【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑩

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑩

朝、食事の代わりに煙草を吸う。そのあと制服に着替えて短くなった髪に適当に櫛を通す。学校では食堂で売っているパンをかじり、放課後はまっすぐ帰ると煙草を吹かす。ぼんやりと、何も考えずにいられるこの時間帯が一番ほっとする。時々はるかさんが学校の近くで待ち伏せをしていたけれど、それに対応することが面倒になって、無視をすることも多くなった。それでもはるかさんは一緒に神社まで付きまとって、煙草を吸うレイの背後で何も言わず、時には勝手に一本抜きとって、同じように煙草を吸っていたこともあった。誰かと会話をしそうになると、言葉と一緒に、みちるさんのことを女々しく好きだと言う気持ちが身体から零れ落ちるのではないかと思い、言葉を忘れてしまえればと願うように、誰かと会話をすることが少なくなった。
夏休みに入る前、美奈が旅行に誘ってきた。みちるさんの別荘に行こうと言っていたことは、まだ取り消されていないようだった。レイは最初から無理だと言っていたでしょうと断り、代わりに緋彩が行けばいいと伝えた。
美奈はレイが煙草を吸っている姿を見て、前世を思い出すと涼しい声で笑った。
「私も吸ってたけどさ。マーズはこだわりがあって、地球国で作られた葉っぱのものしか吸わなくて。貴重だったものをおいしそうに吸っていたわ」
「そうだったかしら。一々覚えてないわ」
「まぁ、覚えていないんだろうけどさ。やめた方がいいよ、未成年なんだし。髪もなんか、痛んできてない?ちゃんと栄養取ってるの?みんな、レイちゃんに会えないって残念がってる」
「あぁ……。緋彩が代わりに行けばいいんじゃない?」
「レイちゃんの代わりなんて世界中探してもいないわよ」
「いたじゃない」
「違う。あれは緋彩ちゃんだよ」
「…そうね、緋彩に失礼ね」
美奈はみんなで会おうって言う。いつでも飛んでくるって。
みちるさんからは、わりと頻繁に電話やメールが来ていた。
気を使われているのが嫌だった。クラウンに行けないのは、家でやりたいことがあって、色々忙しいと言ってみたり、神社に遊びに行ってもいいかと聞かれれば、指定された日に神社にいないと言って逃げ回ってみたり。最初はそうやって返信をしていた。何もしなければ、みちるさんが不意打ちのように目の前に現れるような気がして、そっちの方が怖かった。
でも、顔を見たいと思う気持ちが確かにあって、そんな自分が何よりも嫌だった。
学校ではみちるさんと緋彩を見かけたと噂が耳に届くことが多々あり、レイには直接言ってこなくても、うまくいっているということは知りたくなくても、耳を潰さない限り身体に入ってきてしまう。クラウンを避けるようにしていても、何度か遠くから十番高校の制服の5人組が楽しそうに歩いている姿を見かけたりもした。デジャヴのように、そこにあったはずの自分の姿を緋彩はそっくりそのまま受け継いでいるのかとさえ思った。
かろうじて、自分の目でみちるさんと緋彩が2人でいるところを見ずに済んだことが救いだわ、なんて思っていることが馬鹿らしい。


夏休みに入った直後、レイは携帯電話を置いて、大量の煙草を鞄に詰め込み東京から逃げ出すことにした。
誰からも何も言われず、思われず、気を使われない場所で、綺麗に何もかもをリセットするしかない。
誰もいない時間帯を見計らって地下の指令室に入り込み、変身ペンと通信機を自分がよく使っていたテーブルに置いた。

愛用していたグラス。
かつて美奈と徹夜して作戦を練った使い古したノートやデータディスク。
死と隣り合わせの戦いは確かに強い絆を生み、彼女たちを守るための命ならば惜しくはないと心から思った。今でもそう思っている。彼女たちの幸せを願うことが、火野レイの、セーラーマーズとしてこの世界を生きている自分の最大の使命だと。
彼女たちの平穏と幸せを願う気持ちはいつでもある。
だから、みちるさんが幸せだと想っていることを、心から祝福しなければならない。
それができないのであれば、仲間の輪から外れるしかないのだ。

みんなが楽しそうに、緋彩とみちるさんを見守る中、1人だけこんな苦々しい想いを抱えるなんて、みちるさんが知ってしまえば軽蔑するに違いない。

煙草を吸っても、身体から好きだと言う想いが吐きだされてしまうことはなかった。
あれから1カ月吸い続けても、何も変わらない。
会えなければ会えないほど。ずっと好きだと喚く身体中が痛いとさえ思う。

断ち切らなければ
大事なところから断ち切りさえすれば、赤の他人のことだと割り切って
彼女たちから切られてしまった方が、気持ちが軽くなるとさえ思った

愛用していたグラスをそっとゴミ箱に捨て、データディスクのラベルに自分の名前が書かれてあるものを抜き取り、それを二つに割った。思いのほか力を入れずとも簡単に二つに折れたそれが、まるでそうするためにあったように思えた。
ふいに、頬にひんやりとした感触を覚えた。
どうして泣いているのかわからなかった。
ここに何度足を運んだだろう。
ここで何度仲間の名前を呼んだだろう。
ここでみちるさんと2人きりになったこともあった。2人だけで敵について議論を交わしたり、平和な未来について語り合ったりした。みんなで怪我の手当てをしあいながら、それでも戦うことを放棄せず、希望に満ちた未来を信じ続けていた。
仲間がいて、初めて火野レイとして生きがいを感じていた。仲間と出会う前までの火野レイが、花を咲かせる蕾であり、仲間の手で愛で、やっと火野レイとしての生き方を花咲かせた。
そんな大げさな例えでも構わないほど、彼女たちを愛している。
みちるさんの幸せな未来を願えないなんて、愚かな気持ちがなぜ生まれたのだろう。
この好きだと言う気持ちが消えたころ、戻って来たとしても。
もう誰も受け入れてくれたりしないだろう。

運命に縋ってもいいとせつなさんは言ってくれた。
みちるさんが緋彩を選んだことが運命なら、
レイは、
我儘なレイは、
それを断ち切りたいと想わずにはいられなかった。

出入り口に飾られた鏡。あることを忘れていて、無意識にそこに目をやり、どうしようもない自己嫌悪が襲った。仲間を裏切る醜い痩せこけた顔。泣きぬれた無様。
それでも、みちるさんが好きだと表情が語っているように思えて、そんな自分が腹立たしくて、右の拳で鏡を割った。

誰も見ないで


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Date:2014/07/24
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