【緋彩の瞳】 約束 ②

緋彩の瞳

みちる&レイ小説[幼馴染]

約束 ②


テーブルにすべてが並び終え、頂きますと手を合わせたその時、深美の携帯電話の着メール音が聞こえてきた。
「ママ、鳴ってるわよ」
「そうね」
合わせた手を一度解き放ち、ひとまず誰からかくらいは確認してみる。立ちあがって携帯電話をパカっと開いて、ボタンを数回押す。
「ママ、食べるわよ」
「はいはい」
待つ気がないみちるは、先にパエリアを分けて食べ始める。深美はメールの内容をさっと読んで、返事を返さずに携帯電話を元の場所に戻した。

レイからパエリアを残しておくようにとの指示。
流石、レイはみちるが実家に帰ることも、パエリアを作ることもちゃんと行動パターンを読まれている。しかも本人にメールをしても後からネチネチしつこいだろうから、深美に送ると言うところまで、ちゃっかりしている。
やっぱり、みちるはレイには敵わないだろう。



「そう言えば、ママ」
「ん?」
「葉月ママが破った約束って何?」
「葉月?あぁ、さっきの続き?」
パエリアは程よく美味しくできていた。久しぶりにみちるが作ってくれたものだから、できればもう少し食べたいのだけれど、レイが腹5分くらいに抑えて家に来るので、きちんと残しておいてあげなければならない。少し2人では多いくらいに作っていたのは、みちるもレイに食べさせたいと思ってのことだろう。みちるが進んでお皿に盛ってラップを掛けて、冷蔵庫に仕舞ってくれた。パパにでもあげて、なんてわざとらしく。今は東京にいないのに。
食後のデザートに、パパが大好きでいつも冷凍庫に山積みにされているハーゲンダッツを勝手に食べながら、あと少しで来るだろうレイを思い浮かべた。
「ママはそれに腹を立てたりしなかったの?」
「したわよ。そりゃもう」
「ママにはすごく大切な約束だったの?」
「そうね。人生で一番破ってほしくない約束だったから」
「……信じられない。葉月ママって出来ない約束なら元からしないような人じゃなかったの?」
みちるの中にいる葉月は、きっと優しくて穏やかで身体の弱いレイのママだけだろう。いい思い出だけで心を満たして、その愛だけを抱いているに違いない。愛の溢れる幸せの絶頂の時にいなくなってしまったのだから余計、美しい想いだけしかない。
「確かにね。葉月はそう言う子だったわ。だから嘘を吐いたのは1度だけよ」
「いったいどんな?」
レイが破った約束よりもひどいものを聞いたら、みちるはレイを簡単に許す心を持つと思う。
そう思うと、言ってしまったら面白いものが見られない残念な気持ちも少し芽生えてくる。
「私は葉月とね、ずっと一緒に年を重ねて行こうって約束をしたの。同じような時期に結婚をして、同じ年の子供を産んで、同じ学校に行かせて、もし男女で生まれたら結婚させようって。実際はレイとみちるは残念だけど学年は違ったし、2人とも女の子だったけれど、それは約束というより希望だったから。毎年、毎月、毎日、些細な約束を交わして、それが楽しかったわ。漠然とした老後のこととか、あなたたちが成人したときのこととか、夏はキャンプに行こうとか、明日もランチを一緒に食べよう、とか。そうやって、毎日飽きることなく葉月といる約束をして生きてきたの」

それだけで、心が満たされて幸せだった。

「…………ママ」

みちるにはあまり葉月の思い出を話さないし、うまく話せなかった。
できれば避けたい。
葉月の思い出を語ってしまうと、なんだか過去になってしまう気がする。
深美の中の葉月は今もずっとそばにいると信じている。
「まさかね、私より先に死なないでねっていう約束を破るとは。指切りもしてくれたのに」
聞きたくないような顔をする愛娘は、とっさにレイを想ったのだろう。レイの母親なのだから。レイがあの時しばらく、一言も言葉を発せなくなったとき、みちるはみちるで全身に蕁麻疹ができていたし、深美は深美で睡眠障害に悩まされた。
それだけ葉月という存在は大きかった。
でも今になって思う。そんな様子をきっと、葉月は辛い思いをして見ていただろう。
約束は絶対に守る子なのに、葉月自身が一番納得できなかったはずだから。
「でも、病気だったんだもの。葉月ママだって最後まで頑張ったわ」
「そうよ。私がしつこく“約束を破るのなら、私がいま先に死んでやる”なんて脅したから」
「……ママ、それはかわいそうだわ」
「本当よ?あの子が生きてくれるのなら、何でもできる気がしていたから」
困った顔をしながらも、葉月は笑っていた。笑ってくれるのならば、何でもできた。
「約束は約束よ。でもね、約束って相手があって成立するものよ。会いたいと思ったら、会える人がいて、会おうっていう約束が出来ることが幸せなの。約束が達成できるって言うことは、ある意味奇跡なのかもしれないわよ。だって、その人と同じ想いを共有しているって言うことなのだから」
ほんの少し溶けた抹茶アイスを掬いながら、みちるは納得できないような顔でため息を漏らした。
「………ずるいわ。葉月ママのことを出すなんて」
「そう?みちるから聞いてきたことじゃない」
「そんな事を聞かされたら、許してあげるしかないじゃない」
別にレイの生い先が短いと決まったわけでもないのに、みちるは何か思いつめたような顔で呟くから、深美は肩をすくめた。
「いいじゃない。文句の1つや2つ言ってみれば」
「……もういいわ」
「そう?」
心の中で“葉月、ごめん”なんて呟いた。
結局、深美もみちるも、火野家の女2人には勝てそうにない。
深美がみちるに伝えたのは、うまく転がされる方法としか言いようがない。
腹を立てるだけ無駄なのだ。
どうせ許してしまう結果しかないのなら、元から腹を立てなければ済む話し。
レイだってみちるの存在がどれほど大切なのかは、本能的にわかっているだろう。
理屈ではなく、愛している。
だから離れられないのだ。




食後のデザートも食べ終わり、特に何をするでもなくCDを聞き流しながら雑誌を読んでいると、チャイムが鳴った。
「はいはい」
こんな時間からの来客だけれど、ママは分かっていたようにパタパタとスリッパを鳴らして玄関に小走り走っていく。
レイだわ。
直感でそう思った。ママのあのメールはレイからだったのだ、と。

「みちる、パエリア残してる?」
リビングに顔を出したレイは、うっすら汗を掻いて疲れていると顔に張り付けてあった。あいさつ抜きはいいとして、いきなりパエリアと来た。
「残してるけれど」
「ん。じゃぁ、冷たいお茶もセットでね。シャワー浴びてくる」
今日はごめんね、なんて言う気配もなくバスルームに出て行く。
みちるは呼びとめる気なんてなかった。
疲れた顔を見せたレイに何か言っても、まず聞く耳を持たないだろうし。
「ママ、レイからメール来ていたのね」
「まぁね。お土産だって」
玄関先で荷物を押しつけられたママは、小さなビニール袋を渡してきた。
中に入っていたのは飴でコーティングされた小ぶりのリンゴ。
実物を手に取るのは初めてだった。人が食べているのを見たことはあるけれど、食べたことがなかったものだ。
「許す気になった?」
「呆れているのよ、……自分に」
「それはいい傾向だわ」
夏祭りが楽しかったのかは知ったことではないけれど、お土産を買ってここに帰ってきた時点で、レイは自分が怒られるなんて心配など1mmも持っていないというのはよくわかった。
一応、気にかけているから、こうしてりんご飴で機嫌を取ろうとしているのだろうから。
みちるに残された道は、怪我せず嫌な思いもせず、うまくレイの掌で転がされる方法をママから教えてもらうことだけだ。
「あーぁ。葉月ママがいれば、うんと叱ってもらえるのに」
「甘いわね、みちる。葉月はこういうときに限って、何もせず手を叩いて笑うタイプよ」
死んでしまっても、葉月ママはママのそばにいて、心の中で生きている。
それは幸せなことだ。でも、同時に触れられない寂しさを永遠に抱いていなければならない。
こんなつまらないことで、生きているだけでいいじゃない、なんて極論を持ちだすほどではない。
でも、レイを一目見てしまうと、まぁいいかなって思えてしまう。
元気だった頃の葉月ママと、みちるはレイとずっと仲良しでいる約束をしたことを思い出して、やれやれとため息を吐くしかない。レイだって同じ約束をしたはずなのに。

「みちる~~。パエリア」
「……まったく。ちょっと待って、すぐだから」
湯気と一緒にリビングに戻ってきたレイは、ママから冷たいお茶の入ったグラスを取り上げて喉を鳴らしている。
文句を言うどころか、結局はレイが楽しんできたことを親子2人で聞いて、仲良くりんご飴を食べてしまう羽目になるのだから。

仕方がない。
また、約束を交わして、今度こそ守ってもらって、今日のことを忘れてしまおう。


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Date:2013/11/10
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