【緋彩の瞳】 紅玉 あなたを守る意志 ①

緋彩の瞳

火野レイのお題

紅玉 あなたを守る意志 ①

「マーズ、遊ぼう!」
「ヤ」
即効で答えるマーズは鼻でふふんと笑いつんととそっぽを向く。
ヴィーナスは頬を膨らませて地団駄踏んだ。
「ケチ!マーズのケチ!」
「お勉強の時間でしょ?昨日だって、ヴィナはジュピターとサボって怒られたじゃない」
もうすぐお生まれになるプリンセスの守護神として迎えられた四守護神たちはまだまだ幼くて、小さくて、守るというよりも月の王国のクイーンや兵士たちに守られていると言っていいほどだった。やんちゃと負けん気だけは強い金星のプリンセスは、素っ気無いマーズの天敵であるものの、これでも大の仲良しだったりする。
「私は頭を使うタイプじゃないし。マーキュリーがいるし」
「勉強できない言い訳になってない。私、部屋で本を読む」
「ケチケチ!一人で時空の回廊を歩けないくせに~」
「あそこは立ち入り禁止なの!」
「私は一人で行けるもんね~」
月の王国が支配する太陽系内外へは、時空の回廊で繋がっていた。許された者のみが入ることの出来る回廊は、14歳を迎えていないヴィーナスたち四守護神はまだ立ち入ることができない場所だ。侵入者が入った場合は王国や管轄の星に警報が響き渡るのだが、2度ヴィーナスが勝手に出入りしても、その機能はなぜだか作動していなかった。何度か異国からの進入が確認されたときは、すぐに警報が作動したのに、自分はなぜか鳴らない。ヴィーナスは学んだのだ。どうやら、四守護神の立ち入り禁止というのはハッタリなのだと。危険が多い場所であるために、そう言っているだけなのだろう、と。
「ヴィナ、クイーンが知らないと思ってるでしょ?3度目はお仕置きって、この前誰かとお話ししているのを私は聞いたわよ?」
「マーズは自分が恐くて行けないから、そうやって私が行かないように仕向けているんでしょ?」
「なんでそんなことしなきゃいけないのよ」
「マーズはびびってるだけだもん」
今までこうやって挑発されて気が付いたら掃除をさせられていたり、ヴィーナスのお勉強のサボりを見逃したり、連帯責任にされたりと、散々な目に合って来た。そのときは勝ったつもりでいたものの、はっと思い直して自己嫌悪。その繰り返しだ。
「はいはい、なんとでも。私は嫌だもん、何かが起こって騒ぎになったら大変だわ」
「扉は開かないと何がその先にあるかはわからないじゃん。マーズは自分の瞳で見たものしか信じないくせに」
「はいはい、なんとでも」
3度目の掟破りのお仕置きのとばっちりなんて、絶対に嫌に決まっている。たとえマーズが初犯であろうとも、クイーンはだからといって大目に見てくださることはないだろう。むしろ、3度目を止めなかったことで怒りが2倍になってしまうかもしれないし。
今は挑発に乗ることなく手綱を引いておかなければならない。
「気にならないの?扉の向こうがどうなっているかさ」
「興味ない」
「知ってる?星と星を結ぶ回廊には七色の風が吹いて、地球からは季節の香りが漂ってくると言われているのよ?」
「ヴィナ、まさか地球への回廊まで行ったことあるの?」

地球。
季節。

そんな魅力的なキーワードに、マーズは宮殿へと向けられた足をぴたりと止めた。それがヴィーナスの罠にまんまと引っかかっていると気が付いたのは、振り向いた瞬間だった。
ヴィーナスのしてやったりの顔。
「あるわよ。だって、マゼランの近くだもの。行き方は知っているもん」
「…でも、降りてないんでしょ?降りたら大変なことよ?」
「そりゃ降りられないけれど。香りがね、気持ちいいんだ~。この王国の緑の香りよりももっとおいしくて、海っていうものは今まで感じたことがない香りだった」
地球への回廊の扉を、はたしてヴィーナスが開けただろうか。流石にそれはないだろう。月の王国から回廊に出て歩くことは出来ても、他の星の扉を開けるなんてことがあったら……。ましてや地球国と月は同盟国でも支配国でもない。ひとつ間違えると戦争まっしぐらだ。
頭の中では悩む必要などないとわかっていた。してやったりの顔を見れば、どう考えてもいい結果を生むとも思えない。
「ここの扉を開いただけでも、少しは楽しいわよ。風が吹くんだもの」
「……風。気持ちいの?」
わかっているのに。
「この王国にはないものよ。回廊は風の流れに沿って歩かないとダメなの。風の導きは神の思召し。危険って言われているけれどそんなに危ないところじゃないもの」
嘘に決まっているのに。
「ヴィナ。……扉、開けるのがダメって言うわけじゃないわよね?」
心はすでに、ヴィーナスの悪巧みの肩棒を担ぐ準備は整ってしまっていた。

しんと静まり返っている宮殿の最奥の場所に、その扉はひっそりとある。周りに壁などがない、まさしく異世界への扉だ。
「押したら開くから」
「……わかってるわよ」
「わかってないでしょ、開けたことないのに」
「うるさいわね」
ヴィーナスはいつも持ち歩いている短剣を腰に付け、身体中でその扉が開かれるのを今か今かと待ちわびてすぐにでも飛び出さんとしていた。慎重派のマーズは、開ける役目を引き受けたものの、最後の最後で好奇心と後で待っているクイーンのお叱りを天秤に掛けてためらっている。
「じれったいなぁ」
「う、うるさいわね。開けるわよ!」
挑発されると、ためらいが瞬間だけ消えてしまう。たかが扉を開けるくらいどうってことないといい聞かせ、思い切り小さな身体を体当たりさせてやった。
「あ、待って!」
「えっ?!!!!!!!!」

身体が宙に浮く。
それはまるで死を迎える快楽のようだと思った。
経験のない恐怖は思ったよりも簡単にやってくるものだった。
「馬鹿~!」
このまま扉の向こうへと吸い込まれて存在が消えてなくなると思ったけれど、腰のリボンを握り締めてヴィーナスが引きずり戻してくれた。
「危ないんだから。ゆっくり開けて、そっと出ないと」
「危なくないって言ったのはヴィナじゃないの!」
「それはそうだけど、出るときは危険なの」
「嘘つき!」
想像さえできなかった風に浮いた感覚が、髪の先から足の指へと通り抜けてゆく。
もしヴィーナスが引き戻してくれなかったら、もうこの世界に2本の足で立つことが出来なかっただろう。
「助けて貰っておいて、ありがとうでしょ~」
「ヴィナが先に注意しておかないからでしょ」
「だって、誰でも知っていることじゃない」
「説明の仕方が悪いわよ。それにそんなことは知らないほうが普通なの」
扉の前でいつもの無駄な言い合いが始まってしまう。マーキュリーがいたなら、あるいはジュピターでもいてくれたら、なんとかなだめることは出来るだろう。
「びびったくせに」
「び、びびってないわよ」
「さっきは両手で私の身体にしがみ付いていたじゃない」
「ヴィナが扉を開ける前にちゃんと言ってくれていたらよかったのよ」
「負け惜しみなんだから」
「こんなことに勝ちも負けもないわ」
お互いにふんっと鼻息を荒くして背を向ける。二人の長い髪がわずかに絡み、そしてさらりと解けた。
「私、お勉強してくる。マーキュリーたちが探し始めるころだし」
「怖がりね」
「あんたと一緒にいると命が3つ4つあっても足りないのよ。ソレが一番怖いわね」
そのまま顔を見ないで扉の前から立ち去る背中に、ヴィーナスは命一杯舌を出してあっかんべーをしてやった。
「マーズのびびり~」
「はいはい」
「ジュピターたちに言っちゃおう」
「言ったら、今までのいろんなことをクイーンに告げ口するから」
結局、どっちもどっちで勝負は付かない。どうせ1時間もしないうちにヴィーナスはケロッとした顔をしているだろうし。一瞬の出来事のせいで恐怖にさらされた体から、今頃になって汗がにじんだ。
「…あぁ、もう!」
髪が首にまとわり付いて、苛立ちを倍増させる。鬱陶しいそれを束ねようと両手で髪を持ち上げた瞬間、今度は冷たい何かが背筋を通った。

「あれ?…………ない」

いつもなら指に絡んでくるはずのチェーンの感触。
「ないっ!」
クイーンから授かった大切な紅玉のアミュレット。
「ない?何が?根性?」
遊ぶ相手が撤退するのならと後を付いていたヴィーナスは、慌てながら自分の首を絞めたり掻いたりしているマーズの姿を見て首をかしげた。
「まさか…。風のせいで」
何があっても外すことの許されないアミュレット。今朝もちゃんと身に付けていた。考えられるとしたら、ほんの数分前の出来事でチェーンが外れたかちぎれたかで回廊の風に飛ばされたことぐらいだ。
「マーズ?なんなの?」
何かの物まね?なんて冗談を言うヴィーナスを睨み付けると、笑みが固まっていった。
「アミュレットがない。きっと回廊の風で飛ばされたのよ」
「……それ……ちょっと、ヤバイんじゃない?」
「ちょっとどころじゃないわよ。捜しに行かないと」
「でも、むやみに回廊を歩き回るのは危険よ」
危険と分かっていてマーズに扉を開けさせたことなんて、もはやそっちのけだ。
「だって……あれがない方がもっと危険なのよ」
「怒られるだけじゃ済まされないの?危険って何よ」
「見つからなければそのうちに分かること。失くしました、ではダメなの」
回廊の扉を開ける恐怖よりも、アミュレットの紛失の方が数十倍も恐い。それはもちろん、ヴィーナスの言うクイーンからの雷どころではすまない。もちろん、クイーンに事が知られた場合は相当お怒りになるだろうけれど。
「マーズ、ちょっと」
振り返って扉に駆け寄るマーズの肩とぶつかり、ヴィーナスはすかさず腕を掴んだ。
「何?」
「闇雲に回廊を歩き回るの?」
「風の流れをたどれば、簡単に見つけられるでしょう?」
「無茶言わないでよ。迷子になったらどうするの?数え切れないほどの星に繋がる道なのよ?侵入者に間違われて攻撃でもされたら大変よ?」
「そんな危ないところに誘っておいて、よく言うわ」
「だって知っている道しか通ったことないもの」
止めようと掴んでいるはずなのに、ヴィーナスはズルズルと引きずられて、いつの間にか扉の前に到着していた。
「嫌なら帰っててよ。私、あれがないと……」
さっきの怖がっていたマーズの顔色よりも、今の不安のほうが勝っている。ヴィーナスは顔色を読み取ってその手を取った。
「わかった。じゃぁ一緒に行こう。ちゃっと行って見つけて、すぐに戻ってきたら大丈夫よ。今ならまだ、きっとすぐに見つかる」
果てを知らない回廊を闇雲に歩くことは、ひとつ間違えれば永遠にその空間に閉じ込められてしまう。しかし、ヴィーナスには妙な自信があった。アフロディアの血を受け継ぐのだから、最悪でも自分の星ならたどり着くことは出来るだろう。マーズだってそうだ。
「ヴィナ…」
ぎゅっと握り締めた手を放すまいと、マーズは握り返した。再び開かれる扉は好奇心をかき消して、とても重たく、冷たく感じる。
「マーズ、手を放さないでよ」
「放さないわよ。危ないじゃない」
戦闘服でもない、持っているものはヴィーナスの短剣のみ。まさか、このあと厄介な事件に巻き込まれるとは知らずにいた。

二人の背後で扉が音もなく閉まると同時に、王国中に警報が鳴り響きわたった。



『回廊に侵入者?』
「たぶん、それほど大げさじゃないさ」
『それにしては、やけにうるさいくらいの警報じゃないの。大丈夫?』
「さぁね。あの扉を開けるってことは、まぁ多分、おチビちゃんたちの誰かだと思うけれど」
巨大なスクリーンに映し出されたネプチューンも、迷惑そうなため息を吐いていた。柔らかいウェーヴを指でいじりながら、大して興味がない様子で。
『前もあったわね。ヴィーナスがちょこっと顔を出して回廊を走り回ってたわ。あの時のクイーンは見て見ぬ振りをしていたじゃない』
どうせまた悪戯でしょう。ネプチューンの意見にウラヌスも賛成だった。回廊を通る事が出来るのは、星の守護を受けたもののみ。その点で言えば、罪を犯しているわけじゃない。まだ幼すぎるだけだ。
「あぁ。まぁそうなんだけれど」

ピピピッ。
ピピピッ。

機械音が鳴ってもう一人の仲間の顔が画面に映し出された。頼もしい存在である彼女が微笑みもせずにウラヌスとネプチューンを睨んでくる。
『クイーンのお話しによれば、マーズも一緒だそうです』
「マーズ?」
『大至急、保護するようにとのことですよ』
『あのお方、マーズのことになると目の色が変わるのね』
ネプチューンの呟きは嫌味にも取れる。実際にもちょっとそんなつもりだったのだろう。
『あの子の能力は、王国にとって必要なものだからでしょう?』
『本当にそれだけなら、かえって可愛そうになるわ』
「僕らだって、おんなじようなものだろ」
その言葉に、プルートもネプチューンも何もいい返せなかった。反論できる材料が何もない。
「とにかく回廊に出て二人を探そう。クイーンから正式に命令が下ったんだろ」
『お二人とも、気をつけて』
プルートは持ち場から離れることは今回も許されないらしい。
『私は念のために、コロニス様と連絡を取ってから回廊に出るわ』
先にネプチューンの姿が画面から消えた。なんだかんだいいながら彼女だって王国を愛しているんだろうし、四守護神たちをひっそりと可愛がっていることに変わりはない。幾千年この場所を離れることなく生き続けて来ても、ウラヌスもネプチューンもそしてプルートも、この世界しか知らない、知る術がない。
プルートに見送られてウラヌスはスペースソードを手に回廊への扉を開けた。



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Date:2014/04/20
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