【緋彩の瞳】 瞳が好きと歌うから ②

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説[実写・単発もの]

瞳が好きと歌うから ②

スタッフ数人と一緒に、美奈子がロケバスから出てきた。その姿に後ろからものすごい悲鳴のような歓声が上がる。レイは耳を塞いだけれど、まことも同じような声をあげているものだから、呆れて何も言えない。
美奈子は先取りのうすい夏のワンピース姿で現れた。いくら天気が良くても、こんな涼しい温度でそんな恰好をしたら、風邪を引いてしまいそう。

その姿を追いかけていると、一瞬だけ確かに視線が重なった。

『レイ』

美奈子の唇は確かにレイの名前を呼んだ。

“美奈子”とレイが唇を動かしたのを見て、彼女は何事もなかったようにカメラマンに言われるようにポーズを決めて、レフ板はその作られた笑顔を照らし始めた。
作られた笑顔を見たところで、レイの心は満たされないのだ。
だからレイは愛野美奈子というアイドルのファンにはなれない。それにレイがアイドルの愛野美奈子が好きだと言うことを、彼女が望んでいるのかどうかもわからなかった。

まことが必死に美奈子に手を振り、周りと同じような悲鳴を上げる。シャッター音が少し止むたびに、美奈子は声援に応えるようにファンに手を振り返していた。レイはほとんど耳をふさいだままで、もちろん手を振ることもしない。何度か視線が合ったがその瞬間だけは、彼女からの作り笑顔は消えていた。
レイがいることで、仕事をやりにくいと思っているのではないかとさえ感じるくらい。

こんな天気のいい、過ごしやすい季節の日曜日だというのに。
連写されるシャッター音が響く。
カメラマンが美奈子を褒めちぎり、それに応えるようにポーズを決める。
青空の下で、薄いワンピース姿で。

清々しい5月の日曜日、公園でやることだろうかと思うと、それを見に来ている自分だって、好きな人の仕事を覗いているのはどうなのだろうと思えてきた。
彼女はスタッフに囲まれながら、愛想よくそつなく仕事をこなしている。
その姿を見たいかと言われたら、やっぱり見たいとは思えなかった。
それなのに、この場から逃げられないのはなぜだろうか。

こんな清々しい季節に
公園で
たとえアイドルの愛野美奈子であったとしても
一緒にいたいと心の中で願っているからなのだろう

目の前にいるのは、レイの好きな彼女ではないけれど
それでも愛野美奈子と言う人物はこの世には1人しかいなくて
今はそのレイの好きな彼女は影をひそめていて、それでも視線が重なるたびにその姿が見え隠れする。

「なんだろう。……レイを見ている美奈子ちゃんの顔、なんだか寂しそうだよ」
「そう?」
「気がついているんだろ?もしかして、喧嘩中だったの?」
「2週間会ってないって言ったでしょ?喧嘩する暇があると思う?多分、ここに私がいると仕事しづらいんでしょ」
彼女は好きで仕事をしている。アイドルになりたくてなって、歌いたくて歌っていて、カメラマンの前に立っている。それは彼女の意志であり、それを悪いと思ったりしない。
でも、それと同時に自由な時間を制限され、行動も制限され、日中でも素顔を隠して歩かなければならない。
寂しそうに見えると言うのなら、それはアイドルではない愛野美奈子の顔であり、それを見せているのはレイがここにいるからだ。
「まこと、私はもういいんだけど。見ていたいなら待ってるから」
「え?でも……」
「いいの。まだ撮影はあるんでしょ?人が多いし立ちっぱなしも疲れるし、ベンチで座って花でも見てるわ」
興奮しきっているファンの子たちを押しのけ、レイはまことを伴わずにその群衆から抜け出した。空をやっと眺めることができるくらいの距離を歩いて、人込みから抜け、木陰のベンチを探す。どこもカップルや家族連ればかりだ。花壇に綺麗に植えられているバラたちが咲き誇っていて、小さな風で柔く揺れる。
適当にフラフラと歩き、ようやく見つけたベンチに腰を下ろして空を仰いだ。風が木々を揺らす音と、肌を撫でる心地よさ。耳は子供がはしゃぐ声や男女の話し声をかすかにキャッチしても、不快と思うほどでもない。
ぼんやりすることが性分に合っていると言うわけでもないけれど、今は何かを考えこんだりするよりは、何も考えずに時間が過ぎて行くことを待つしかないと思った。図書館に行くにも今更と言う気分だし、まことを待っていると言ったのだ。後で落ち合って、2人でどこかにお茶でもしに行けばいい。
薄青の空を見飽きて、瞳を閉じて小さくうずくまった。暗闇に閉じこもり、心臓の音を聞きながら、作り笑顔の愛野美奈子を想い浮かべ、レイの好きないつもの美奈子の顔を想い浮かべ。
どちらが好きなのかと自問自答をしてしまう。
考えたりしないと思いながらも、彼女を心に入れてしまったその日から、彼女のことばかりに想いをはせている自分がいて。
レイが知っている美奈子の笑顔は、カメラの前にいる愛野美奈子とは全くの別物だと思っている。レイが普段、あんまり笑ったりしないからか、余計に美奈子の作り笑顔を見ることに苦手意識がある。

美奈子はレイがこんな風に想っていることも、わかっているんだろう。
レイが仕事について何も言わないことも、テレビや雑誌を積極的に見ようとしないことも。



「レイ、探したよ」
空は青いというのに、結局暗闇の中をさまよっていた。名前を呼ばれて顔を上げると軽いめまいが襲った。
「……まこと」
「撮影、終わったよ。最後にファンサービスで前列にいる人にだけハイタッチしてくれたよ」
まことは美奈子とハイタッチしたことを、再現までして教えてくれた。
今更、そんなことをして何になるんだろう。
「やっぱさ、仲間じゃない、アイドル愛野美奈子は違うよね。うん、カッコいい」
「そう。よかったじゃない」
「まぁね。美奈子ちゃんが、レイは帰ったの?って聞いてきたから、どっかその辺にいるって言っておいた。後で3人で遊ぶ?って聞いたけど、仕事まだあるんだって」
“ま、当然だよね!アイドルだもん”
まことは乾いた声で笑ったけれど、気を使ってくれたんだろうということは手に取るようにわかった。ミーハーな気持ちではなく、それは仲間としての美奈子を誘ったに違いない。
「そう。じゃぁ、どっかでお茶でもする?」
「あぁ、そうだね。あ、うちに来る?この前おいしい紅茶の葉っぱを買ったんだ。昨日作ったクッキーもあるし、おいでよ」
「じゃぁ、遠慮なく」
美奈子のファンらしい人達が、バラバラと歩いている。
レイは立ち上がり、まことの隣に並んで歩いた。さっきまで撮影場所だったところにはもう何もなくて、ロケバスも消えていた。



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Date:2014/06/01
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