【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑧

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑧

火曜日の夜、レインツリーで待ち合わせたみちるさんは、ヴァイオリンと大き目の鞄を持って店に入って来た。仕事帰りのようだ。こんな風に食事を一緒にするのも久しぶりで、昨日の夜の電話でごはんもついでにって言われた時は、眠れぬ夜になることを覚悟した。本当にほとんど眠れなかったのだけれど。
「待った?」
「ううん」
向かい合うみちるさんは、相変わらず綺麗だ。今日は仕事帰りということで、いつもより濃い目のメイクをしている。椅子に腰を下ろす一連の動作の流れでさえ、目を奪われてしまう。
ゆっくりと食事をしながら、みちるさんが今日やっていた仕事のこと、これからのコンサートのこと、レイの学校のつまらない日常、そういう、ちょっと前にはよくやり取りされたことを話す。
そこには緋彩の名前は一度も出てこないから安心したいのだけど、わざと名前を出そうとしていないのだと言うことくらいは、簡単に読み取れていた。
「レイが髪を切ったから、変な噂も落ち着いたかしら?」
「噂?」
「はるかったら、レイといるだけで妙な噂を立たせるから」
「あぁ。どうかしら。なんだか付き合っていることになっているのよね。無視を決め込んでいたら、それがかえってよくなかったみたい。もう、学校まで来るなって言ってあるわ」
だからと言って、その噂が払しょくされたわけじゃないけれど、正直どうでもいいこと。好きなように言わせておけばいいし、それではるかさんのことを好きになることも嫌いになることもない。容姿と無駄にキザなせいでそうなっているのだし。
「はるかとはよく会うの?」
「1週間に1,2度くらい。でも、それはずっと前からそうよ」
「そうだったわね。ごめんね、なかなか会う時間がなくて。水曜日にレイを見かけなくなってから、結構経ったものね」
以前は1週間に1度は会えた。会うことができなくても、メールや電話のやり取りはごく普通に交わされていた。時々ごはんを食べたり、マンションに遊びに行って、絵のモデルをしたりしていた。
そういう日常が普通に幸せだった。ずっとずっと、続けばいいと思っていた。それ以上に何かがなくても、それでも幸せだった。
「行かないのは色々と……事情が」
学校生活がそれほど忙しくないということは、さっき話をしてしまった。
神社もこの時期なんて全然忙しくはない。
「レイ。私ね、レイに相談したいことがあるって言っていたでしょ?」
「えぇ………」
本当のところ、そんな改まって何かを聞いたりはしたくない。たわいもないことを話しながら、また明日ねって楽しかった思い出だけで夜を過ごしたい。
だけどみちるさんの真剣な瞳は、レイをとらえて解放することはない。

「緋彩に好きだと言われているの。その……付き合ってほしいっていうようなことで」
「……へぇ。それで?」



誰か止めて




平然を装うのは誰のためだろう
何も考えてはいけないと、身体のすべてが叫んでいるのに
「その……。あの子と最近仲良くしていて。純粋に楽しいし、趣味も合うし。緋彩とレイはすごく似ているけれど、私は全くの別人だと認識しているの」
「……そう」

止めて
誰か止めて

「だから、私が誰かと付き合うことに関しては、誰にも何も迷惑はかけないけれど、やっぱりレイには……あの子が似すぎているから。見ていて気分いいものではないのかもって思うとね。私が同じ立場なら、仲間と自分に似た人が付き合うって言うのは、気持ち悪いものでしょうし」

世界から消えてしまいたい


「みちるさんは好きなの?緋彩のこと」
「えぇ、……そうね。でも、容姿で選んだわけじゃないわ。だって、……だとしたら、レイの方が好きだもの」
たぶん、みちるさんはレイに気を使ってそう言ったのだろうけれど、性格で緋彩を選んだって言われる方が、よほど心をひどく抉られる想いがする。
緋彩がどういう性格なのか、詳しいことはわからないけれど、会って数カ月でみちるさんに好きだと告げられる、心臓が強くて純粋な人物なのだろう。
「ごめんね、性格悪くって」
「違う。そうじゃないわ。その、違うの。そうね、言い方が悪いわ。レイのことは好きよ。すごく好き。あなたの繊細な心も優しさも、瞳の色も好きよ。でも、緋彩とは違うの。緋彩と付き合うということと、レイを仲間として好きな感情は全く別だわ。それをレイに知っていてもらいたいの」

もう、やめてよ

言おうとした言葉を飲み込んだ。みちるさんが何をどう取り繕おうとしても、仲間として好きだと声に出して言われても、何をもってしても、レイを選ぶことはないし、レイが何かできることなど一つも残っていない。
「ありがと。私のことを気にする必要はないんじゃないかしら?みちるさんがしたい恋愛をすることが、仲間である私たちの願いなのだから。そのために私たち、命をかけてこの世界を守って来たのでしょう?」

誰か止めてよ
愚かなこの喉を通って、吐き出す馬鹿らしい嘘を止めてよ
泣き叫んでやめてと言えばいいのに
好きなのは私が先だったと言えばいいのに

「ありがとう。緋彩が心配していたわ。私とレイの間の縁を切ることにならないかしらって。レイと私は強い仲間としての絆で結ばれているから、そんなことはないって言って見せたけれど、やっぱりあなたの考えをちゃんと聞いておきたかったから」
そんなこと言ったって
やめてなんて言ったら、みちるさんに嫌われるだけなのに


最初から答えはひとつしかないくせに
レイだけが我慢すれば
みちるさんが幸せになれるんだから

「私たちは仲間なのよ、みちるさん。遠い前世からずっと一緒に戦い続けた仲間なんだから。私は仲間の幸せを祝うことができないような人間じゃないわよ」
「そうね。レイは誰よりもそうだわ。きっと、緋彩も喜ぶわ」

仲間じゃなければよかった
出会わなければよかった

好きにならなければよかった


明日の放課後、緋彩を連れて行ってもいいかと言われた。
はるかさんから、仲間の集いに連れてくるなと言われたらしいし、みちるさんもそれはその通りだと想っているけれど、最後に一度だけみんなに、付き合うことになったと紹介する場が欲しいと。レイは頷いて見せて、楽しみね、なんてセリフまで付け添えた。

誰が悪いだなんて


緋彩のようにみちるさんに“好き”と言わずにいたレイしか悪者はいない



家に帰る途中、おじいちゃんの名前で勝手に作っていたカードを使って、煙草を買った。タクシーで送ってくれるというみちるさんの申し出を断り、ふらつきさまよいながら歩く坂道。このまま通りに出て、バスにでもはねられて死ねたらいいのに。
でも、今死んだらなお、みじめな気持ちだけがこの世界に残りそうで、そんな自分が嫌だった。

1人で泣くなんてことをあっさりとできようものなら、もっと楽な考えを持てただろう。すぐにでもはるかさんに、助けてよ、慰めてよ、何とかしてよ、と叫べば。
あるいはあの優しい腕の中で大声を出して泣けたかもしれない。
でも、泣いたからって何が変わるのか。
何一つ変わらない。
ただ、巷に溢れる恋愛ソングのように、ひとつ、叶わぬ愛を捨てる時が来ただけ。
それがすべてではない人生でしょ、って赤の他人のことなら言い切ることはできる。
なんて煩わしい。だから、人を好きになってはいけないってわかっていたのに。


中庭に出て、煙草に火をつけた

眩暈を感じたのは
胸が痛いと思ったのは

きつい煙草を選んだから

誰か止めて
誰かこの世界から消して

みちるさんを好きだとわびしく想う
この身体から
感情なんてなくなればいい

吐き出してしまえばいい
肺に溜まる慕情が煙と一緒に剥がれてしまえと願う
身体をめぐる血液のすべてがどす黒くなって
目も髪も、みちるさんが触れてくれたものすべてが
記憶からも消えてしまえば






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Date:2014/07/23
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