【緋彩の瞳】 赤い傘

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

赤い傘

どしゃぶりの雨。

朝は晴れ渡っていた空なのに、どこからか流れて来た灰色の雲が街を覆い尽くして、嫌な予感がすると思ったときには、パラパラと降り始めていた。

それは3分も経たずに、地面をたたきつける雨音が激しさを増し、傘があまり意味を持たないほどになる。
ここ最近、朝の天気予報も予期せぬ雨に注意を促している。

みちるは折り畳み傘をさして、ぐっしょり濡れたローファーに苛立ちながら、どこか少し雨を防げそうな場所を探した。

特に急用があるわけでもない。
この時期の雨は、長く降り続くことはないだろう。少し雨脚が止むまでじっとしておけば、またカラッとした空になるかもしれない。
街路樹が続く道。
人々が足早になりつつも、すでに手遅れといったような感じで濡れている。
みちるも傘をさしていても、なんとか上半身が濡れるのを阻止できるくらいで、制服のスカート部分は太ももに張り付いてしまっていた。

木々や地面を打ち付ける激しい雨音。
雨宿りの場所を探そうにも、同じことを考えている人たちが次々に屋根のある建物へ吸い込まれていく。適度な場所を見つけるために彷徨うのも、まっすぐマンションへ戻るのも、今さらながら濡れた衣服であることには違いない。
みちるは急ぎ足を少し緩めた。革の学生鞄の中が心配になってくる。
人通りが少なくなってくるマンションへの道。
街路樹もやがてなくなり、人と車が接近してくる。空からの雨と、車のあげる水しぶきをなんとか避けなければならない。



足元を見ながらひたすら歩いていると、ふと人の足が見えた。
立ち止まっているようで、その人物を追い越さなければ前へ進めない。
みちるは傘をあげてその人に“邪魔”というアピールをするために何をしているのか、傘をあげてその人の姿を視界に入れた。

黒髪の制服姿の少女。

傘もささずにずぶ濡れている。

「あの……」
どこかへ雨宿りをしようともせず、道路脇で何をしているのかしら。
少し下がって彼女の全体を見てみると、有名な学校の制服姿。
「……あぁ、ごめんなさい。ここ、気をつけて」
雨音が強くて聞きとりにくかった。みちるは“え?”と聞き返すと、その子は足元を指差す。
そこには、赤い折り畳み傘が広げられていた。
「猫が死んでいるの。たぶん、轢かれたのね」
彼女の物らしい傘は、どうやら雨からその亡骸を守っているのだ。
「病院に連れて行かないの?」
「行かないわ。死んでいるもの。ずいぶん前に死んだと思うわ」
自分がどしゃぶりの雨に濡れることも構わず、彼女は長い髪から雫をぽたりぽたりと垂らして、その亡骸を見つめている。
雨に濡れたその瞳は、悲しいとも辛いとも語ることはなく、ただ現実を写しているだけのように思えた。


「あの……どこかに埋めたり、公的なところに連絡をしたりしたらどうかしら?」
みちるはどうすればいいのだろう。
何事もなかったように、その亡骸と彼女を迂回してまた歩めばいいだけなのに。
「そうね。……でもこの子はまだここにいたいって言っている気がして。母親とはぐれたのかしらね」
その亡骸は子猫らしい。みちるは傘の中を覗き込もうとは思わなかったけれど、まるで会話をしたような不思議な言い方に違和感を持った。

みちるはずぶ濡れのその少女をただ見つめるしかできなくて。

傘に入れてあげた方がいいかしら、と思ったけれどそれもすでに手遅れなほどにずぶ濡れ。
「道をふさいでごめんなさい。じゃぁ」
見なかったことにするように迂回しようかと思ったのが伝わってしまったのか、彼女の方が傘をそのまま置いて、ゆっくりとみちるが今まで歩いてきた方向へと去って行った。

残された赤い傘

みちるは遠くそれを避けるようにして、視界に亡骸が入らないように目をそむけて早足でその場から逃げた。




あのあと、誰かがいつ亡骸を持っていたのかはわからないが、次の日の朝にはもう、その場には傘も何もなかった。


どこかしらか彼女の名前が耳に入り、有名な学校の有名人らしいということを知った。
噂では霊感少女と言われていて、外見の人気と同じくらい陰で変な噂もあるいるらしい。
だから、あのとき彼女は子猫を動かさず、傘でその亡骸が汚れることから守っていたのだ。
とても優しい子。そういう印象しかもてない。
噂がどうあれ、みちるにとって興味をそそられる子になってしまった。
他人から漏れ聞こえた名前と、制服と綺麗な顔。


そして、次の年、みちるは火野レイと運命の糸に手繰り寄せられて、再会をした。
“お久しぶりね”という挨拶に“会ったことありましたか?”というセリフが返ってくる。

雨が降るたびに、彼女をなんとなく想い出しては、今はどこで何をしているのかしら、と考えていた。学校だって名前だって知っているから、会おうと想えば会えたけれど、会う口実もなくて。

今思うと、恋に似ていた。
甘くも酸っぱくもない、ほんの1~2分くらいのわずかな出会いだったのに。

気になっていた、だなんて。
そんなことを今さら言っても、彼女はみちると会ったことすら記憶がないのに。

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Date:2014/08/13
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