【緋彩の瞳】 Believe ④

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

Believe ④

日曜日の朝、訪れた麻布教会は半分が外国人だった。今更気にも留めないくらい、この町は外国人が溢れているけれど、TAの教会に慣れているから、少し不思議な光景だった。制服じゃない先輩ののびやかな歌声は、みちるさんのいない朝だというのに、清らかな想いで肺を満たしてくれるような気がした。神父の言葉も今日はすんなりと聞けたし、素直に楽しいと思える時間だった。先輩の歌が耳に残っている。ちらほらとTAの生徒の姿も見えたから、きっとファンの子たちだろう。
どうして今まで、教えてくれなかったのか。なんて思って見ても、毎日のミサを基本的にサボっていたのはレイなのだ。
「火野さん」
ミサが終わり、静かな気持ちで帰ろうとしたら、先輩が声をかけてきてくれた。
「緋彩先輩、ごきげんよう。とてもよかったです」
「ありがとう。来てくれてうれしいわ」
お茶でもと誘いを受けて、よく知っているお店があると一緒に入った。
「火野さん、いい顔をして聴いていたわね」
「そう見えたのなら、先輩の歌がよかったからからです」
「日曜日の朝からでも悪くないって思ってくれたかしら?」
「えぇ。先輩が出るっていう知らせをもらえたら、できる限り行かせてもらいます」
明るい太陽の光が窓から降り注ぐ日曜日の午前中。
みちるさんに似た人と一緒にコーヒーを飲んでいる。胸がチクリと痛いのは、まだ付き合ってから、2人でこういう時間を過ごした記憶がないってわかったから。
みちるさんに似ているから、苦手なはずなのに。
避けていた理由と、先輩自身の性格は全く別のところにあるのは事実だ。
付き合う前に2人でお茶をしたときに、前のめりになってみちるさんの演奏がよかったと感想をつらつらと語っていた、あの時と同じ勢いで、今もしゃべってしまっている。
恋愛感情なんて持ってないけれど、付き合ってからもみちるさんとこんな風に行きつけの店でたわいない話をしたい、なんて考えることが悪いような気もした。
みちるさんとしたいことを、ほかの誰かとしてもいいのか、なんて。
どうしてそんなことを気にしながら、先輩と話をしているのだろう。



学校で毎日行われているミサで、週に1度は先輩の歌を聴けるらしい。手帳にその予定を書き込み、ひそかに楽しみにしていた。部活も別に今まで不真面目だったわけではないが、なんとなく、いつも以上に背筋を伸ばさなければと意識をしてしまう。先輩は週に1度しか練習に顔を出さないのに。弓は先輩が練習に来ている日は何の狂いもなく的を当てた。それ以外の練習日には、初心者のような弓だ。誰も気が付いていないけれど、レイは自分の心情を表しているのが情けなかった。
「調子いいのね」
「たまたま、です」
「そうかしら。先生が水曜日の練習と全然違うっておっしゃっていたわ。調子が良くなったのね」
「……そうなんでしょうか」
1年間の部活動で、先輩がレイに声をかけることはあまりなかった。ほかの初心者につきっきりだったし、レイは避けていたし。気にしてもらえていることが素直に嬉しい。そして素直にうれしいと感じていることが心苦しい。
みちるさんに対して、だと思う。
似ているからなのか、今のみちるさん以上に一緒にいる時間が長いからか。
あれから、みちるさんと会えていない。おじいちゃんがあの時から風邪をこじらせ寝込んでいて、看病と神社の手伝いで時間を作れないし、みちるさんも病人がいるとわかっていて、夜中に会うと言うのは悪いからって、遠慮してくれている。レイもみちるさんのマンションに行っておじいちゃんを1人にさせることが心苦しい。地方から帰ってきていても、またあれから地方に行っている。今日の朝のメールでは名古屋に日帰りと言っていた。憂鬱な想いは確かにあるのに、その気持ちを先輩の歌声が和らげてくれたことは確かだ。みちるさんみたいにプロだったら、CDを買って毎日聞いているだろう。
「先輩、今度の日曜日のミサには出られないのですか?」
「日曜日?参加しているけれど、ソロで歌うことはないわ」
「と言うことは、聖歌隊か何かで」
「えぇ。大人に混じって歌うの。見に来てくださる?」
「あ、はい。必ず」
付き合う前までは、みちるさんのCDが心を落ち着かせてくれていた。その人に触れることが許されるようになってから、聴けなくなった。もっと触れたいと思ってしまい、もっと欲しいと思ってしまい、みちるさんの全てが手に入らないことを思い知らされてしまう気がして、聴いても、なにも満たされたりしないと知った。傍にいないことを感じさせられることのほうが怖いということを、思い知らされたのだ。
「ミサの本来の目的と、火野さんはどうやら違うみたいね」
先輩は少しおかしそうに笑っている。何となく恥ずかしくてうつむくだけだ。
私語がうるさいと先生に注意を受けそうな視線を感じて、先輩は傍を離れる。
放った弓は、ど真ん中を射抜いた。


日曜日のミサは、この前のような先輩だけのものではなかったが、毎週来ていたわけでもないのに、レイはまるで昔から通っているような気持ちになって参加していた。神に助けられたことなど一度もないと思いながらも、神を信じる人の気持ちの清らかさは嫌いではない。
先輩の歌声はソロではないから特別な感情を持つことはなかったけれど、それでも聖歌を日曜日の朝から聴けたということに満足できた。
前と同じようなセリフばかりしか思いつかないくせに、声に出せずにはいられなくて、小走りで先輩に近づいて行った。微笑みながら小さく手を振ってくれる、その笑った顔がみちるさんに重なって、ズキンと左胸に痛みが走った。



日曜日は夕方からCD発売イベントがある。横浜で行われるので現地に午後3時に入ればよかった。土曜日は遅くまで練習やスタッフとのイベントの打ち合わせも兼ねた食事会などがあり、夜遅く帰宅して泥のように眠った。
9時前に目を覚まし、レイにメールを入れた。午前中会いたい、と。
おじいちゃんの体調がどこまでよくなったのか、何も言ってこない。あれから1週間以上は経っているけれど、風邪で寝込んでいるのなら、回復に時間がかかってもいたしかたないし、レイも忙しいだろう。返信が一向にない。30分ほど待って、鳴らしてみた。
携帯電話は電源を切られていた。切らなければならない場所にいるのだろう。
みちるは少し悩んだ上で、服を着替えてマンションを出た。
おじいちゃんが回復していてもしていなくても、今も重病と言うことはないだろう。お見舞いに行けなかったことは気になっていたし、家でじっとしているよりは、空いたわずかな時間を部屋で過ごすのも、何となくもったいない。冷蔵庫の中には何もないから買い物をするか、あるいはレインツリーでコーヒーでも飲んで。その頃にもう一度レイに電話してみればいいし、おじいちゃんにレイがどこにいるのかを教えてもらえるだろう。

会いたい。
会って抱きしめたい。
頬を撫でて、あの冷たい唇に触れたいと思う。
午後の仕事で演奏をするからセックスは無理だけど、きつく抱きしめて温もりを腕に覚えさせていたいと思う。


「おや、お嬢さん。レイのお友達の……みちるちゃん」
火川神社の鳥居をくぐり、裏手に回ろうと境内を進むとレイのおじいちゃんが元気な姿で歩いているのに出くわした。こちらに気づいてくれて、みちるも頭を下げる。
「おじいちゃん、お風邪はもうよろしいの?」
「あぁ、すまない。レイを振り回したせいで、遊びに行かせてやれんかったな。今日からバリバリと働いておる。レイにばかり仕事を押し付けるわけにもいかんし」
「そうですか。よかった。心配だったから」
病み上がりらしいが、いつもの調子は戻っているみたいだ。
「レイは今日はいるのですか?」
「いや、朝からイキイキとした顔で出て行った。なんじゃ、麻布教会のミサに行くって言ってたような…」
「ミサ?」
レイは教会に熱心に通うようなクリスチャンではないはずだ。
「先週も行っておったなぁ、確か」
「そうですか。おじいちゃん、これお台所に置いておくから。レイと一緒に食べて」
「わざわざ、気を使わせて済まんな。後でレイに電話をさせるから」
途中で買った苺と和菓子の紙袋を、勝手よく知るレイの家に上がり、台所に置いた。ついでにレイの部屋を覗いてみる。久しぶりに明るい時間帯に入る部屋の主はいない。ハンガーに掛けられた制服。高校に上がってからの冬仕様の制服姿を、あまり見た記憶がない。シンプルな勉強机の上には聖歌と書かれた音楽の教科書らしきものが置かれている。パラパラとめくってみる。紙が挟まれていた。カトリック聖歌322番。日本語訳と原文。歌詞の説明と背景などが書かれてあった。
レイはいつごろからこういうものに興味を持ったのだろうか。それとも、音楽のテスト勉強でもしているのか。朝からミサに出かけたというのなら、興味を持っていったのかもしれない。何か事情があってのことかもしれないし。
みちるは頭の中で地図を描きながら、麻布教会へと向かうことにした。もし終わっていても、レイがまっすぐに神社に帰ってくるのならすれ違うだろうし、会えなければそのままレインツリーに行けばいい。レイの好きな場所だし、レイと付き合う前に2人でよく待ち合わせをしたお店。

坂を下りながら、レイの携帯電話を鳴らしてみた。
繋がる気配はない。
まだまだ冷たい風が吹く季節。それでも3月になったばかりで、春がこれから足音を立ててやってくる。あと1カ月したら、この坂を下る途中の桜の木々が花を咲かせるだろう。
街に幾つもある教会の中で比較的大きめのカトリック教会の門は解放されていた。
パラパラと人が出て行く様子を見ると、ミサは終わっているようだ。みちるは人の流れに逆らって教会の中に入った。
愛する人がそこにいるという勘が働いた。


「………」



十字架の前で綺麗な女の人と幸せそうに見つめ合っている。
まるで結婚式のような風景に見えて、声をかけられなかった。
ステンドグラスから漏れる七色の光が、日曜日の朝の美しさを際立たせ、レイともう一人の女の人を優しく照らしている。
ヒソヒソと何かを話しているようだが、何も聞こえてこない。
聖歌隊らしき人が次々とみちるの脇を通って、人が少なくなっていく。
声がのどを通らなかった。
レイの楽しそうな笑顔は、ヴァージンロードの端同士にいるはずなのにはっきりと見える。
あんな笑顔をどれくらい見ていないだろう。レイの瞳の奥に見えていた不安や寂しげな表情を気にしてばかりの日々だった。だから、レイの笑顔を見たくて週末の休みを取った。
あと少しすれば、と思っていた。

こんなところで、他人に見せるレイの笑顔を見たくはなかった。

「みちるさん?」

声も掛けずに立ち去ろうとする背中に、レイの声が振って来た。みちるは一瞬身体が怯えたように震えたが、振りかえらずに歩みを進めた。




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Date:2014/04/06
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