【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ③

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ③

「レイ」
「………はるかさん。軽薄そのものっていう感じよ」
「フェラーリで迎えに来るなっていうから、わざわざ歩いて来てやったんだ。感謝してくれてもいいのに」
「だから、迎えに来ること事態がいらないの。これ以上、変な噂が流れたらどうしてくれるのよ」
「大歓迎」
死ねばいいのに、なんて心の中で呟きながら、それでもはるかさんがこれ以上距離を縮めてこないことを知っている。3回くらい冗談半分で告白してきたから、心底お断りですと3回答えた。はるかさんは、何をどうしたいのか。
今の距離がちょうどいい。はるかさんもそれをわかってくれている。
「クラウンに行くのでしょう?」
「あぁ。みちるも時間通りに来られるってさ」
「そう」
「嬉しい?」
「何よ?」
「なんだよ、しまりのない顔しちゃって」
唇を突き出して、イジケたりして。学校の前でそういう子供みたいな態度を取らないでほしい。ますます、変な噂が流れてしまうから。レイは一瞥をして、それから、関わりありませんという風に避けるように歩き始めた。はるかさんはもちろん、レイの後を追いかけてくる。
「お前、いつかみちるに言えよ」
「いいのよ、放っておいてってば」
「嫌だよ。誰とも付き合わないからってさ、みちるにひたすら片想いし続ける、それを見ていなきゃいけないこっちの身にもなってくれ」
余計なお世話なのに。
ずっと、ずっとみちるさんのことを想っていたいから、言わないでいることの方がいい。振られたからって、ほかの誰かを好きになるなんて、あり得ないことはわかる。だから、ずっとこのままでいたい。
「あいつに好きな人ができたらどうするんだよ」
「そうね、仕方ないんじゃない?」
「よく言うよ。レイが辛い顔をするのを、みたくないんだよ。黙っているこっちの身にもなれ」
「ふん」
言いあいながらクラウンの階段を上る。パーラーに入って最初にアクアマリンのウェーヴが目に入った。
「みちるさん、ごきげんよう」
「レイ。お帰りなさい」
ほかの仲間の顔なんて、無視でもいい。レイは笑顔でみちるさんに挨拶をして、そしてその横に腰を下ろす。
「レイちゃん!こっちは本物だよね?」
アイスコーヒーを頼み終わった瞬間、うさぎが叫んだ。
「……はぁ?」
向かいに座っていたうさぎが立ち上がり、全身をなめまわすように見てくる。
「学校にさ、レイちゃんに瓜二つの…もうレイちゃんだと間違えるようなそっくりさんがいて。みんなで腰を抜かしていたのよ」
「………はぁ?何それ」
「なんだそれ。レイのそっくりさん?」
はるかさんはうさぎの横に腰をおろして、スプリングコートを脱ぎながら話の続きを求めている。そっくりさんって何のことかわからない。
「十番高校の1年生はみんなパニックでさ。あの火野レイがTAから転入だ!って。私たちでさえ、ぱっとみて見分けがつかないんだもんな。そりゃ、レイちゃんと間違うのも無理ないよ」
まこちゃんもそのそっくりを見て、間違えたらしい。
「何それ……間違えるくらい似ているわけ?」
仲間4人が間違えるくらいってどれくらいかしら。髪型も声も似ていた、なんて言われてもレイはピンとこない。
「えぇ。麻倉緋彩って言う名前。聞いたことない?」
美奈はテーブルに指で漢字をなぞってくれた。
「さぁ?…………聞いたことないわ」
「でも、もしかしたらレイの知らない遠縁者かもしれないわよ。意外といるものだわ」
美奈の情報によれば、アメリカからの帰国子女らしく、小学生までは東京ではないところにいたらしい。ますます、血筋ではない境遇としか思えない。
「みちるさん、顔に会ってみたいって書いてるわ」
どうやら、みちるさんは先にこの話を美奈たちから聞いていたようだった。
「どれだけ似ているかは見てみたいわよ。あなたも気になるでしょ?」
「………そう、だけど」
変なところで嫉妬してどうするんだろう。はるかさんはテーブルの下で足をけってくるし。
「みちる、レイが拗ねるぞ」
「拗ねてないわよ」
「あら、レイ。私たちの仲間はあなた1人よ」
その、知らないけれどそっくりさんのおかげで、レイのことが妙に話題に出てむずがゆい。
それでも彼女がちょっとだけ構ってくれたことは、素直に嬉しくて。そんな自分の気持ちが、なんだか幼いような気がする。アイスコーヒーのグラスに向かって、溜息を吐き出した。溶けて小さくなった氷が音も立てずにゆっくりと崩れた。


「相変わらず君はわかりやすくて、みちるは鈍感」
「その言い方、ちょっとムカつくわ」
「おっと、怖いな。いつもそれくらいみちるにもフランクに接すればいいのに」
「その言い方も、ちょっとムカつくわ」
最後に会計を済ましたはるかさんは、レイのわき腹を肘でつついてこそっと耳打ちしてくる。
「みちるはまだ誰も好きな人いないよ。いいの?」
「だから、いいの」
その手の話を本人が近くにいるのにするなんて意地悪だ。そもそもそんな素振りなんてまったく見せた覚えはないというのになぜ気付かれてしまったのか、今でも分からない。
「長いなぁ。もう1年経ったのに」
「本当、うるさいわね」
しっし。はるかさんを追いやったレイは、そのまま適当に仲間に手を振って神社に戻る。適当に手を振ったときも、もちろんみちるさんだけを見ていた。理由もなく好きというのは、こういう行動に現れるものなのだと、また1つレイは知ってしまう。


「レイ?」
となりの棟に住んでいるはるかと別れて、自分のマンションの正面玄関のオートロックキーを開けていると、その硝子扉の向こうに見たことのある顔が一瞬だけ見えた。
「レイ」
さっき別れたはずなのに。みちるは急いで鍵を開けて、エレベーターホールに向かう。
十番高校の制服を着たレイが、降りてくるエレベーターを待ちわびるように上を見て立っていた。
「……十番高校の制服の…」
美奈子が間違えたと言っていた、同じ学校の偽物火野レイ。
確かに、見分けを付けるには元の火野レイをよく知らないとわからないだろう。
「あの、何か?」
「いえ……。あなた、美奈子のクラスメイトの緋彩ちゃんね?」
到着音が控え目に鳴って開かれた扉。緋彩は営業的な微笑みをみちるに向けて、小さく会釈をした。
「TAの火野レイさん、っていう人のお友達ですか?」
先に入った緋彩に合わせて、みちるも同じエレベーターに乗り込んだ。彼女が12階を押すので、みちるはその一つ上の階を押す。こんな子、住んでいたかしら。
「えぇ。美奈子とも仲良くしていてね。こんなにすぐにお目にかかるとは思わなかったわ」
「東京に来てまだ3日ほどなのですが、こんなに後ろ指差されたり、見知らぬそっくりさんのことで、いろんな人に声をかけられたりするとは思いませんでした」
「レイは有名人だから」
「そうみたいですね。お陰で、自己紹介に”偽物です“を付け加える必要性が出ているようです」
レイと違って少し色素の薄い髪の色。それでも、やはり怖いくらい似ている。口調は柔らかいけれど、これは作られたように感じた。だが、初対面特有のそれと同じなので、不快ではない。
「お察しするわ」
「ありがとうございます。では、失礼します。ヴァイオリニストの海王みちるさん」
12階で降りた緋彩は、レイはあまり見せないような笑顔を見せて、そして控え目に手を振ってくれた。どうやら、みちるが何者かということは知っていたようだ。帰国子女でみちるが何者なのかを知っているということも、珍しい。
「それにしても……似すぎているわね」
レイが会ったら、驚くに違いないわ。1階下に引っ越してきた緋彩という人物。これだけ近くに住んでいれば、嫌でも多少は関わらざるを得ないだろう、と何となく思った。


「美奈子ちゃん」
「お、おはよ~」
レイちゃん、と言おうとして美奈子はごくりと唾を飲み込んだ。なんだろう、この妙な痒さ。レイちゃんに“美奈”って呼ばれ慣れているから、美奈子ちゃん、なんて笑顔で声をかけられたら何事かと思ってしまう。もちろん、本物じゃないんだけど。
「おはよう、美奈子ちゃん。美奈子ちゃんって、海王みちるさんとお友達なの?」
「え?あ、うん…そうだけ、ど?」
朝の挨拶の次に出てきたのが、海王みちるってどういうことだろう。金持ちヴァイオリニストで、本人に確認していないけれど、レイちゃんが目下好きで仕方がないという、うらやましい位置にいるあの海王みちるで間違いないのだろうか。
「うち、マンションが海王州なの。そしたら、エレベーターで偶然お会いして。向こうから火野さんと似ているからって声をかけてきたのよ」
「あ~……なるほど」
レイちゃんの顔と声で、ミーハーでキラキラさせてくるから、なんだか怖いというか。つまりは、火野レイ似の緋彩ちゃんは、海王みちるのファンということね。
ややこしいんだから。
「同じマンションだから、なんだか握手とかしていただくのも悪くて。でも、美奈子ちゃんとお友達っていうから。また、お会いできたら嬉しいわ」
「いやいや、同じマンションならラッキーじゃない?」
これ、レイちゃんが知ったらどうなるんだろうか。大丈夫だろうか。余計なことを考えてしまう。
「プライベートな空間の邪魔になりたくはないのよ」
あぁ、そういうところは律義な性格らしいのね。美奈子はだからって、“じゃぁ、会わせてあげる”なんて言えなかった。偶然会えば、まぁ、改めて紹介くらいはしてあげてもいい。
「あ、そうなんだ。うーん、でもまぁ、あの人は忙しい人だからさ。タイミングが合えばね」
「ありがとう、美奈子ちゃん」

レイちゃんと鉢合わせさせないようにしないと。
三角関係とかになったら、美奈子のせいになってしまう。
あ、でも、レイちゃんに振られ続けているはるかさんを入れて四…、いや、美奈子だって告白するとかそういうんじゃないけれど、純粋に本当に好きなんだから、ちょっとくらい入れて欲しい。



「レイ。本物よね?」
「な……なぜ確認を取るの……冗談はやめてよ」
毎週、水曜日は必ず仲間たちと待ち合わせをしている。あれから1週間が過ぎて、久しぶりに会うみちるさんは、レイが隣に座るなり、いつものように髪を撫でてそれから不意打ちのように頬を撫でてきた。

ビクッと跳ねた身体から、熱が伝わらないようにと思わず身構えてしまう。
「よかった。間違いなくレイだわ」
「………この1週間。私の偽物のおかげで、学校でも外でも散々よ」
後輩や同級生、先輩。ありとあらゆる人から、十番高校に火野レイそっくりが現れたらしいけれど、どういうことなのか。まったく関係ないのに、生き別れの双子がいたなんて噂が流れていて、迷惑この上ない。
「実は私も会ったのよ。本当……双子って言われたら納得するわ」
「みちるさんまで、間違えるなんて……」
「嫌だ、拗ねないで頂戴」
「いえ、別に拗ねてないわ」
1週間、本物宣言ばかりをしてちょっと疲れたくらい。それにみちるさんがその偽物に興味を持ってしまわないか、心配で仕方がないのだ。
「やぁ、レイ」
クラウンに入って来たはるかさんは、振りかえったレイに手を挙げて笑って見せて、キザなウインクひとつよこし、前に腰を下ろした。流石に間違わないか。
「さっき、クラウンの前で見たよ。美奈子たちが連れていたけどさ。なんで連れて来たんだろね。僕は別にわざわざ仲良くするつもりはないんだけど」
注文を取りに来た宇奈月ちゃんにアイスコーヒーを注文するので、レイも追加して同じものを頼んだ。
「あら、そうなの?そうね……まぁ、見比べて冷やかすようなことをしたいとは思わないわ」
みちるさんは十分にレイに配慮をしてくれたようだった。確かに今、そういう冷やかすようなことをされたら困る。美奈たちが純粋に会わせてみたいという気持ちを持っていることは、たんにレイを驚かせたいだけなのだろうけれど、なんというか、だから何なの、としか言いようがない。
「美奈子、お前なぁ」
カランと開いた扉に向かってはるかさんが声をあげている。レイも振り返った。
「いや、私じゃないって。うさぎちゃんがさ…たまたま帰りが一緒で。その流れで。私だって、レイちゃんを怒らせたくないんだってば」
怒るっていうか、いい加減にしてほしいというか。
そもそも、人見知りだから初対面の人と顔を合わすことは、嫌いなのに。
帰るにしてもひとつしかない扉だし、なぜこっちが逃げないといけないのかもわからないし。
「あ、いたいた!レイちゃん」
うさぎの能天気な声が背後からフロア全体に響くように聞こえてくる。
「じゃじゃ~ん。いや、本当、双子なんじゃない?!」

「………」

レイはたっぷり20秒くらい硬直したまま、動けなかった。

「私に似たばっかりに、色々と迷惑をかけたみたいで……ごめんなさいね」
なぜ、自分が謝るのだろうかと思いつつも、レイはみちるさんの視線を気にしながら、怒ったり冷たい態度を取らないように気をつけなければ、と思った。いなかったら、きっと頭を下げてすぐに帰っていたと思う。
だけど、そういう大人げない態度に出るべきではない、今は。
「いいえ、あの。有名人だそうで」
「………それは、こっちとこっちだけど」
レイはみちるさんとはるかさんを指差した。腕を組んで様子をうかがっていたはるかが、眉間にしわを寄せてこっちを見返してくる。
「あ、みちるさん。こんにちは」
「ごきげんよう、緋彩ちゃん」
「この前はどうも」
「いいえ。あの時、いきなり声をかけてごめんなさいね」
「そんな。こんなに似ているのでしたら、無理ないです」
それ、こっちのセリフだと思うわよ。なんて心の中で呟きながら、一体どこで会ったのかしらと思う。偶然を装っても簡単に会えない人なのに。
「まぁ、とりあえず今日はみんなで楽しく。ね?」
美奈子は拝むようなポーズを向けてきたから、特にレイは睨むこともせずに広いソファーにみんなで腰を落ち着かせることにした。
「もうさ、十番高校で5人組が揃ってる気になっちゃうんだよね」
「うさぎちゃん、2人は別人よ。あまりそういうことは言わない方がいいわ」
亜美ちゃんはレイが無理に笑っているのがありありと見えているのかもしれない。ひきつっても、とりあえず笑うしかない。
「この際、NBA検査でもしてもらう?」
「………DNA」
静かな声で訂正して、レイはアイスコーヒーにミルクを入れてカラカラとかき混ぜる。みちるさんが髪と背中を撫でてくれた。
「みちるさんは、美奈子ちゃん達とどういう繋がりですか?」
「え?あぁ、…友達の友達だったの。そこの天王はるかが美奈子たちをナンパしてきたのよ」
さらりと捏造しているけれど、ナンパ師扱いされたはるかさんは、涼しげに腕を組んで笑っている。
「僕はレイをナンパしたのに、美奈子たちが付いて来たんだよ」
「うわ、何よそれ。友達になってあげたっていうのに」
「ついでだよ」
「ふん、振られたくせに」
「お前もな」
「3度もないし」
「2度はあるだろ」
美奈からの告白なんて、あったかしら。度忘れしているのかしら。レイはそんなことを考えながらも、問題はそこじゃないと自分を奮いたたせた。
「あんたたち、余計なことを赤の他人に一々言わなくていいでしょ?」
「いいなぁ。おモテになるのね、レイさんって」
この2人にモテるってどのあたりをみて“いいなぁ”なのかがわからない。
「いや、緋彩ちゃんのファンクラブは早速できてたから。時間の問題じゃない?」
美奈の上手くないフォローにうさぎが思い出したように手を挙げる。
「それでさ、火野レイファンクラブの人たちが、結構怒ってるらしいよ」
「……何それ」
誰がそんなものを作っているのかは知らないけれど、そっと誰にも干渉されない人生を歩みたいものね、とレイは思う。
容姿を褒められることはありがたいけど、見知らぬ人たちにちやほやされたいなんて1ミリとも思わない。
「あの、みちるさん。嫌でなければその……私とも仲良くしていただけませんか?」
初々しいレイの偽物は、ドキドキしていますと言わんばかりの顔つきでみちるさんに眩しいほどキラキラした瞳を向けていた。特に今までの流れなんて、どうでもよかったらしい。
「え?えぇ……よろしくね」
あぁ、ヴァイオリニスト海王みちるのファンなのね。レイは握手を求めるその手を見ながら、何となくそう感じた。美奈を見てみると、気まずいと言った風でさっと視線を逃がしている。
みちるさんと触れて嬉しそうな顔が、自分を見ているようで苛立ちを覚えた。
あんな風にわかりやすく、好きだと言う感情を出すと、レイもあんな顔をしているのかしら、なんて考えてしまう。

自己嫌悪

鏡を見るように似ているその子を見て、なぜかそんな言葉が浮かんだ。

「レイ、週末は楽しみにしていてね。ケーキはまことじゃなくて、私が作るから」
「本当?」
「えぇ。この前の誕生日のお礼よ」
「楽しみにしているわね」
いつもより早くお開きになると、みちるさんがレイの髪を撫でて去り際に声をかけてきてくれた。
レイの誕生日に、みちるさんのマンションでパーティをみんながやってくれる。ついこの前、みちるさんの誕生日会を神社でやったから、今度はみちるさんが幹事をやってくれたみたい。
レイはクラウンの前で送ってくれるという、はるかさんの車の助手席に乗り込んだ。
「みちる、乗る?」
「えぇ。あ、緋彩ちゃん、あなたもよかったら乗る?」
美奈たちと帰ろうとする緋彩にみちるさんは声をかけた。
「あの子、私と同じマンションに住んでいるのよ」
「………だってさ」
「………」
みちるさんも、知っていて流石に無視できないだろう。優しさでもあるし、ある意味普通の振る舞いだと思う。いまさら、歩いて帰るなんて言えなくなったレイは、場所的に最初に自分が下ろされることが、なんだか面白くなかった。



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Date:2014/07/22
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