【緋彩の瞳】 愛が散る夢 ③

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

愛が散る夢 ③

「レイ」
ここのところ、ほとんど毎日コロニスの夢を見る。思い出しただけで息が詰まるほど恥ずかしい記憶も鮮明にあるというのは、迷惑なことかもしれない。コロニスを心から愛して、そしてコロニスから愛されていたことは事実だけれど、現実の世界にコロニスはいない。いるのは彼女の妹だったマーズの記憶を持たないレイ。

何も知らないレイ。

「みちるさん」
彼女はあまり人に微笑みを見せない。ストイックで冷めた印象が強いし、基本的に口調も穏やかではない。だけどみちるや仲間の前ではあまりそういう面を見せない。理解者だと彼女が心許している人物のみに許される微笑。
「お帰りなさい」
「お疲れって言う顔ね。お仕事忙しいの?」
「ん?そうね。実は今から打ち合わせがあるのよ」
「だったら、迎えに来てくれなくてもよかったのに」
はるかたちとランチを取ってマンションでレッスンを終えた後、みちるはレイを迎えに行った。夕方から雑誌のインタビューと写真撮影、イベントの打ち合わせも入っているが、少し時間がある。
「いいの。夜が遅いから」
「そうなの?じゃぁ、夕食は外で食べるのね」
「えぇ」
「じゃぁ、神社に戻ろうかな?夜中までかかるでしょ?」
レイの鞄を受け取り車へと導こうとしたら、足を止めて少し悩むしぐさを見せた。
みちるは慌てて腕を掴んで車のドアを開ける。
「レイ、寝ていてもいいからマンションにいてくれるかしら?」
押し込むように助手席に座らせた。仕事はおそらく12時を回ることになるだろう。だけど、レイに待っていてほしい。疲れた体を横たえた時に、隣に彼女にいてほしいと思っている。
「でも……」
「あなたの分の夕食はもう用意ができているの」
「そう。ありがとう、みちるさん。じゃぁ、一緒に帰りましょう」
ホッとする。レイがシートベルトを自発的につけてくれたのを確認して、みちるも急いで運転席についた。



『レイちゃん、おまち~』
みちるさんが仕事に出かけて、レイはすぐにメールを打った。返事を待つこと15分。痺れを切らして電話をかけようと思ったら、チャイムが鳴る。
「美奈。何よ、返信してから来なさいよ」
『あぁ、急いで出たからね』
正面玄関のロックを外すと、小さなモニターから彼女が消える。レイはガスコンロの火をつけて冷えているシチューを温め始めて、玄関の鍵を開けておいた。
ほどなくして、美奈がリビングに姿を現す。
「やっほ」
「ん、座ってて。もうすぐ温まるから」
焦げ目が少しついてしまったパンをオーブンから取り出し、サラダのボールをテーブルの真ん中に置く。
「うん」
暖かくなったシチューをお皿に入れて、二人は向かい合って腰をおろした。
「いただきます」
「どうぞ。私が作ったわけじゃないんだけどね」
スプーンに掬ったシチューに息を吹きかけながら、おいしそうに食べる美奈。お腹がすいていたのか勢いがいい。
「美奈、焦らなくてもまだあるわよ」
「おいしー。いいな、いつもみちるさんの手作り食べられて」
それでも、ひとりきりで食べても味がよくわからない。だからいつも誰かにいてほしいと思う。あれだけ独りで食事をする生活をしていたはずなのに。自分で作ったものを独りで食べるより、他人が作ったものを孤独に食べる方がつらいということをみちるさんに出会って教えてもらった。
「そう?伝えておくわ」
「おねがいします。って、でも、どうせみちるさんがいるときは呼んでくれないんでしょ」
「そりゃまぁ、2人きりになれる時間は多くないんだから」
「おーおー、アツアツ。スープよりも熱いわ」
「残念ながら、熱くはならないわよ。みちるさんは私のことを妹みたいに思ってるし」
美奈がわずかに視線を逸らした。顔には“気まずい”と書いているけれど、それを問い詰めて嫌な気持ちになるのは自分なのだ。吐息をスープに吹きかけて、ため息と一緒に人参をかみ砕いて、平気な振りをしてみせる。
「………みちるさんと、エッチしないの?」
美奈は、時々真剣な顔をして変なことを聞きたがる。愛の戦士なんていうのは冗談としか思えないけれど、なぜだか嫌だとは思えない。
「みちるさんのことは好きだけれど、……妹に手を出さないんじゃない?恋っていう愛され方ではないと思うのよ」
「でもさ、本当は好きなんでしょ?そう言う可愛がり方じゃなくて、恋愛として」
美奈もうさぎたちも、はるかさんたちも、みちるさんとレイが“恋人同士”だという認識でいるらしい。みちるさんはそれを否定したことはないし、嫌だと言ってるというのは聞いたことはない。いつも仲間の前ではレイだけを特別な瞳で見つめてきてくれるし、優しく背中を撫でてくれる。
「きっと………どこかに本命でもいるんでしょ。片想いとか、叶わぬ相手とか。あるいは死んだ人とか。私はたぶん、その人の代わりなのよ」
「レイちゃんに似ている美人なんて、そんじょそこらにいるわけ?」
美奈はきっぱり言い放ったけれど、レイは何も顔と言ってないだろうという突っ込みはしなかった。みちるさんが何を考えているのかはよくわからないし、知りたくない気がする。知ってしまえば、傍にいられない。そう言う存在がいたとするのならば、その人が目の前に現れないことを願いつつ、傍にいられたらと思うばかりなのだ。
「まぁさ、私はレイちゃんのことが好きだから、何かあったらいつでも頼ってよ」
「それはどうも。本当に美奈って不思議よね」
「ありがとう。レイちゃんには幸せになってもらわないと困るんだよね」
「何であんたが困るのよ?」
シチューに染み込ませたパンをぱくりと口に入れた美奈は、視線を右斜めに逸らしてから味わうように飲み込んだ。
「………それは……なんとなくよ」
お代りを差し出されたお皿を受け取り、レイは“変なの”と呟いてキッチンへ行った。



「あら、美奈子?」
日付が変わる少し前にマンションに帰ってきたみちるは、降りてきたエレベーターから出てきた美奈子と出くわした。
「あ、みちるさん。お帰りなさい」
みちるのマンションにということは、レイに会いに。それ以外にここにいる理由がない。主のいない部屋に入り、きっと2人でみちるが作ったシチューを食べていたのだろう。1人で食べるよりは寂しくないのなら仕方がないことかもしれないけれど。嬉しいわけでもない。
「レイは?」
「いるわよ。みちるさんの帰りを待っている間、寂しいから話し相手に呼ばれていたのよ」
「そう。遅いから気をつけてお帰りなさい」
帰る時間帯をメールしたから、それに合わせて美奈子は出て来たのだ、たぶん。
「うん。……あのさ、みちるさん。あんまりこんなこと言いたくないけれど、レイちゃんとセックスしないなら、どうして傍に置いておくの?」
乗ろうとしていたエレベーターの扉は、美奈子の背中の向こうで閉じてしまった。そのことよりも、どうして美奈子が知っているのか、レイが美奈子に言ったと言うのが少しの苛立ちを覚えさせる。
「……あの子のことは大切だわ。そんなに簡単にセックスできるものでもないでしょ?」
「みちるさんの好きとレイちゃんの好きは、大きく違っているわよ。まさか気が付いていないの?」
美奈子の“好き”という言葉を捕らえた耳は、脳に“コロニス”を浮かべさせる。
“コロニス”を想うことは虚しいだけだと十分に分かっていた。
できれば記憶から消えてくれたらどれほど楽になるか。
だけど、消えてしまえばレイを愛したかと言われたら、胸を張れない気もした。そもそもレイを愛しているというのは、恋としてなのかそれとも前世からの“情”の延長にあるものなのか。
その答えを自分の中に見つけるということを、ずっと先送りにしている。
「みちるさん、黙っているっていうことは“気が付いている”っていうことでしょう?」
「愛しているわ、レイのこと」
「妹みたいに?あぁ、“コロニスの”妹だからね」


コロニス


まさか、美奈子の口からその名前を聞くとは思わなかった。
「………どうして知ってるの?」
コロニスのことを夢見たのは最近になってから。心の隅では想っていたけれど、夢に出てきたことも含めてそのことを口にしたのは、はるかとせつなだけだ。まさか2人が美奈子に言うとも思えない。
「私には前世の記憶があるのよ?コロニスを知らないと思ってた?マーズに血縁者がいることを、立場ある私が知らないわけがないでしょう。誰とどういう関係だったかも含めてね。これでも一応、私、四守護神のリーダーだから」
前世の記憶を持っているのはみちるも同じで、美奈子が前世で誰を愛していたのかも当然知っている。だから、美奈子のことは仲間として好きだけれど、あまり2人きりになりたくはない。
「だから……レイを渡してほしい?」
「レイちゃんが幸せになるのであれば、私は誰が相手でもいいと思ってる。レイちゃんが選んだ人と愛し合っているのなら、私はそれが一番いいことだと思ってる。ヴィーナスはマーズを愛しているけれど、それは今の私には大した意味はないわ」
「でも、レイのことは好きでしょう?」
美奈子がレイを見つめるまなざしがどれほど愛しいものなのか、みちるには痛いほどわかる。そして、そのまぶしさを受けながらも、怖いくらい気が付かないで、レイがみちるを見つめてくれていることも。
「好きよ。みちるさんのことが好きでひたむきな姿も含めて、レイちゃんが好き。だから、レイちゃんが幸せにならなければダメなの」
「レイが幸せじゃないとでも?」
幸せそうに微笑んで、寝ぼけながら抱きついてくる姿は愛しいと思う。だけど、レイの身体を愛したいと言う欲が沸かない。レイからも誘われたことはない。
「本人はわかってるのよ。みちるさんにはレイちゃんではない想い人が他にいるって」
「何が言いたいの?」
恋愛とはどういうものか、恋人同士はどういうものか、よく知っている。
コロニスが教えてくれたのだから。

だけど、レイは……。

「ただ、レイちゃんの気持ちをうまく利用しているんじゃないの?コロニスに似ているものね」
「あの子はコロニスではないわ」
コロニスではない。そんなことを言われなくても十分に分かっている。
だからこそ、身体で愛を確かめ合うことが出来ない。
「みちるさんにとって、レイちゃんは何なの?」
聞かれたくないと瞬間に思ったことが悟られたように、言い返せない質問を投げられる。

「……愛しているわ」
それは自分に言い聞かせたいのかもしれない。
愛していることに間違いはない。
深く愛してる。
だけど……

「愛にも色々あるわ。レイちゃんがその愛を望んでいるのなら、私はこんなことを言わない」
言われるであろうと思ったセリフは、わかっていても苛立ちの棘を身体中に刺してくる。
関係ないでしょう、と強く言えない自分が嫌になる。
美奈子はレイが好きだから。
苛立つということは、やっぱりレイを妹のような目で見ているのではないのだとわかる。
それなのに……
「御忠告ありがとう。気をつけてお帰りなさい」
美奈子の目の前に立っていたみちるは、身体を横にして道を譲った。
「レイちゃんを傷つけないであげて」
レイはどう思っているのか。
レイは何を美奈子に相談


したのか。
聞くに聞けなくて。
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Date:2014/07/12
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