【緋彩の瞳】 愛のなる木 ②

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

愛のなる木 ②

「いらっしゃい。狭いおうちでごめんなさいね」
「ごきげんよう、おばさま。お邪魔いたします」
美奈子は母親から、レイがくるときは必ず事前に知らせるように義務付けられている。血走った表情で家中を掃除しなければならない。美奈子に食べられないように隠しておいた高級なお菓子も出しておかなければならない。いつもすっぴんだけど、ちゃんとお化粧をして、しわだらけのエプロンもここはやっぱり外して、服もきちんとしておかなければならない。とにかく時間が必要らしい。一日前にレイを呼ぶかもしれないと言っておいた効果はそれなりにあるらしく、胸元の真珠のネックレスが家の中なのに光って見える。
「レイちゃん、こっち」
「えぇ」
靴を揃えて脱いだレイは出されたスリッパを履くと、美奈子と共に2階へ上がった。大股でがっしがっしと進む美奈子の後を、音もなくレイは追いかける。出来るものなら娘を交代したいと、その後姿を見ながら、美奈子の母親は目に見えない溜息を漏らさずにはいられないのだ。
「あ、また大きくなってる」
可愛いオレンジ色の箱に変えたばかりの植物はまた少し葉が大きくなり、幹になる部分もなんとなく太さを増していた。
「本当なの?」
レイは美奈子のベッドに鞄を置いて、嬉しそうにニタニタしている美奈子の顔を押しのけてみてみる。
「本当だって」
「でも美奈、誰が好きなの?」
「ん・・・ふむ。誰だろう?」
「でしょ?やっぱり、これ不良品じゃないの?」
ふふん。彼女は笑って、許可なく一人用のソファーの上に置かれた雑誌やらCDをどけて、どかっと座った。この姿、自分の母親に見せてやりたいものだ。美奈子は投げつけられた雑誌を拾いながらちょっと思ってみる。
「あら?」
「ん、何?」
ふと、レイが声をあげたので美奈子も反応した。
「今、ちょっと動かなかった?」
レイの指差す先にあるのは、愛しい観葉植物ちゃん。
「動いたって?あ、大きくなった!」
美奈子は確認のためにまじまじと見てみると、確かにまだ少し大きくなっている。
「なぜなの?」
「わかんないよ」
説明を求められたところで、取扱説明書には一言『あなたの愛情が、この植物を育てます』
としか書かれていないのだ。
「お待たせいたしました」
いつもは脚で蹴破るように入ってくる母親がノックをして、とても丁寧な言葉遣いでやってきた。レイが立ち上がり、だらしなくソファーに座っていた態度から一変してお嬢様モードに入る。
「お気遣いありがとうございます、おばさま」
テーブルは散らかっている。いくら母親といえども、掃除をしたいからといっても入れてくれないのだ。
「ごめんなさいね、汚い部屋で。よろしかったらリビングにいらして」
「えぇ」
丁寧に淹れられた紅茶は最高級な香りと、琥珀色がちょうどいい感じ。クッキーもどこに隠していたのか、神戸の有名な菓子店の名前のものに違いない。
「ママ、ありがとう。もういいわ」
いつまでもレイを眺めていようとする母親を、美奈子はシャットダウンした。なぜだか腹が立つから。
「美奈」
扉の向こうへ美奈子の母親が退場させられると、レイがそれを目で咎めている。
「だって」
その2人の視線がお互いに向いている頃、また少し、植物は成長していた。
「まぁ、いいわ」
レイはまたソファーにどかっと座る。長い脚を組んで、紅茶を飲む。下品とは程遠いけれど、模範的な正しい嗜みというよりわりと普通に飲んでいる。だけど、これは第3者がいるとなったらそこはそつなく完璧にこなすのだ。美奈子にはそれがよくわからないけれど、ちょっと嬉しくて、優越感みたいなものを感じる。自分の母親に対してだけど。
「好きな人がいないのに、成長しているって言うことは、もしかしたらこれから現れるんじゃないの?」
「そんな未来のことを予測して、成長してくれるなんてありえないでしょう?」
美奈子は突っ込みを入れる。あまり植物に興味なさそうなレイは、髪の毛先をいじってばかりだ。
「じゃぁ、美奈自身が恋って気がついていないのかもしれないわね」
この人が、恋だとか愛情だとかを真面目な顔して語っているのを見ると、なんだか妙に胸元が苦しいようで痒い。制服のセーラーを外した美奈子は、少し胸元を擦ってみた。


「何?」
「ううん。まぁ、自分自身が恋だって認識していないって言うの、よく考えたらドラマとかでそういうのがあるから、そうかもしれないって思って」
「テレビ見ないから、ドラマなんて言われてもわからないわよ」
「失敬」
すぐさま突っ込まれた美奈子は、指先でこめかみをかいてみた。地べたに座ったままの美奈子は、それから話題を振ってこないレイに対して、遊びに来いと誘ったくせに特に何かをしようというわけでもなく、クッキーを食べ続けている。ちらっと植物を見てみた。なんだかまた大きくなっている気がするけれど。
買ってから1年。その間なかなか育たなかったのに、僅か短時間で急に大きくなったりするものだろうか。
「ふむ・・・」
「何?」
自分の髪をいじるのに飽きたのか、レイは紅茶を飲み終わって美奈子が愛読している雑誌を興味なさそうにパラパラ捲っていた手を止めた。
「ふむ・・・」
「だから、何?」
クッキーを紅茶で流し込んだ美奈子は、腕を組んでみる。
「レイちゃん、ちょっと実験したいことがあるのよ」
「何?」
やっぱり興味のない雑誌だったらしく、レイは少し身を乗り出して美奈子の指示を待った。彼女は表情には出さないけれど、面白いことが好きらしい。
「私にね」
「えぇ」
「好きって言ってみて。愛情を込めて」
レイの手元にあった雑誌が、美奈子の形のいい頭目掛けて飛んできた。形が変わってしまうではないか。
「馬鹿じゃないの?」
「実験って言ったじゃない!」
「それでどんな結果が待っているのよ?」
次の言葉を慎重に選ばなければ、第2派が美奈子の頭目掛けてくる。
「それは、後から教えるから」
「・・・・・・ふーん」
「何?」
何かを感づいたらしいレイは、腕を組んで納得したように頷いている。
「好きよ。大好き。美奈が好き」
合図もなしにいきなりなされた愛の告白に、美奈子は言いようもなく恥ずかしくなった。
「大きくなったわねぇ」
覗き込まなければ見えなかった芽が、立派な葉っぱをいくつも生み出しているようだ。
「・・・ふむ」
何か言いたそうな目で意見を求めてくるレイに、美奈子は腕を組んで赤くなった頬を見せまいと俯いて考える振りをした。
「もう一度言ってあげましょうか?」
そう言われただけで、植物はまた、ぐんぐんと成長し始める。
「いい・・・」
「そうね。この部屋がジャングルになったら困るわね」
レイはそう言うと、立ち上がって植物をマジマジ見てみた。
「美奈、これに名前つけて可愛がってやりなさいよ」
「なんてつけるのよ?」
「決まっているじゃない。“レイ”」
コイツは、もしかして魔法をかけたのかもしれない。そして、まんまと魔法に掛かったのかもしれない。
「ふむ・・・」
“私を好きになれ”と言う魔法に。正当化できないのが「恋」ならば、今はそういうことにしておこう。
「レイ、可愛くなってね」
ためしに、その植物に話しかけてみると、隣のレイが噴出した。クスクス笑う顔を見て美奈子もつられて笑う。
「本当にジャングルになったら、責任とってね」
「でもこれ、あれじゃないの?失恋すると枯れちゃうとか」
「あうぅっっ」
ぐさっと棘が刺さったように、美奈子はうなだれる。
「考えておくわよ。自分の名前のついた植物が枯れちゃうのは、かわいそうだわ」
その日、ぐんぐんと“レイ”は成長した。初めて自覚させられる恋心と。思わぬきっかけで、気付かされた気持ちと、彼女も満更でもない感じと。出会ってから、まだ1年も経っていないのに。まるで遠い昔から傍にいたような感じと。彼女に恋する予感は、彼女によって気付かされた。



“レイ”。
呼ぶと返事代わりに、葉を1つ生み出す。そして、隣の彼女は寝返りを打ち、「何?」と眠たげな表情で見つめてくる。きっかけは、この植物だったのだろうかと、美奈子は過去を思い出してみるけれど。きっと違うだろう。出会うべくして出会った。めぐり会う運命だった。寄り添って歩む運命だった。きっと、遅かれ早かれ恋をしていたに違いない。
「寒くない?」
小さく首を振ったレイは、美奈子に抱きついて、胸に顔を埋める。無防備な表情は、自分だけに向けられている。誰に対する優越感か判らないけれど、とにかくそれに浸りながら、美奈子は彼女の素肌を撫でた。

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Date:2014/06/12
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