【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑦

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑦

鏡で自分と目を合わさないように、意識をするようになってからどれくらいだろう。短くなった髪を梳き、素早く鏡から逃げる。朝食を取ることも面倒になって、コーヒーだけを飲んで神社を出るとすぐ、高いキー音のクラクションに呼び止められた。
「レイ」
「………みちるさん」
はるかさんの目立つフェラーリとは違い、スポンサー契約をしている国産メーカーの車があった。
「レイ。見間違えたかと思ったわ。髪を短くしたのね」
「おはよう、みちるさん。どうしたの?」
「今日はせつなを空港まで迎えに行くのよ。頼まれていたから。ちょっと時間もあるし、早く出てレイの顔を見ようと思って。送るわ」
助手席のドアを開けてもらい、ゆっくりと腰を下ろした。しばらく会っていなかったから、うるさい心臓が、せわしない運動を繰り返している。
「最近、どうしていたの?あまり顔を見かけないから」
「ちょっとね」
「学校で何かあって?」
「特になんにもないわよ」
「みんな心配していたわ。あぁ、せつなが帰って来たから、またみんなで集まりましょう」
「わかった。空けておくわ」
別に、心配していなかったんじゃない?なんて言いそうになるのをこらえた。美奈は何を急に思い立ったのか、昨日いきなりやって来たし、はるかさんはいつものことだし。みちるさんが今日ここに来たのは、もしかしたら誰かに何かを言われたからかもしれない。
そんなことを考えるなんて

ほら
自己嫌悪

「レイ、痩せた?」
「どうかしら。最近あんまり食べないかも」
「ちゃんと食べないとダメよ」
「そうね。暑くなってきたし」
「髪も短くして。一体どうしたの?何か悩みがあるなら聞くわ」
みちるさんにみちるさんのことを聞いてどうしろっていうのか。レイは適当に笑みを浮かべて見せることが精いっぱいだ。
「髪はただ、切ってみたかったからだけよ」
「そう?はるかが、レイには好きな人がいるって言っていたけれど。その人のことで悩んでいるのなら、相談に乗るから。嫌なら、せつなとか美奈子とか。レイは1人で抱え込む性格だから、相談するだけでも、気持ちが晴れることはあるわ」

まったく
いつどこでそんな余計なことを言ったのだろう

本人に

はるかさんの性格上、みちるさんに言うことはないと思っていたし、事実、名前を挙げたわけじゃない。だけど、人を好きでいると思われていることがいらない誤解を生むような気がして仕方がない。
「ご心配なく。それ、はるかさんの被害妄想じゃないかしら」
「そう?レイはいい瞳の色をしているわ。いつも素直でまっすぐの瞳だから、私は好きよ」

恋焦がれ
希い

「ありがと……みちるさん」
それは、友達としてでしょう?
第一、みちるさんを見ているのだから、表情はごまかせても、瞳まではどうしょうもないじゃない。心の中でセリフを付け加えながら、なんとなく学校に早く着けばいいのにと思った。




日曜日、3か月ほど仕事でアメリカに行っていたせつなさんが戻ってくるのだから、流石にレイも無視はできず、みちるさんのマンションに行くことになった。はるかさんの目立つ車に乗せられて、デジャヴのようだわと思いながら、居心地の悪さが身体を覆ってくることに耐えている。
「顔色悪いな。大丈夫か?」
「別に。はるかさん、みちるさんに余計なこと言ったでしょ」
「何?」
「…私に……好きな人が、いる…とか」
「あぁ。いや、僕が君のことを好きだとみちるが勘違いしていたから、それはないって言うために。僕はレイがレイの好きな人とうまくいくことを応援している立場だということを、明確にしていたかったんだけど……ごめん」
「……余計なことだわ」
「そうだな」
はるかさんがバックミラーを見ながら車線を変更した。その鏡に自分が映ってしまいそうで、レイは避けるように窓側に身体を追いやる。だけど、窓にも自分が映っていて。
この世界は息苦しい。
自分の姿をいつでも認めながら、演じながら、よく見られるようにと意識させられなければならない。
窓を拳で叩きつけてやりたくなるのをこらえ、きつく目を閉じた。


「レイ……髪を切ったのね」
「せつなさん、お帰り。ちょっとね、切ってみたくて」
「それはそれでかわいらしいわよ」
「ありがとう」
久しぶりに戦士だけが集まった。レイは何となくちょっと大きなため息を漏らして、みんなの顔を見渡す。
「レイちゃん!なんで切ったの?」
「邪魔だから」
「うそ~~!あ、でもこれで絶対に間違われないよ」
うさぎは緋彩の名前こそ出さなかったが、何を言いたいのかを明確に伝えてくれた。
「あっちが本物になる日も近いんじゃない?」
「いや、レイちゃんはこっちだよ。そのツンツンしたところがレイちゃんらしい」
「そう」
「緋彩ちゃんはツンツンしないもん」
「そう」
うさぎの頭を美奈が叩いている。気を使ってくれるのはありがたいような、別にもうどうでもいいような。今のがきっかけで、せつなさんに説明をしなければならないのだから、そこまで誰も気が回ってはいないのだろう。

「せつなさん、タバコ吸うの?」
酔い潰れないようにとノンアルコールのパーティの途中、姿が見えなくなったせつなさんを探していると、広いバルコニーで煙草を吸っている後ろ姿を見かけて、レイも外に出た。
「まぁね。なんとなく煙草が恋しくなったのよ」
「ふーん」
レイは人差し指をせつなさんに見せつけてみた。困った眉間のしわを無視して、掌を差し出してみる。
「未成年のくせに」
「お酒もたまに飲んでるし、いいじゃない」
「吸ったことあるの?」
「さぁね。前世の頃はよく吸っていたらしいわね」
「いらないことを覚えているわね」
「人が吸っている姿を見ていると、自分が前世で吸っていたような気になるの。なんだ、やっぱり吸ってたのね」
「……言い訳にしては、無理があるわよ」
「はいはい」
断片的に画像を見るように残っている記憶。でも、みんなが持っているほどの記憶なんてない。そう、レイにはほとんどないのだ。前世なんて、大した役にも立たないから別にいらない。
「レイはその緋彩が疎ましいのでしょ?」
「………疎ましいっていうのは、どうかしらね」
「あぁ、そうね。あなたはそんなことを想わないでしょうね。怖い?」
「さぁ。気持ち悪いわ。似すぎていて。髪を切らなければ、ぱっと見ても区別が難しいのは確かよ」
肺に入れる煙が痛みを身体から吐き出してくれればいいと、煙草に火をつけた。手馴れた感じであるということは、せつなさんにはばれてしまっている。
「怒られるかもしれないけれど、純粋に会ってみたいわね。私たちの愛する火野レイを傷つける人物が、何を考えているのか」
「……私を傷つけているのは緋彩じゃないわよ。たぶん、自分自身なの」
恋も愛も友情も、いらないって思って生きてきたはずなのに。
一度手に入れたものを全て欲しがるから。
守りたいと想うから。
手放したくないと欲張るから。
それが自己嫌悪になるだけなのに。
「レイ。安心なさい。私たちは孤独ではないわ。運命というものをもっと信じてもいいのよ。それに縋ってもいいの」
せつなさんの言葉には重みがあった。信じなければ、レイは死んでしまうのではないかと思えた。
「………信じるわ」
みちるさんは煙草を吸うような人を好きじゃないだろうな、なんて思いながらも、せつなさんと一緒に吸う煙草が心のささくれを治してくれる気がした。
吸い終わりリビングに戻ると、美奈が持ち込んだゲームで盛り上がっている。テレビゲームに興味はないが、仲間たちが笑いあう輪の中にレイも入った。自然な流れを装いみちるさんの隣に腰を下ろす。
「非行少女、煙草を吸ったわね?」
「せつなさんが吸っていたのよ」
「見ていないと思っていて?」
「……渡した方も悪いでしょ」
みちるさんが見ていたということが、何となく嫌な気分じゃないから、レイは久しぶりに笑ってごめんね。っておどけて見せた。ワインを2人で1本空にしたことだってあるんだから、あまり責めないでほしいって、付け加えてみる。
短くなった髪を撫でてくれるしなやかな指先だけで、この人を好きだと心が謡っている。
信じなければいけないことがある。せつなさんの言葉を自分に言い聞かせないといけない。
「レイに相談しないといけないことがあるの」
「何?」
「今日はみんながいるから、また、連絡するわ」
「私じゃないとダメなの?」
「えぇ。せつなでもいいけれど……いえ、レイじゃなきゃだめね」
髪や頭を撫でてくれる。それは嬉しいことなのに、なぜだか一抹の不安を覚えた。
「わかった。じゃぁ、また電話して」
みちるさんと電話をするなんて、どれくらい久しぶりだろう。みちるさんの瞳に映るレイはどんな顔をしているだろう。ちゃんと嬉しそうな表情で映っているかしら、そうであってほしいと思う。久しぶりに感じる胸の高鳴りは、不安よりもずっとずっと高い場所にあった。



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Date:2014/07/23
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