【緋彩の瞳】 箱入り娘 ②

緋彩の瞳

火野レイのお題

箱入り娘 ②

「妹たちが変?」
「えぇ……。何かしらね、最近よそよそしいのよ」
「時間帯が合わないだけじゃないのか?」
久しぶりにはるかと会えた。
彼女とはかれこれ付き合って3年になる。
みちるがどれだけ妹たちを溺愛しているか、よく理解してくれて、みちるの弱さも知っている心優しい人。みちるはレイたちの保護者のような立場だけれど、みちるだって10代で親を亡くして妹たちを守らなければならないことに、何の迷いもないわけでもない。辛いことがあっても妹たちにそれを言えるわけもないし、覚悟の上で仕事をしている。それでも、ときどき妹たちだけでは癒されない寂しさもある。そんなとき、はるかという存在がいてくれるだけが心の救いだった。
「それもそうかもしれないわ。朝顔を合わせても、夜帰って来た時は寝ている時間だったりするから」
「でも、できた妹なんだろ?きっと2人も寂しいのを我慢していると思うけれど?」
「そうね。でも、嫉妬するくらいレイと美奈子は仲がいいのよ」
生活のリズムのことを考えて、美奈子とレイは同じ部屋にしている。一応ベッドも別に与えているけれど、レイは毎日必ず美奈子と一緒に寝ているのだ。時々みちるの仕事が休みの時にレイと一緒に寝ることもあるけれど、割合は9対1よりも少ないのではないかと思う。
「そんなの勘違いさ。それにみちるには僕がいるんだから。ちょっとくらいは分けてくれよ」
5日の夜。10時過ぎに仕事が終わり、みちるはすぐにマンションに帰ることなくはるかに抱かれていた。頑張ってタクシーをつかまえて帰っても二人は寝ているだろうし、美奈子が気を使って起きて迎えてくれるのも申し訳なかった。それにどうしても食事をしたいと頼まれて、興味のない俳優と食事をする羽目になって疲れきっていた。
久しぶりのはるかはいつもと変わらず、深く何も考えずに寄り添うことを許してくれる人だ。
「我儘な人ね」
「だってみちるの誕生日の夜くらい、みちるの心の中も身体も僕のものであってもいいじゃないか」
「……あ……もしかして今日は3月6日?」
時計は12時をとっくに回っていた。今の今まで自分の誕生日のことをすっかり忘れていた。そもそも3月に入ったかどうかさえいまいち記憶がなかった。手帳は毎日見ているはずなのに、分刻みのスケジュールが続いたせいか、曜日の認識はあったのに自分の誕生日に気がつかないなんて。
「そうだよ。忘れていた?2人で誕生日を迎えられるなんて、3回目で初めてのことだよ」
「そう…。言われてみれば」
「君の妹たちの許可が下りないからね」
しっかりしている美奈子はたぶん、みちるの誕生日をちゃんとわかっているだろう。レイもそろそろ5歳になるのだから、誕生日と言うものはちゃんとわかっているし、おめでとうと言ってくれる。
「いいわ。まだ今日は始まったばかりだし、あなたの傍で誕生日を迎えられたことはとても嬉しいことだもの」
「いいの?今度は妹たちが拗ねたりしないか?」
「何気を使っているの?明日、朝には帰るわよ。久しぶりのオフだもの。あの子たちも学校がないから、3人でのんびり過ごすわ」
「いいね。じゃぁ、朝まで離さないよ」
外は雨だった。昨日は穏やかで温かかったのに、急に冷え込み真冬に戻ってしまった。それもまた、寒さを忘れるような優しい季節へと変わるステップなのだろう。
身体中に降ったはるかの愛に濡れながら、ふと、妹たちはちゃんと温かい格好で寝てくれているだろうかと思った。





5時20分にセットしたタイマーが鳴り、美奈子は飛び起きた。爆睡して寝過ごしてしまったらどうしようかと思うあまり、目覚まし時計を睨みつけて起きて走り出す夢を見て、一足先にケーキを買っていた。あとはその夢を実行すればいい。
「……んー…美奈ちゃん」
「レイ。お姉ちゃんはすぐに帰ってくるから。おねんねしていていいから」
「ん~」
さすがにレイもこの時間では眠たさには敵わないと言った様子で、美奈子のぬくもりの代わりに美奈子が使っていた枕を抱きしめてあっという間に2度寝の体制を整えてしまった。肌寒さに小さく震え、美奈子は急いで服を着替えてダウンコートと財布を手に部屋を後にする。
時間は5時30分。
玄関先にみちるの靴がなかった。いつもならどんなに遅くても、必ず家に帰ってくる。5時を回って帰ってくるということは今まで記憶にはないが、4時を過ぎて帰ってきたことは何度かあった。一晩仕事で帰れないときは必ず連絡が入るのに、記憶ではまだ電話はない。もしかすると、二人が眠った後で仕事が長引いてしまい、電話をかけるにも時間帯を気にしたのかもしれない。
いずれにせよ、7時には必ず帰るだろうし連絡も入るだろう。
レイを独りにさせることは躊躇ったけれど、連れていくことはもちろんできない。
レイが目を覚ます時間にはみちるはいるだろうし、レイに美奈子はどこに行ったのかと聞かれたら、ランニングに行ったと言えと伝えている。
外は雨が降っていた。
これではランニングの言い訳にはならない。レイが機転を利かすほどの年齢には達していない。
別に嘘をつけとは言っていないのだから、レイのことだ、みちるに問い詰められたら本当のことを話すだろう。それも仕方のないこと。サプライズにはならないけれど、誕生日のために朝早く起きたことはみちるも気持ちを受け取ってくれるだろうし。
マフラーを巻き手袋をして、美奈子の目指すケーキ屋は徒歩20分ほどの場所。自転車で行くつもりだったが、逆に雨だから並ぶ人も少ないだろうとてくてく歩き始めた。



「目が覚めた?」
「………はるか…」
「疲れてるんじゃないのか?ずいぶんぐっすり眠っていたけれど」
ぼんやりとした意識の中、自分が今どこにいるのか、何をしているのかがすぐにはわからなかった。
「今、もうすぐ9時。一応7時前に声をかけたんだけど、ぐっすり眠って起きなかったから」
そうだ。自分は今はるかのマンションにいて、一晩明かしたのだ。本当に久しぶりにぐっすりと眠っていたらしい。眠っていたことを忘れるくらい、夢すら見ずに。
「はるか……おはよう。今、何時って言ったの?」
「9時前だよ。可愛い妹たちが待っているんじゃないのか?」
9時ならとっくに学校に行っているのにと思いながら、土曜日だということをなんとなく思い出した。
「あぁ……帰らないと。美奈子が心配するわ」
「そうだろうね。おチビちゃんがおなかをすかせているんじゃないのかな?」
「そうね。朝食を作らないと。怒られちゃうわ」
レイと美奈子が頬に空気をためて不貞腐れている顔が見えて、みちるはけだるい身体を起こした。ひんやりとした部屋の温度が目を覚ます手伝いをしてくれる。
「君のマンションまで、送ってあげるよ」
「ありがとう。今度のオフに埋めあわせをさせて」
「じゃ、妹たちと4人で遊ぼうよ。遊園地にでも」
「疲れるだけよ」
それでも、はるかがそんな事を言ってくれるのは嬉しい。
軽くキスを交わしてみちるは服を着た。
誕生日の朝を妹たちと迎えるために。




「……美奈ちゃん…?」
目をこすりながらレイは美奈ちゃんを捜した。美奈ちゃんのベッドには枕とセーラーVの人形しかない。
「美奈ちゃん……?」
そういえば、今日はちーちゃんのお誕生日で、美奈ちゃんは朝からケーキを買いに行った。
「ちーちゃん~」
布団から出ると、すごく寒かった。レイは廊下の冷たさにびっくりしてつま先で走りながらちーちゃんの部屋のドアをノックした。
「ちーちゃん」
広いちーちゃんのお部屋にのベッドにはちーちゃんはいなかった。起きているのかもしれない。
レイはちーちゃんを呼びながらリビングとバスルームと、それでもいないからトイレも覗いてみた。ちーちゃんはいなかった。
「ちーちゃん」
キッチンの冷蔵庫の扉には、ちーちゃんが何時に帰る予定なのかを書いている。レイは時計の読み方を教えてもらったから、それを見て今何時なのかを確かめてみた。ちーちゃんは夜の10時にお仕事が終わると書いている。今は朝の8時を過ぎていて夜の10時からは時計が一周に近いくらい経っている。つまり、本当はちーちゃんは帰っていないといけない。
3月6日のお仕事はお休みになっている。ちーちゃんはどこに行ってしまったのだろうか。
レイはもう一度玄関まで走って、ちーちゃんの靴があるかどうかを見たけれど、ちーちゃんがどんな靴を履いていったのか知らないことを思い出した。
「ちーちゃん!!」
美奈ちゃんはお店が9時に始まるから、まだ帰ってこない。でも美奈ちゃんはちーちゃんがいると言っていた。
「ちーちゃん!」
レイは大声で呼んだけれど、誰も返事をしてくれなかった。
「ママ~~!!」
寒くて小さく震えながら、レイはママを呼んでみた。たくさんあるドアはどこも開かなかった。
「ちーちゃん……」
ポロポロと涙が出てきた。泣いたらちーちゃんが可哀想だから泣いちゃダメなのに、独りぼっちが怖かった。




はるかにマンションの正面玄関まで送り届けてもらい、エレベーターで最上階へ上がる。外の空気が思った以上に冷たくて、小さく身体が震えた。まだ何も口に入れていない。まず二人を抱きしめてお詫びをした後、とびきりおいしいクロワッサンサンドを作ってあげよう。美奈子の好きなエッグサンドに、レイの好きなツナサンド。
頬が緩むのを自覚しながら、部屋へと近づく。
玄関のドアに近づくと、ひどく泣くレイの声が漏れていた。
「レイ?!」
鞄の中をまさぐりながら慌てて鍵を取り出す。レイの泣き声はみちるを呼んでいる。ドアをあけると玄関にしゃがみこんで泣きじゃくるレイがいた。
「レイ!いったいどうしたの?」
「……ちーちゃん!」
仕事道具を置く間もなくレイが抱きついてくる。その冷え切った背中に驚いた。こんなに冷えているなんて、いったいどれくらいの間ここにいたと言うのだろう。
「美奈子は?喧嘩でもしたの?」
レイは何も答えず、泣きじゃくりながら首を横に振る。いつもなら美奈子がやってくるのに全く姿を見せる気配がない。鞄とヴァイオリンを玄関先に置いたままレイをコートの中に入れて抱っこした。
「レイ、美奈子はどこかに出ていったの?」
「…う…ん」
レイを置いて、いったいどこに遊びに行ったというのだ。とりあえず冷えた身体を温めてあげなければならない。風邪をひいてしまう。みちるの姿を見て安心したのか、ひどかった泣き声はすぐに止んでくれた。
「ちーちゃんどこ行ってたの?」
「どこって…お仕事よ」
少し言葉に詰まった。夜に帰る約束をしていたのに帰らなかったのは、みちるが美奈子に甘えていたからというのもある。だからって、美奈子が出て行っていることを認めてもいいわけではない。
「……レイ、お洋服に着替える」
レイは嘘を見抜いているのか、それともわからないのか、みちるの服で涙をごしごしと拭くと両腕の中から下りた。
「暖かくしないと」
「うん…」
「レイ、美奈子はどこへ行ったの?」
「もうすぐ帰ってくるよ」
レイと美奈子の部屋に入ると、美奈子が脱ぎ散らかしたパジャマが床に散らかっていた。みちるは拾い上げてベッドに放り、タンスの中から暖かそうなシャツとセーターを選ぶ。万歳をさせて服を着替えさせていると、玄関で鍵が開く音と傘の雫を落とす音が同時に聞こえてきた。
「美奈ちゃん、帰ってきた」
服を着替えさせてもらったレイが、予想よりも喜んだ声を出して部屋を出ていく。
一人にさせたのは美奈子も同じなのに、美奈子はレイに出ていくことの許可をもらっていたと言うのだろうか。
「美奈ちゃん!」
「レイ、ただいま。あれ?どしたの?うさぎのおメメじゃない」
「大丈夫だよ」
みちるが帰って来た時と打って変わって楽しそう。
なんだか寂しかった。
切なかった。
レイを独りにさせたのはみちる一人のせいなのだと、レイから言われているような気持ちになった。
「美奈ちゃん、買えたの?」
「ばっちりよ」
そんなやり取りを聞いていると、二人が廊下を通ってリビングへ向かっていった。みちるという存在が見えていないようだった。レイを一人にさせた理由を聞かなければならない。どんな事情があっても、みちるがいない間にレイを一人にさせていいはずもない。
「美奈子」
リビングで二人がテーブルに乗せた何かを覗いている背中に声をかけた。
「ん?あれ?おねぇ、どうしてそんな格好しているの?」
「さっき帰ってきたからよ」
「レイ、だから泣いていたの?」
美奈子はすぐにレイの目が赤い理由を知り、そしてよしよしと冷たい頬を撫でた。
「…うん。ちーちゃん、お仕事だったよ」
「仕事?おねぇ、いったい何時に帰って来たの?」
「さっき帰ってきたわ。美奈子、出ていく時に私がいなかったことを知っていたでしょう?どうしてレイを置いて出ていくの?」
「いや、どうしてって……。すぐ帰ってくるって思ったし」
「携帯電話に着信はなかったけれど」
「それはこっちにも入ってなかったけれど。遅くなるなんて聞いてないわよ」
みちるの問いかけに、美奈子はすぐさま反論をしてくる。
いつも美奈子とけんかをするときはこうだ。
自分が悪いと思っていない時の美奈子の口調は強い。
「レイを一人にする前に、どうして電話をしないの?」
「遅くなるという連絡がないのなら、朝には帰ってくると思うでしょう、普通。レイと私が待っているのに電話1本入れられないような仕事だったわけ?」
「私の仕事の内容がどうということじゃなく、レイを一人にしたことを私は言っているのよ」
「私はレイにどこへ行くのか、何しに行くのか、何時に帰ってくるのかを伝えていったわ。時間どおりに帰ってきた。おねぇはどうなの?たった今まで電話一つ入れていないじゃない」
「レイを一人にしてでもすることなの?朝早く何をしに、どこへ行っていたの?」
美奈子にしがみついていたレイが、急にダンダンと足でフロアに大きな音を立てた。
言葉を覚えたのは早かったが、言いたい気持ちを素直に言えない時、いつもレイはこうやって何かを叩いたり蹴ったりして感情を外に出そうとする。
「レイ」
美奈子はレイを抱きあげて冷たいままの頬にキスを一つ落とし、優しく愛しそうに頭を撫でて、落ち着かせるようにゆっくりと首を振った。
「ごめんごめん。おねえちゃんたちが悪かったわ」
みちるを責めるときにはない穏やかな口調。みちるもひとまず言いたいことはたくさんあったけれど飲み込んだ。レイがいないところで再開させればいい。ため息と共に着替えてくると言い残して、リビングを後にした。
「喧嘩するのは、レイのせい?」
「違うわよ。さ、用意するから。レイはホットミルクね」
そんなやり取りを耳でキャッチしながら、みちるもレイのように何か物にあたりたい衝動に駆られた。


服を着替えても、とてもリビングに行きたいとは思えない。だけど2人のために何か作ってあげなければ。朝食には遅いしランチには早い。だけど何も食べていないだろうレイと美奈子を無視することなんてできない。言葉にならない気持ちを抱え込んだまま、それでも部屋を出る勇気を蓄えていると、扉をノックされた。
「なぁに?」
『ちーちゃん、まだ?』
レイ。
部屋に入る前にはノックをしなさいと教えても、いつもそのマナーを守ろうとしないレイと美奈子なのに、ちゃんと今日はノックをしてくれた。頑張って空気を読み取っている。
幼稚園児にそんな事をさせている。なんだか親に怒られているような気持ちになった。
「えぇ、今行くわ」
嘘でも笑っていなければ。いくら疲れがたまっていたからとはいえ、うっかり寝過ごしたのは自分だし、美奈子に100%責任を押し付けたいわけでもない。ただ、いいようもない寂しさの風が少し吹いただけだ。
「レイ」
可愛らしく抱きついてきたレイの頭を撫でて、手を繋いでリビングに向かうと、そこは朝だと言うのにカーテンが閉められて、薄暗かった。


「「ハッピー・バースディ!」」

リビングのテーブルの中央にはバースディケーキが置いてあり、ロウソクの炎が優しく揺れている。ひとつだけクラッカーが鳴り、レイに引っ張られてよくわからない間にケーキの前に立たされた。
「おねぇ、ロウソクの数が5本になっちゃったんだけどさ…。19本も立てるのって穴だらけだし。いいでしょ?」
「美奈子……」

さっきはあれだけ攻撃的だったのに。

きっと美奈子はケーキを買いに走っていたのだ。

だから、どこへ行ったのかを言わなかった。
だから、レイが美奈子を責めなかった。
責めるべきは自分の我儘で朝帰りをしたくせに、留守番を押しつけたみちる自身。

「あぁ、まさか歌って欲しいっていうの?我儘ね~」
違うと言いかけたけれど、妹二人がちょっと音をはずしながらもハッピー・バースディの歌を歌い始めたので、みちるは目を閉じてじっくりと聴くことにした。

Happy Birthday To You

そのフレーズを聴き終わり、ロウソクの炎に吐息をかける。
ゆらりと最後の踊りを見せて炎は消えた。
「おめでとう、おねぇ」
いつも美奈子にはドキドキさせられる。
テストの点も、こんな不意打ちのサプライズも。
「……美奈子、ごめんね。お姉ちゃんが悪かったわ」
「おねぇが悪いかどうかというより、私は悪くないもの。それ以外は自分で決めたらいいんじゃない?それより誕生日なんだからさ、ケーキ食べようよ」
みちるよりもしっかりしているところがあるから、焦ってしまうのだ。
あまり早く成長しないで。もっとその年齢らしくいてほしいと。
自分がそうだったから余計強く思ってしまう。それなのに、気がついたら美奈子に頼ってしまう。
「……そうよね、美奈子が私やレイの誕生日を忘れるなんてありえないもの。あなたがレイを残して出ていかなきゃいけないことがあるのなら、それはレイにとっても大事なことだって、ちょっと考えればわかるのに。…本当、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。それより朝早く並んだんだから、おいしい間にケーキ食べよう」
美奈子はライトをつけて、それから紅茶を淹れてくれた。みちるはレイを膝の上に座らせて、ケーキを選んだのは自分だと主張する愛らしい頬にたくさんのキスを降らせた。みちるがエンジェルケーキを食べたいと言っていたことをちゃんと覚えていてくれたことが、心から嬉しかった。そんな風な小さな気づかい、普段当たり前のように過ごしていたから、その愛しさを感じることを忘れていた。
「おねぇ。雨が降っているけれど、どこか遊びに行く?」
「美奈子がどこかへ連れて行ってくれるの?」
「美奈ちゃん、もうお金ないよ」
「シーッ!」
口止めをしたくても、レイはみちるの膝の上に乗っている。ケーキを買ってお金がないと言うことは、まだ今月が始まったばかりなのにテストが終わり浮かれて遊んだのだろう。みちるはわざとらしくため息を聞こえるように吐いて見せたが、怒る気持ちは持てなかった。その残り少ないお金をみちるのために使ったのだから。
「今日はお外も雨だし、3人でのんびり過ごしましょう。お姉ちゃん、今日は一日美奈子とレイと一緒にいたいわ」
柔らかいほっぺたについたクリームを舐めとると、レイが何か思い出したようにフォークを持つ手を挙げた。
「レイもちーちゃんと“いやし”する!」
「あら。レイは難しい言葉を知っているのね」
「美奈ちゃんが教えてくれた。あのねー、お金がないときにするんだよね」
「シー!って何度も言わせるな!」
「美奈子、言葉を覚えさせるときには正しく教えなさいと、いつも言っているでしょう?」
「レイの解釈が間違えているのよ」
胸を張って言い切るけれど、きっと美奈子自身もよく分かっていないはずだ。
音楽や宗教、あるいは食べ物なんかでも癒される人もいるけれど。
みちるにとっての癒しは、自分の心のよりどころだ。
はるかと迎える誕生日の朝も素敵だった。それも確かに癒された。
だけどそれ以上に、レイと美奈子と言う存在は、その名前だけで十分に満たされるほど愛しい。
心を満たし、幸せにさせてくれる。
憂鬱になることもあるけれど、結局、2人を深く愛しているし、2人から愛されていたい。
「お姉ちゃんにとっては、美奈子とレイが一緒にいてくれて、3人でおいしいものを食べたり、のんびりしたりすることが癒しになるのよ」
「ちーちゃん、本当?」
「えぇ。だから、今日はずっと一緒にいてくれる?」
「うん、いーよ。レイ、ちーちゃんと一緒に遊ぶ」
「仕方がないわね。雨だし……お金もないし」
“誕生日おめでとう みちる”とデコレートされた板チョコをかじりながら、美奈子もそう言ってくれる。
3人で癒しのある休日を過ごそう。
のんびりと。
そしてひとつのベッドでぎゅうぎゅうになりながら、3人で眠ろう。久しぶりに。




関連記事

*    *    *

Information

Date:2014/04/08
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/115-fc806eee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)