【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑮

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑮

「どうしたんだよ、泣いたりなんかして」
「………レイと会ったの」
「どこで?会うなって言っただろ?」
「偶然なの…。緋彩と歩いていて、横断歩道で」
押し掛けてきたみちるは玄関で立ち尽くしたまま。
赤く腫らした瞼を隠しもせずにじっと見上げてくる。
「私、どうしたらいいの……」
「会うことをできる限り避けるしかないんじゃないのか?」
ゆっくりお茶をしにきた様子でもないので、はるかはそのまま靴も脱がないみちるを、腕を組んで見下ろしたままだ。変わり果てているレイの姿はみちるの心をかなり揺さぶったのだろう。

「違うの……私、本当はレイが…………好きなのよ」

絞り出すようにつぶやいた声は、溢れる雫とともに大理石の足元へと零れおちる。
「……………緋彩と別れてから言えよ」
「そう、ね」
「あと、それを僕に言ってどうするんだ。レイに言ったのか?」
「無理よ。そんな、都合良すぎて……」
「そうだな。緋彩を捨ててレイに走ったところで、レイがそれを受け入れるとも思えないし」

遅い

遅すぎだ、みちる

心の中で叫びながら、やはり囃したててでもみちるとレイをもっとくっつける努力をするべきだったと後悔していた。
みちるがレイに興味を持っていることは確かだったが、恋愛感情と呼ぶものを感じたりはしていなかった。みちる自身も気づいていなかったのだろう。だから緋彩と付き合ったのかもしれない。
瓜二つのような緋彩と付き合うことが、レイと付き合うような錯覚を起こして心を満たしていたのかもしれない。
「緋彩とは別れるわ」
「……その方がいい。もう、緋彩とは関わるな。僕らも関わらないようにする。せめて、緋彩の傷に塩を塗るようなことはしないで済むようにしてやらないとな」
「……えぇ」
「だからって、レイは…」
レイはどう思うだろうか。みちるを忘れるために必死にもがいて自身を傷つけているレイは、喜ぶのだろうか。
「いいの。望まないわ。レイがまた、いつものような元気な姿をみんなに見せてくれるのなら」
「………そうか」
「レイは………好きな人がいるのでしょう?」
みちるの瞳には、それが誰なのかを予想していると書いてある。はるかはため息を漏らして笑った。ここで答えるべきなのかどうか、何が正しいのかがわからない。
「…………だから、レイは……あんな風に……」
もっと早くに言うべきだったのだろうか。今でもどうすることが良かったのかがわからない。
レイのことを想うと、今のレイの姿を想うと、何もかもが遅かったのだと言う以外にはないのだ。
「付き合うべきではなかったのね、緋彩とは」
「君が選んだんだ」
「そうよ。レイと似ていることは関係ないって思っていたわ。そう胸を張って言えると思っていたの。でも…そうね、そう思い込ませたの、自分に」
「遅いよ、いまさら」
「えぇ」
頬を伝う雫をぬぐって、みちるは肩をすくめた。
「緋彩のところに行くわ」
「あぁ」
「ごめんなさい、はるか。レイを傷つけてしまって」
「あいつを傷つけるのも、救えるのは君だけだから」
「……そうね」
緋彩もレイもどちらも傷つけることになってしまった。
それでも、この過ちを正すには、みちるの心の赴くままに従うしかない。
誰かを傷つけることを恐れていては、誰も愛することはできないだろう。
みちるがそのことに気づいてくれたのなら、レイの傷は癒される。



はるかのマンションから戻り、緋彩の部屋を訪れた。満面の笑みで迎えられたみちるは、その笑みの中に、レイを求めていることを改めて認識させられる。
「お帰りなさい。どうしたの?目が赤いわ」
「緋彩」
「お茶を淹れるから、座ってて」
ソファーに腰を下ろすと、スケッチブックがテーブルに置かれていた。何気なく手にとり、パラパラとめくる。みちるの絵が描かれていた。
申し訳ない気持ちと、素直にうれしいと思う気持ちで胸が詰まる。好きと言う感情は受けることも与えることも、一つ間違えると相手を深く傷つけるのだ。
こんなにも苦しいものなら、傷つけるだけの緋彩に何と詫びればよいのだろう。
「あ、あんまり上手じゃないから見ないで」
「上手いわよ」
温かい紅茶を淹れてくれた緋彩に、作り笑顔を見せてみる。パラパラめくった最後のページに、緋彩自身の自画像が描かれてあるのがちらりと見えた。
レイとの違いなどほとんどないのだと、痛感させられる絵。赤いドレスに身をまとう姿。
どこかで見たことのあるドレス姿。
「見ないでって」
奪われるようにスケッチブックを取られて、手持無沙汰になる。
「……緋彩、大切な話があるの」
「何?はるかさんと何かお話しをしてきたの?」
「えぇ、ちょっとね。はるかは関係ないことだけど」
「そう」
ダージリンの香りで肺を満たし、小さく息を吐き切る。
「緋彩……。ごめんなさい、いろんなことがあって…。あなたとの関係を終わりにしたいの」
スケッチブックにみちるを描いてくれている、そんな相手にこんなことを言う事態を招いたのはみちるだ。
「……どうして?私、何かひどいことをした?レイさんに会ったからなの?」
「いえ。あなたは何も悪くないわ。私の都合よ」
まっすぐ見つめてくる瞳。
強い意志を宿した瞳。
レイの瞳を思い出させる。
儚くて優しくて、じっと、いつもみちるを見つめてくれていたあの瞳。

レイの瞳

「それは……その理由はちゃんと教えてはくれないの?」
「あなたのことを……好きという気持ちを持てなくなったの」
「レイさんのせい?」
迷いもなくレイの名前を出してきたのは、緋彩はわかっているからではないだろうか。みちるはレイと言う名前に身体がビクッと震えてしまい、それをごまかせずにいる。
「レイのせいではないわ。私のせいよ」
「私と付き合ってくれたのは、レイさんに似ていたから?」
「違うと思っていたわ」
「違わなかったのね?」
「そうね、今考えると。私はずっと……レイが好きだったの」
緋彩は感情をむき出しにして怒ることも、泣くこともせずみちるを見つめているだけで、みちるも視線をそらすことができなかった。
「私のことをレイさんだと思ってセックスをしていた?」
「まさか。あなたを緋彩だとちゃんとわかっていたわ」
「レイさんと付き合えないから、私と?」
「それは違うわ。あなたと付き合った時、レイを好きだと自覚していなかったもの」
「さっきレイさんを見て、自覚したのね?」
「……えぇ」
「レイさんがずっと、みちるさんに片想いをしていたと知ったから?」

なぜ、緋彩まで知っているの

はるかは本人から聞いていないと言っていた。はるかにさえ言わないでいたことを、緋彩に言うとも思えない。
緋彩は知っていて、みちるに告白をしてくれたのだ。
それはどうしてなのだろうか。
考えてはいけないことなのだと、みちるは邪念を振り払うように小さく首を振った。
「いいえ。それは関係ないわ」
「……どうかしら?あんなふうに痩せてしまわれて、煙草を吸っておられるのでしょう?すっかり見た目が変わってしまったレイさんを見て、憐れんだのではないの?それとも、変わってしまったレイさんに何か言われて同情をしたのではないの?」
「レイとは会話すらしていないわ。あの横断歩道ですれ違った以外では、レイと連絡を全く取っていないの。同情ではないわ」
レイのせいではない。みちるが悪いのだ。レイはある意味関係がないことかもしれない。
これは、みちるだけが悪いことなのだから。
「レイさんは、あんな姿になってみちるさんの気を引きたかったのかしら?」
「…………違うわ。あの子は私に会いたくないと心から思っているのよ。そんなわけがないでしょう?全て私1人が悪いの。あの子は…レイは悪くないし、緋彩を嫌いになったわけでもないわ」
「レイさんを悪く言うのは許さない、と言うことね」
「レイは悪くない、と言いたいだけよ」
レイに取られたなどと誤解を与えたくはない。レイと付き合えるなど、みちるも望んでいないのだから。緋彩の気持ちを考えると、今度は緋彩の傷を深くしてしまう。

誰ひとり、想いを遂げられない関係になってしまっても
仕方のないことはある

「レイさんの持つ魅力を同じ顔の私は持っていないということ?」
「あなたは魅力的よ。でも……レイとは全く違うわ」
違うから、大丈夫だと思っていた。
でも、今はその”大丈夫“が自分への言い訳でしかなかったのだと思い知らされる。

絵を描いていなくても
音楽に疎くても
いつでも笑顔を振りまいていなくても
レイがレイらしく凛としている
その姿が好きだった

「……そう。よくわかったわ」
「ごめんなさい。全て私が悪いの」
「でも、別れないわ」
「………ごめんなさい、これ以上は無理なの。関係は続けられないわ」
「火野レイにあって私に足りないものは何かしら?それを得ることができればいいのでしょう?」

違う
火野レイが好きなの

火野レイに似た、けれども火野レイじゃない緋彩を愛することは、もぅ永遠にない。
言えば言うほど傷つけるような気がして、みちるは自分の膝に視線を逃がした。

「みちる、教えて。私が火野レイそのものになれたらいいのでしょう?」
「そうじゃないわ。あなたはそのままでも魅力的よ」
「でも、みちるはそれじゃぁ、ダメなんでしょ?」
「………ごめんなさい。レイを出すべきじゃなかったわね。私が緋彩を愛していないから別れましょう、と言っているのよ」
きついことを言っている自覚はあるが、聞きわけてもらうにはオブラートで言葉を包むことなど無意味なのだろう。
「でも、その理由はレイさんを愛しているからなのでしょう?」
物分かりのいい子なのに。
簡単に受け入れてもらえそうにないのなら、少しずつ離れて行くしかない。
「緋彩は、私が他に違う人を愛しているのに付き合っていたいというの?」
「みちるさんが男の人を好きになったのなら別よ。でも、レイさんなのでしょう。私と顔の同じレイさんなのでしょう?今のあのお方よりも私の方が健全だし、私の方がみちるを想っているわ」
「………緋彩」
「受け入れられない」
「…………そう。でも私はもう、これ以上あなたと会うつもりはないわ」
話し合いを何度も重ねて理解してもらおうかとも一瞬思ったが、そんなことをして長引かせれば、変に情で押し切られるかもしれない。何をしても傷つけるだけしかないのなら、嫌われるようにするしかない。
「帰るわね」
「みちる…」
「お友達に戻れないこともわかっているわ。あなたは美奈子たちと同じ学校なのだし、私はしばらく距離を取るから。あの子たちにはどういう風に伝えてもらっても構わないわ」
緋彩を見つめることから逃げたみちるは、立ち上がって呼びとめる声にも応じずに部屋を出た。
緋彩が泣きながら美奈子に訴えようと、みちるを悪く言おうとも何をしてくれても構わない。
マンションも近いうちに引き払い、別の場所に住めばいい。
それくらいのことならば、レイや緋彩を傷つけたのだから当然の報いだと思う。
緋彩と別れても涙が出ないのだから、それが全ての答えだった。



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Date:2014/07/27
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