテルに泊まって、月曜日のお昼頃」
髪を一つにまとめて、白い首筋が視界の端にはいる。レイは起きあがって、みちるさんが着ていたガウンを羽織った。
「お休みはいつになるの?」
「月曜日の午後はオフになるかもしれないわ。ただ、ちょっと知り合いと食事に行くかもしれないのよ」
「そう。今日は何時に終わるの?」
「いくつかインタビューを受けた後、お世話になっている人たちと食事に行かないとダメなの。12時には解放されるはずよ」
ここでのんびりみちるさんの帰りを待ってもいい。ゆっくりと眠ってもいい。
だけどまた、みちるさんは朝から地方に出かけるのだ。
主のいないマンションに1人でいても、わびしいだけだ。
「東京のコンサートはいつ?」
「3月に入ってからよ。3、4,5日と3連続なの」
「そう。亜美ちゃん達と一緒に観に行ってもいい?」
みちるさんの誕生日に被ってはいないみたいだけど、6日はどんな予定なのだろうか。
「是非、観に来て」
「うん、みんなの都合を聞いておくから」
「レイが観に来てくれるなら、それを励みに頑張れるわ」
レイはよろめいて立ち上がり、みちるさんに縋りついた。スーツを着たみちるさんは、さっきまでの愛を貪るような姿とはまるで別人。

恋をすることは辛いことだと、初恋に破れた時に胸に刻んだはずなのに。
不安になる理由なんて、ひとつもないって自分に言い聞かせるべきだ。
ただ、みちるさんの仕事が忙しいだけ。
夢が叶って、プロのヴァイオリニストとして有名になって、コンサートに足を運んでくれる人がいる。みちるさんの喜びはレイの喜びなのだから。
忙しくても、レイを想い、愛してくれているのだから。
何一つ、恐れるものなどない。



土曜日の夜にレイと会ってもよかったが、コンサートの前日にレイと会って、何か本番で失態を犯すわけにはいかないので、本番がある日や前日の夜はセックスを避けるようにしていた。
多少なりともナーバスになっているから、心の余裕もない。
今だって何とか隙間を無理やり作っている。
けだるそうなレイに、二度寝をしてゆっくりお風呂に入って、自由にマンションを使っていいと言い残して、迎えの車に乗り込んだ。
きつく抱きついてくるレイの無言の痛みは、ちゃんとみちるに傷を残している。
気が付いていないフリをしていることは、レイにはわからないだろう。
何とか、無理を押しとおして自分の誕生日の次の日の土日は休みをもぎ取った。
レイとゆっくり過ごせる休日が来る。喜んでくれるに違いない。レイが望むものすべてをしてあげられたらいい。


夜遅くまで、気絶するようにレイはみちるさんのマンションで寝ていた。薄暗闇が朝なのか夜なのかわからないくらいまで寝ていたから、本当にこのままみちるさんの帰りを待とうかという気にもなったけれど、結局トボトボと神社に帰った。みちるさんは泊まってもいいなどと一言も云わなかった。次の日の早朝から地方に出てコンサートなのだから、いるだけで迷惑になるかもしれない。
寒さに身体を震わせて、まともに食事を取っていなかったことに気が付き、麻布の駅を出て、帰りがけにスーパーに入った。
「あら、火野さん?」
「……ごきげんよう、緋彩先輩」
「ごきげんよう。今から夕食の準備?」
「えぇ」
腕時計は6時を指している。それほど大きくないスーパーは程よく混雑していた。
「そう。ねぇ、火野さん。明日の朝、少し時間とれるかしら?」
「明日ですか?はい…大丈夫ですけれど」
何の用事も入れていない日曜日は、だいたい神社を掃除したら半日がつぶれ、残りの半日は仲間の誰かと会っているか、部屋で本を読むくらいしかやることがない。
「麻布教会であるミサに、よかったら来ない?歌を歌うのよ」
「是非」
レイは迷いもなく即答した。先輩の歌をまた聴けるのであれば、積極的に予定を空けておく必要がある。この寄る辺のない想いがいつか報われるって想わせてくれる歌を身体にしみこませていたい。
「ありがとう。楽しみにしているわね」




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Date:2014/04/06
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