【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑫

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑫

涼しい北海道の白樺に囲まれた静かな別荘地。買い物に行くにも車で小一時間かかるようなその場所で、レイは管理をしているお手伝いさんに2日に1度必要なものを届けてもらう以外、誰とも顔を合わさずに、じっと一日を費やす日々を過ごした。大量に持ち込んだ煙草は瞬く間になくなり、お手伝いさんにカートン買いをしてきてもらっている。煙草を吸いながら、こんな風に世界から切り離されて会わずに済むのなら、みんなも少しずつレイのことを忘れていき、レイもきっといつかこの生活が身体に染みて、痛みを覚えずに生きていけるだろうかと思った。
忘れなければいけないことはたくさんあるし、それでも、みんながいて好きな人がいて、この世界を守り、愛していたし、だからこそ生かされていた。
結局は、自分自身の中の我儘を受け入れ、諦め、人として大人にならなければいけないことなんだということは、嫌でもわかっている。
好きだと言う気持ちは何をすれば消えるのか。会えなければ消えると想っていた。みちるさんが緋彩のことを好きで、レイを永遠に見つめることがないと十分にわかっているのに、頭と感情が結びつかないことが自分でもどうすることもできない。
遠くまで来て、レイが忘れられなくても、みちるさんや美奈たちがレイのことを忘れたら。
レイはそれを嫌でも現実として受け入れるしか術はなくなるだろう。

そんな風になれたら。

でも

彼女の名前を想い浮かべない日はない。
そこから逃げるために距離を取っても、心は離れようとはしてくれなかった。
彼女の夢を見る。
一緒に朝食を取る夢を見る。
何でもない日常が始まる朝の夢を見る。
夢を見るたびに、気持ちの悪さから、レイは自分の肌に鋏で傷を入れるようになった。うっすらと切れる皮膚から一本の赤い血筋が生まれる。
痛みを覚え、彼女を忘れるように身体に覚えさせようとしても、心が離れては行かない。
麻薬にでも手を染めればいいのか、と思うこともあった。煙草を吸いながら、煙の匂いの中に彼女の使っている香水の香りを探そうとしている無意識。
誰とも会話をせず、声を出す方法を忘れてしまえばいいのに。
誰とも目を合わせず、この目がつぶれてしまえばいいのに。
誰かを想う気持ちを忘れるために、何をすればいいのか。
それだけがわからない。うすい血の線が両の手首に増えて行く日々。

場所を変えても減らない慕情
それでも、会えない距離にいてよかったと思えた
死にたいとは思わないけれど、東京にいたら、彼女に会ってしまえば
死んでしまうことになりかねない
それは彼女を傷つけてしまうし、周りの迷惑になる





初対面の緋彩と2度3度と会い、よくエレベーターが同じになり、絵に興味があるという緋彩の部屋に招待され、一緒に画集や描いた風景画を見させてもらうようになってから、彼女がみちるに好きと告げるまでは、それほど長い時間ではなかった。週に1度、水曜日にみんなと会い、一緒に帰り、たまに食事をし、美術館に一緒に行き、その夜に好きだと言われた。感情としては、“ありがとう”という想いだけだったが、緋彩は会うたびにさらりと好きだと告げ、みちるのヴァイオリンをずっとみちるがデビューしたころから聞いていたと言い、尊敬していると言い、みちるを戸惑わせた。好きと尊敬が混じっているのは恋ではないと言ったが、満面の笑みを曇らせるようなことはなかった。
まっすぐに好きだと言う緋彩の瞳は、眩しくきらめいている。その笑みはレイがごくたまに見せてくれるものと重なった。怖いくらいにレイに似ているのに、緋彩はよく笑い、よくしゃべり、みちるのことを理解しようと努力して見せている。人に興味があるのだろう、学校での様子も丁寧に教えてくれて、美奈子たちとも仲間のように親しくするには数日で足りていたようだった。レイの不器用さも愛しているけれど、緋彩のような明るさは、美奈子やうさぎのそれとはまた違い、清々しく聡明でもあった。
レイと同じ顔で同じ声で、似ているという言葉では済まされない緋彩が、レイと似ているという理由で恋人関係にはなれないと言うのなら、それは緋彩に対して悪い気がした。彼女の欠点は思いつかないし、レイにももちろんない。だけど、最愛の仲間と瓜二つの恋人と言うのはどうなのだろうか。レイはどう思うのだろうか。レイがみちるに対して嫌悪感を抱くのかもしれない。
レイをそんな風に見ていたと、誤解を与えるかもしれない。
みちるは緋彩にひとつだけ条件を出した。レイの許可をもらわなければ、あなたとは付き合えない。レイのことが大事だし、レイに嫌われたくはない。レイに誤解をされたくもない。ただ、熱心にみちるに対して愛を伝えてくれる緋彩に、心惹かれた。一緒に絵を描くことや、緋彩を前にヴァイオリンを弾く時間は素直に楽しいと思えた。
「お帰りなさい。思ったよりも早いのね」
「………レイ」
付き合うようになってから、緋彩をレイと間違えたことはない。間違うことはないと確信できたから、付き合えるのだと想っていた。もし、何度会っても間違えるくらいなら、みちるが好きなのは緋彩ではなくレイであり、レイと付き合えないから緋彩を選んだことになる。

たとえば、レイが緋彩のように、いや、緋彩のようではなくてもみちるに対して好きだと言ってきたら、みちるはどうしただろうか。

たぶん、迷うことなく手を取っている。
緋彩に対して迷いを見せたあの時間など、まったくと言っていいほど必要なくそうした可能性が高い。
だけど、レイはみちるなんて好きではないのだ。嫌悪さえしているから、傍から離れて行ったのだろう。自分と似た人と付き合う仲間を見ていて、気持ち悪いと想ったのだろう。
許せないと思ったに違いない。

それを言えなかったに違いない。

「みちる……どうしたの?レイさんに何かあった?」
「……何でもないわ」
「そう?」
澄んだ瞳で見つめられて、みちるはひきつる笑みを浮かべた。せつなもはるかも美奈子も何も言ってくれない。レイがどうしたかったのか、どう思っていたのか。わかっていないのはみちるだけだ。
「もう一度、シャワー浴びる?汗をかいているわ」
「そうね。気にしないで、あなたは寝ていていいわ」
「待ってるわね」
純粋に好きでいてくれる緋彩には何一つ悪いところなどない。彼女の気持ちを無下になどできない。
だったら、みちるが仲間からはずれて、レイが仲間に戻ればいいのかもしれない。
レイがレイを愛する仲間から離れたいと思うほど、みちるを嫌だと思うのなら、みちるが離れなければならない。
せつな以外はみちるが緋彩と付き合うことを祝福してくれたし、その姿に嘘はなかった。でも、きっとはるかや美奈子はレイの心情を見抜いていたのだろう。
「…………レイ……」
シャワーを浴びながら、涙があふれ出した。
レイに申し訳ないことをした。レイの気持ちをもっと考えるべきだった。
レイが自分と似ているからやめてなんて、口にする性格ではないと知っていたのに。
だからこそ、きっとあの時のみちるは、祝福されない可能性など深く考えていなかった。
逆の立場なら、みちると全く同じ姿の人物がレイの恋人になったら。

みちるはどう思うだろう。

………

その時にふと思い当った感情に、みちるは身体から血の気が引いていくのがわかった。



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Date:2014/07/26
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