【緋彩の瞳】 BLUE ②

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

BLUE ②

「ごきげんよう」
案外再会はすぐだった。3日後また胸騒ぎがしたからだ。急ぎ足で公園へ向かうと、やはりそこには手帳をじっと見ているレイがいた。
「こんにちは、みちるさん」
顔色もずいぶんよくなっている。みちるはとなりに腰を下ろした。
「どうなの?」
「……家中を探してみたら、この子以外にも沢山、知らない人と写っている写真がありました」
「そう」
「それで、制服で写っているのもあって、その学校を調べようと思ったんですけど」
「あら、それじゃぁすぐに会えるんじゃなくて?」
みちるは自分の声が少し上ずっていることに気が付かなかった。
「そう思ったんですけど」
「ダメなの?」
レイの困った表情に、むしろ安心する自分がいる。
「この日から覚えていないとして、今日で3週間くらい。それなのに、この子が私を訪ねてこないのもおかしいなって思いまして」
それもそうだ。レイが悩む理由を考えて、あごに手を添えて首を傾げる。
「確かにおかしいわね」
「だから、探そうとは思っても、向こうは会いたくないのかもしれないって思っているのなら」
思い悩むレイがまるで片想いをしているかのようだった。みちるは手を掴んで立ち上がらせる。
「みちるさん?」
「記憶がないのなら、それは思い出さなくてもいいことなのかもしれなくてよ」
「でも」
「思い悩んでいると、また倒れるわ。少し時間を空けなさい」
自分でもどうしてこんなにレイにこだわるのかわからなかった。
「寒いから、おうちに帰ったらいかが?送って差し上げるわ」
車は5分も待たずに来た。困惑するレイを押し込む。
「レイ、ほかのお友達に相談してみたの?学校の人なら憶えているのでしょ?」
「あまり、お友達って呼ぶ人はいません」 
「そう。同志なのね、私たち」
だから放っておけないのかもしれない。みちるはスモークの掛かった窓越しに十番街の景色を見ていた。
「みちるさん、海王家のお嬢様ならお忙しいのではありませんか?どうして、送ってくださったり……」
「そうね、どうしてかしら?あなたのこと放っては置けないの。私、人との関わりとかって極力避けるほうだけど、なぜだかあなたのこと放っては置けないの」
「みちるさんって、お嬢様だからもっと気高いお方だと思っていました」
「どういう意味?」
きょとんとするみちるに、レイはクスッと笑う。
「あら、どうして笑うの?」
「いいえ、ただ。……お茶目な人だなって」
そんなこと、今まで生きてきた中で言われたことなどない。
「褒めているつもりです」
「そう?じゃぁ、喜んで受け取っておくことにするわ」
レイがクスっと笑った。その笑みがなんだか素直にうれしかった。



「火野さん」
学校に入ると、上級生が声を掛けてきた。もうすぐ卒業されるその人とは、まったく面識などない。
「火野さん、最近バイオリニストの海王みちるさんと、ずいぶん親しいようですね」
「海王さんのお父様が、父親の後援会をなさっているので」
「お友達なの?」
「はい」
お友達という言葉に抵抗はなくなっていた。会ってから2週間が経つ。いまだに、あの写真の少女が誰なのかわからなかった。けれど、みちるが親身になって励ましてくれる。写真の中の少女が自分にとって大切な友達だった気がするが、今はみちるがそうだとさえ感じている。
「海王さんが、お友達をお作りなるなんて、あなたがお友達を作るのと同じくらい不思議なことなのよ」
「はぁ……」
「あなたのお友達は?賑やかな子が、数人いらしたじゃない」
この人とは何の面識もないのに、自分にそういう人がいたことをどうしてこの人は知っているのだろう。
「授業が始まるので、失礼いたします」
答えられずにレイは走り去った。思い出さなければならない気がする。けれどそれは恐いと、身体が言っている。

「みちるさん」
「ごめんなさい、お待たせしちゃったかしら?」
「いいえ」
別に約束したわけじゃないのに、いつも公園に来てくれる。隣に腰を下ろした彼女は1つに束ねた綺麗なアクアマリンの髪を揺らす。レイは持っていた手帳をしまった。
「はい」
みちるはバイオリンケースと鞄を置くと、コートのポケットから二つの缶コーヒーを取り出した。どちらもブラックだ。
「どうして、私がブラックを飲むってわかったのですか?」
「私がそうだから」
筋金が3本くらい入っていそうなお嬢様だとレイは思っても口には出さない。たしかに、ブラックは好きだけど。
「レイ、思い出したの?」
「私の学校に、遊びに来たことがあるみたいです」
朝、上級生に声をかけられたことをみちるに話した。ただし、みちるが友達を作る人ではないといっていたことは伝えなかった。それはお互いにそう思うから。
「そろそろ、向こうも訪ねてきてもいい頃なのにね」
「思い出したいけれど、思い出したら悲しい気がするんです。なぜだか分からないけれど」
「よほど大切なお友達だったのね、きっと」
「だけど、その人は私を探してはくれない」
心と自ら歩んできた記憶にぽっかりと空いた穴は、“みちる”という存在が満たしてくれそうだと思う。
「うちにいらっしゃい。やっぱり、ここは寒すぎるわ」
缶をゴミ箱に投げ入れたみちるはレイの手を引っ張った。
「明日、お暇なの?」
「はい」
「そう。じゃぁ、うちにお泊りなさいな」
「え?でも、そんな」
「大丈夫よ。親はいないから。あの二人がいるのなら、さすがにそんな堅苦しいのは嫌ですもの」
さらりと言ってのけるみちるの気持ちが分かる気がした。親はいればいいに決まっているが、実の親にも礼儀正しくしていなければいけないのは窮屈でしかない。
「レイ、お父様にご連絡差し上げたら?」
「うちは放任主義ですから」
「そう。ある意味うちもそうだわ」
同時に訳もなく溜息が漏れる。重なった息が笑いを誘った。

食事中は静かにと、物心付いたときから言われてきた。けれど、大きな屋敷には執事を含めても5人。使用人に料理人。みちるはそれでも羽目を外すことはなかった。レイもまた、TAという名前に恥じないおしとやかな雰囲気を壊すことはない。食事が終わり、みちるの部屋に案内されてからレイは溜め込んだ息を思い切り吐いた。
「苦しそうね」
「普段は、一人で食事をしているので。学校よりも、マナーに気を使わなきゃいけないような雰囲気ですね、ここは」
そういう素直なことをさらりと言うレイが、とても可愛らしいと感じる。
「そうかもしれないわね」
ベッドに腰を下ろしたみちるに倣い、隣に腰を下ろす。
「レイ、明日デートしましょう。どこか行きたいところある?」
「デートですか?みちるさん、お休みの時は何をして過ごされているのですか?」
「さぁ?バイオリンか、絵を描いているわね」
「だったら、無理なさらずに」
「いいのよ、別に。あなたと一緒のほうが面白いわ」
「そうなんですか?」
意外そうな声にみちるはくすっと笑う。
「えぇ」
「人付き合いが苦手っておっしゃっていたから」
「あなたもそうでしょ?」
不思議だとは思っていたが、おたがいに居心地がよかった。
「じゃぁ、寒いからどこか温かくなるところがいいです」
「難しいわね、そういうの」
「家でゴロゴロしていましょうよ」
「それって、デート?」
首をかしげてきょとんとするみちるに、レイはニコッと笑う。
「明日って、ヴァレンタインデーですよね?どこに行っても、人がいっぱいで嫌ですもの」
「あ、そうね」
合点がいったように頷いたみちるは、小さく笑って、ベッドに背を預けた。
「ヴァレンタインなんて、女子校だから無縁なものね」
「そうですか?私、なぜだか貰いますよ」
「そうなの?」
少しうわずった声のみちるに、レイはみちると同じようにベッドに背を預けて頷く。
「はい。最近は、女の子同士とかでも交換したりして。でも、私は興味ないですけど」
「あげないの?」
「えぇ」
「そう」
天板を見つめていると、レイが思い出したようにクスッと笑う。
「なぁに?」
「いえ。みちるさん、明日一緒に作ります?チョコレートケーキ」
どうせゴロゴロだし。そう付け加えるレイにみちるが嬉しそうに頷く。
「私、そんなに興味がありそうにしていたの?」
「凄く」
「いやだわ」
自分の頬に手を当てて悩む仕草に、レイは微笑んだ。

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Date:2014/07/12
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