【緋彩の瞳】 迷い髪 ①

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

迷い髪 ①

『ロングが似合っていますね』と言われたり『短くしてもいけると思いますよ』とか『今のままでも十分綺麗です』とか言われるのが苦手で、あまり好きな場所じゃなかった。
しかし、世の中自分のことだけれど自分じゃどうしようもないこともある。
病気のときは医者に診てもらわなければならないし、背中についたほこりは誰かに言われなければ気がつかない。
髪も大体は人に切ってもらわなきゃならない。

毎度毎度のことだけれど、予約を入れた直後から後悔との戦いが始まる。
今日もそう。ついさっきまではキャンセルしようって思いながらもお店の前までとりあえず来て予約時間ギリギリまで来て、行くしかない選択肢を自らに与えなければ、その重たい扉の向こう側に行く決心は持てないでいた。
もちろん、こう言う姿を誰にも見られたくないから、とりあえず遠いところまでわざわざバスと電車を乗り継いできたのだ。
時計は予約の時間5分前を指していた。柔らかい色を使ったヘアサロンの中は、若い男のスタイリストがにこやかにヘアメイクをしている姿。そして、鏡に映った自分の姿を満足げに見つめている、レイと同じ位の年齢の人。
「……やっぱ…」
ここも違う。
過去に何度もヘアサロンを変えてきた。過度に褒められるのが好きじゃなくて、なるべく静かに対応してくれないかと思いながら、それでも腕のいいスタイリストに切ってもらいたい気持ちもあり、人知れず本屋で特集をやっている雑誌を買い込んだりもした。
けれど人気があるお店というのは、だいたい働く人たちもよく会話を楽しんでいる。
ここも、そんな感じだった。


「ごきげんよう。レイちゃん…だったかしら?」
「あ」
なんの気配もなく現れたのは、最近美奈がゲーセンで知り合った人の知り合いの人だった。何度か挨拶を交わしたことはある。
「ごきげんよう。海王さん、でしたね」
うさぎは確か下の名前で呼んでいた気がする。けれど、うさぎや美奈と一緒にいるわけでもないので、あえて苗字で呼んだ。
「みちるでいいわ。レイちゃんも髪を切りに来たの?」
「レイでいいです」
とっさに切り替えしてしまう。髪云々の話題から逸れやしないかと、無意識に考えてしまっていたのだろう。
「そう?じゃぁ、レイ。あなたもこのお店で?」
驚くほど素直な人で飲み込みの早い人だった。
「あ…みちるさんもですか?」
余裕のある微笑みは、レイの体を緊張の糸で縛るように美しいと思う。
華や絵や景色でもないのに、レイは心から海王みちるという人物を美しいという言葉でしか表現できなかった。よくよく考えればあったかもしれないけれど、表現力はそんなに豊かではなかった。
「えぇ。予約を入れているの。レイもなの?」
いいえ。ちょっとぶらっと。
なんて、優雅に微笑んで言えるほど嘘を吐くことに馴れていない。馴れている嘘は全部、自分にだけ。
「はい」
「そう?」
よかった。首を少し斜めにさせて嬉しそうにする彼女も手伝って、レイは予約時間の通りにお店の扉を開くことになった。
海王みちるという女性を共にして。


「ずいぶんと綺麗な髪ですね。艶もコシもあってそれでいて枝毛がない。念入りに手入れをなさっているんですか?」
席は全部で4つだった。そのうちの1つは埋まっていて、もうブローも終わり、スタイリストが最後の仕上げに細かくチェックを行っていた。満足げに微笑んでいる少女の顔は隣の鏡越しに嫌でも飛び込んでくる。
「特には…」
どこのお店に行っても必ず似たようなことを言われる。これが嫌だ。
「そうですか。それで今日はどのようにいたしましょう?」
となりのみちるさんは目の前にある流行の雑誌をパラパラと捲っていて、何かを探しているようだった。完全予約制のお店で一度に多くても4人しかお客を入れることが出来ない店内はそれほど広くはなくて、嫌でも耳に入っているには違いない。
『ばさっと、ショートにしたいんです』
昨日の夜、お風呂に入りながらイメージトレーニングしすぎたせいで夢にまで出てきた。夢の中の自分はその言葉をはっきりといい、スタイリストがびっくりしながらも髪を切るという、ちゃんと続きもあった。
そして夢の中の火野レイは、おそろしくショートヘアが似合わない。泣けてくるほど似合わくて、目が覚めたら瞼に雫が溜まっていた。
「あの…、えーっと~」
「毛先を揃えて、伸びた前髪を整えてトリートメントなさいますか?」
違う。それじゃぁ、いつもと同じ。だったらわざわざこんなに遠いところまで来ない。
「えっと……」
“思い切って短くしたい”
そう言えばニュアンスだけでも伝わって、少なくともこの長い髪からさよならできる。
ほら、言えばいいのに。
喉が緊張という火で焼けこげてしまったのか、いざと言う決心のときに上手く言葉が出せない。
その間にも、スタイリストは自分の想像の中を魚のようにちょこちょこ泳いで、レイにいろんなスタイルを提案していた。
先の方だけパーマを当ててみますか?とか、全体的にウェーブを入れる雰囲気も綺麗でしょうね、とか。
「…そうですね…でも…」
頼んでもいないのに想像力が豊かなスタイリストは馴れた接客話術を展開していた。言いたい一言のタイミングを計っていると、満足気な少女の姿がとなりから気配を消していた。
そして、仕事を終えたもう一人のスタイリストがみちるの背後に置かれていたスタイリスト用の椅子に腰をおろす。
「どうも、海王さま。今日はどうなさいますか?」
「ん~。そうねぇ。本当、最近の子はみんな可愛くしているわね」
雑誌と鏡越しのスタイリストと視線を交互しているみちるさんは、ファッション雑誌の中のモデルを指差している。
「そうですねぇ。思い切って色を変えますか?それともストレートにしてみるとか」
「今は、ボブとかショートも人気みたいね。切っちゃおうかしら?」
レイは自分が一生懸命言いたくて言えない一言をとなりの人が言ってしまったので、思わずびくっとして思い切りみちるさんを見た。
「何かしら?」
「み…みちるさんがショートですか?」
「あら、似合わない?」
想像できません。と言うのを飲み込む。なんていうか失礼な気がしたから。
「似合うっていうか、今の髪型が一番似合っているんじゃないかな…と」
「あら、やってみなきゃわからないわ」
ヴァイオリニストとして舞台にも立つような人が、流行の流れでちょっとショートに。とかするものだろうか。しないと思う、普通は。
「みちるさん、切っちゃったらもったいない」
レイは素直に気持ちを伝えた。同じ女性として、綺麗なウェーヴを描き、安らぎを与える柔らかい髪がみられなくなるのは非情に残念でならない。

「ヘアサロンに来て、髪を切らないのはもったいないわ」
ニコっと微笑んでみちるさんは言うけれども。トリートメントくらいにしておけばいいのにって心の中で思った。反論をしても仕方がないので口に空気を膨らませるにとどめておく。
「レイだって、切りにきたのでしょう?」
なんだか負けた気がした。おいしいところを持っていかれたというかなんというか。

「あの、火野さまはどうなさいますか?」
すっかりとなりの行く末に話題を持って行かれていたレイ担当のスタイリストが、恐る恐る尋ねてくる。
「ショートにしたいんですっ」
負けた勢いがついたせいか、先にみちるさんの口からショートという言葉が出てきていたせいかは分からないが、ついにぽろっと口に出てしまった。
「え?!」
「だから、ショートに」


“ショート”
その言葉はレイ自身の声に他ならなかったけれど、どこか他人のような、そう、夢を見ているような感じでフロアに響いた。





関連記事

*    *    *

Information

Date:2014/06/12
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/163-c2fa847f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)