【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑥

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑥

鏡を見ることが嫌になったのはなぜだろうか。
レイはそれがすぐに緋彩のせいだと想いあたり、髪を梳こうと鏡の前に立ったものの、向こう側のもう一人の自分と目が合わないようにしながら、そんなことをしていることがみじめだわと思わずにはいられなかった。鏡の向こうにいるのはレイ自身でしかないのに。
確実にあの子はみんなと打ち解けて、楽しそうにしている。はたからそれを見ていることは初対面の頃から、複雑な感情だった。レイがいつも座っている席には緋彩が座ることが多くなり、いつしか指定席が変わっていた。レイはできる限り早くクラウンに行こうと思っても、肝心のみちるさんが遅れてきたり、先に来ていた緋彩がみちるさんの席を空けていたり。
レイは水曜日のクラウンに完全に行かなくなってしまった。ただしくは、行けなくなった。
一度レイだけが遅れて行ったときに、何の違和感もなくみんなが楽しそうにしているのを遠目から見た瞬間、大げさな言い方かもしれないが、何かを失ってしまったように思えたのだ。

誰かが悪いというのなら、こういう性格をしているレイ自身が誰よりも悪いに違いはない。


「でね、レイちゃん」
「……あの、私は緋彩」
「あ、そうそう緋彩ちゃん、まもちゃんがさぁ、ネット電話があるっていうのに、ちゃんと手紙を描いて欲しいって言うから今でもエアメールを送っているんだけどね」
ゴールデンウィークも終わり、中間試験も終わり、すっかり高校の制服も身体に馴染んでいる。もうそろそろ夏服に変わる。
美奈子は横でいつものようにうさぎと衛さんの遠距離恋愛の話を聞きながら、パフェの上にあるポッキーをかじっていた。
「でも、ほら手書きってもらったら嬉しいじゃない?そう言うのってメールとか電話よりも愛情がこもっているから、私は好きよ」
「そうかな~。いやまぁ、うさぎもまもちゃんからもらったら嬉しいから結局書いちゃうんだよね」
「いいわね。なんだかうらやましい」
「へへへ~。あ、そう言えば緋彩ちゃんだってさ、みちるさんと一緒に絵を観に行ったんでしょ?」
「そうなの。国立新美術館に。勉強になったわ」
「あのみちるさんと一日デートするなんてね」
「素敵な一日だったわ。私、みちるさんが大好きだもの」
そりゃ、みちるさんは5人の中ではレイちゃんを一番気に入ってるし、面食いだもんね。なんて心の中で思いながら、美奈子は目の前にいるのが“火野レイ”じゃないとすぐには思い出せなかった。
「……やば」
あまりにも違和感なく、いつものように5人でいる感覚。
匂いもオーラも火野レイではないのに。星に導かれて魂の結びつきの強い、命を分け合う仲間なのに。
そう言えば、レイちゃんを最近全然見ていない。電話やメールをしたのはいつが最後だったか思い出せない。もしかしたら1カ月以上、会ってないような気がする。
それは平和な日常を望んでいた美奈子たちからしたら、戦いが完全に終わったという証拠なのかもしれないけれど、でも、どんなに平和であっても、だからこそ仲間とその平穏を分かち合わなければならないのに。
「うさぎ、レイちゃんは?」
「え?…………レイちゃん?」
うさぎはここにいるじゃん、と言う顔で彼女を見て数秒首をかしげている。
「あっ」
先に声をあげたのは亜美ちゃんだった。亜美ちゃんも今の今までレイちゃんのことをすっかり忘れていたみたいだ。いや、忘れていたというより緋彩ちゃんをレイちゃんとして扱っていたのかもしれない。
「そう言えば、最近レイちゃん見ないよね」
まこちゃんも。ごちゃごちゃになって、違和感もなく受け入れていたから記憶がすり替えられていることに気づいていなかったみたい。

あぁ、そうだ。
この違和感のなさ。

いや、でも違和感はある。レイちゃんは、あんな風に人のことを大好き、なんて声に出したりしないはずなのに。それを自然と聞き流しているのは緋彩ちゃんだからだってわかっているのに、レイちゃんと同じ容姿のせいで、混乱してしまっている。
「ごめん、私、これ食べたら先に帰るわ」
美奈子はパフェを急いで食べた。もうすぐ、みちるさんがやってくる。はるかさんは来るだろうか。どちらにしても、2人ともひきつれて神社に行ってみないと。
今日はみちるさんと緋彩ちゃんを会わせない方がいい。それは美奈子がそれを見たくないと思ったからに違いなかった。
みちるさんもこの違和感を受け入れながら、いつしか緋彩ちゃんと仲良くなっているようで、それが何となく怖いと思えた。


「美奈子?」
「あ、よかった。ごめん、ちょっとこっちに!」
「え?」
パーラーを出て階段を降りようとしたところで、ちょうどみちるさんがその階段を上り終わったのに出くわした。はるかさんもいる。美奈子は2人の腕を掴んでバタバタと階段から引きずり下ろした。
「なんだよ」
「最近、レイちゃんを見てないからさ、一緒に神社に行って欲しいのよね」
「美奈子待って。私、今日は緋彩と会う約束があるのよ」
引きずられたみちるさんは、足を止めて美奈子に対してわかりやすく抵抗をした。いつのまにか緋彩ちゃんのことを呼び捨てにしている。仲間でも何でもないはずの緋彩ちゃんは、やはり違和感なく溶け込んでしまっている。
「緋彩ちゃん?何の約束よ」
「家でごはんを食べる約束をしているの。あの子が持っている珍しい画集を貸してくれたから、そのお礼に」
めちゃくちゃ、仲良くなってるし。レイちゃんはだから、クラウンに一切姿を見せないのかもしれない。いや、ここまで仲良くなっていることを知らない可能性もある。
「なんだよ、みちる。レイに会いに行こうって美奈子が言ってるんだ。仲間の顔を見る方が大事じゃないのか?」
はるかさんはレイちゃんとどれくらいの頻度で会っているのだろうか。もしかしたら、1人だけ唯一会う頻度を変えていない人物なのかもしれない。
「………でも、約束を反故するなんてできないわ。明日、時間を調節させて欲しいの。今日は無理よ」
「みちるさんは明日、ちゃんとレイちゃんに会ってくれる?」
「安心して。レイとは昨日今日の付き合いじゃないのだから」
つまりは、新しい人間関係を気付いている途中の緋彩ちゃんとの約束を反故するわけにはいかない、ということだった。


「美奈子、レイを見たらきっと驚くぞ」
「……どういうことよ」
「お前ら、全然レイと会わなかっただろ」
「うん……。悪いって思ってる。頻繁に神社に行くのが、ちょっと前までは当たり前だったのに」
仙台坂を登り切り、神社にたどり着くといつものようにフォボスとディモスが出迎えてくれた。つまり、レイちゃんは神社にいるようだ。クラウンに来なくなったのが緋彩ちゃんのせいなら、美奈子はセーラー戦士のリーダーとして、嫌われ役を買い、緋彩ちゃんに来るなといわなきゃだめだと心の中で決めている。なにやらみちるさんと会うことが元の目当てだったみたいだし、でもそれはもう、あそこじゃなくても、残念なことに2人の繋がりはできているようだから、水曜日のパーラーで戦士のみんなと会う輪に入れないことを受け入れてもらうしかない。
「レイちゃん~」
境内の裏手に回り、いつものようにレイちゃんの部屋を覗きこむ。寒い冬にみんなで受験勉強をするために囲んだこたつは、すっかり布団もカーペットのなくなって、夏を迎える準備がなされていた。
「上がるよ~」
美奈子が遠慮なくローファーを脱ぎ棄てていると、奥の部屋の襖があいた。
「……美奈?」
「………あれ?髪、髪、……髪切った?」
美奈子が知っているレイちゃんとは違って、そこには肩に付くくらいの長さにばっさり髪を切り落とした人物がいる。レイちゃんのあの前世の頃からの漆黒の長い髪が半分以上削がれてしまっていた。
「あぁ……。邪魔だから切ったのよ」
「ど、ど、どうしてよ」
「だから、邪魔って言ったわ」
「小さいころからずっと長かったのに、いまさら邪魔?」
「………そうよ、うっとうしいくらい邪魔なのよ」
心なしか、なんだか痩せたような気もする。見た目が変わったせいだろうか。
「そっか…。まぁ、レイちゃんが切りたいなら別にいいんだけど」
いつもの場所に腰を下ろす。はるかさんも腰を落ち着かせた。
「で?どうしたのよ、2人とも」
「会いに来たんだよ、レイちゃんに」
「なんで?」
「仲間に会うのに理由がいる?」
「理由も何も、今日は水曜日だから、みんなクラウンに行ってるんじゃないの?うさぎたちに用事でもできた?」
レイちゃんは同じように腰を落ち着かせようとはしてくれない。なんとなく、追い出そうとしているんじゃないかと思えた。それは多分、はるかさんも感じているのだろう。
「そういうレイちゃんは用事でもあるの?最近、全然クラウンに来ないよね」
「別にそれで誰にも不都合がないから、いいんじゃないの?私は学校が違うから」
相変わらずレイちゃんはクールで、話し方も落ち着いている。レイちゃんはレイちゃんなのに。目の前にいる火野レイこそ、確かに強い結びつきを感じ、愛している存在だというのに。
「おいでよ、来週。みんなさ、レイちゃんがいないからなんかむずがゆいんだよね」
「そうかしら?別に誰からも何も連絡はないわよ?」
亜美ちゃんやまこちゃんは休日に緋彩ちゃんと遊んだなんて言っていたかな。みちるさんは一緒に絵を観に行っているし、うさぎは恋愛相談相手にしているし。美奈子はどうだろう、と思う。休み時間はいつも一緒にいる気がするし、学校ではしゃべることが一番多いのは緋彩ちゃんかもしれない。
でもそれは、緋彩ちゃんがあまりにレイちゃんに似すぎていて、そう、元はみんなレイちゃんのことが好きだから、似ている彼女をたやすく受け入れているのだ。
いつの間にか、すり替えられた自分たちの感情は、本来レイちゃんにだけ向けるべきなのに。
「きっとみんな、レイちゃんが髪切ったの見たら驚くよ」
「そうかしら?見間違えなくなるなら、別にいいんじゃない」
髪を切った理由はそこにあったんだ。はるかさんが美奈子にアホかと言った顔でにらみを利かせてくる。
そっか、レイちゃんがずいぶんと繊細な性格の持ち主だということを忘れていた。
「ねぇ、せっかくなんだからお茶淹れてよ~。今日はここでゆっくりするんだからね」
「うさぎたちは?」
「知らない」
「みちるさんは?」
レイちゃんの大好きな人の名前が出てくる。レイちゃんがみちるさんのことを好きじゃなければ、もしかしたら、緋彩ちゃんなんて大した存在ではなかったのかもしれない。
でも、仮の話なんてできないのだ。
どちらにしろ、仲間のほとんどがレイちゃんと全然会っていないことに心配も悪気もなくいたのだから。
「……あぁ、今日は何か約束らしいわ。クラウンにも来られないんだって」
「そう」
学校生活のことをいろいろ聞いても、大して高校になっても変化のない生活だからと、あっという間に話題もなくなってしまう。
何も話さなくても、ウダウダ一日中この神社にいて、それが当たり前だったのに。
「またみんなでみちるさんの別荘に行こう!海にも行かないとね」
「私は多分、夏休みはほとんど東京にいないと思うから、みんなで行ってきたら」
「へ?」
「避暑地にあるパパの別荘に行くことにしているのよ」
夏はこれから始まると言うのに、すでに夏にさえ会えないなんていう宣言は酷いんじゃないかな。
「え~。じゃ、私もそこに押し掛ける」
「さっき、みちるさんの別荘に行くって言ってたじゃない」
「まだ、決定してないもんね」
「無理よ」
まぁ、レイちゃんも今は、なんとなくふてくされているだけだろう。ツンデレなんてレイちゃんのためにあるような言葉なんだし。
毎日、前みたいに顔を合わせていれば、機嫌を損ねていたことを馬鹿らしいことだとわかってくれると思う。みんなだって、誰が一番大事なのかをちゃんとわかってくれると思う。


「緋彩をみちるから遠ざけたいのが本音だけどさ。同じマンションで趣味が似てて、みちるのヴァイオリンのこともよく知っていて。なんていうか、みちるも最初は少し引いていたところがあったんだけど、レイとは違う人物として認識して、そのうえで仲良くなっているみたいだから、なんとなく気が引けるんだ」
はるかさんは、定期的にレイちゃんと会っているようだった。レイちゃんがばっさり髪を切った理由も、間違いなく緋彩ちゃんの影響らしい。TA女学院の中でも“偽物”の情報は広まり、あちこちでの目撃情報の中で、天王はるかといたのがレイちゃんなのか、緋彩ちゃんなのか、そして海王みちると一緒にいたのはレイちゃんなのか、頻繁に本人確認をされることが多くなり、髪を切ってしまったのだ。レイちゃんじゃない偽物が、海王みちると美術館にいたという目撃情報は、レイちゃんの耳に間接的に届いていたらしい。
「それでさ、まぁ、僕との噂が絶えないし、正直周りの目のことも考えて、僕も行動を控えようと思ったんだけど。あいつが……死んでしまいそうで怖いんだ」
「………本気で言ってるよね、それ」
「当たり前だ」
はるかさんも、レイちゃんが誰を好きかくらいは十分にわかっていて、レイちゃんを好きでいる。出会ったころはわかりやすいくらい、はるかさんはレイちゃんに惚れていた。その感情は、美奈子にはすぐに読めた。いらない才能だわ、って思うこともある。
わかる人もいれば分かりにくい人ももちろんいて、みちるさんが誰かのことを好きだと言う感情
は、つい最近までは見えなかった。あえて言うなら、一番興味を注いでいたのはレイちゃんだし、だから、レイちゃんがちゃんとみちるさんに伝えれば、叶わない相手でもなかった。恋愛としての好きという感情に近いものはあるけれど、決定的でもない。もちろんいらぬお節介をするつもりもない。はるかさんが今持っている感情が、恋ではなく、仲間として、1人の人間としてレイちゃんを好きだということもわかる。だから、はるかさんがレイちゃんのことを心配している感情も、死んでしまいそうだということが例えとして、大げさではないこともわかる。
「うん、わかった。私もレイちゃんのことが好きだけど、でもさ……人の恋路のことについてはさ、どっちが大事とかじゃないんだ。みちるさんが誰かを好きになってその人と恋人になることを、私は止められないんだよ。だって、みちるさんのことも好きだもの。仲間が恋愛をすることを、反対なんて……できない」
それでも、レイちゃんがみちるさんのことを好きなんだよって、みちるさんに言えば、みちるさんの感情に変化は生まれるだろう。だからこそ、そんなことをしたくはない。
「そうだよな…。あぁ、そうなんだ。みちるはたぶん、緋彩と付き合うまで行ってしまうんじゃないかな」
そこはかとなく、邪魔してやりたい気持ちとしたくない気持ちと。
「でも、仲間で会う水曜日には緋彩ちゃんを二度と連れてこないから。私、うさぎちゃんたちに言うわ」
「みちるにも連れてこないように言っておこう。あいつが連れてきたら厄介なことになる」
明日、みちるさんはレイちゃんにちゃんと会ってくれるかな。



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Date:2014/07/22
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