【緋彩の瞳】 淡い色の恋をした ④

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

淡い色の恋をした ④

夏祭りの待ち合わせより10分早い時間、レイちゃんを別の場所に呼び出していた。
昨日まで熱を出していたという緋彩ちゃん。本調子ではないのなら、延期しようって提案したけれど、緋彩ちゃんは電話で大丈夫だと言っていた。秋になればまた検査入院するらしく、それまでは出来る限り遊びたいって。凄く楽しみにしている様子が伝わって来て、美奈子はその気持に精いっぱいこたえてあげるしか、励ます方法は見当たらなかった。
「何、早くに呼び出して」
赤い浴衣に髪をアップにしたレイちゃんは、幾分元気がない様子だった。やっぱり乗り気ではないのだろう。
「レイちゃん、どうしても聞いて欲しいお願いがあるの」
「何よ」
「緋彩ちゃん、あんまり体調良くないんだ」
「止めるの?」
「ううん。来るって。秋からまた入院するから、それまでは楽しみたいって」
「……そう。それで?」
「これなんだけど」

美奈子は、ひとつの錠剤を取り出した。
闇ルートで手に入れた、一粒の薬。
劇薬“惚れ薬”だ。

「何なの、それ」
「効き目は1時間しかないわ。緋彩ちゃんの匂いの成分を入れてあって、飲むと、レイちゃんは薬のせいで緋彩ちゃんに恋をするの」
こんなことをして、馬鹿じゃないかと思う。
レイちゃんの気持ちを操って、少しでも緋彩ちゃんを楽しませてあげたいなんて。
レイちゃんの気持ちも無視して。

だけど、レイちゃんがもっと普段から楽しそうな顔をしているのなら、こんなことをせずに済んだ。最近のレイちゃんは、緋彩ちゃんといてもあんまり笑わないし、義務っぽさがありありと見える。それについて責めたりしなかったけれど、今日を楽しみにしていた緋彩ちゃんに、いつものような態度だったら、かわいそうでたまらない。
せめて今日だけ。せめて1時間だけでも。
レイちゃんという憧れが緋彩ちゃんを元気にさせるのだから。
レイちゃんに失望することがあってはならない。
レイちゃんの性格上、無理やりに演技をさせることはできないのなら。
ただ、レイちゃんのいいところを見てもらいたい。生きる希望の一つになって欲しいと願うだけ。
「………………飲め、というの?」
「ごめん……。私もわからないの。何が正しいことなのか、わからない。レイちゃんがもし、祭りの間に緋彩ちゃんと思いきり楽しく過ごしてくれるのなら、こんなものはいらないと思う。だけど、レイちゃんだって嫌なことだってあるものね。でも、緋彩ちゃんは……」


敵を見ているような険しい目つきになった。
レイちゃんの心の中で、たった今、美奈子は敵になった。
それでも、レイちゃんは大切な仲間で、こんなことで切れるような柔い絆ではないって信じている。美奈子の想いが伝わるって信じたい。
「……美奈」
「緋彩ちゃんのため……だから」
このまま、怒って帰ってしまうかもしれない。
それくらい、ひどいことをしているっていう自覚はある。
でも、美奈子にとって、今はどちらが大事なのかの答えは一つだった。
レイちゃんは大事な仲間。わずか1時間だって好きでもない人を好きにさせるなんて嫌だ。
だけど、また入院してしまう友達の楽しい想い出を作るのは今日だけのこと。
今日だけのことだから。
「飲んだらあんたは満足するの、美奈?」
「わからない。緋彩ちゃんが楽しんでくれることが、今は大事なことなの」

レイちゃんはうつむいて、肩を震わせている。
殴られてもいい。
罵声を浴びせられるくらいなら、何でもない。
レイちゃんは信じている人間にしか、そう言うことをしないのだから。

「……結構、頑張ったつもりでいたんだけど……楽しそうに見えていなかったのなら、私のミスなのね」
「レイちゃん……」
身体が震えているのは、怒りの頂点なのかと思った。
でも、罵声も拳も振ってこなかった。
やるせないため息だけが美奈子の心を突き刺して、大きな過ちであると責めてくる。
「美奈が緋彩ちゃんにとって、それがいいと思うのならば飲むわ」
「………怒らないの?どうして?」
「怒るっていうより、仕方がないでしょう?私は愛想良くなんてできなかった。美奈はそれを許せない。協力するっていう約束をしたのだから、美奈のやり方に従うしかない。そうでしょ?」

嘘だ。
レイちゃんはこんなこと、絶対に許せないと思っている。
だけど。

「飲まなくても、うまく出来ない?」
「わからない。努力はするけれど。薬を飲んだ方が手っ取り早いのなら、むしろそうさせてもらえるかしら?」


これは罪だ。
警鐘が心の中で響いている。
もしかしたら、運命で作られた絆をレイちゃんの方から断ち切ってしまうのかもしれない、と。

だけど……


「……1時間でも、レイちゃんは好きな人を強制的に緋彩ちゃんにされるんだよ?レイちゃんが誰かのことを好きなら、その人を好きだって言うことを1時間は忘れてしまうことになるんだよ?」
「いいの、そんなこと」
レイちゃんは、恋を“そんなこと”と笑った。だから、やっぱり好きな人がいるんだと思い知らされる。
「……でも…」
「私が好きな人は優しい人で、友達のためなら悪にでも平気でなれる人なのよ。友達のためなら、仲間を利用するくらい、何とも思わない人だし。だから、きっと“彼女”も薬を飲めっていうわよ」

………え?

レイちゃんは美奈子の手から薬を奪って、飲み込んでしまった。
わずか数秒のことで、何が何だかよく分からなくて。
「ちょっと……待って、よ」
「どうせなら、好きだったことを忘れる薬も、貰ってきてくれたら助かるんだけど」

まさか
まさか
まさか

いえ、そんなことはありえない。


でも

「せっかくだから、デートは邪魔しないで。私にとっても、一応“好きな人との初めてのデート”っていうわけだし」

何も言えなくて、何か言わないとって思っても、レイちゃんは何事もなかったように待ち合わせ場所に行ってしまった。

なんてことをしたの
なんでこんなことをしたの
今ならまだ、緋彩ちゃんを呼びとめて、待ち合わせを阻止すれば……
でも、緋彩ちゃんは楽しみにしている


「………馬鹿だな」

何もできない。
1時間、犯した罪を背負って、鉛のガムをかみしめるように、そっと後をつけるくらいしか。
緋彩ちゃんを見つめて頬を赤く染めるレイちゃんを追いかけるのだ。
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Date:2014/07/10
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