【緋彩の瞳】 ラヴ・サンドウィッチ ①

緋彩の瞳

みちる&レイ小説[幼馴染]

ラヴ・サンドウィッチ ①

『あぁ、レイ。やっと捕まえたわ』
「………やっと?…」
やっと。
そういえば、見たこともない番号からの着信が確かにいくつも並んでいた。それが国際電話だということになんて気が付くわけでもなく、何となく放置していた。
そして今は朝の6時。
目ざましだと勘違いをして、伸ばした先にあった携帯電話の通話ボタンをうっかり押してしまって、この声。
『ごきげんよう、レイ。今は朝?』
「深美ママ……何?」
まさか、この前のちびちび屋敷侵入事件について、今さらネチネチと事情聴取でもするとか。
深美ママから電話がかかってくるなんてめったにないことだから、ついそんな事を考えてしまう。

朝、6時。

『あぁ、ごめんなさい。そっちは朝ね』
「そうだけど…そっちはどちら?」
『イタリア』
「ん~……と、ポルチーニ茸よろしく」
『お土産のリクエストのために電話したわけじゃないのよ』
「あ…そ」
平日の朝6時。そろそろレイも活動時間に入る。学校があるわけだから。
「どうしたの?わざわざ国際電話なんて」
最近、少しだけ朝が寒く感じる。秋になったと思えばもう、冬がすぐ近づいてきている。秋になるといつも思う。秋だって思っている季節はとても短い。
『悪いわね、早くに。お願いがあるの』
「ん?」
『みちるの事務所から電話が入ってね。あの子、過労で倒れたみたい』
「……え?みちるが?」
『悪いんだけど、お願いしてもいい?』
「あ……うん。わかった。まさか、どこかに入院でもしたの?」
一瞬、とんでもないことが起こったのではないかと思った。
ほんの少し寒い秋の朝は、ほんの少しだけ心臓に悪い。
頼みもしないモーニングコールも。
『病院に運ばれたらしいけれど、家に戻ったみたいよ。詳しいことは、また、連絡を入れてくださるそうだけれど。レイ、お願いよ』
“お願い”だけで、何をして欲しいのかくらいわかる。そして、嫌だという理由がなにも思い当たらない。つまらない学校に義務で行くことよりも、みちるのために駆けつけることはレイと言う人間の本能的な行動と言ってもいい。
「わかった。みちるは私に任せて」
『流石、葉月の娘だわ』
魔法の言葉をかけられたら、もうあとは身支度を整えてタクシーを呼びつけるだけだ。
神社の朝の掃除もすっぽかし、朝食も忘れて。
そんな事をしてでも顔を見に行かなければいけない、今のみちるに必要なのは、受話器越しの深美ママの声でも、事務所の人間の看病でも、愛するはるかさんの腕でもなく、レイ100%だという自信があった。



「みちる~?」
マンションの鍵がカチャリと開く音。合鍵を渡している人物ははるかとレイしかいない。
みちるの名前を叫んだ声は、朦朧とした意識の中でぼんやりと思い浮かべた人物に違いなかった。
「来たわよ」
「…………遅いわ」
やっと。
やっと、心の奥底からため息が吐ける。
「ごめん。深美ママからの電話を受けてから、一直線に来たから許して」
ラフなシャツとデニム。おまけに裸足。みちるは自分が起き上がれないくらい身体が疲れきっているのに、その姿を見て別のため息を吐かずにはいられなかった。
「冷えてしまうわ。ボタンを留めて、上に何か羽織って」
「はいはい、今はそっちが病人」
レイのことの方が、気が気でならなくなってしまう。
けだるい腕も、さっきまで上げたくないと思っていたのに、その冷えているであろう手を握りたくなってしまう。
「シーズンに倒れるなんて、らしくない」
レイの言う“シーズン”は、秋から春先にかけてのコンサートラッシュのことを指している。日本全国各地、とにかくこなさなければならないコンサートスケジュールが、手帳にぎっしりと書かれてあるのだ。それでも必ず週に1日はオフを入れるようにしていた。多少の無理でも、その1日で調節することは慣れていたはずだ。それに自慢ではないが、身体が弱いというわけでもない。レイのように季節の節目に必ず調子を悪くするような、ひ弱な人間ではない。
熱を出すなんてこと、1年に1度あるかないかくらいだ。
まさか幕が下りたと同時に意識がぷつりと途絶えるなんて、夢にも思い描かなかった。
東京のコンサートでよかったと、心から思った。これが地方だったら……。
居心地の悪い病院のベッドに寝かされなければならない。
運が良くてもホテルに籠らなければならない。治るものも治らない。
みちるは慣れ親しんだベッドと、慣れ親しんだ人の声が傍にないと心が休まらないのだ。
「情けないわ、本当。別に調子が悪いなんて、これっぽっちも思ってなかったのに」
「緊張の糸を張り過ぎて切れちゃったのよ。ゴムの様な神経でも、伸ばし過ぎると限度っていうものがあるのよ」
「それって褒めているの?」
「最高の褒め言葉」
冷たいレイの手がおでこに添えられる。あぁ、やっぱり冷えている。
「みちる、熱あるんじゃない?」
「……あぁ、たぶん」
身体に籠った熱のせいで、レイの手がよけいに冷たく感じたのだと知っても、早くレイには温かい格好をしてと思わずにはいられない。
「病院行ったのよね?」
「えぇ。薬をもらっているし、点滴も打ったから寝ていればいいだけよ」
だからって1人にしないでね。それを口には出さずに冷たい手を感じながら目を閉じた。
「そっか。じゃ、じっくり寝て早くいつものみちるに戻って」
朝食を作るからと髪を撫でて部屋を出て行く。扉は開けっぱなしにされたまま。
「ちゃんと温かくしなさい」
叫んだつもりだけれど、思ったよりも声は出なかった。レイからの返事は少し遅れてやってきたから、大丈夫だとは思うけれど。
目を閉じても、さっきと同じこの部屋に1人は違いないのに。別の部屋に誰かがいてくれる温かさと、安心と言う心地よさがある。
はるかには倒れたことは言えない。
もちろんはるかは恋しい。
傍にいてくれたらいいのにと思う。
それでも、生まれた時から嫌と言うほど一緒にいたレイの方が、都合いい時だってある。レイだって、体調が悪いときにまっさきに電話をしてくるのはみちるだ。いい格好を見せたいなんて、今さら思わない相手。
恋では癒されない。
レイは弱さをさらけ出せる、唯一の幼馴染なのだから。

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Date:2014/07/12
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