【緋彩の瞳】 箱入り娘 ①

緋彩の瞳

火野レイのお題

箱入り娘 ①

美奈子はベッドの上で腕を組んで、正座をしていた。にらみつける相手は財布から取り出された5枚の1,000円札と550円。無駄と分かっていてもポイントカードの類もすべて取り出して財布は買ったときと同じ空っぽになっている。
「美奈ちゃん、遊ぼうっ!」
「……だぁ!!!!!!!!」
勢いよく部屋に入ってきた妹は、スピードを緩めることなくベッドに飛び乗り、見事しびれる足の裏を踏みつけて、背中に抱きついてきた。普段慣れない正座をしていた美奈子は、大声で叫んでお金の上に突っ伏してしまう。
「ん~!美奈ちゃん、何してるの?」
「レイ、どいて!どっどっ、どいてっ!」
「遊ぶんでしょ?」
美奈子が倒れたのをてっきり遊びの合図だと勘違いしている可愛い妹。きゃっきゃと喜んだ声を背中にしても、美奈子は足のしびれが消えたわけではない。幼稚園児の重みをなんとか腕で持ちこらえながら、涙目で訴える。
「遊んであげるから、背中から下りてっ」
必死の声に、レイは仕方がないと言った感じで降りた。
「ぴぃぃっ~~!!!」
ただし、美奈子の足裏に思い切りジャンプして。
ベッドでもがき苦しみながら、美奈子はバタフライを泳ぐようにしばし暴れた。

「美奈ちゃん、ひとりで遊んでいたの?」
「違うわよ」
仕返しにレイの身体中をくすぐってきつく抱きしめてあげた後、全財産だったお金がどこかへ散らばってしまっていることに気がついた。ベッドサイドや枕の下に滑り込んだお金を集めなおして、レイを膝の上に乗せると大切にもう一度数えなおす。
「…何回数えても5,550円」
「お金数えて何か買うの?」
「レイ、週末は何の日か覚えてる?」
「しらなーい」
カレンダーの読み方はすでに知っているはずなのに。今日は何月何日かと聞いたら、それも知らないと答えてきた。幼稚園児はうらやましい。曜日なんて気にしないでものほほんと生きていられるのだから。
「みちるの誕生日でしょ?3月6日」
「そっか。ちーちゃんは何歳になるの?」
「19歳になるのよ。すっかり大人になるわけよ」
「美奈ちゃんは、まだ子供なの?」
「うーん。少女よ、美少女」
16歳になった美奈子と19歳になるみちるには大きな壁がある。高校に通いながらプロのヴァイオリニストとしてデヴューして進学せずに働き、死んだ両親の代わりに美奈子とレイのことを養ってくれている大黒柱だ。日本を代表する大手飲料メーカーとスポンサー契約を結び、CM楽曲の提供やコンサート、テレビ出演も時々して一生懸命働いてくれている。
尊敬してもしつくせない大切な姉なのだ。
「美少女って、きれいなひとのことでしょ?」
「そうよ」
「……ふぅん」
可愛くない一瞥。美奈子はレイの頬をむにゅむにゅと揉んだ。
「ん~ん!ちーちゃんに言いつける!」
レイに過剰に甘いみちるは、いつもレイのことで美奈子を怒る。美奈子がテストの点が低くても怒るし、食器を割っても怒る。同じ姉妹でも性格は似ても似つかないのだ。
「そんなことより、誕生日どうしようか。お姉ちゃんはあんまりお金が無いのよ」
「いつもないんでしょ?」
「あんたがあれ買ってこれ買ってって、私にねだるからでしょう?」
「でも、美奈ちゃんはいつも買い食いしてる」
美奈子は部活とレイの面倒を見ないといけないから、アルバイトが出来ない代わりに、みちるからお小遣いをもらっている。1か月1万5千円。少ないわけでもないけれど、毎日毎日何かしらお金は羽をつけているのかと言うくらいに飛んで行ってしまう。
「みちるが遅いんだもの、お腹空いちゃうのはしょうがないでしょうが」
「言い訳っていうんだよ、そういうの」
妹は口が達者だった。みちるがいつも美奈子を叱ったりするのを聞いているからなのか、利口だし、美奈子がした失敗と同じ道をたどることもない。将来、美奈子は上からも下からも虐げられるのではないかと思うと不安で仕方がないのだ。
「レイ、昨日買ってあげた缶バッチ返しなさいよ」
「嫌。セーラーVバッチあげない」
「ほら、やっぱりレイがおねだりしているんでしょう」
「ん~。でも、まだ今月始まったばっかりだよ」
そうなのだ。美奈子はすでに1万円分を失っている。テストが終わった次の日の午後、友達たちと勢いに乗ってゲーセンとボーリングをハシゴして、買い食いして、カラオケに行って騒いだ結果、貴重なお金が消えていったのだ。
「レイはね、苦しいテスト勉強から解放された時の喜びを知らないのよ」
「いっぱい遊んだんでしょう?」
「缶バッチあげたんだから、みちるに言っちゃだめよ」
だから、レイが欲しいと言っていたものを渡したのだ。レイは缶バッチと正義を天秤に掛けて、小さくうなずいた。所詮、まだ幼稚園児だ。
「ちーちゃんに何買うの?」
「それなのよね、悩みっていうのはさ」
毎年困り果てているのだ。去年は悩んだ末にピアスを買った。みちるは喜んでコンサートのたびにそれをつけていた。あのときはまだ、入ってきたお金をプレゼント用に確保していたからよかった。
だが、今年はうっかりさんだったのだ。
そもそも、テレビに出たりするのだから、身につけるもので安物をあげるわけにもいかない。
だいたい。
みちるからもらったお小遣いで本人にプレゼントをするというのも、どうなのだろうか。
喜んでくれているけれど、美奈子は毎年、これでよかったのだろうかと思い悩んでしまう。
かといって、手料理でもてなしてあげられるほどの才能を神は与えてくれなかった。
愛のこもったプレゼントをあげたいけれど、あまりにも何でもできる姉を持つのも楽ではないのだ。
「レイ、どうしようか?」
「ケーキ食べたい」
「あんたが食べたいんでしょう?」
「ミセス・ジュンコの柔らかエンジェルケーキ」
「予約待ちじゃない」
「今から予約したら、6日に間に合うよ」
レイは、最近関東以外からもわざわざ買いに来るという有名なケーキ屋の一番人気ケーキをねだった。早朝から並んで10個、電話予約で20個。1日30個限定商品だ。予約は当日の3日前の午後12時から17時までの間。ケーキも3,000円位だ。
「みちるはあそこのケーキ食べたいって言ってたの?」
「うん。テレビでやってたとき一緒に見てたけれど、時間が合わないからなかなか行けないって」
「そうかぁ」
ケーキは食べてしまえば何も残らない。楽しいひと時を過ごすだけだ。
何か足りないような気もするけれど。
「ちーちゃん、おいしいもの食べたいっていつも言ってるからだよ」
「そうか~。うん、そうだね」
料理はみちるがやっているし、仕事関係の人間と食事をするのは好きではないといつも言っている。
たっぷりと3人だけの時間を楽しく過ごして、おいしいケーキを食べて。
普段の疲れを思い切り癒してあげられたらいいけれど。
肩でも揉んで……下手くそと言われて頭を叩かれる恐れもある。
同じ10代の女の子の数十倍も周りに気を使い、必死になって仕事をしているみちるが少しでもほっとしてくれることは何だろうか。
「癒しよ、レイ!」
「……いやし?それはどういう意味?」
「………ほっとすることよ」
「それってプレゼント?」
「そ…そうよ」
残念ながら、美奈子はうまく説明できそうになかった。
漢字でどう書くの?なんて聞かれたらいったいどうすればいいのだろう。
「ちーちゃん、喜んでくれるといいね」
「そうね」
「いやしって、どんな漢字?」
「……携帯で調べな」
「言ってみただけ」
可愛くない妹だった。



「ちーちゃん!」
夜、10時を回ってようやく帰ってくると、勢いよくレイが廊下を走ってきた。
「レイ。まだ起きていたの?」
ヴァイオリンと鞄を置いて、お帰りと抱きついてくる妹を中腰で抱きしめる。子供用のシャンプーの香りと、らさらとした髪が頬をくすぐった。
自分よりもはるかに年齢の高い人間に囲まれて仕事をしていたみちるが、ホッとできる愛しいレイの匂いだ。
「お風呂入ったよ」
「そうね。今日もいい子にしていた?」
「うん」
たっぷりのハグをしたら、レイが頬にキスをくれた。
鉛のように重たかった身体から外で背負ったストレスが、その小さな唇のおかげで逃げていった。
「お帰り。お疲れ様でした」
「ただいま」
一緒にお風呂に入っていたのだろう。バスルームから湯気に身を包んで美奈子が出てきた。置いてあるヴァイオリンと鞄を引き受けてくれる。みちるはレイを抱っこして一緒にリビングへ向かった。
「ちーちゃん、お外で食べたの?」
「えぇ。二人はちゃんとご飯を食べた?」
「うん。カレー食べたよ」
朝早く出ていく前に夕食を作り置きしておいたものを、二人でちゃんと食べてくれたようだ。
テイクアウトや出前のものなどは、できる限り食べさせたくはない。
「美奈ちゃん、おかわりいっぱいしてた」
「そう。横に大きくなったらどうしましょう?」
コートを脱ぎながらそんなことを言っていると、自然にコートを受け取ってくれた美奈子が後ろから髪をひっぱってきた。
「ならないも~ん」
「さぁ、どうかしらね?ところで美奈子、テストは返って来たの?」
「さぁ、どうかしらね?」
みちると同じセリフをまねした美奈子がそそくさと逃げてゆく。あの様子では目も当てられないくらいなのだろう。真剣に怒ってやらなければと思いながらも、こんな時間から始めるわけにもいかないし。
「ちゃんと見せなさいよ」
みちるの声かけに、ウォークインクローゼットからやる気のない返事が漏れてきた。
「レイ、お姉ちゃんは今からお風呂に入るから、冷えてしまう前にベッドに入りなさい」
「はーい。ちーちゃん、明日は朝いるの?」
「えぇ。一緒に朝ご飯を食べましょう」
「うんっ」
口紅を引いているために柔らかい頬にキスができないかわりに、きつく抱きしめてベッドルームに送る。今夜も美奈子のベッドにもぐりこむのだろう。嫉妬を覚えるくらい二人は仲がいい。年齢が離れている自分とでは、姉と言うより保護者の立場が強いからだろうか。でも、決して親子ではないのだ。地方に出かけたり、朝早く出て夜遅くに帰ってきたりして寂しい思いをさせるみちるより、一緒に起きて、同じ時間に出かけて、幼稚園まで迎えに来てくれる美奈子の方が安心できるに違いはない。
「どうしたの?お風呂に入ってきなよ」
ソファーに腰をおろしてため息を漏らしていると、美奈子が戻って来て声を掛けてきた。
「そうね。あなたも寝なさい。冷えてしまうわ」
「うん、大丈夫だから。早く入っておいでよ」
抜けているところもあるけれど、美奈子はとても優しくしっかりしている。
差し出された手を取ると、力強く引っ張られた。
「明日はなるべく早く帰るわ」
「あ、はるかさんから電話が入ってたよ。まだ帰ってないって言ったら、明日、電話欲しいって」
「そう」
携帯電話にも着信があったけれど、まだ掛け直していなかった。最近声も聞く暇がなかったから、きっと心配をしてくれているのだろう。美奈子に見送られバスルームに向かう。ベッドルームから二人がじゃれあう声が漏れて、たまには一緒に寝たいものねと少し思った。



3日、予約時間ぴったりの10秒前から電話を掛けまくったけれど、残念ながら繋がることはなかった。レイと一緒に携帯電話、家の電話、両方からかけてもかけても全くつながらない。
「……繋がった!!」
電話を始めて約20分。
『恐れ入りますが、3月6日分の柔らかエンジェルケーキの予約は終了いたしました……』
美奈子とレイは、予約分を見事に取り逃したのであった。計画ではそんなはずはなかったのに。
「どうする、美奈ちゃん…」
「朝早く起きて、お姉ちゃんが並んでくるから。心配しなくて大丈夫」
仕方がない。いったい何時に起きたら間違いなく手に入れられるのかはわからないけれど、9時開店だから、7時…いや……6時に並べばたぶん大丈夫だろう。友達のまこちゃんも昔5時半に起きて並んだことがあると言っていた。いくら3月と言ってもまだまだ寒いから、レイを連れていくこともできない。当日までにみちるにばれないように計画をして、9時半くらいに帰って来て一日を楽しく過ごせるようにしなければ。
「レイも行く」
「あんたはだめよ。二人揃って朝早くからいなくなったら、みちるだってびっくりするでしょう?みちると一緒に寝てなさい」
レイはふてくされていたけれど、朝の5時過ぎに起きると言ったら簡単にあきらめてくれた。
学校を抜けだして一度家に帰ってきたことがばれると、きっと怒られるだろうけれど。
急いでレイを一時託児所に連れて行き、美奈子はすぐに学校に戻った。
みちるの誕生日まであと3日。



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Date:2014/04/08
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