【緋彩の瞳】 霧のように ③

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

霧のように ③

『ネプチューン』
レイは心の中でその名前を繰り返す。鼓動が体を小刻みに震わせ、発熱に似た気だるさは、けれど、嫌じゃない痛みを伴っている。
「でも、ネプチューンが転生しているとは限らないわ。ネプチューンは外部太陽系の戦士。もし地球にいるのなら、それは何かしらこの地球に危機が迫っていると言うこと。いてはいけないのよ」
外部太陽系といわれても、ピンとこない。レイはただ頷くだけに留まった。
「ありがと。でも、私はたぶんその人を探し出せるわ。どんな戦いに巻き込まれても」
「レイちゃん!」
まだ、顔も思い出せない。
声と柔らかな髪と温もりと。そして名前。
それだけあれば十分だとレイは思った。
いつも傍にいる亜美じゃないということがはっきりとわかっただけでも、十分かもしれない。
まだ見ぬ夢の主は、いまだ亜美と別れるという結論へすぐに結びつけることを許さずにいる。

「レイちゃん、最近どうしたの?」
「何が?」
「・・・・ううん。その、いつも元気っていうか・・・」
名前を思い出してから少しだけ靄が晴れたせいもあってか、レイは以前より亜美に接する態度が柔らかくなった。けれどそれは親密になったわけではない。笑顔で接してきても、体に触れる機会が減り、それが少しだけ亜美に不安を与える。
「別に。ちょっと、ね。今日もクラウン行くでしょ?」
「えぇ」
「急ぎましょう、亜美ちゃん」
外で手を繋ぐなどあまりしないのに、握られた手が引っ張られる。亜美は嫌ではないけれど、少し態度が変わったレイに不信感を感じずにはいられない。
付き合い始めたときから、彼女はいつも片手だけでしか抱きしめてくれていない感じがする。
視界の中に亜美だけを入れることがないような。
本当の恋は別の場所にあるような。
そんな瞳で見つめてくる。
それが現実になる日が、もしかしたらもうすぐそこに来ているのかもしれない。
「何、ぼけっとしているのよ」
「あ、ごめんなさい」
せかすレイに亜美は付いてゆく。そこにあるものが恐れているものだとも知らずに。


「あ、衛さんだわ」
角を曲がりクラウンへと近付く二人は、店先によく知った人を見つけた。レイは珍しいわねと亜美に同意を求める。
「誰かしら、隣の人」
「浮気相手じゃない?」
時々漏れるレイのブラックな冗談に亜美は苦笑をして、首を振ってみせる。冗談に決まっているじゃない、と拗ねて見せる表情を見たくて。


『マーズ』


ドクン。
体が飛び上がるかと思うほど、鼓動が不自然に体を揺らした。
「レイちゃん?」
心臓のある部分を制服の上からぐっとつかんで、固まる。亜美が不思議そうに覗いてくることも、レイの視覚は捕らえたりしない。
声を出せば振り返るほどの距離にいる、その人は。
衛と向かい合って何かを渡しているその人は。
『マーズ』
夢の中でレイをそう呼び、抱きしめ、体温を与えていた彼女の髪と同じで。
あぁ、振り返って
私の名前を呼んで。
けれど、彼女は振り返ることもなくその場から去ってゆく。
ここにいるのに
私はここにいるのに。
「やぁ、お二人さん。どうしたの?」
衛が二人に気付いて軽く手を上げた。レイは走らなきゃと急いで体を動かそうとする。
動かない。
早くなる鼓動幾千億待ちわびた再会は、恋の矢を撃ち放ち心臓を捉えてしまったせいなのか、ピクリとも動かない。
あぁ、待ってネプチューン。
ここにいるわ。
叫ぼうと唇を動かしていると言うのに、喉は震えてくれはしない。
打ち抜かれた心臓から血があふれ出すかのように、体中が焦りと苛立ちに負けてゆっくりと意識が薄れてゆきそうになる。
「レイちゃん?」
「…ネプチューン」
顔を見たかった。
声を聞きたかった。
あぁ、けれど彼女は同じ星に生まれ、まためぐり会うのね。
美奈子が言う前世を思い出しちゃいけないのよ、と言う言葉の意味が今わかった。
波に酔ったようにふわりと揺れた体は、正常に立つことを許してはくれず、ふにゃりとしゃがみ込む。

突然、気分が悪そうにしゃがみ込んだレイを慌てて抱えた亜美は、嫌な胸騒ぎを、そんなはずはないと自分に言い聞かせ彼女の背を擦った。
消え去った少女の後ろ髪を、どこかでみたことがあったような。
けれど。


「海王みちる」
「誰、それ」
「ネプチューンのことよ」
呼び出しを食らった美奈子は、イヤイヤ司令室に入った瞬間帰りたいと思った。
「転生しているの?そんなまさか」
「嫌なの?」
「…いいえ」
気迫が怖い。美奈子はブンブン首を振り、ソファーに浅く腰を下ろした。
「間違いないでしょう?」
レイは鞄から1枚のチラシを取り出して、美奈子の前にひらひらと見せる。ヴァイオリンのコンサートのチラシらしい。その中央の顔写真。
美しい顔立ち
柔らかなウェーヴの髪
間違いなく、前世のネプチューンのそれと同じ。
「…間違いない、と思う」
「衛さんがこのコンサートチケットを貰ったそうなのよ。たまたま歩いていてぶつかって、ちょっとお話したくらいで。ネプチューンはたぶん衛さんが何者なのかわかっているのよ。ということは、きっと私のこともわかってる」
その口調からすると、レイ本人の手にもチケットがある素振り。
「亜美ちゃんにそのこと言ったの?」
「言わないわ」
「…どうするのよ。亜美ちゃん泣かすようなことしないでよ。私がきっかけを作ったみたいじゃない」
机に突っ伏して頭を抱える美奈子に、レイはどうして?と不思議そうにたずねる。
「レイちゃんさ、今のネプチューンがどうなっているのかわからないわよ?もしかしたらもう、誰かと付き合っているかもしれないし、レイちゃんのことを好きになるとは限らない。反対にレイちゃんが思っていたネプチューンと、今の彼女がかけ離れているかもしれない」
「美奈は、私に亜美ちゃんとずっとこれからも今の関係を続けて欲しいって思っているの?」
「当たり前じゃない!」
何を言わせるの。ドンと机を叩いて頬を膨らませてみせる。けれどレイはそんなこと痛くないといった表情を崩さない。
怖い顔。本気の時のレイは何時だって怖い。
「たとえ、ネプチューンが現れなかったとしても、きっとそれは無理だと思うわ。私は亜美ちゃんのことを好きだけれど、優しさに甘えるだけの関係だもの。馴れ合いが過ぎた関係は長くないでしょう?」
怒った顔のクセに寂しい口調。そんなこと聞きたくないのだから、勝手に打ち明けないで欲しい。
「…他人の恋に口出ししたくないけれどさ、溺れすぎないでよ」
「うん、わかってる」
亜美と付き合いだして長いけれど、レイは一度だって仲間に照れくさそうな微笑を見せたことはなかった。恋をする少女のような柔らかい笑みを見たことなんてなかった。
それなのに今のレイは、これから確実に出会える魂で結ばれた人を想うだけで、こんなにも美しく微笑んでいる。
仕方ないじゃない。
美奈子は変な板ばさみにあったような気がして、けれど、いずれはこうなるのだから諦めの溜息を漏らした。


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Date:2014/07/12
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