【緋彩の瞳】 愛が散る夢 ④

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

愛が散る夢 ④

「お帰りなさい」
「ただいま」
「疲れてるでしょう?お風呂、沸かすわね」
みちるさんは小さく微笑んで、一緒に入りましょうと誘ってくれた。
バスタブに深く腰を下ろすみちるさんに手招きされて、そっとそのしなやかな両腕に抱きしめられる。
「さっき、美奈子に会ったのよ」
「あぁ。ごめんなさい、1人で食べるのもつまらないし、勝手に呼んじゃったの」
「構わないわ。神社に帰るのをとどめたのは私だから」
みちるさんは、気にしていないと言いつつも口調がそれほど穏やかではない。やっぱり、本人がいないマンションに美奈を連れてくるのはよくなかったのかもしれない。
それに何となく、みちるさんはあまり美奈とは仲がいいように見えないし。ただ、だからって亜美ちゃんやまこちゃんたちとも仲がいいわけでもないけれど。
「みちるさんの料理、凄く褒めていたわ」
「そう」
「明日、朝はいるの?」
「えぇ」
「じゃぁ、みちるさんと一緒に食事ができるわね。一緒に食べたいもの」
「そうね」
レイは緊張して心臓が高鳴っているけれど、みちるさんはいつもと変わらない冷静な声。

愛している。
だけど愛されなくてもいい。
傍にいられたらいい。
仕方がないと思う瞬間。

だったらどうしてその両腕はレイの背中を抱きしめるのか。
髪を撫でてくれるけれど、頬に口づけをくれるけれど、愛しているという感情は恋ではないことくらいは知っている。
「私、先に上がるわね」
「湯冷めしないように、温かくしておくのよ」
「はい」
レイはみちるさんの唇に唇を押しあてた。
何度も一緒にお風呂に入っているし、いつも同じベッドで寝るけれど、唇と唇を触れ合わせることなど一度もなかった。
「………レイ」
驚いた翡翠色の瞳は、ちょっとだけ困ったような愁いを帯びていて。
「私、みちるさんが好きなの。だから、傍に居させてください」
本当は、そんな事を言うキャラじゃないって自分でも思う。
だけど、だからこそ、みちるさんがどうしたいのか、レイをどう思っているのかを知りたい。
「何を言うの?私がレイの傍にいたいと思っているのよ」
その言葉だけ聞けたら、なんだかそれでもいいかなと思えてくる。
美奈の言う恋愛の定義なんて望まなくても、傍にいられるのであれば。
ただ、みちるさんの心の中に誰かが住んでいるということを認めなければいいだけ。


いつものようにレイにお休みのキスを頬に落とし、部屋の明かりを消した。
少し迷ったけれど、唇にキスをすることができなかった。レイからしてきたことが嫌だったわけじゃない。レイがみちるに対してどういう愛をくれているのかを、痛いほど思い知らされて、だからこそ、何とも言えない息苦しさがあった。
体温の低いレイを抱きしめて、背中を撫でる。レイは何も言わずにみちるの胸にすがりつく。
美奈子に何かを言われたのだろうけれど、それを聞けるわけもなくて。
レイだけが前世の記憶を失っていて、みちるにはしっかり残されている。
どうして、その逆ではなかったのだろうか。
この身体ではない記憶だけの幻を愛さずに済んだのに。


「…コロニス……」

お願いだから、夢に出てこないで
これ以上悩ませないで
強く願ってレイを抱きしめる
夢など見ずに朝が来ればいいと祈りながら



「レイ」
学校が始まる時間。みちるさんに車で学校まで送ってもらい、校門をくぐらずにクラウンにやってきた。
みちるさんが近頃、何か魘されている原因をどうしても知りたくて。
彼女が愛しそうに呼ぶ人の名を、もしかしたらここなら調べられるのではないかと思った。

朝の8時40分を回ったところ。司令室にはアルテミスがいる。

「いつもここにいるの?」
誰もいないと思っていたけれど、猫1匹なら問題はない。
軽い鞄をテーブルに置いて、いつもは美奈が陣取っているパソコンの前に腰をおろした。
「どうしたんだ?学校は?」
「サボったわ。行く気分じゃなくなったの」
月のメインシステムと直結させているらしいこのパソコン。あんまり使ったことはない。ひと通り美奈から使い方を教えてもらったことがあるけれど、さしあたってレイが何かこれで調べたりしたいと思ったこともなかった。
前世や未来からやってくる敵、レイには身に覚えのないことばかり。
腹立たしいと思ったこともあるが、知らない方が気楽でいられると自分に言い聞かせて戦ってきた。
「あんまりサボるなよ」
「美奈と違って、成績はいいから」
「生活態度の問題だ」
アルテミスは、レイがパソコンのキーを操作する手の周りをうろついて説教を始めようとする。
「アルテミス、聞きたいことがあるんだけど」
「何だよ?」
「コロニスって何?」

猫はびっくりして小さく飛び跳ねた。

「な、なんだよっ、そ、それ」
「知ってるんでしょう?人なの?」
データーベースの検索欄に“コロニス”と入れてクリックを押す。
「いや、レイ!……ちょっと待て!」
画面に張り付いたアルテミスは、慌てふためいて必死になって首を振った。
「なぜ?」
「美奈の許可をもらってくれ」
「なんで?」
「………見るのは簡単だけど、君には記憶がないんだ。美奈は必要な情報であれば、たとえレイに身に覚えがないことでもちゃんと教えてきただろう?そうじゃないっていうことは、知らない方がいいこともある。その判断は美奈に仰ぐべきなんだ」
ありのままの事実より、美奈が言葉を選んで説明をした方がオブラートに包まれて、さらりと言いたくないことをすっ飛ばせる。
「………コロニスって言うのは人なの?」
「どこで知ったんだ?」
「みちるさん」
眠るみちるさんが、愛しそうにコロニスと何度も呼ぶ。
最初は聞き取れなくて、黙って聞いていた。
昔飼っていたペットの名前かと、都合よく解釈しようとしてみたけれど、それは違う気がした。
知りたくない気持ちは今もある。知らない方が幸せなことだと絶対に思う。
でも、いつまでも知らないふりをして、みちるさんの前で笑っていられる自信もない気がして。
知ってしまっても、みちるさんが何でもないと嘘を吐いて笑ってくれたら、それはレイに対して気を使ってくれていることにもなる。
そんな気の遣われた方は嫌だけど、眠るみちるさんが知らない人を求めてレイを抱きしめるくらいなら……

「みちる?なんで彼女が……」

優しい人
レイを可愛がってくれている
誰よりも信頼を預けられる
ちゃんと抱きよせてくれて、しっかりと支えてくれる
傍にいたい

みちるさんも傍にいてと言ってくれているのに、レイが高望みしすぎているからダメなんだと思う。
傍にいるためには、知らないことがある方がいいということくらいはわかっている。

「私が知りたいわ。みちるさんの言う、“コロニス”って何者なの?」

傍にいるだけでいいって望めば望むほど、そうじゃないという気持ちがチクチク刺さってくる。
知ってしまえば、耐えられないことかもしれないのに。

「放課後、美奈に聞いてくれ。頼むから」
画面からアルテミスを引っぺがしてしまえば、知りたいことが書いてあるに違いない。
だけどできなかった。
自分の我儘で、誰かに迷惑をかけることは嫌だ。
美奈やアルテミスにも、前世の記憶がないということだけで常に迷惑をかけていることはわかっている。
「………いいわ、もう」
結局は臆病なだけ。
傍にいられなくなる恐怖と、みちるさんが誰かを想っているということを疑いながら傍にいる虚しさ。
どちらも選びたくはない。
みちるさん本人に聞いてしまった方がいいのかもしれない。
さらりと笑ってくれたら、“コロニス”がみちるさんの想い人じゃない証拠にもなる。

でも……

やっぱりこのままズルズルと知らないふりをして、傍にいさせてもらった方が……。
「ごめんな。泣かないで、レイ」
「……泣いてないわ」
泣いている意識はないのに、アルテミスが悲しそうな顔で見つめてくる。
頬を手の甲で擦るとひやりと雫の感触。

泣くほどみちるさんが好きなんだって、自分でも驚くけれど
涙を流すって言う行為は好きじゃない
何にもならない
誰も何もしてくれないことくらい、十分に知っている


「帰るわ。もういい」
「レイ……」
クラウンを飛び出して裏路地の羨みを抜けだすと、通勤のサラリーマンが無言で駅へと向かっている列にうまく割り込み、走りぬけて広い交差点に出た。




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Date:2014/07/12
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