【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑬

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑬

「美奈子ちゃん」
「あ、ごめんね~!待たせた?」
「ううん」
レイちゃんがいない夏休みは、もちろんみちるさんの別荘地に行くなんて言っている場合じゃなかった。はるかさんはせつなさんの言うとおりレイちゃんを捜すようなことはせず、海外の仕事をこなすと言って国外へ出て行き、亜美ちゃんは大学受験の予備校に通い始め、うさぎちゃんは一時帰国の衛さんと連日デートをしている。たまにまこちゃんに会うけれど、まこちゃんも亜美ちゃんのサポートや、空いた時間にデートをしているようだ。仲間はバラバラな夏休みを過ごしていた。今まで、休みのときはいつも一緒にいた。みんなで神社に何日も泊まりがけで押し掛けたこともあったし、去年の夏は勉強合宿をみちるさんの別荘で行った。冬は神社で受験の追い込みをしたし、みんなで鍋をつついて楽しかった。
どうして、今年はこんなことになったのかな。
「暑いね。今日はみちるさん、お仕事?」
「えぇ、コンサートのためのリハなの」
「そう」
クラウン・パーラーで緋彩ちゃんと待ち合わせをしたのは、8月も後半にさしかかったころ。あと少ししたら、終わっていない宿題に悲鳴を上げなければならない。毎年のことだけど。
「それで?みちるさんがどうかしたの?」
「なんだかね、夏休みに入ってから一緒にいられる間はずっといるつもりなんだけど、仕事も忙しいみたいだし、あまり会えないの」
「上と下なら、同棲みたいなものなのに?」
「会いに行っても、レッスンとかもあるし。夜も……一緒のベッドでは寝ているけれど」
「……コンサートが控えているから、ナーバスになってるんじゃない?」
「そうね。そうだと思う。でも、私のことを、レイさんと間違えたりするのよね。みんなですら間違えなくなったのに。みちるはむしろ誰よりも間違えない人なのに。レイさんに何かあった?全然見かけないけれど」
みちるさんは、どうして今になって緋彩ちゃんとレイちゃんを間違えるようになったのだろう。はるかさんは余計なことを言っていないはずだけど、あれだけでみちるさんが何か思いあたることがあったのかもしれない。
でも、みちるさんのその気持ちは後悔とか懺悔とか、そういうのだろうか。
「あ、あの人お金持ちだからさ、夏は別荘地だよ」
美奈子は笑いながらそう言った。緋彩ちゃんは納得したように笑っている。
「そっか、TAだものね」
「うん。みちるさんもさ、緋彩ちゃんとレイちゃんが違うのはわかってるけれど、やっぱり付き合い長いしさ。暑いし疲れたりして、うっかりだと思うよ」
「だと、いいんだけどね。心配なの。みちるはずいぶんとレイさんのことを気にしていたから。付き合う前も、レイさんのことが少し心配だからって。似ている人と付き合うことで、レイさんがどう思うかって」
「………あぁ。でも、レイちゃんはみちるさんが幸せになる道を誰よりも望む人だよ」
「そうね。あの人もきっと、みちるのことを好きなのよね。初めて会ったときから、見ていてわかったわ」

へぇ
同じ人を好きな人のことって、やっぱりわかるものなのね

美奈子は感心しつつも、だから緋彩はゆっくりじっくり時間をかけようとせず、レイちゃんに取られる前にみちるさんに告白をしたのかもしれないと思った。
恋愛は行動しなければ何も生まれないのだから、横取りでも何でもないし、何も言えない。
「まぁ、ほら。私がみちるさんに何か言わなきゃいけないとかなら言うけれどさ。私は何も口を挟むつもりもないし、聞いている限りではそれほど問題があるようにも思えない。むしろ、1人身の私からしたら惚気だよ!」
笑ってみせると、緋彩ちゃんは苦笑いで答えてくれた。
みちるさんはレイちゃんの顔を見るまで、安心できないのかもしれない。
でもレイちゃんはきっと会わないだろうし、会ったとしても何も言ってはくれないだろう。
美奈子やはるかさんにも言わないだろう。
離れていなければ、辛いだけなら。レイちゃんの行動はとてもわかりやすいし、そうするべきことだと理解できる。
レイちゃんの性格の場合は、意地を張ってでも今までと変わらずにやり過ごすのではないかとも思ったけれど、たぶん、それをしようとして挫折したのではないかと思えた。
煙草を吸っている瞳は、ずっとみちるさんを見つめる瞳と同じ色で。そこに悲しみが加わって、痛みが伝わって。
「美奈子ちゃんは誰か好きな人とかいないの?」
「うーん、どうだろう。いない、かな」
「そう?レイさんではないの?」
「レイちゃん?レイちゃんのことは好きだけど、恋愛感情っていうよりも、仲間として好きよ」
「そう?どんなところが好き?」
「仲間だから、全部好きよ。内面的なところも表面的なところもね。レイちゃんは仲間想いで、いつでも私たちのために力になってくれるし、優しい人よ」
優しすぎるところもある。
「そう。優しい人なのね」
「うん。たぶん、誰よりも優しい人だわ。それが目に見えないことも多くて誤解されやすいんだけどね」
「…………そう」
緋彩ちゃんは少し言葉に詰まって、それから笑った。美奈子は神妙そうなその表情が少し引っ掛かった。レイちゃんの話題を避けるように、学校の話題を振って、なんとかクリームソーダを飲み干した。



9月に入り、学校にまた通い始める日々が始まった。レイは合い服の長そでで両腕の傷を隠し、髪を纏め、なるべく何事もなく平然であると自分に言い聞かせて学校に通うようにした。
誰とも会話をしたくない本音を隠し、しゃべりかけないで欲しいというオーラを出さないようにした。別荘にいた間にほとんど声を出さなかったし、人の声を聞くこともなかった。長い間世界から孤立した場所にいて、自分が誰なのかを見失ってしまうことができたら、また何かを得られると思っていたけれど、たいして何かを得たとも思えなかった。
みちるさんの名前も
みちるさんの声も
みちるさんの夢も

腕に傷を切り刻んだところで、身体から消えたりしない
それは未練として残っていくものだと、気がついたときには遅かった


「レイ」
「…………来ると思ってたのよ」
また痩せたんだな。それでも、もっとひどい姿を想像していたはるかは、思いのほかちゃんと凛々しくあろうとするレイの姿を、久しぶりに見てほっとした。綺麗に髪を束ねて、顔色も悪くはない。
「うん。だって、会いたいじゃないか」
「ありがとう……はるかさん」
「会って、睨まれるかと思ってた」
「そんな元気がでないのよね」
隣を歩いても、レイから何も感情が伝わってこなかった。傍にいることに対して苛立たせているようでもなかったが、だからと言ってもちろん歓迎されていないことは確かだ。
それでも、傍にいたかった。
目を放してしまえば、風が砂をさらうように消えるのではないかと思うと。
「ドライブにでも行かないか?」
「やめておくわ。あんまりそういう気分じゃないの」
「まっすぐ帰るのか?」
「えぇ」
「じゃぁ、送るよ」
レイは立ち止まり、そして首を振った。瞳はとても他人行儀で、受け入れないという態度と立ち振る舞い。
「申し訳ないけれど、送ってもらったとしても、何も話すことはないわ」
「いや、ただ傍にいたいだけだよ」
「私はそうは思っていないの」
「仲間だろ」
「…………どうかしら。考えたいことがあるのよ。だから時間がいるの。誰にも会いたくないし、会うべきではないと思うの。わかって」
美奈子もせつなも多分、みんな今日こそレイに会えると思っているだろう。みんな神社に押し掛けるんじゃないかと思う。どうするのだろうか。レイはどうあろうとするのだろうか。
レイはみちるのために仲間の輪を外れたいのだろうか。みちるだけのために。
「僕たちはずっとレイのことが大好きだ」
「ありがとう。私も……そう思いたいのよ」
みちるだって。そう言おうと思ってやめた。
レイは、レイ自身の心の中に住むみちるとの決別をまだ、終わらせられないのだろう。季節を幾つまたいだとしても、レイはみちるを好きでい続けるだろう。
心から出て行かない限り、みちるの前には現れない。
そして、仲間の前にも姿を見せない。
未練ではないのだ。それがレイの優しさであり、弱さだから。
綺麗ごとを並べただけで
自分自身が幸せになる道ではないと十分わかっておきながら。
はるかたちがそばにいれば、みちるというものを連想させてしまうのだろうか。
忘れられないのに、それでもなお、遠ざけていなければならないなんて。
「レイ」
「みんなに伝えてほしいの。私のことは放っておいても大丈夫って。迷惑をかけたのなら申し訳ないけれど、気を使ってもらわなくてもいいから。そっとしておいて」
触れることも許さないバリアが身体を覆っているように見えて、はるかは肩にも触れられずにただ見送るしかできなかった。


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Date:2014/07/26
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