【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ②

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

希い(ねがい) ②

「起きたの?今、9時よ」
艶のある声が耳を刺激する。五感が瞬間に、それでもゆっくりと働き始めた。別世界から現実へと瞬時に引き戻された身体は、いまだにけだるく、聴覚が刺激を受けて少し遅れてから、視覚の活躍が始まる。
「……おはよう」
「お寝坊さん、そんなに素敵な夢でも見ていたの?」
彼女は頬に唇を寄せて、触覚を刺激した。そして頬を摺り寄せる。両腕で彼女の後頭部を抱きしめた。摺り寄せた頬が一瞬離れて、すぐに唇と唇が重なる。小鳥のキスを何度も繰り返して、それから少しだけ、お互いの温度を絡めあう。愛が一番の目覚ましになる。甘いシャンプーの香りが嗅覚を柔く働かせた。

朝は好き

この瞬間はたまらない

何かに例えようとしても、この最高の幸せに例えられるようなものは、この世界には存在していない。ゆっくりと離れた唇が愛を綴る言葉を謡うのを、いつも待ちわびる。
「これですっきりね」
「えぇ」
「幸せそうな顔。私にだけしか、見せちゃダメよ」
「もちろん」
「あなたを愛しているのは私だけなんだから」
「私だって」
もう一度キスを交わして、ゆっくりと片腕を付いて起き上がった。優しくカーテンを揺らす5月の風が、光を揺らしている。
「あなたが起きてから、朝食を作ろうと思っていたの。何がいいかしら?」
「濃いダージリンに、スクランブルエッグ、ベイクド・ビーンズ、フルーツサラダ。カリカリのトーストをつけて」
映画のワンシーンに出てきた朝食を、そのまま口に出した。彼女はちょっと困った表情になる。その表情を見たかったから。意地悪くウインクして、冗談よ、と頬にキスを送った。
「ベイクド・ビーンズ以外なら作れるわ」
「じゃ、お願い。シャワー浴びてきてもいい?」
「えぇ」
こんな毎日がありふれているとは思わない。毎日があまりにも幸せで。幸せすぎて。少しだけ怖かった。こんなに他人に依存していていいのだろうか。少し考えるたびに今は考えないでいようと、必死に頭を振る。窓から見える東京湾は、南の国にある海なんかに比べると比べ物にはならないけれど、それでも、彼女の部屋から見えるもの全てが愛しい。名残惜しいようにバスルームへと送り出してくれる彼女に微笑んで見せた。


自分でも、気持ち悪いと思えるような夢だった。病気と言ってもいい。いつから願望を夢にしてしまう技を身につけたのだろうか。
「……まずい」
今日は寝坊をしてもいい日でもなければ、ここはイギリス式の朝食なんて似合うわけもない火川神社。レイは時計を見て朝ご飯を食べる暇もないと、慌てて布団から飛び出した。

学校指定のローファーを履くと、玄関に飾られた鏡に姿を映した。前髪を軽く整えて髪を後ろに払う。初等部から通っている学校はうんざりするほど慣れきっているけれど、初等部から中等部へと変わったときと同じように、やはり高等部へと上がるときもいつも以上に背筋を伸ばしたくなる。セーラーの色もグレーからブラウンに変わった。学校指定のソックスやローファーは中等部と同じでもよかったが、やっぱり新しく買いなおしたものを身につけた。顔ぶれは特に変化はないだろう。高等部は他校からの募集はない。鏡の中の自分に向かって微笑んで見せる。レイは引き戸を開けて柔らかい光を全身に浴びた。
「行ってきます」
祖父は朝早くから仕事できっと境内のどこかにいるだろうけれど、姿を探している暇はない。レイは側近であるフォボスとディモスの見送りに手を振り、勢いよく階段を下りた。


「えへへ~~!うさぎちゃんと一緒のクラスだ!まーこちゃんも!」
「いいわね、3人とも」
亜美ちゃんが残念そうに呟くから、美奈子は慰めのように背中をたたいた。
「でも、同じ学校に通えてよかったじゃない!レイちゃんもさ、十番にこればよかったのにね」
「代々お嬢様の火野レイ様が、あのTA以外の制服を着るなんて思えないけどさ。いーよなー。あの制服」
まこちゃんは心底うらやましそうにつぶやく。美奈子は変装して忍び込んだときに着たけれど、あれはあれで、お下品なことができないんだから、淑女以外は着こなせない。
「ね~!!!!!!!!!みんな、大変だよ!レイちゃんが!レイちゃんが!」
クラス分けの発表も終わり、教室へと向かう廊下。うさぎの姿が見当たらないと思っていたら、後ろの方から悲鳴に近い声が聞こえてきた。
「レイちゃん?」
「何かあったのかしら?」
「なんだろ。通信機は鳴ってないよな」
3人立ち止まって振り返る。うさぎの顔は“ビックニュース!”と書いていた。
「みんな聞いて!レイちゃんがいたの!」
「「「はぁ?!」」」
「だからさ、十番高校の制服を着たレイちゃんがいたんだって!」
うさぎ、何を寝ぼけているのだろうか。美奈子はまこちゃんと亜美ちゃんの顔を見て、そして肩をすくめた。
「何だい、うさぎちゃん。意味がわからない」
「だから!レイちゃんがいたんだってば!」
「レイちゃんはTAの高校に進んだじゃないか。試験だって受けてなかっただろ?」
「でも、いたもん!」
「他人の空似じゃないかしら?」
亜美ちゃんは笑った。あんな美人に似た人なんていないと思うけれど、美奈子もそうね、と同調する。レイちゃんの学校だって今日が入学式なのだから、美奈子たちを驚かせようと、わざわざここに十番高校の制服を着て冷やかしに来るとも思えないし。というか、そんなことをする人でもない。
「だって…本当にいたのにさ……でも、確かに声をかけても、うさぎが誰かわからなかったみたいだし」
うさぎちゃんは、眉をひそめながら腕を組んで首をかしげている。
「しっかりしてよね、うさぎちゃん!」
背中をばし!って叩くと、つんのめった彼女のお団子ヘアーがさらりとなびく。

この言葉を吐いた10分後、美奈子は開いた口がふさがらないほど、とんでもないものを見るのだった。



教室に入り、出席番号順に腰を下ろす。愛野美奈子、出席番号1番。窓側の一番前の席に座り、辺りを見渡した。まだ、全員が揃っていないようだ。そんなことを考えながら、真新しい鞄から、筆記用具を取りだす。まこちゃん、うさぎちゃんとは少し離れている。
クラスメイトになる人たちはそれぞれ、黒板に書かれた自分の出席番号と座席を見合せながら、席を埋めていった。
「…………え?」
8割ほど人が埋まっている。同じ芝中の人もまばらで、その子たちが教室に入ってくるたびに、美奈子は片手をあげて“は~い”なんてやっていた。
だから、その人が入って来たときに、何がどうなったのかと思った。
「ほら!レイちゃん!!!!」
うさぎが立ち上がって、レイちゃんを指差す。
ちょっと待って。

ちょっと待って!

「れ!レイちゃん?!」
「レイちゃんじゃないか?!」
叫んだのは美奈子とまこちゃんだけじゃない。周りも驚いたような声をあげていた。
「TAの火野レイだ」
「やだ、火野レイ様がいる」
「どうして?彼女はTAを落ちたの?」
「まさか」
この十番辺りの学生で、火野レイという名を知らない人はいない。美人お嬢様でちょっとした有名人なのだ。
「なんでいるのよ?」
美奈子は見慣れない十番高校の制服に身を包んでいるレイちゃんが、何食わぬ顔をして自分の席を捜しに黒板の前に立っているのが、意味がわからなくて、思わずズンズンとその人に近づいた。

………違う
いつものレイちゃんのオーラじゃないし、匂いも違う

「………あの?何か?」
「嘘……似すぎ…」
「えっと?さっきから、みなさんどうしたの?」
声もレイちゃんとあまり変わらない気がした。でも、彼女は火野レイのようで火野レイじゃない。
いや、もうほとんど火野レイ。多分、仲間だから微妙に違いがわかるのだろう。
好きだからなおさらだろうけれど。
「ごめんっ!いや、なんかさ、すごく友達に似ている子がいて……ははは。び、びっくりしちゃった」
立ち上がっているまこちゃんとうさぎちゃんに、ぶんぶんと首を振って見せる。
「え?レイちゃんじゃないのか?」
「違うわ……いや、なんていうか、95パーセントくらいはレイちゃんだけど、よく見たら髪の色とか匂いが違う」
それにしても、こうも似ていると血筋か何かかと思えてならない。
「あなた、名前は?」
「麻倉緋彩です」
「そう。私は愛野美奈子。あの子は月野うさぎと木野まこと。よろしくね、緋彩ちゃん」
出席番号は2番。美奈子の後ろの席だ。
どうも、レイちゃんが近くにいる気がして、そわそわしてならない。
放課後会ったら、レイちゃんに一番に伝えないと。
……ムッとしそう。
そんなことを想いながら、毎日の学校生活にレイちゃんがいるような気がして、でもやっぱりレイちゃんではないから、頭がその面倒臭さに早くも付いていけなさそうな気がした。


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Date:2014/07/22
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