【緋彩の瞳】 CHANGE ⑦

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

CHANGE ⑦

「何?」
「昼、屋上に来るだろ?」
「なぜ?」
「話があるから」
「私にはないわ。どいてくれない?」
朝、下駄箱ではるかに行く手を塞がれたレイは、忘れていた苛立ちがまた募ってきた。土曜日、日曜日と、美奈子として両親と思う存分過ごした満足感と後悔と。とにかく苛立っている。
「迎えに行くから、嫌でも連れて行ってやる」
「悪いけど、昼は一人で食べることにしているの」
初日は屋上ではるかたちといたけれど、それが美奈子としてだと居場所がない。かといって仲間達と一緒に食べる気分にはなれなくて、一人で食べることに決めている。
「・・・迎えに行く」
「どうぞ、お好きに」
ここで喧嘩を始めるわけにはいかないらしく、はるかはなるべく怒りをおさえながらも、それでも声を低くして“美奈子”に命令した。レイは軽くあしらって教室へ向かう。
廊下にはテストの成績が張り出されていた。後ろから名前を探す必要もなく、その名前は2番に書いてあった。知らない人たちから、何があったのかと声を掛けられる。満点1位の亜美は2点差の美奈子の名前を見つけて目を丸くしていた。
「この学校のレベルが低いだけでしょ?」
事実、私立のレイにとっては、授業の内容はもうとっくに終わっているし、とても簡単なのだ。頭がいいと思ってなどいない。進むスピードが違うせいだろう。
騒ぎまくる人たちの合間を縫って、レイはリボンで結んだ髪をさらっとなびかせると指定の席に着いた。


「美奈子は?」
「いないよ。チャイムが鳴ったら、すぐにお弁当を持って出て行ったから」
予告どおりに教室まで来たはるかは舌を鳴らす。うさぎはこの前のパーラーの一件があるから少し心配そうにはるかを見ていた。
「どこで食べてる?」
「さぁ?」
何が何でも場所を教えてくれない美奈子に、うさぎ達は最近少し距離があるらしい。はるかはしかたなくみちるの待っている屋上へと向かった。

「隣、いい?」
「・・・・不法侵入で逮捕されるわよ」
「隣の小学校からだから、大丈夫でしょう」
せつなは“美奈子”のとなりに腰を下ろすと、持ってきたお弁当箱を広げた。レイにとって見慣れたそれはおいしそうだ。
「はるかたちから聞いたわ」
「あっそう。そういえば、昨日は“レイちゃん”とどこかへ遊びに行った?」
「本人の希望で映画を見に行ったわ。アクション映画だった」
趣味の悪いやつ。レイはやれやれと思いながら手作りのおにぎりを頬張る。
「最初におかしいと思ったのは先週の土曜日。レイがやけに食欲旺盛だったこと。髪を自分で乾かそうとしたこと。絵を見に行ったのに相当つまらなさそうにしていたこと。あとは言葉の使い方と仕草ね。服を買いに行ったときも趣味が少し違った。月曜日に夕食を作りに行ったときに、入っていた椎茸を器用に端に避けていた。そわそわしていたわ」
なんだ。入れ違った次の日には気がついていたのなら、なぜ確かめようとしない。
「でも、はるかとみちるは気がついていない。あなたはそれに怒っているのでしょう?」
「元に戻ったら、二人はクビにしてやるわ。それより、“プルート”はどうして確かめようとしなかったの?なぜ、何も聞かなかったの?」
お茶を飲んで喉を潤すと、レイは美奈子だけれど完全にレイの口調と態度に戻した。
「レイが“美奈子”を楽しんでいるような気がして。様子を見ていたかったのよ」
「・・・なら、そろそろ限界だからなんとかならない?」
「そう思ったから、今日ここに来たの。あなたが本気ではるかたちと喧嘩をしてしまいそうだから」
レイのことを良くわかっている。ほっとする。傍にいるというだけで、美奈子の両親と一緒にいるときの安心感と緊張感よりも、こっちのほうが楽だ。
「疲れた」
「そうでしょうね。これが亜美ならあなたも楽でしょうけれど」
「そうね。美奈とうさぎだけは勘弁して欲しい」
せつなのお弁当のおかずに入っているしいたけの煮物を摘んで、レイは口の中に入れた。美奈子の家では食卓に上がらないもの。やっぱりおいしいじゃないか。
「おそらく、二人で飛ばされたときにオーブがかなりの衝撃でぶつかったのでしょうね。傷ついたオーブが重なってしまって、あなたたちの能力、要するに中身が入れ替わっちゃったのよ」
「元に戻すには?」
「お互いが変身して、同じことをする…とか?」
「要するに、また吹っ飛べってことね?」
「眠っている間に、お互いのオーブを重ねていればいいのよ。かなり密着するけれど」
「そう。美奈に伝えておくわ。とりあえず、元に戻ったら奴らはクビだから。決定したことは覆さないから」
「・・・・気がついてよかったわ」
「普通気がつくでしょ?」
玉子焼きを口にいれてお茶で流し込んだレイは、せつなの膝に頭を預けて横になった。
「私は美奈になれないわ」
「なって欲しくないわね。私もレイの姿をした美奈子はそれは面白いけれど、それじゃぁ私たちの必要性がなくなってしまうもの。楽しみがなくなってしまう」
「そう。授業終わったら美奈を呼び出すわ」
「そうしてくれるかしら?無事に戻ったら、連絡してね」
1週間と少し、美奈子を体験してもう十分満足だ。
レイをがんばって演じている美奈子を見ているのも楽しかった。
客観的に自分がどういう風に見られているのかも観察できた。
だけど、やっぱり他人にはなれない。


「何?こんなところに呼び出して」
「美奈、変身して。方法がわかったのよ」
司令室に呼び出された美奈子は、レイの変身ペンを胸ポケットから出した。
「マーズに変身するの?」
「当たり前じゃない」
「はいはい」
変身のスペルを間違わないように二人は変身した。
「うわ、ハイヒール!凄い!」
「そんなことより、やるわよ」
「なにを?」
「だから、方法が見つかったのよ」
美奈子がうろたえている間に、レイは手を取ってさっさと隅にあるソファーに引っ張った。ヴィーナスの感触は、とても軽いというか、技の威力があるような感触がしない。炎を武器としている自分との違いなのだろうかと思う。
「ちょっと、何するって言うのよ?」
「原因がわかったからよ。私たちのオーブを見て。傷ついているでしょう?」
胸の星の形をしたオーブを見てみると、かなり損傷していた。危ない危ない。エネルギーが知らない間に放出されて行き、放っておくと変身もままならなくなってしまう。
「こことそこをくっつけて、意識を集中させて」
「くっ付けるって、これは取り外せないものよ?」
「だから寝転がるんでしょ?」
「え?」
固まっている“マーズ”の手を引いて、レイはソファーに寝転がった。
「あんたが上」
「・・・マジ?」
「目が覚めたとき、私が上になっているからよ」
誰がそんな理由を聞いているのだ。
「ねぇ、自分の顔をこんなにも間近で見るのは嫌なんだけど」
「私だって嫌よ。だから、目を閉じるのよ。ほら」
「ちょっとぉ・・・」
美奈子はとりあえず、自分の顔を見ないように目を閉じた、オーブが離れないように腰に腕を回されているから逃げられない。オーブはすでに輝き始めてしまった。光に包まれてしまう。ドキドキが押さえられないというのに。しかたなく抱きついて、早くもとに戻ることを祈らずにはいられなかった。



「クビ?!」
「そう。あんたたち、クビ。顔も見たくない、あっち行って」
火曜日。放課後のクラウンパーラーではるかとみちるを呼び出したレイは、宣言していた通り2人にクビを言い渡すと、自分の飲んだコーヒー代も払わずに立ち上がった。
「なぜ?」
「なぜ?って、聞くわけ?」
追いかけるみちるにレイは鼻で笑う。この分からず屋。そのあとを慌ててお金を払って出てきたはるかも、同じことを問いただした。
「教えないわよ。自分で考えなさい」
「美奈子に対してきつく当たったからか?」
「あぁ、それもあるわね」
久しぶりに自分で夕食でも作ろうと、近くのスーパーに入る。もちろんそのあとを二人は付いてくる。
「そのほかにもあるの?何なの?」
「その、凄く鬱陶しいところ。買い物に付いてきても、何もあげないわよ」
「夕飯、うちで食べるんじゃないのか?」
「いらないわよ」
「じゃぁ、作ってあげる」
「結構。たまには自分の手料理を食べたいの。邪魔、あっち行って」
一人分の食糧を買い込みレジを通す。
「なぁ、理由くらい教えてくれよ。な?」
財布からお金を出そうとしたレイをさえぎって、はるかがお金を勝手に払った。
「馬鹿じゃないの?」
レイは袋に食料を入れてさっさとスーパーを出る。
「なぁ、レイ」
間抜けな声で、みっともなく擦り寄ってくるはるか。
「そういうの、やめてくれない?みっともないから。だいたい、みんながいるのにベタベタしてこないでよ」
「それで怒ってるのか?」
「それ“も”、怒っているの。美奈に不快な思いをさせたんだから、謝りなさい」
本当は不快だったのは自分自身だけれど。そのときは美奈子の姿をしていたのだから、それでつじつまはあっている。
「わかった、謝るから」
レイは無言で神社へと向かう。まだ顔色を伺ってくる2人はくっ付き虫のように離れない。階段を上がっても、玄関を通っても。
「いつまでついてくるのよ?」
「理由を聞くまでだ」
「理由なんてない、二人はクビ」
「レイ、ねぇ。せつなもクビなの?」
冷蔵庫に食料を入れて、部屋に戻る。みちるの問いになかなかいいところをついてきたなと、レイは思った。
「せつなさんは、現役続行」
「なんでせつなだけなのよ?」
「自分たちで考えてよ」
制服を脱ぐとみちるがレイのタンスから部屋着を取り出した。受け取ってさっさと着替える。
「わからないから、教えてって頼んでいるじゃない」
「しつこいわね。もう、鬱陶しいのよ。帰りなさいよ」
久しぶりの自分のベッドは懐かしいけれど、セミダブルはやっぱり一人では広すぎる。
「ねぇ、レイ」
「・・・もう、だから・・・」
「何をそんなに意地を張っているの?」
ごろんと寝転がったレイを追いかけるように、みちるはレイの身体を抱きしめた。
「原因をわかっていない人間に、何か文句を言う権利でもあるの?」
「ないけれど・・・」
「放してよ」
「嫌よ」
「なんで?」
「今、放したらはるかに取られるから」
たしかに一歩出遅れたはるかが、腕を組んで見下ろしている。
「さっさと、ご飯でも作ってきなさい」
みちるははるかを追い払った。レイ>せつな>みちる>>はるか。絶対的に強いのはいつでもレイなのだ。
「レイ、ねぇ。教えて?」
「教えない。絶対教えないから」
「キスするわよ」
「しても教えない」
唇に軽くみちるの唇が触れた。久しぶりに味わうキスは、レイの中の少ない感情を刺激した。
「ねぇ・・・じゃぁ、せつなに聞いてもいい?」
「ダメ」
逃げるように横を向くレイをみちるの両手が逃さない。
「レイ、ね?教えて」
「・・・教えない」
美奈子になっていたとき彼女の両親を騙しながら得た幸せ感と、今の幸せ感。それは比較できないものなんだとわかっているけれど、でも、出来るならどちらも欲しい。欲張りなんだと自分でも自覚している。
「今、悲しい顔をしたわね。どうしたの?」
「別に」
ヤバい。そうやって優しい瞳と少し心配した声をされると、負けてしまう。
「レイ」
「もういいから、あっち行ってってば」
「やーよ」
「土曜日になったら行くから、それまで一人にさせてよ」
「土曜日になったら機嫌が治ってくれるの?」
「さぁ、どうかしらね?今は嫌なの。一人で考えたいことがあるのよ」
「何について?」
「私と、あなたたちの関係」
みちるの視線から逃れてレイは枕に顔を埋めた。言ってからちょっとだけ後悔するけれど、嘘じゃないから仕方がない。
「・・・どうしたいの?」
「わからない」
「そんなに美奈子たちの前であなたを可愛がったこと、迷惑だったの?」
「迷惑っていうわけじゃないけれど」
客観的に見てしまうと辛い。何も知らない目からは、どんな風に見えているのかわかった気がする。
「・・・そう。土曜日に続きを聞くわね」
みちるはレイの髪を撫でて束縛をやめた。温もりがなくなると急に寂しくなる。
「夕飯、ちゃんと食べてね」
「わかってる」
顔を枕に埋めたままレイは気配がなくなるのを待った。静けさが戻ってくると、顔をあげて本当に誰もいなくなったことを確認する。溜息が部屋に響いた。何もする気になれなくて、食事をする気にもなれなくて。だけど、間違いなくはるかは何かを作っておいてくれているだろう。
だけど、それは夜食になるか朝食になりそうだ。寝転がったまま、天井を見た。


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Date:2014/07/12
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