【緋彩の瞳】 Believe ⑥

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

Believe ⑥

目の前の舞台に集中することしか、できることがなかった。レイのことを考えるという思考を停止させなければ、多くの人の協力と観客を失望させるわけにはいかない。レイから連絡が来るかもしれないという期待を自分に持たせないように、携帯電話もあれからずっと切ったままでいる。誰のための演奏で、何のために舞台に立っているのか。
ヴァイオリニストは物心ついたころからの夢だった。それが今現実になり、身体中から溢れだす喜びを最大限に表現することが、みちるに与えられた宿命とさえ思っている。
それがすべてだと思った時期も確かにあった。
この3日間が終われば、6日の誕生日は朝からスポンサーでもあるパパに呼び出されていて、昼からも仕事関係者と会わなければならないし、コンサートの打ち上げが夜から開催される。誕生日会も兼ねていると聞かされている以上、嫌だという権限なんてない。
それでも、7,8日と空けた時間はレイだけのためにある。
それをまだレイに伝えていない。レイはまた、日曜日にあの教会に行ってしまうのだろうか。

考えると言うことをやめなければ。
強く言い聞かせた。この日を待ちわびていた人が大勢いる。
その気持ちに応えられないのならば、ヴァイオリニストを名乗ることはできない。


3月4日の夜、レイは携帯電話を抱きながらベッドで眠れずに悩んでいた。放課後、まこちゃんから教わったフランス料理のコースは、初心者でもできるようにしたものだったが、あの味を明日、再現できるかどうか、不安だった。明日のコンサートが終わってから、みちるさんは時間を取ることはできるのだろうか。6日はどんな予定なのだろうか。やっぱり仕事が忙しいのかもしれないし。また、地方に行ってしまうかもしれない。
悩みながらも、レイはリダイアルボタンを押した。携帯電話は留守番電話に繋がる。コンサートは終わっている時間のはず。12時を過ぎているから、身体を休ませているのかもしれない。自宅に掛けるのも気が引けて、レイは携帯電話を手放した。明日、会ってからにすればいい。そう思った。



「火野さん、今日の送別会は15時からですって」
「え?」
「え?って。弓道部の先輩方の送別会があるって、前にお伝えしたはずよ」
クラスメイトで同じ弓道部の子が、休み時間に声をかけてきた。先輩がミサに出る最後の日で、弓道部のほとんどが参加するために、同じ方向へ歩みを進めている途中だった。
「ごめんなさい、忘れていたわ。何か用意するものとかは?」
「特にないわ」
「何時までだったかしら?」
「17時に終わる予定よ」
「……そう。ありがとう、教えてくれて。うっかり帰ってしまうところだったわ」
コンサートは18時からだから何とか間に合うだろう。服を着替えている時間はなさそうだが、着替えるために遅刻するよりはマシ。はるかさんたちに連絡をして、現地で落ち合うことを伝えておけばいい。
「緋彩先輩が卒業してしまうと、ミサの出席率が下がってしまうでしょね」
「そうね」
弓道部が陣取っている最前列にレイも混じらせてもらい、ミサが始まる。
先輩の聖歌は澄みきっていて、春を喜び、旅立ちを祝福している。
この人の歌は、やっぱり純粋に好き。
何も失うものがないから、安心して好きでいられるのだろう。
だから、それだけでいい。
それだけで満たされたと思った以上、先輩とレイの関係はそれだけしかない。
みちるさんと似た顔も、みちるさんと似ている笑みも、みちるさんではないのだ。
周りの子たちがアイドルを見るような瞳で先輩を見つめているけれど、もしかしたら、レイもそれと同じなのかもしれない。この心を清らかにして欲しい。でも、レイが与えられるものなど何もない。だからこれは、恋でも愛でもない。緋彩翼という神様に救いを求めていただけだ。




本番前の楽屋にはよほど出ない限り、誰も入れたくはない。レイは付き合う前は顔を見せてくれていた。あの頃はそれが嬉しかった。付き合うようになってからリサイタルのような小さいものは東京で数回やったけれど、その時は楽屋に顔を見せてくれなかった。みんなと来て、みんなと帰って行き、夜遅くにみちるが会いに行った記憶がある。
「どうぞ」
楽屋がノックされて、ドキっとした。
東京でのコンサートは今日で終わる。2日間は何とか、成功と言ってもいい演奏ができた。
「やぁ。レイじゃなくて残念だった?」
「………はるか」
「久しぶりね、みちる」
「せつな」
本当に2人の顔を見るのは久しぶりだった。クリスマスにみんなで会って以来、声すら聞いていなかった。
「本番前に悪いって思ったんだけどさ。一応、活を入れてやろうと思って」
「なんなのよ。そんなものは必要なくってよ」
「そうか?今、僕らの後ろにレイがいないかって見ただろ」
「………レイ、来てないの?」
まさか、コンサートに来る事さえ嫌になったのかもしれない。余計なひと言がレイを傷つけたことくらいはわかっている。
「いや、来るよ。なんだっけ、学校の部活関係でさ。ちゃんと始まる前には行けるって」
「………そう」
あの人と一緒にいるのだろうか。まさか、誘ってくるなんてことはないだろうか。
「みちる、顔に出ているわよ。安心なさい、レイはあなたのことを愛しているわ。誰よりも、何よりも」
せつなたちは、レイと何かを話したのかもしれない。レイが相談をしたのかもしれない。
聞きたいことはあるけれど、目の前にあることをまずは終えてからにしなければ。この緊張感を崩してしまえば、今日は確実に失敗してしまうだろうから。
「……せつな」
「あなたもレイのことを愛しているのでしょう?誰よりも、何よりも」

誰よりも

何よりも


ただ、愛している。その気持ちだけしかないはずなのに。

「レイのことを愛しているけれど、あの子が私のことを……」
「愛しているわよ」
せつなの声は揺るぎがなかった。
「……そうね」
「あなたが信じなければ、誰がその想いを受け止められるの?」
信じる。それだけしかない。
仕事というものを言い訳にしてきたのはみちるで、レイを振り回しているのもみちるだ。レイを不安にさせているとしたら、みちるだけのせいだ。レイがそのせいで他の誰かになびいたとしても、寂しさを紛らわせるために利用したとしても、それはレイが悪いのではない。
「ありがとう、2人とも。今日はいい演奏ができそうよ」
「期待しているよ。ヴァイオリニスト海王みちるは、僕ら仲間の誇りなんだからさ」
「えぇ」

信じる。
それだけしかない。





部活動の送別会も終わり、レイは逃げるように学校を出た。地下鉄を乗り継いで会場に着いたのは10分前。コートを脱いで受付を通り、座席表と番号をチェックする。S席のど真ん中のものすごくいい場所だ。
「間に合ってよかったわね」
隣の席のせつなさんがレイの髪を撫でて整えてくれた。みちるさんのコンサートは満席で、振りかえって見渡すと、その期待の高さがよく見える。
これが、海王みちるなのだ。10代の女の子がオーケストラと演奏をする。そのことがどれだけ凄いことで、期待されていることなのか、改めて思い知らされる。
「気分はどう?」
「……緊張してる」
「レイが演奏するわけでもないのに?」
「……みちるさんが舞台に立っている間、みちるさんは私だけのものじゃなくなるもの」
「我儘な子なんだから」
せつなさんは笑った。子供っぽい考えなんだろうな、というのはわかる。
ヴァイオリニスト海王みちるという一面も含めて、みちるさんが好きなのだから、うまくこの感情と付き合わないといけない。こんな風に想っているって知ったら軽蔑されるかもしれない。
「我儘だっていうことはわかっているわ」
「みちるがあなたを愛しているから、こうやって舞台に立てるのよ」
「そう?」
誰かと付き合っていなくても、みちるさんはヴァイオリニストとしてちゃんと成功しているだろうに。
「当たり前でしょう。みちるがレイを愛していなければ、みちるの演奏が人々を感動させるようなものになりはしないのよ。みちるはそう言うタイプのプレイヤーなのだから。ヴァイオリニスト海王みちるは、レイ、あなたがいて成り立っているのよ」
もしも、なんていうことを考えても仕方がない。盛大な拍手が会場を包み、鮮やかなネプチューングリーンのドレスを着たみちるさんがゆっくりと舞台の中央に向かってくる。
「……信じるわ」
まっすぐに、みちるさんはレイを見つめてきた。これだけ多くの人の期待を受けてもなお、みちるさんが最初に見つめたのはレイだけだ。
この人を愛しているのはレイだけじゃないかもしれないけれど、この会場の中でレイだけを愛してくれているのは、みちるさんだけだと。
そう、信じられる。


鳴りやまない拍手と歓声。観客総立ちで幕を閉じた。緊張の糸が切れて、ふわふわと身体が浮いた気持ちになったが、みちるの仕事は簡単に解放されることはない。東京のコンサートを無事に乗り切り、関係者へのあいさつ回りを済ませると、日付が変わる前だった。
マネージャーとタクシーに乗り込み、そこで日付が変わる。ずっと切っていた携帯電話を鞄から取り出した。スイッチを入れると、いくつかの着信履歴が出てくる。
12時を回り、みちるの誕生日になった。だけど、また朝早くから出て行かなければならない。隣にマネージャーがいるのでは、レイに電話をかけることも、レイから電話がかかっても受けることもできない。結局、また電源をオフにしておいた。明日の朝、電話をしなければ。


コンサート終了後、みちるさんの控室には行かずにみんなと帰ることになった。会っても、人の出入りが多そう出し、東京公演の最終日だから、きっと2人きりになんてなれないだろう。12時前に電話をかけてみたけれど、繋がらなかった。明日の朝にでもと思ったが、学校に行って卒業式に参加をしなければならない。終わってからは、まこちゃんと一緒に食材を買いに行き、みちるさんの部屋に忍び込んでごはんを作ろうと思っている。だけど、肝心のみちるさんの都合を確認できていない。でも、たとえば明日も夜遅くに帰って来たとしても、何時になったとしても、会えたらいい。30分でも、1時間でもいいから。

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Date:2014/04/06
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