【緋彩の瞳】 希い(ねがい) ⑯

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) ⑯

美奈子から電話があったのは、緋彩と別れ話をしてから2週間ほどしてからだった。しばらくは仲間たちからも批難されるであろうことは覚悟していたから、呼び出しに素直に応じてクラウンの地下へと向かった。
「緋彩ちゃんから聞かされてね、仲を取り持ってと言うことを言われたけれど、それは断ったわ」
「そう。その必要はないわ。緋彩とは何があってもよりを戻すことはないわ」
「……レイちゃんが好きだっていうのは本当なの?」
「本当よ」
「…………私も気がつかなかったわ」
美奈子も、はるかと同じでレイの気持ちにはずいぶん前から気付いていたと教えてくれた。何もできなかった、と。
「別にレイと付き合いたくて緋彩と別れたわけじゃないわ」
「会わない方がいいしね」
「……えぇ」
「ただ、噂で漏れ聞こえるようにレイちゃんの耳に入った情報が、どういう内容になってしまうかはわからないから。私が伝えに行こうと思うの」
「会えるの?」
「会ってくれるかどうかはわからないわ」
「………そう」
「事実だけしか伝えないし」
「もちろん、そうしていただけると助かるわ。もしレイの心が少しでも軽くなるのなら、私がいなくなるから。レイには今まで通り楽しく過ごしてほしいと思うの」
「みんなが揃わないと意味がないわよ」
でも、好きになった以上、仕方がないことなのだと思う。
誰かを傷つけなければできない恋もある。
いや、誰も傷つかない恋など存在しないのだ。
想いは人を傷つける。
レイを傷つける。
「レイが凛としている姿を見ているのが好きだったの」
みちるを見つめる瞳の輝きが、いつも心地よかった。
「レイちゃんは繊細で傷つきやすくて、弱い人よ」
「……えぇ。そうね」
そして、みちるが深く抉るような傷を付けた。
会って謝るなんてきっとできないだろう。時間が痛みを和らげてくれるまで、遠くから祈るしかない。





この愛に終わりなど存在しない
炎の剣で幾度もこの身体を刻まれようとも
この愛に終わりなど存在しない

終わりが訪れるはずもない

私という存在は
あなたに愛されなければ
完結されないのだから

だから私は永遠に
あなたの愛を
待ち続けなければならないの


『想いだして』
『忘れないで』

なぜ
こんなことを願わければならないの

あなたと私は
そのようなことを望む関係ではなかったというのに






「……元気?って聞くまでもないよね」
掃除をサボってダッシュでTA女学院へと向かい、校門前で待っていた。どれだけ遠くにいてもその立ち振る舞いだけで火野レイだということが分かるくらいだった人だと言うのに、間近まで歩いてこられて初めて、レイちゃんだとわかった。
顔色も悪いし、短くなった髪は見慣れない。
「美奈」
「歩きながらでいいからさ、ちょっとだけ話ししよう」
嫌とも何も言わないレイちゃんの隣を歩く。強くて凛々しいお嬢様。今ではTA女学院の生徒たちも腫れ物に触る様に見て見ぬふりと言う感じだ。前はみんな、レイちゃんをキラキラした瞳で見つめていた。その隣を歩いていることが、誇らしいと思えた。
「相変わらず、煙草吸ってるんでしょ?」
「さぁね。学校では吸わないわよ」
「……おじいちゃんに怒られないの?」
「何も」
「そう。あのさ、緋彩ちゃんとみちるさん、破局したって」
学校の建物が見えなくなるくらいの距離。まだまだ神社への道は長い。レイちゃんは一度足を止めて、それから小さく、“そう”とだけ呟いた。
驚くとか、笑うとか、嬉しいとか。何も分からない表情だった。
「どんなことがあっても、二度とよりは戻らない」
「そう」
「みちるさんは、もうすぐ引っ越すんだって」
「そう」
「ちゃんと伝えておこうと思っただけだから」
「そう」
止めた足をまた一歩前に出した。美奈子は細くなった手首を捕まえて、ぐっと自分の方へと引っ張り、華奢すぎるその身体をきつく抱きしめた。
「馬鹿………こんなに痩せて」
握りしめた手首に、うっすらと傷痕が見えたことは何も問い詰められない。これは火野レイではないのだ。死を望むためのものではない。生きて行くために、海王みちるを忘れようとするために必要だった、無様な行為に違いない。
「たいしたことじゃないんだよ、レイちゃん」
何が、とは言わなかった。
みちるさんは、レイちゃんの前に姿を見せることはしばらくないだろう。そしてみちるさんからレイちゃんに好きだと告げることもないだろう。レイちゃんがまた、凛々しい姿になって、それから何事もなくあの頃のように戻ったらと思わないでもないが、そうやって傷が癒えて、なかったことにできるものではない。

永遠の両想いで、2人は結ばれないのかもしれない。

それでも、
そんな愛はいつまでもキラキラと綺麗だ。

1年後、2年後、また環境が変われば
緋彩ちゃんが高校を卒業して、この街を離れたりしたら
あの子の存在がみんなの心から消えてしまえば

緋彩ちゃんは何一つ悪いことをしていないのに、そんなことを考えるなんてひどい感情。
でも、仲間を愛して何が悪い、とも思えた。

「………美奈」
「愛してるよ、レイちゃん。いつだってずっと、ずっと愛してる」
「そんなに簡単に、愛なんて口にするものじゃないわ」
「愛している人に愛していると言っただけよ」
レイちゃんが簡単にはできないこと。
だからこそ、レイちゃんの愛は尊くて儚く、もろくて優しい。
美奈子はレイちゃんを両腕から解放して、いつものように笑顔を見せた。レイちゃんはずっとうつむいたまま、目を合わせてはくれなかった。
「私たちは仲間だよ。どんなことがあっても仲間。仲間に縋っていいんだよ。仲間に痛みをぶつけたらいいんだよ。仲間の痛みは私たちの痛み。私たちはどんなことがあっても、絶対にレイちゃんを仲間から外したりしない。レイちゃんが望んでも、絶対に認めたりはしない。今まで、みちるさんとレイちゃんのために、ずっと見守るだけしかしてこなかったけれど、もう終わったことだから。明日からまた、未来が始まるから。私はレイちゃんを信じてるから」
仲間内で誰かが誰かを好きになったり、失恋したり。
それは素晴らしいことだと思う。愛したり恋したり。人が人として生きて行く上で避けて通れない優しい痛み。
何かを失って、何かを得る。そして強くなる。
こんな風に弱くなったレイちゃんは、またきっと強くなる。
そう信じなければ。
「………美奈、もう、……私は」
一歩引きさがろうとするレイちゃんの腕を掴んで、美奈子はポケットから赤い通信機と変身ペンを出して握らせた。
「水曜日、待ってるからね」
押し返されないようにひらりと背を向けて、軽く手を振り逃げるように立ち去った。
美奈って呼びとめる声には応えなかった。

毎日、同じ教室で憂鬱な顔をしている緋彩ちゃんには申し訳ないけれど、もっともっと前から、海王みちるという人を好きでいる火野レイを守らなければならないと、気付くべきだった。
人の恋路に口を出してはいけないと思っていた。
だけど、守らなければならないのは、いつだって弱い人だったのに。
恋愛に弱い火野レイを守らなければ、愛野美奈子ではなかったのだ。
人の気持ちを代弁するべきだとは、やはり今でも思えない。
それでも、せめてあの頃のように戻れたらと願う。



手にした通信機と変身ペンをどこかに捨てる気持ちは持てなかった。
もう、いらないと思って捨てたはずなのに。
でも、わかってる。
あそこに捨てたのなら、いずれ返ってくるのだろうと。心のどこかで、そうなればいいと思っていたに違いない。本当に必要がなかったのなら、燃やして灰にして、塵すら残らないようにすることだってできた。
それができなかったのは、魂がそうはさせなかったから。星が使命を忘れさせなかったからなのか、それとも火野レイが仲間を捨て切れずにいた無様な未練なのか。
みちるさんがなぜ緋彩と別れたのか。どっちがどっちを振ったのか。何があったのか。
何も考えがまとまらなかった。
何がどうあったとしても、自分には一切関係のない他人の恋愛事情であり、それに喜ぶということもまた、次元の違う話しでもある。嬉しいという気持ちはない。
ただ、ふと、自分は何をしているのだろう、という想いだけだ。

あの子が

緋彩がレイと全く違う容姿でいたのなら、こんな想いをせずに済んだのに。
でもなんでこんな想いをしているのだろう。
どうすればいいのか。何をどう処理すればいいのか。
「………馬鹿美奈」
磁石のように、通信機も変身ペンも掌から落ちてくれずに、身体に吸いついている。
裏切ったレイを、美奈は裏切ったとさえわかってはいないのだろう。
レイはポケットにそれらをしまった。

いらないはずなのに
生きて行く上ではもう必要としないと、何もかもを捨てたはずなのに


それでも、仲間の住むこの街に戻ってきてしまったのは
なぜなのだろう


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Date:2014/07/28
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