【緋彩の瞳】 TA女学院の女王 嫉妬に溶けたチョコレート ①

緋彩の瞳

火野レイのお題

TA女学院の女王 嫉妬に溶けたチョコレート ①

確実に夕闇が始まる時間は遅くなってきている。年度が変わる頃は、5時半になればもう、校舎の窓からもれる明かりを頼りにしなければ足元が不安だったのに。

「葉月、待った?」
安らぎとぬくもりは、相変わらずもう我慢できないと思うと絶妙なタイミングでやってくる。
「あなたねぇ、時間どおりに来てくれとは言わないけれど、せめて5分遅刻で収めてくれないかしら?」
この台詞はもう、初等部から数えるのさえうんざりするほど交わされてきた。待った?に対する葉月なりの「大丈夫」という返事。

「後輩たちからチョコを押し付けられて。一緒に写真撮ってなんていう子までいるんだもの」
鞄がすっぽり入りそうな紙袋が、枝のように両手にぶら下がっている。葉月はそれを見て器用に左の眉だけをあげてみせた。
「深美、それを全部食べたら4月の身体測定へ向けた調整はハードそうよ」
「怪訝な顔をして、心配するのは私の体重なわけね」
寒い中、冷たいベンチを暖めていた葉月の横に置かれているのは鞄だけ。去年はあまりの量で1週間かけてやっと持って帰ることが出来た位の量だったチョコレートの袋が、今年は一つも見当たらない。
「深美はスタイルがいいから、まぁ大丈夫だと思うけれど」
「嫌味ね。葉月のは?どこに行っちゃったのよ、チョコレート」

暦では春でも、風の冷たさは真冬と呼びたいくらい。校門へと向かおうとすると葉月がゆっくりと立ち上がり、かすかに明かりで見えるくらいの白い息をはいた。
暖かい吐息だった。

「お迎えにね。真之さんが送ってくださるって」
「真之君が?お休みなんだ、今日」
「そうみたい。忙しいのか暇なのか、あの人はわからないわね」
「代議士のボンボンは暇が8割じゃないの?」
葉月には付き合っている人がいる。親が決めた許婚は有名な大学に通う、有名な政治家の息子。顔もスタイルもいいけれど、いまいち好きになれない人だ。
「大学はもう卒業式を待つだけらしいわよ。お父様のお手伝いは4月になってから忙しくなるみたい」
16歳の高校生の彼女のお迎えに参上とは、ロリコンなんだから。
そう思っても、口にしたらこの風よりも冷たい視線が心臓に突き刺さるに決まっている。
「それで、チョコは回収してくれたのね」
「寒いから車の中で待っていたらいいって言うんだけど。真之さんの車から私が出てきたら、深美は機嫌が悪くなるでしょう?」

よくわかっていらっしゃること。

校門前の道に止められた車は嫌味のない高級国産車。そして寒いのに律儀に外に出て待っている男。
「お帰りなさい、深美ちゃん」
「真之君、ごきげんよう」
昔から彼と彼の一家のことは良く知っていた。だから、なおさらどうして葉月なのかがわからない。
「二人とも、本当にモテモテなんだね。さぁ乗って」
枝のようなチョコの紙袋と同等の数は、すでに真之君がトランクに押しやってしまっている。それで勝ったつもりなのだろうか。

深美は葉月と並んで後部座席に腰をかけて、指先を暖めるように両手をこすり合わせた。






「真之君とどこかへ行くんじゃないの?」
深美の自宅の前で自分だけが降ろされると思っていたが、一緒に降りて真之君の車を見送る葉月の当たり前のような態度が嬉しくて、でもちょっとむっとしてしまう。
「そんな約束はしていないもの」
「今日はバレンタインなのに?それらしいことはしないの?」
「真之さんに?考えてなかったわ」
「え?じゃぁチョコは?」
「あげないわよ。彼とバレンタインが結びつかないもの」
「……なんだか納得」
同性の子たちから大量にチョコを受け取った自分たちが、バレンタインらしいことをするというのは確かに違う気がする。葉月が誰かにチョコレートをあげるなんて考えられない。もちろん自分もだけれど。

当たり前のように深美の家で食事をして、当たり前のように深美の部屋でくつろいで。
「ねぇ、葉月。結婚はまだ先でしょ?その間に好きな人が出来たらどうするの?」
「真之さんはいい人よ。あなたもよく知っているじゃない」
「いい人と好きな人は別じゃないの?」
「素敵で好きよ」
「……好きって、どんな気持ちかちゃんとわかっているの?」
いつも思う。ほんわりして人を疑うことを知らないお姫様には、確かに真之君のような人はお似合いだけれど、恋愛しているわけじゃない。愛し合って結婚をするわけじゃないのに。
「わかっているわよ。いつも深美がくれるものでしょ?」

質問を質問で返す。しかも深美に返ってくるときは必ず難問になっている。

「葉月って人を困らせるのが上手いわね」
「深美のほうがもっと上手だと思うわよ。気がついていないところが玉に瑕だけど」
「何よっ。答えがわからくて、はぐらかしてごまかしちゃうほうがタチ悪いんだから」
「はいはい」
すでに負けは確定しているのに、深美はむなしくも勝ち誇った顔をせずには気が済まなかった。
「葉月が本当に好きで結婚したいと思っていないなら、邪魔をしてやるんだから」
「でも、子供を生んでその子たちを結婚させて親戚になろうって言う話し、よくしていたじゃない」
「同じ性別だったら?」
「それは、今の私と深美みたいになっちゃうんじゃない?」
生まれたときからずーっと一緒。喧嘩をしても深美の全面降伏。まだそうと決まったわけじゃないのに、なぜだか自分の子供が葉月の子供に上手いこと操られているのが想像できてしまう。
「私が結婚しないって言ったら、葉月はしないの?」
「でも深美と結婚出来るわけじゃないんだから」
「そりゃそうだけど。私も葉月とは結婚したくないわね」
「というか、出来たとしても今と何か変わるとも思えないし。どっちの苗字を名乗るかが問題なんじゃない?」
「私が心配しているのは、結婚すると益々私が虐げられるということなのに」
「あら、私はいつも親切よ。深美が勝手に騒ぐんじゃないの?」
不可能な話しなのに、まじめに答えてくれる葉月。
大事なことはあまり言わないくせに。
「子供生んだら、結婚させるのか~。私が男の子を生むから、葉月は女の子を産んでちょうだい」
「結婚する前から、子供の性別は決められないわよ」
「強く願えば大丈夫よ。私、自分の子供を政治家の嫁にはしたくないもの」
「そうね、私が男の子を生んだらその子は政治家になる可能性が高いわね」
「そうよ。駄目よ。私が男の子を生むから」
「じゃぁ、私以外の人と結婚しちゃうのね」
「まぁ、そうなるわね」
「それも寂しいわね」
さらっと寂しいなんて言葉に出す葉月。
そんな風に自分も気持ちを優しく言葉に出来たらいいのに。
「でも、葉月と結婚できるわけじゃないんだから」
せめてなんとか気持ちを伝えられたらと思って、同じ台詞を返した。
「そうね。そうよ、だから私たちはおばあちゃんになってもずっと仲良しでいられるのよ」
「旦那は先に死んでいるという設定でね」
「そうなるわね」
二人で笑った。

結婚とか、子供とか、しまいには孫のことまで出てきて。
眠気は訪れることがなく、ずっと未来のことを話し続けた。
想像するだけで笑い転げて、部屋の隅に置かれた大量のチョコレートが暖房の温風の直撃にあっていたことなんて、当然、気が付かずにいた。
親に早く寝なさいと怒られるまで。
ベッドの中で想像だけでおなかを一杯に満たすまで。


二人とも女の子を産むなんて、その頃はもちろん知らなくて。





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Date:2014/04/20
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