【緋彩の瞳】 愛を歌えば Wishing you ②

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

愛を歌えば Wishing you ②

朝は頬にキスをして起してくれて、パンじゃなくて必ず白いご飯とお味噌汁が用意されていて、だから人よりも箸を使いこなすのが早かったんだと。
テーブルに一杯並べられたおかずと同じものがお弁当に入っていたことがなくて、お弁当を残したことがなかったらしい。
一緒にお風呂に入ったら、髪を洗うのが苦手でいつもママに抱きついていた。
少し体温の低い人だった。
将来はママみたいになりたいけれど、パパのような人と結婚したくはないと思っていて、今もそれは変わらないんだって。
一度も泣き顔を見せたことがなくて、最後までずっと強い人だったから、だからレイちゃんも思い出が痛くて泣くなんてことは絶対にしないって決めたんだって。

レイちゃんのママが生きていたことを。
レイちゃんとわずか5年しか一緒にいられなかったこと。
もう、思い出が増えることはないこと。
そして、とてもとても大好きだったこと。
死んでしまってから中学生になるまでは思い出がほとんどなくて、どんなことをして毎日を過ごしていたのか、語れることがないことも。レイちゃんは、一つ一つの思い出を懐かしむのではなく、まるで歴史の教科書を読み返すように語ってくれた。

「ママはもういないのに、パパには見捨てられたのに、どうして生きなきゃいけないんだろうって、時々思ったりするけれどね。ひとつ年齢が増えるときにこの手紙を読むと、ママがこんなにも喜んでいてくれたのなら、もう少しちゃんと生きなきゃって思うの」

レイちゃんの5年間はとてもとても愛に満ちていて、思い出がぎゅっと詰っていた。輝きが眩しくて、だから普段は思い出したりしないようにして生きているけれど、誕生日だけは、1度だけ手紙を読み返して、一番にママに祝ってもらうんだって。
「悔しいなぁ」
空になったグラスに残っていた氷を食べ切り、美奈子は呟いた。
「何で?」
「もしレイちゃんと私が6歳のときに出会っていれば、毎年レイちゃんの誕生日は24時間傍にいて、ぎゅって抱きしめて、それでずーっと愛しているって喉が枯れるまで言い続けて、放さないのに。あ、でも誕生日じゃなくてもずっと一緒にいるけれどさ」
それは美奈子なりの愛しているの代わりだった。
愛していると言えば、レイちゃんは嫌がる。形が存在していないものをわざわざ口にすることは好きじゃないとむっつりされるから。
「ずっと、ね。未来も?」
「そりゃそうよ。ずーっと。来年の誕生日も10年後の誕生日も」
「あのねぇ。美奈は明日さえわからないくせに、どうしてそうやってずっと先のことを平気で言うの?」
プルートじゃあるまいし。レイちゃんはそう言って、ぽかっと美奈子の頭を叩いた。怒っているようで笑っているようで、でも
レイちゃんは本当にそう思っているんだっていうことはわかる。
「でも、ずっと一緒だって言えるもん」
「私は言わない」
「げ~!けち!」
「当たり前でしょう?誰も永遠に“明日”を知ることが出来ないのよ。明日を迎えたところでそれは“今日”になるの。だからそんな遠い未来の約束なんてすることさえ無意味だわ」
レイちゃんが現実主義者なんだか、ただ美奈子が馬鹿でロマンチストなのかわからないけれど、夢のないことを当然のように言われたら文句も思いつかない。
「…じゃぁさ、レイちゃんはどういう風に言ってもらったら納得するの?」
「さぁね。自分で考えなさい」
「う~」
レイちゃんのママなら、ただママっていうだけでそれで何もかもが愛に満ちているというのに。
どうして美奈子だとこうも悩まされなきゃいけないのだろう。
でもまぁ、悩むという行動も含めて幸せであることには間違いないから、怒るに怒れないんだけれど。
「じゃぁ、一緒に“明日”を探すよ、レイちゃんと。毎日」
「明日を?」
「うん。毎日毎日、明日はどんな一日なんだろうって、一緒に空を見上げようよ」
「…私は考え事をするときに空を見たりしないわ」
それは、だから例えだってば。
ふんって相手にしていない感じを見せながらも、レイちゃんのその態度が照れ隠しだって言うことくらいはわかる。
「レイちゃんのママにはなれないし、同じ土俵に上がれないのが悔しいけれど。いいもん、私は私でレイちゃんと毎日明日を楽しみに生きるんだもん」
どさくさにまぎれて、美奈子はささっと膝歩きをしてレイちゃんの背後に回ってぎゅーっと抱きしめた。
「まぁ、せいぜいお励みなさい」
美奈子の亜麻色の髪とレイちゃんの漆黒の髪が重なり、交わってひとつになる。
鼓動が背中に伝わって、ついでに気持ちが届きますようにと想いを込める。
「あ、いい忘れていたけれど」
離れようともせず、レイちゃんも特に離そうともしないから二人はずっと同じ方向を向いて二人羽織りをしたまま。
「お誕生日おめでとう」
「ありがと」
「あと、6歳のレイちゃんにお誕生日おめでとう」
左のこめかみに唇を寄せた。
「…何それ?」
「ん?レイちゃんのママがいない代わりに」
「…」
振り返ったレイちゃんは少しだけ眉毛をハの字にしていた。
「7歳のレイちゃんにおめでとう。8歳のレイちゃんにおめでとう。9歳のレイちゃんにおめでとう。10歳のレイちゃんにおめでとう」
「…美奈」
もの言いたげな顔に、何も言わせませんと次々に祝福の口付けを送った。両頬に、額に、鼻の先に。
「11歳のレイちゃんにおめでとう。12歳のレイちゃんにおめでとう。ついでに小学校卒業おめでとうと、中学入学おめでとう。
そんでもって、13歳のレイちゃんにおめでとう。14歳のレイちゃんにおめでとう」
首筋に、まぶたの上に。

唇は愛を歌った。

「そして、今目の前にいてくれるレイちゃんにおめでとうと、あとはやっと出会えた美奈子ちゃんにもおめでとう」
一杯のキスが照れくさくて、最後はおまけで自分に言ってみた。もう何度もキスを交わしたけれど、今日のキスは誕生日のキス。出会うことが出来なかった過去の寂しがり屋のレイちゃんにキスをたくさん送ると、それだけで出会っていなかった過去のレイちゃんたちを知れたような気がした。
そこにいて、一緒に誕生日を祝っているような気にもなった。
「あんたって人は……まぁいいけれど」
ドサクサにまぎれて胸を両手で後ろから揉んだら、脇のお肉をぎゅっとつねられた。
でもレイちゃんは笑っていた。
「いーじゃん、けちぃ」
「まったく、あんたねぇ」
言葉はきついけれど、その横顔は幼くて和らいだ優しい顔。
「あと、レイちゃんを生んでくれたレイちゃんのママにありがとうの日だね」

美奈子の両腕に委ねられた身体は、本当は“明日”という未来を想い、心に引っかき傷を負って、それでもなんでもないんだと虚勢を張っている。
強くあろうと決心した幼かったレイちゃんと、明日こそはと祈りを込めて毎日空を見上げているレイちゃんと、明日を諦めきれずに生きてきたレイちゃんと、永遠に知ることのない明日を一緒に想像しながら、待ちわびながら。
桜の花が散り色あせて風がさらってもまた、次の春を待ちわびることを楽しむように。

次に降る優しさも満開でありますようにと、祈りながら。

「美奈…ありがと」
感謝の気持ちを表すことが不得手なレイちゃんから、今日は何度もありがとうって言われるのが、ちょっとこそばゆい。
「続きはまだ、これからなんだけど?」

照れた妖精が唇のくすぐりから逃げてしまわぬ前に。



「……馬鹿」



深い傷に出来た瘡蓋が、いつか誇りとなりますように。
その瘡蓋が美奈子でありますようにと
身体の全部で歌いましょう。




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Date:2014/06/12
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