【緋彩の瞳】 希い(ねがい) you were a half of me ①

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

希い(ねがい) you were a half of me ①

フォボス・ディモス・キャッスルに月からの使者が来ている。
彼女は時々来ては、太陽系の戦士たちの情報をマーズに教えてくれていた。
「マーズ」
「プルート、ごきげんよう」
コロニス星付近の争いから一夜明け、辺りは静けさを取り戻していたが、回廊には焦げ臭さが残っている。それもあと数日すれば消えてしまうだろう。深く頭を下げるプルートを見下ろす玉座の間。孤独な空間が広がるこのキャッスルに、今、コロニスはいない。2人が顔を合わせることは、数十日に1度程しかなく、昨日は久しぶりに彼女に会いに行っていた。互いの身の安全を考えれば、本当は会うべきではないだろうが、いつも戦いばかりに身を投げる彼女のことを想うと、何も言わず知らずを押しとおすほどの冷徹さを持つことができないでいる。
「回廊の周りが、ひどく焦げ臭かったのですが……何かありましたか?」
「妖魔たちが紛れ込むので、その掃除を少しね」
「そうですか。お怪我は?」
プルートは訪問の時は必ず数日前に連絡を入れる人だが、今日に限っては、つい数時間前の連絡だった。怪我をしているコロニスを置いたままなので気がかりだが、だからと言ってプルートをフォボス・ディモス・キャッスルと同じ作りの城を構えているコロニス星に入れるわけにもいかない。何かがあってコロニスの姿を見られてしまう可能性もゼロではない。
「この私が、下等な妖魔相手に?」
「そうですか。無事で何よりです」
「……それで?今日はどうしたの?」
片膝をついたまま、プルートは静かにマーズを見つめている。マーズはその視線から逃れるように、自らの手に視線を落とした。
「月の王国にプリンセスが誕生されました」
「……あぁ。そうね、そう言えば時期的にそうなるわね」
少し前にプルートが来たときに、セレニティが御懐妊ということは聞いていた。その時に一度、四守護神へという話しは受けていた。
「ヴィーナス、マーズ、マーキュリー、ジュピター。四守護神への召喚を通達するようにと、命を受けております」
「………それは聞いたわ」
「すでにヴィーナス、マーキュリー、ジュピターは召喚に応じ、シルバー・ミレニアムで四守護神の1人として暮らしております。ですが、マーズが来られないので、いまだ正式な戴冠式を行えず、クイーンはお困りのご様子です」

コロニスを1人残して、この星から出るなんて。

「熟慮して、結論を出したいと。私はそう言ったはずだわ」
「ですから、こうして日を改めて来たのです。大変失礼ではございますが、応じないというわけには……」
「わかっているわ」
引き延ばして、ぐずぐずしているだけだ。コロニスはいずれマーズが月の王国へ召喚されるということは知っている。
彼女を独り残していくことになる。マーズから引き離されたコロニスは、もはや、存在意義がなくなってしまう。
月の王国にマーズが行けば、そんな神の国を狙う悪は姿をひそめるだろう。火星周辺は平穏になり、そして、コロニスは戦いの日々から解放されることになる。
戦いから解放してあげたい気持ちは強いが、そのために離れてしまうことになるのは、心が半分に引きちぎられる痛みが襲い、生きて行けなくなるのではないかと考えずにはいられないのだ。
「何か、決断できない事情でも?」
「……いいえ」
「すぐにでも、とクイーンは申しております。幼きプリンセスを守る力を、月の王国は必要としています」
「わかっているわ」

この命は誰のためにあるのだろう
そして、コロニスの命は誰のためにあるのだろう
この手は誰を守りたいと希うのだろう

「ご決断を」
「………拒否できないのでしょう?身辺の整理をして、3日以内に月へ向かうわ」
血だらけになりながらも、痛そうな表情を見せないコロニスの笑顔を想い浮かべる。
マーズが守らなければならない者は、コロニスの命だけだ。
マーズがここにいる限りコロニスをいつまででも、戦いの最前線に向かわせることになる。
彼女はマーズのためだけに存在している。
だからこそ、守らなければならない。
「では、迎えの船はこちらで用意いたします」
一礼して立ち上がったプルートと重なった視線。マーズは立ち上がり、回廊へと帰る彼女の背中を追いかけた。
「見送るわ」
孤独を身に纏う彼女の背中。最も長く月の王国に仕える戦士。
「マーズ。何があなたを悩ませるのでしょう。この星にい続ける限り、あなたの命は常に危険にさらされるのです。月の王国は平穏そのもの。あなたの力を必要としていることは確かですが、それ以上にあなたの身を守る場所なのですよ」
回廊の扉を開けると、遠くからかすかに焦げた臭いが漂ってくる。
「………愛する者を置いて、自分だけが平穏な場所で幸せになるなど」
「マーズ?」
怪訝そうなプルートの声。マーズは表情など見ずに彼女を送り出して回廊の門を閉ざした。


生まれた時から、星の使命を知っている
マーズは月の王国のために
コロニスはマーズのために

許されるものなら
マーズがコロニスのためにできることがあるとするのならば




月の王国への召喚を受け入れることは、恒久の平和のためには仕方のないことだった。独立国として、マーズが火星にい続ける限り、その周辺ではその力を奪おうとするモノたちの醜い争いは避けることが難しい。他国からの援護も受けられないマーズの、唯一の味方はコロニスだけであり、またマーズが存在する限り、コロニスを常に危険にさらす状況であり続ける。
より強い力の加護を受け、コロニスを戦いから解放してあげると言うことを考えてもまた、やはりマーズが月へ行くことしか解決策もない。
永遠に2人で火星とコロニスを守り、年を重ねて、手を繋いで終焉を迎えることが夢だった。
誰を守るのか、何を守るのか、なぜ守らなければならないのか。
愛する人は誰なのか。愛する人が守りたいものは何なのか。

四肢に巻かれた包帯が痛々しいというのに、コロニスは笑顔でマーズを出迎えてくれた。
「もういいの?寝ていた方がいいわ」
「いいえ。それより、こんな頻繁にこちらに来てもよろしいのですか?怪我を気遣われているのなら、不要です。月からの使者が来られるとおっしゃっていたのは、もうよろしいのですか?」
「えぇ。前と同じ話しをしに来ただけよ」
「………召喚のお話しですね」
笑顔を絶やさずに、それでも引きつるような頬。マーズは髪をひと房握り、口づけをした。
「他の3人はもう召喚に応じたらしいの。私が行かなければ戴冠式を行えないと言ってきたわ。プリンセスもお生まれになったみたい」
「では、マーズも月の王国へ行かなければなりませんね」
「……そうね」
指の間から紅い髪が逃げていく。コロニスが片膝をつき、深く頭を下げた。
「おめでとうございます、プリンセス・マーズ。私はあなたが平穏無事な世界で過ごされることを希い、影武者として生きてまいりました」
「……何を言うの」
いつかはこんな日が来るだろうと思いながら生きてきたけれど、それを希いながら生きてきたわけではない。
「私が行かないでと乞うことができる立場ではないことは…マーズが一番よくお分かりでしょう。どうか、物分かりのいい影武者だと、褒めてください」
見上げてくる、影武者の瞳に零れ落ちようとする雫。マーズは膝をついて、その半神を力強く抱きしめた。
「コロニス。私はあなたが傍にいてくれないと、心の均等を失ってしまって、立っていられなくなるかもしれない……」
「マーズ」
「でも、コロニスは誰にも知られてはならない存在。存在が知られてしまえば、その力欲しさに命が狙われる。私が月に行けばもう、誰も私のキャッスルを襲うものはいなくなる。そうすればあなたは戦いに巻き込れないし、あなたの命を守れる。2人が夢見た平和が訪れる」
コロニスの存在を世界に知らしめてしまえば、コロニス星は瞬く間に悪の力に狙われるだろう。四守護神ではない彼女は、月の加護を受けることもできないので、コロニス星は彼女の大切な兵士たちも全て、奪われてしまう。
「マーズとは寄り添っていられないのですね」
「………愛するものを守るためよ」
「えぇ…とめどなく続く業火の中で、あなたの心に傷を増やしてばかりの日々しかないのなら、あなたは月の王国の四守護神としての地位を築き、その命を全うするべきです。どれだけ私が愛していても、2人が1人でい続ける限り、……平和は来ないのですから」

2人でいるのなら、この戦い続ける運命でも構わない
そう思っている

だけど、彼女が傷つく

隣で眠る愛しい頬を撫でるたびに、このままでいいのだろうかと自問自答する
無力なマーズには、守られるだけしか能はないのだろうか、と

だから

彼女を愛している証明をするたった一つの方法は
彼女と離れること




「マーズ、私の代わりにフォボスとディモスをあなたのガーディアンとして差し上げます」
「でも、2人はあなたの大切な兵士でしょう?」
コロニス星にいる兵士の中でも最も優秀な双子の兵士。コロニスはフォボスとディモスを高く評価し、常に傍らに従わせていた。
「えぇ。私の愛するマーズのために、2人をいついかなる時も、あなたの傍に従えさせます」
ネックレスに入れたガーディアンを、コロニスはマーズの首にかけた。
「あなたが心配だわ、コロニス。私は月にいる限り、身の危険はもうなくなるけれど……」
「いえ、あなたが無事に戴冠式を迎えられ、火星が月の加護を受ければ、私は他の部下たちと心安らかな時を迎えられます」
あと数日で2人の繋いだ手が解かれてしまう。
マーズがコロニスを想えば想うほど、コロニスがマーズを愛しいと想えば想うほど、2人は切り離された世界で、別々の道を生きなければならない。
「……私の半神。いっそ、コロニスが私の代わりに月に向かうことができれば」
「そんなこと、望みはしません。私はマーズの幸福のために存在しているのです」

コロニスが傍にいないことは不幸なことなのに
コロニスの傍にいる限り、身体に悪意を浴び続ける
コロニスが生まれ落ちた瞬間から、彼女はマーズのためだけに戦い、生きてきた
コロニスの幸せはどこにあるのだろう

「私は毎日、鏡を見つめるたびにあなたを想う。心に存在し続ける。私の瞳に映し出されるあなたが、私を幸福にさせてくれる」
「マーズ。私の幸せは、永遠にあなたの心の中で生き続けること。どうか忘れないでください。幾千億の時を超えても、何度死を迎えようとも、どれほど人を殺めようとも、何があろうとも。私はあなたの中で生き続ける。永遠にどんな時も、あなたが鏡を見つめるたびに、私はそこにあり続けるのです。愛していると、あなたの瞳を見つめ、囁くのです」
コロニスの瞳に映し出されるマーズは、ちゃんと微笑んであげているだろうか。
苦しい胸の内を読み取られていることなど、十分にわかっているのに、それでも無理に微笑んで見せる。何を考えているかなど、彼女には全て見えているだろう。


「必ず戻ってみせる。この銀河を私の手で恒久の平和へと導いて、コロニスの元へ、ここへまた戻ってくるわ」

強くそう希う

「マーズ」
「私の姿が鏡に映し出されるとき、私はあなたを想い出すのね」

どうかこの希いがコロニスを生かす希望でありつづけますように


コロニス
私の半神


戴冠式が行われるまでの間、マーズが月の銀河千年王国の四守護神になるということは極秘事項として扱われていた。無論、ほかの守護神たちも含め、いつ戴冠式が行われ、全銀河への通達がなされるのかも聞かされていない。


マーズが既にそこにいないと言うことも知らず、妖魔の群衆が攻撃を仕掛けたのは、その戴冠式が行われるほんの数時間前だった。


関連記事

*    *    *

Information

Date:2014/08/07
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/253-4f20bb26
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)