【緋彩の瞳】 霧のように END

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

霧のように END

「みちる、どれくらい前世のことを覚えてる?」
絡めた指を一度も離すことなく、2人はタクシーに乗り込んだ。行き先を告げるみちるに、レイはもちろん付いてゆく。
「戦士として覚醒した時は、それほどはっきりと覚えていなかったわ。プリンスとプリンセスの顔を知っている程度。でも、あなたを見て思い出したの。あなたのこと。あなたが私のものだったこと」
レイはみちるの肩に頭を乗せた。
「私、前世のこと何も覚えていなかった。だけど、あなたがいつも夢の中で私を呼んでいたの。信じていたの。前世で私は誰かを深く愛していたんだって、そしていつか私はその人とまた巡り会うんだって。みちるのこと、探し続けていたわ」
触れて、もっと触れて。握る指に力を入れる。
「レイ、もし思い出さなかったらどうしていたの?」
肩に乗せた頭をそっと撫でる掌。温かい温度。
「一人で生きてゆくだけ」
「本当?誰も愛さないで?」
「えぇ」
チクッと胸に棘が刺さった気がした。けれどそれは気のせい。
「みちるは?みちるは誰もいないわよね?」
「さぁ、どうかしら?」
含み笑いでレイは冗談でしょ?と、目で訴える。
「そんな寂しい顔をしないで。冗談よ。残念ながら忙しくてそれどころじゃなかったもの」
「本当に?」
「えぇ」
「誰もいない?」
「いないわ。レイがいるけれど」
お酒で酔ったことはないけれど、アルコールを体内に入れたような気分ってこういうものなのかもしれない。
罪におぼれるように、お酒におぼれるように。
私はこの人の魂に溺れてゆくのね。
そして溺れて死んでしまうのね。
けれど、今なら死んでもいい。
生まれ変わって一度も感じたことのなかった情が、熱を上げ、心を狂わせて行く。それは確かな愛の証。しかし、それは同時に亜美に対しての最大の罪だというのに、レイはそのことに気が付かなかった。


朝焼けのパープル色に染められた空。
カーテンから零れ落ちた朝の温度。
2人は暗闇が薄闇になるまで体を求め合い、愛し合い、絡み合い続けた。腕を上げられないほどに疲れきった体の中の時計が朝を知らせようとも、抱きしめた体を放すことはしない。

ずっと、このままで。
このまま死んでもいい。
あぁ、私は生まれて初めて誰かのために存在することが許されたのね




「レイちゃん、最近よく綺麗な女の人と歩いてる。高校生かな?亜美ちゃん、知ってる?」
うさぎの無神経な質問に、美奈子は飲みかけのメロンソーダを吐き出しそうになった。
「さぁ?たぶんレイちゃんの恋人じゃないかしら?」
亜美はとても落ち着いた口調で答える。けれどうかない表情は隠しきれず、目を逸らしている。
「そ、それはないわよ。だってレイちゃんの恋人は亜美ちゃんじゃない!」
美奈子は明るく笑ってみせて、まことにきつく視線を送る。何か異様な雰囲気にまことは美奈子に合わせるように笑って見せた。
「いいのよ、美奈子ちゃん。気にしないで」
「ちょっとぉ、何をそんなに落ち込んで!今日レイちゃん来るでしょうが!」
毎日、当たり前のように会ってたわいもないことを話して。
だけど、あの日以来彼女は姿を見せない。2人きりになることを避けている。
はっきり言わない優しさは残酷だと、わかっていない。
「あ、ほらほら!レイちゃん来たわよ」
仲間がいるときは姿を見せても。
いつも当然のように座っていた亜美の横には腰を下ろさない。
「みんな、お待たせ」
軽く頬を上げて微笑みながら近付いてくる様子は、依然と何も変わらないはずなのに。目が誰かに恋をしている。
「レイちゃん!」
美奈子はいいタイミングなのか悪いタイミングなのか、迷惑そうにレイを睨む。
「何?どうしたの?」
「…なんでもない」
「そう?私、ピーチティ」
美奈子の隣に強引に腰を下ろしたレイは、それでも亜美に少しだけ笑顔を見せる。
徹底的に冷たくしてくれたのなら。
はっきりと言ってくれたのなら。
だけど、前世の遠い記憶の薄い前世の恋人に負けただなんて、そんなに簡単に認めたくないから、逃げているのは自分かもしれないと感じる。


「…亜美ちゃん」
「何?」
「本当は、気が付いているんじゃないの?」
行かなきゃいけないところがあると、姿を消すレイを美奈子は止めようと思ったけれど。
どうすれば一番いいのかがわからない。
前世でマーズとネプチューンがどれほどに愛し合っていたかを知っている。
今、亜美がレイを想っていることも知っている。
果たして前世で愛し合っていたからと言って、今も幸せになれるかどうか。
だけどレイは幸せそう。
あの頃のように。
あの頃よりも。
「死」以外に2人を引き裂くものは、今は何もないのだから。
「死」でさえ、今ならともに選ぶことが出来るのだから。
これ以上の喜びはないだろう。
「レイちゃんは何も言ってくれない。たぶん、あの人にしか目に入っていないのよ」
「そんなことないと……思うよ」
もっと強く否定できたらいいのに。美奈子は自分の正直さがイヤになる。でも、なんとなく伝えるしかない。
「美奈子ちゃんは、知っているんでしょう?レイちゃんの相手の人。海王みちるさんのこと」
「あ・・えと、うん。マーズが前世で愛した人………だから」
「そう」
自嘲気味に笑う亜美に、美奈子は今すぐレイに責任を取ってもらいたいと強く思う。どうして自分が尻拭いをしなきゃいけないのだろう。
「私は今を生きているのに、レイちゃんはずっと、夢の中でも彼女を探し続けていたのね。私じゃなかった」
「そんなことないわよ。レイちゃん、亜美ちゃんのこと好きよ。好きじゃない人にキスするような人じゃないって」
本当のところどうだか知らないけれど。美奈子は慰め程度にはなるだろうととりあえず言っておく。
「そうね。でも、愛しているとは一言も言ってくれなかった」
「だから、それは、その…」
オドオドする美奈子に、亜美は笑う。
「ごめんなさい、美奈子ちゃん。関係ないのになんだか巻き込んじゃって。気にしないで。私、レイちゃんと直接話すわ。これ以上心配させたくないし」
傷つく結果しかないのに。
強い人だと美奈子は感心する。
「うん。その、ほっぺたくらいなら引っ叩いてもいいわよ」
「そうね」
振られるのは自分なのに。そのことを話さなきゃいけないなんて。
本当、頬くらい叩いても罰は当たらないわね。
亜美は案外心が強い自分に、少し呆れた。


朝、みちるのマンションから学校に通い、放課後は仲間と合流する時もあれば、面倒になって顔を見せない時もある。みちるが戦士として覚醒して無限学園に潜入しているから、できることならその協力もしたい。なるべく2人でいる時間を持ちたいから。
「あ、みちる」
みちるから連絡が入らないからクラウンでも行こうと公園に入ると、最近やっと見慣れた愛しいウェーヴの髪が見えた。後姿だけで十分わかる。
「レイ。おかえりなさい」
「ただいま、みちる」
少し駆け足でみちるヘ近付く。近付くともう1つ頭が見えた。みちるの背中で隠れていたその人を見て足が止まる。やましいことじゃないと思い込んでいても、二人を並べると心がチクッと痛い。
「レイちゃん、おかえりなさい」
「…ただいま、亜美ちゃん」
レイはみちるに抱きつこうと広げた両腕を下ろし、一度足元を見たあと、“きっ”と亜美を見つめた。
「とりあえず、先に叩いていい?」
どうしてみちるがいる前で。そう思ったけれど。
左頬を叩かれて、なんだかすっきりしたような気もした。
「ちょっと!大丈夫?」
みちるが叩かれて頬を赤くしたレイを、とっさに庇うように抱きしめた。
「みちる、いいの。私が悪いことしたから」
痛いようなジンジンするようなよくわからない頬。レイはみちるを押し戻した。少し黙っていてとお願いして、それから亜美に向きを戻す。
「もう、気が済んだ?」
「…えぇ」
「許してって言わないから。あなたのこと好きだもの」
「“好き”をくれても、愛しているって言ってくれなかった理由、わかっていたわ」
こんな自分を好きになる価値なんて本当はないのに。
「だけど、それをレイちゃんから何時言われるのかちょっと怖かったの。だから、これでお互い様にしましょう」
「…強いのね、亜美ちゃん」
もっと、憎まれてもいいとは覚悟していたけれど。でも、それでも選ばなきゃいけない人は、生まれる前から決まっているのだから。
「レイちゃんが居なくても、私はたぶん生きていけるけれど。みちるさんが居ないと、レイちゃんは生きていけないもの。レイちゃんがそれくらいみちるさんのことを必要としているのは、……見ていてわかるわ」
惨めすぎるけれど。
でも、みちると話をしていても哀しいけれど嫌悪感どころか、この人ならレイを取られても仕方がないとしか思えない。
生まれる前から恋をするという運命だったのなら。
勝ちたいけれど、勝てる確率がどこまでも低い。
そんなものに縋り付いても仕方がない。
「…ありがと。亜美ちゃんは大切な友達だから。それはいつまでも変わらないから」
「そう、ね」
愛していると、一度でもいいから言われてみたかったと。言おうとした咽はそれを押し留める。亜美はじゃぁねと軽く手を振っていつもと同じように微笑んで背中を見せた。
不思議と涙は出なかった。
もっと哀しくなると思っていたのに。

「…いいの?」
「うん。みちるだけだもの。それに、彼女を愛していたわけじゃないし」
「ふ~ん」
まだ赤くなったままの頬に、みちるは軽く唇を押し当てる。
「レイのテクニックがやけに慣れていたのも分かる気がするわ」
意地悪なことを言われて、頭を撫でる。レイはぷんっとそっぽむいた。
「でも、私は亜美に抱かれたことはないもの」
「それは、ちゃんと私が確認したから信じてあげるわ」
「みちるもね。みちるが初めてじゃなかったら、私、みちるの相手を呪い殺すところだったわ」
「自分のことを棚にあげて…。でも、よかったわ、そうならなくて」
「ちょっと、それじゃ、本当は誰かいたの?」
「いないわよ。残念ながら…」
「みちる!」

生まれる前の恋を思い出すなんて
なんて幸せだろう
なんて残酷なのだろう
これが運命だとわかっていて、抗おうとしない
出来ない
この人だけ
この体が許すことが出来るのは、この人だけ

あぁ、もう二度と離れはしない

例えそれが、月の呪いであったとしても


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Date:2014/07/12
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