【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ④

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ④

誕生日の朝。携帯電話が鳴り、朝一番に聞こえてきたのはみちるさんの声。
あの夢を思い出した。
夢の中で朝食を食べられなかったことが残念だわ、なんて考えながら、あり得ない風景と匂いを心の中で再現しようとしてみる自分がいる。
『レイ、おはよう。お誕生日おめでとう』
「おはよう、みちるさん。ありがとう」
これだけで、幸せというものが身体に染みるのだから、単純。
レイは誰もいないのに周りを見渡して、火照る頬にひんやりとした手の甲を当てた。
『迎えは、メタリックブルーのフェラーリをよこすから』
「仕方がないから、それで我慢するわ」
『今日はレイが主役よ。楽しみましょうね』
「ありがとう」
思わず、大好きって付け加えそうになる。うさぎや美奈みたいに、人に対して好きだと言う気持ちを誰にでも捧げられるような、そう言う性格じゃない。食べものや色の“好き”を声に出すのと同じリズムに合わせて、それが出せないのだから、自分でも首をかしげたくなる。
みちるさんとの電話を切ると、はるかさんから、お祝いメールと参上時間が書かれていた。
返信なんてせずに、レイは鏡の前で真剣に服を選ぶ作業に取り掛かった。


「レイはみちるに会えるってわかっていて、そんなばっちりオシャレしてるわけ?」
「何よ、普段着はまずいって思っただけよ」
「ほ~」
海王洲のマンションのエレベーターを待っていると、ゾロゾロと美奈子たちも参上してきた。
いつものように5人組に手を振り、はるかは違和感を覚える。
緋彩が混じっているのだ。レイがすぐそばにいるのに、それでも少し遠い距離からはいつもの5人組に見えてしまった自分を、はるかは心の中で叱咤した。レイの気配を感じながら、なぜ、無意識の中でそう思ってしまったのだろう、と。
それほどまでに似ているということなんだろうけれど、それを認めてはいけない。
お姫様は、ただ一人だけなのだから。
「レイちゃんたちも今来たんだ。さっき、緋彩ちゃんに会ってさ。緋彩ちゃんもこのマンションに住んでいるんだね」
「……こんにちは」
レイもはるかと同じタイミングでその姿を見つけていたらしく、明らかに不機嫌なオーラを放っていた。不快です。ってわかりやすい感情が紙に書かれているようでもある。
「こんにちは、レイさん。美奈子ちゃん達から聞きました。お誕生日だって。おめでとうございます」
「ありがとう」
エレベーターに乗り込むと、レイは緋彩たちを避けるようにはるかの背後に隠れた。はるかはお姫様をかばうように胸を張ってみる。
「そうそう、さっきさ~、緋彩ちゃんの誕生日っていつ?っていう話をしていたら、凄く偶然なことがわかったんだよね」
うさぎが満面の笑みで、はるかに向かっていつもの甲高い声で叫んだ。
「なんだよ」
「緋彩ちゃんも、今日が誕生日なんだってさ!生き別れの姉妹かもね!なんてみんなで笑っていたの」
「………365分の1だろ?別に珍しいって言うほどじゃないよ」
背後から溢れだす不安と苛立ちのオーラがうさぎにはわからないのだろうか。美奈子も亜美もまことも、うさぎに”これ以上余計なことを言うな“と笑わない目を向けて笑っている。
レイがレイであるゆえに、みんな気を使っているらしい。
「そうかな~!あ、そうだ、よかったら緋彩ちゃんもおいでよ!」
おいでよ!というフレーズを言わせまいと、まことが口を防ごうとするより先に、エレベーターは12階に到着した。一瞬そちらに気を取られてしまって、仲間だけがわかるレイの不快のピークの空気が背筋を凍らせてゆく。
「ありがとう。でも、レイさんのお誕生日だから」
緋彩は自分のフロアに到着して、エレベーターを降りた。
「レイちゃんは意外と優しいもん!お誕生日の人が2人いたら、楽しさも2倍だもんね!ねぇ、レイちゃん?」
誰か止めてやれよ。
はるかは心の中で呟いた。
自分が悪役になることは大したことではない。
「うさぎちゃん、ちょっと……みちるさんのマンションなのよ?うさぎちゃんの家じゃないわ」
何を理由にしても、目の前の本人を誘ったり断ったりと、普通に考えたらかわいそうなことをしているとは思う。緋彩は何一つ悪くはないのだから。
「じゃ、お願いしたらいいじゃん」
「ダメだ。みちるはレイのためにケーキを作っているんだ。その子の誕生日はまた、改めて別の場所でうさぎが主導になってしてあげたらいいんじゃないか?」
「それもそうだね」
まことが賛同した声に亜美と美奈子も頷いている。
レイは何も言わず、できれば聞かなかったことにしたいとでも思っているのだろう。何も言わない。
「せっかくだし、いいじゃん!あとでおいでよ!みんなで楽しんだらさ!」
「いやいや」
すかさず美奈子が突っ込もうとする。純粋無垢で世界中の人間がみんな友達、みたいなうさぎの言っていることは悪いことでも間違いでもない。
わかっているから、周りがこうなってしまうのだ。
「……もぅ、いいんじゃない?その子が来たいと言うのなら、それでいいじゃない」
レイが第3者の意見のように声を出した。さっきまでは嫌悪感を出しまくっていたけれど、だからこそ、こういう状況になっているというのは、レイ自身もわかっているようだ。

だけど、ここはそれで正解なんだとレイはなぜわからないのだろう。

レイが我慢する必要なんてこれっぽちもないのに。
我儘を貫き通すことも必要なんだと、なぜわからないのだろう。
自分が傷つく道をなぜ選ぶのだろうか。

「レイちゃん!ほら、ね?レイちゃんは優しいから、絶対歓迎するって言ったでしょ?」
そのセリフは、もはやNOと言うチャンスを全て失う最後の通告だった。

どうやらこのやり取りは、ここまでの道のりで一度交わされていて、最終判断をレイにゆだねられていたのだとわかった。美奈子がうさぎの押しに弱いことも、うさぎの誰にでも優しい情に敬意を払っていることもわかる。そして、レイのことを大切にしているが故に、穏便に断ろうとしていたことも、ある程度は想像がつく。

レイのことをわかってやれる人間がここには2人もいるのに



レイは嫌な顔をひとつせずに何とか対応しようとしていた。みちるは驚いて戸惑っていたが、うさぎからレイが許可したと言えば、拒むに拒めないのだろう。ケーキのHappy Birthday Reiのあとに名前を付けたした方がいいのか、とはるかにこそっと聞いてきたから、絶対にするなと伝えた。みちるはレイのためにケーキを作ったのであって、ついでのように名前を足される緋彩も、いい気分にはならないだろうから、と。
「突然押し掛けてしまいまして、ご迷惑をおかけします」
緋彩は深く頭を下げて、手ブラで押し掛けたことを丁寧に詫びていた。引っ張って来たうさぎが悪いのだからと、みちるも笑顔で答えている。レイは能面のような顔つきのまま、じっとソファーの隅に腰を下ろしていた。
「レイ。みちるのケーキ、楽しみだな」
「そうね」
「楽しめよ、せっかくなんだ。な?」
「わかってるわよ」

気にしていないフリをしながら
楽しい姿をみちるに見せる
ケーキを喜びながらも、緋彩にもちゃんとロウソクの半分を消させてあげる
緋彩に気を使っているのは
みちるに嫌われたくないからなのだ
好きな人のために、本当は嫌なことを悟られず、あまつさえ歓迎しているように見せるなんて

レイはどれほどに馬鹿なのだろうか


「レイ、大丈夫か?」
みちる手作りの料理、ケーキがほとんどなくなったあたりから、レイはずっとガブガブとワインを飲んでいた。一言も話さなくなっているのに、レイの偽物がいるせいか、レイの様子がおかしいという一大事にうさぎたちは気がついてやれないらしい。
「………あまり」
「ちょっと来い」
レイの腕を取り、とりあえず静かなキッチンへと連れて行く。流石に主役が誰かを認識しているみちるは後を追いかけてきた。
「みちる、水もらうよ」
「レイ、大丈夫?」
不快を隠しながらも、いや、隠すために飲み続けたせいか、レイの目はうつろで相当酔いが回っている。
「横になるか?リバースしそうか?」
声すら出さないレイ。みちるが見かねてそっと抱きしめてあげているが、今のレイは残念ながらそんな幸せなことさえ認識できていないようだ。
「お開きにしよう。騒ぐなら、緋彩の部屋で続きをさせるように言うよ」
「えぇ」
「レイを頼む」
女子高生たちの輪は、見慣れたいつもの5人組のようだが、やはり楽しそうな少し子供らしい笑みを見せるのはレイとは言い難い。はるかは美奈子と亜美に耳打ちをして、きりのいいところで引き揚げさせるように強く念を押した。




みちるはそっと抱き寄せたレイの細い身体が、がくりと落ちてきて慌ててベッドルームへと引きずるように連れて行った。
何度も一緒にご飯を食べたことはあるし、お酒も飲んだことはあるけれど、レイはきちんと節度を守る子だ。たしなみ方を知っているのに、どうしちゃったのだろう。
「美奈子たちは、今から緋彩の部屋に向かうって」
「そう。レイ、大丈夫かしら」
「少し、寝かせておこう。あいつらを追い出すから」
みちるのベッドに寝かせて青白い頬を撫でると、閉じていた瞼が小さく震えた。髪を撫で、明かりを落とす。はるかが廊下で5人を見送り、しんと静まった部屋。
「はるか、どうする?レイを連れて帰る?」
「いや。みちる、明日の仕事は?」
「午後までオフよ」
「このまま、泊まらせてやってもいいか?」
「いいわ。でも、はるかはいいの?」
「何がだよ」
みちるはレイのことが好きなはるかにわざわざ気を使っているのに、と目で訴えてみた。
「説明させるの?」
「あのさ……。悪いんだけど、レイのことをそういう目で見てないよ、僕」
「じゃぁ、どういう目で見ているつもりなの?少なくとも、誤解を与える行動はいくつかとっているわよ。噂にもなっているわ」
TA女学院の前に、天王はるかがフェラーリで参上したようだ、なんて。ものすごい速さでその情報が多方面に広がったのだから。
「心配なんだよ。なんていうかな、お姫様だな。僕は家来」
「恋愛感情は一切ないと言い切るつもり?」
「ないよ。僕は……レイが誰を好きなのか知っているし、レイがその人と愛し合えればいいって心から思ってる。そのためなら何でもできる」
「レイは好きな人がいるの?」
「いるよ」
「はるかは聞いたの?」
「聞いたんじゃないよ。見ていればわかる」
初耳だった。レイでも人を好きになることがあると言うのが、ちょっと意外だと思えた。
相当にモテるだろうし、顔もスタイルも群を抜いている。
だけど、だからこそレイは人間嫌いなところがある。人に好意を寄せるようなことを簡単にはしないタイプだと思っていた。
きっと、1人の人をずっと好きでいるような子なのかもしれない。
「見ていれば、ね。そう、案外身近にいるのね」
「ノーコメント」
「どんな人かしらね。会ってみたいわ」
はるかは家来と言うくせに、レイの頭を愛しそうに撫でている。はるかの性格なら、どんなことをしてでも自分に振り向かせるようなことをしそうなのに。
それはレイがその好きな人のことを心から深く想い、揺るぎなどないということを、よくわかっているということなのだろう。
「あぁ……そうだな。みちる、レイを任せても大丈夫かな?」
「えぇ、いいわ」
「何かあったら連絡して」
辛そうに眉間にしわを寄せているレイの額を指でぐりぐりと押したはるかは、小さく笑ってからベッドルームを出た。




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Date:2014/07/22
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