【緋彩の瞳】 Believe ⑦

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

Believe ⑦

卒業式は、ほとんどの先輩はそのまま大学に持ち上がりなので、特に感動とか感慨深いという想いを抱くこともなく、粛々と行われた。全員での聖歌合唱も、先輩の歌がソロで聞こえてくると言うわけでもなく、学院長の挨拶、生徒の送辞、答辞、予定通りに終わる。
思った以上に早く式も終わり、レイはまこちゃんとの待ち合わせまでの空き時間を潰そうと、毎日ミサの行われている講堂に入ることにした。古くて、寒々しくて、めったに寄り付かなかったところだけれど、先輩の歌の響きがレイの情けなくささくれた心を満たしてくれた、ある意味、先輩との想い出の場所だ。唯一卒業してしまうと寂しいと思う人は、緋彩先輩だけだろう。
「あら、火野さん」
「……緋彩先輩」
一瞬、幻想か何かかと思った。
「どうしたの?」
「えっと……歌を聴きに来ました」
ただの暇つぶし、なんて答えられない。誰もいない時間帯なのに、左胸に生花のコサージュを付けた先輩が十字架に祈りを捧げるようにうつむいていた。この場所に別れを告げに来ていたとしたら、邪魔をしてしまったことになる。
「歌を?あら……そんなお約束していたかしら?」
「お願いを、今からするところです。御迷惑ですか?」
伴奏をする人もいない。聴いているのはレイだけしかいない。
「火野さん、本当に気に入ってくれたのね」
「遅すぎっていう表情をしないでください」
部活動で1年間お世話になっていたくせに、最近になるまで緋彩先輩を苦手としていたなんて。その間はずっと、みちるさんだけにのめり込んでいたし、今ももちろんみちるさんが好きだけど、全てではない。みちるさんだけで何もかもを得られるなんてことはないのだ。
それでも、レイはみちるさんがいて成り立っている。
「あら、ごめんなさい。1年間、火野さんが部活動に励んでいても、あまり声をかけてあげなかったのは、私だものね。優秀な後輩だし、必要なさそうだったし。火野さんが私のことをちゃんと認識してくれていたことが嬉しいわ。遅すぎるっていうのは、お互いさまね」
学校生活なんて、なんの面白みもない。部活も全員参加が義務付けられているからやっている。だから、同級生の部員も先輩たちに対しても、深く興味を抱かなかったし、それこそ、特別な感情を持つことはなかった。
「私が愛想悪い人間だから。でも、先輩の歌をもっとたくさん聴くべきだったと後悔しています」
「ありがとう。いい顔しているわね。スランプも抜けたみたいだし」
抜けてはいないけれど、今日を境に抜け出すことはできると思う。
レイは笑って見せて、それから長椅子に腰を下ろした。
「緋彩先輩、讃美歌を歌ってもらえませんか?」
「カトリックの教会で?」
「私だけしかいません。秘密にしておきますから」
「聴きたい曲がある、って言う顔ね」

讃美歌第二編167番

レイはリクエストをした。歌ってあげるなんて言われたわけでもないのに、勝手に聴く態勢を整えている。

「じゃぁ、火野さんだけに」

緋彩翼という人を初めて認識した時から、みちるさんと顔も声も似ていて、避けていた。苦手だった。ミサで歌を歌っているらしいというのは知っていたけれど、人生の今まで一度も聖歌に心を打たれるなんてことはなかったから、興味がわくなんてことはなかった。
緋彩先輩の歌声がレイの心に注がれて、満たされて、清らかにさせてくれるのは、みちるさんを愛しているという想いがそこに存在しているからだ。たぶんみちるさんを好きでいなければ、やっぱりレイは、先輩の歌に救いを求めたりはしない生活を送っていただろう。緋彩先輩に恋心を抱くほどの距離にさえ、近づかなかっただろう。
「感動してくれたの?それとも、私が卒業するのが寂しいって思ってくれたかしら?」
「……両方です」
「そう」
信じるということはかけがえのないことだけど、ひどく困難なことなのだろう。
それでも、それしか術はない。
「ありがとうございました」
「いいえ。私も、ちょっとの間だけいい夢を見させてもらったわ。火野さんのこと、いつも離れて見ていることしかできなかったもの」
先輩の照れたような笑みは、今まで幾度となく見知らぬ人たちから寄せられてきた好意のそれと重なった。でも、嫌な思いを一つも抱かない。先輩の想いは清々しい卒業の日にふさわしいものだと思えた。
「……私、この世界で心から愛していると思える人が1人だけいるんです」
「この前、教会に姿を見せた人でしょう?火野さん、あの後の顔つきが違ったもの」
心の中で名前を呼ぶだけで愛していると思えるのは、海王みちるだけ。
「色々あって、自分が嫌になっていたときに先輩の歌を聴いて、自分に足りないものに気づきました。先輩がいなければ、多分、あの人を愛している自分も、あの人が私のことを愛してくれている気持ちも信じ切れなかったと思います」
「……好きなのね、凄く」
仲間以外にみちるさんのことが好きだと伝えることなんて、必要のないことだと思う。
でも、先輩には言いたかった。神様には言えない代わりなのかもしれない。
「はい。今日、その人の誕生日なんです」
「そう。じゃぁ、早く帰ってあげないと」
レイは頷いて立ち上がった。何かもっと、お礼とか感謝の言葉とか言わないといけないような気もしたけれど、先輩の笑顔はもう、何も言う必要がないんだと言っているように思えた。
「お元気で」
「あなたもね、火野さん」
みちるさんは今、どこで何をしているのだろう。どんなことを想っているだろう。たとえ6日という日付の間に会えなかったとしても、みちるさんを待っていようと思う。
立ち上がり、レイは手を差し伸べた。
温かい右手。みちるさんに似た微笑み。
どうか緋彩翼という人の歌声が、これからも多くの人の心に伝わりますように。
心の中で神様に祈った。



携帯電話にみちるさんからの着信があった。学校にいる間は携帯電話を切っていて、その時間帯に3回ほど。午後13時頃、レイは履歴ボタンからみちるさんに折り返してみた。着信音は鳴っていたけれども、出てくれなかった。
「レイです。電話をもらっていたから掛けました。時間が空いたらまた、連絡ください。今日は学校が終わったので、空けられます」
留守番電話に声を吹き込み、一度家に帰って着替えてまこちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。どうせなら、いい食材を買おうと思って、2人でみちるさんのマンションの近くにある高級品を扱うスーパーに入った。みちるさんからの連絡は入ってこない。レイはみちるさんのマンションの前でまこちゃんと別れて、1人でみちるさんからの連絡を待ちながら、まこちゃんの書いてくれたレシピを睨むことにした。

みちるさんのマンションのキッチンはとても広くて、綺麗で、でもここ最近は使っている様子はない。地方に出ていたりコンサート続きだったりと、家でごはんを食べる暇なんてないのだろう。冷蔵庫の中も、ほとんど何もなかった。下ごしらえだけをして、とりあえず顔を見てから温めたりできるように、準備をしないといけない。フレンチフルコースくらいを作れる腕があればよかったけれど、挫折した。結局、誰でも作れるようなメニューになってしまった。普段からまこちゃんみたいに積極的に料理をしないツケが回ったような気もする。
夜7時になって、あとは火を入れるだけというところに来てから、レイはみちるさんの携帯電話を鳴らしてみた。繋がるけれど、やっぱり出る気配はない。
誕生日の夜なのだから、レイと過ごしたいと思ってくれていないのか。と思いたくなるけれど、そんな日なのだから、仕事の関係者と一緒にいなければいけないこともあるのだろうと思い直す。
とりあえず、空腹に耐えながらみちるさんからの連絡を待つだけだ。
今日帰ってこられないという連絡が入ってしまったら、その時考えたらいい。1人で食べるつもりはない。
「……花でも買ってこようかな」
テーブルクロスは、まこちゃんからみちるさんへのプレゼントということで預かっていたものを敷いた。あんまりおいしいものができるとも思えないから、せめて演出でごまかすくらいをしてもいいかもしれない。レイは一度マンションを出て、花屋を探しまわることにした。

閉店間際らしい花屋に何とか頼み込んで、一番好きなカサブランカをあるだけ買った。お店を捜しまわっていたら、ひと駅くらい離れた場所に来ていた。抱え込んでみちるさんの部屋に戻り、玄関に飾ってあった花瓶を勝手に使ってテーブルの真ん中に置いた。
時計は9時を指している。携帯電話を見てみた。気がつかなかったけれど、着信履歴が残っていた。
「しまった。音に気がつかなかった」
花のことを考えてばかりで、全然携帯電話が鳴ったことなんて気にしていなかった。みちるさんからの着信履歴が残っている。レイは急いでリダイアルを押した。やっぱり繋がらなかった。
「タイミング悪いわね」
せめて、この花が枯れる前に帰ってきてくれたらいいんだけれど。思いながら主のいない部屋のソファーに腰を下ろす。しつこく電話をかけたとしても、出られないものは出られないのだろう。
どこで何をしているのだろうか。
みちるさんの部屋にはカレンダーがない。スケジュールは手帳で管理をしているだろうから、今、どこにいるかなんて、本当にわからないのだ。
「……お腹すいたかも」
味見ついでにちょっとつまんじゃおうかと思ったけれど、火を通さないと食べられないものだ。悩んでいると、携帯電話が鳴った。急いで画面のボタンを押す。
『レイ』
「………おじいちゃん。何よ」
望んだ声とのあまりの違いに、無愛想な声が出る。
『どこにおるんじゃ。ちょっと、留守番を頼みたと言っておっただろうが』
「そうだったかしら?」
『今日はお手伝いさんがおらんから、お前がいてくれないと困る』
「何時までよ?」
この時間から、おじいちゃんはどこで何をするのだろう。
『日付が変わる前には帰る』
不良老人。心の中で呟いたが、たぶん宮司の仕事の絡みなのだろう。これじゃぁ、みちるさんを待つっていう大事な目標が達成できないかもしれない。
「わかったわ。一度戻るから」
だけど、仕方がない。みちるさんは電話に出てくれる気配もないし。一度戻って、また帰ってくるしかなさそうだ。レイの方が早く帰ってこられますようにと願いながら、急いで神社へと戻ることにした。

パパの知り合いだとか、友人だとか、会社の関係者だとか、覚えきれないくらいの人達から、誕生日のお祝いの言葉を受け取りながらも、誰よりも先に欲しい人からはいまだもらえてはいないことしか、気がかりはなかった。席を立つ一瞬にリダイアルボタンを押してみても、レイには繋がらない。着信があることはわかっていても、出られる状態でもない。
レイはみちるが今、どこで何をしているのか、気にしているのかもしれない。ちゃんと誕生日だとわかっていてくれているのだと思いたい。
9時を回って、今から場所を変えてスタッフとの打ち上げがある。解放されるのは一体何時になるのだろうか。とはいえ、みちるのコンサートはみちる1人ではできないものだし、周りの大人の人達がいてくれるから、成功できたのだ。嫌な顔なんて見せるわけにはいかないし、そのつもりもない。明日明後日と休みを取った以上、これは大切な仕事なのだ。
レイは怒っているだろうか。心配してくれているだろうか。
それとも、愛想をつかせてしまっているのだろうか。昨日、舞台からレイだけを見ていた。確かに視線は重なり合い、愛しいと言う気持ちは音にして伝えたつもりだ。
会いたい。早く会いたい。せめて声だけでも。


おじいちゃんは12時を回っても帰ってくる気配がない。本当に不良老人だ。空腹を少し満たすために、みちるさんがくれたという和菓子を1つだけつまんで、辛抱強く帰りを待つしかなかった。携帯電話を充電しながら、みちるさんからの電話が鳴らないか、おじいちゃんから連絡が入らないか、待ちわびながら。遅い。本当に遅い。
「…………電話もメールもない、か」
この時間になっても、みちるさんはお仕事から解放されない。きっと、レイが作った残念極まりない料理よりも、ずっとずっとおいしいものを食べて、ウエディングケーキみたいなお誕生日ケーキのろうそくの火を吹き消して、そう言うことをしてもらっているに違いない。想像するだけで憂鬱になってくる。やっぱり、何もせずに普通に帰りを待っているだけの方が、よかったのかもしれない。
「おじいちゃん、早く帰って来てよ」
みちるさんの部屋に戻って、あの場違いなセッティングを片づけておいた方がいいかな、なんてウジウジする。とにかく、神社にいる以上は何もできない。
1分置きに携帯電話を覗く。部屋の時計の秒針がカチカチという音に苛立ちを覚える。
それでも、みちるさんからの連絡は来る気配がなかった。



ようやく、誕生日会を兼ねた打ち上げがお開きになった。みちるは作り笑顔を絶やさずに、最後の1人まで丁寧に頭を下げて、スタッフたちを見送った。マネージャーにタクシーでマンションまで送られる。携帯電話にはもう、不在着信はなかった。この時間だ。レイも眠っているだろうし、こちらから電話をしていない以上、しつこく掛けてくるタイプでもない。明日、会えたらいいのに。レイの予定なんて何も聞かされていないけれど、ずっと寄り添っていて欲しいとお願いをしてみるしかない。
たとえ、レイがあの教会で一緒にいた人のことを気に入ってしまっていたとしても、みちるはレイなしでは生きられない。そのことを伝えて、心から消してしまわないで欲しいと伝えなければ。


不良老人が帰って来たのは1時を回ってからだった。レイはコートを羽織り、急いで飛び出した。といっても、電車はもう終わっている。マラソンをするには、あまりいい時間帯ではない。タクシーを捕まえて、海王州へと告げた。みちるさんがどうかまだ、帰っていませんようにと祈りながら、前のめりになってしまう。
みちるさんの誕生日は終わってしまった。一度も声を聴くことなく、付き合ってから初めて迎える誕生日は終わってしまった。今まで生きてきて、他人の誕生日も自分の誕生日も、それほど興味を抱かなかったけれど、みちるさんの誕生日がレイにとってどれほど大事な日だったのか、終わってしまってからわかる。でも、その日に何かができなくても、お祝いしたいと思う気持ちが、例え7日になってもちゃんと伝えることができたら。
今はそれだけでいい。



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Date:2014/04/06
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