【緋彩の瞳】 ONE MORE KISS ①

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

ONE MORE KISS ①

周囲からの評価や賞賛の言葉のすべてが、そのままの意味として受け取るべきものではないことくらい、なんとなくわかっている。10代相手に嫌味をいう大人は少なくないし、這いあがり蹴落とすということが当然の世界なのだから、にっこり微笑んでやり過ごすくらいの心臓の持ち主じゃないと、職業としてやっていけないことくらい十分わかっている。
いい歳した男の人から不快な言葉を投げられたり、そういう目で見られたりしても、表面的には笑ってやり過ごしつつも、腹立たしさや悔しさまでなかったことに出来るほど、まだ心は成長しきれていないことは自分でも分かっている。
そういうときに愚痴を聞いてくれる人がいないわけではない。
せつなやはるかだって同じような境遇にいることがあるし、理解してくれる。だけど同じ屋根の下に住む仲間たちに吐いた毒は、毎朝顔を見るたびに自己嫌悪になって返ってくる。
すっきりした気持ちが、時間が経ってから気まずさになるだけ。

「みちるさん」
打ち合わせのほとんどが、セクハラ発言。褒められながら感じる男目線の発言にそれでも微笑みながらようやく解放された夕方。
食事に行きたがるレコード会社の人たちから何とか逃れ、ひたすら自分の足を見ながら歩いていると、女の子の声で名前を呼ばれた。
反応して振り返ると、学生服ではないレイが小走りに近づいてくる。
「レイ。ごきげんよう」
見慣れない姿の彼女は、小さく頭を下げてから揺れた翠黒の髪を片手で払った。
「お仕事だったの?」
「えぇ、打ち合わせにね」
「そう。お疲れ様」
とても自然にみちるの隣に並んだから、一緒に歩みを進めてくれるという意味で受け取った。
綺麗な横顔にお礼を言いながら、どこかへ行くのかと聞いてみる。
手ぶらで歩いているレイは、天気がいいからと言って散歩をするような性格ではない。
「おじいちゃんの知り合いが、神社に忘れ物をして。届けてくるように言われたの」
「そう。それで手ぶらなのね」
「地図だけ持ってね。たどり着いたから捨てちゃったわ」
神社からはちょっとだけ離れた場所でばったり出会ったレイは、夕暮れの赤い光を嫌うようにビルの影を選んで歩く。
「この後、暇になるの?」
「財布持ってないからどこへも行けないけれど、時間は空いてるわ」
笑いながら答えるレイに、みちるはそんなことは全く気にしないように微笑み返す。
「どこか食べに行かない?ごちそうするわ」
「いいの?」
「もちろん。行きたいところがあるなら、場所はレイに任せるから」
レイは特にごちそうになることに委縮するような子ではない。
差し出すものは素直に受け取る純粋な性格で、そこが好き。
でも、だからって相手が誰でもいいわけでもなくて、心を許した人にだけ。
みちるに対して心を許してくれているのは、仲間だからっていう以外にも、みちるがレイのことを恋愛の意味で好きだと言うことが本人に伝わってしまっているから、だと思っている。
希望的観測だけど。
「じゃぁ、遠慮なく。私、本当に手ぶらよ?」
両手を広げて見せるレイの手は、繋いでもいいと言ってくれているのかしら。
ちゃんと差し出されていないそれを握る勇気が出てこない。
「いいの。今日はまっすぐ帰る気分じゃないのよ」
レイはちょっとだけ先を進んで、あっちがいいと道を指差した。
きっとレインツリーに行こうとしている。
「何があったのか、聞いて欲しいわけね?」
「私だって、たまには愚痴を言いたいこともあるわ」
「御馳走になるんだから、それくらいはいいわよ」
普段から、仲間みんなは何か悩みがあったらまずはレイの元を訪れる。
みちるはレイが好きだから、好きだと言う悩みなんて当然本人に言えるわけがなくて。
というより、好きと言うことが悩みなのではなく“付き合ってください”の言葉が出せないことが悩み。
でも、みちるのことを少しは好きでいてくれていることは知っている。
なんとなくだったけれど、この前美奈子がうっかり漏らしていたのを聞いてしまったし、レイはそれを否定していなかった。
あぁ、でもはっきりしないことに違いはなくて。それが嫌というわけではない。
せっかく2人で食事をするときくらい、楽しい話で盛り上がればいい。
嬉しい気持ちと、ため込んだ愚痴を聞いて欲しいという甘えた気持ち。
大好きなレイにだからこそ聞いて欲しい思いもあった。



食前酒を飲んだ後、海外生活の経験があるみちるさんは、当然のように白ワインをオーダーした。ごちそうになるのだから、レイはそれに対して文句を言う権利はないし、飲みたいと思っているものを飲めばいいとは思う。
「大丈夫?」
「何が?」
「お酒……」
レイは飲めないわけじゃないけれど、愚痴を聞いて欲しいと最初に言われていたから、酔っては失礼だろうと、あまりグラスに口をつけずにいた。酔ってしまうと眠くなるから。
「平気」
「なら、いいけれど」
みちるさんはちょっと頬を赤くしながらも、いつものような笑みを見せてくれる。
ホッとして、また話の続きを頷きながら聞いた。
好きなヴァイオリンだけをやりたいけれど、そうはいかないと言うこと。
好きなことをするために、我慢することはわかっているけれど、大人の腹立たしい言動は不快極まりないこと。顔や体を前面に出してプロモーション活動をしたいと言われて、困っていること。
無口ではないけれど、かといって自分からずっとしゃべるというタイプでもないはずのみちるさんは、珍しく苛立ちが積もっているせいで一方的にしゃべり続けた。
残念ながらレイにはそう言う業界にいた経験もないから、的確なアドヴァイスをしてあげられそうにもない。みちるさんは本当にやりたくなければきっぱりと嫌だと言う人。だけど、不満を抱きながらもどうすべきかというのはわかっているだろうから、ただ、本意ではないと言うことを知っている人がいて欲しいんだと思う。
そういう想いを吐露する相手として選んでくれているのだとしたら、それは素直に喜べる。
レイなら嫌だと思った瞬間に態度に出して、場合によっては相手を睨むことくらいはするかもしれない。そう言う世界はよくわからないけれど、みちるさんはわりと辛抱強く立ち向かっているみたいで、本当に尊敬する。
「好きで始めたことだから、何でも出来るって思っていたけれど。他人の思惑の中を泳ぐなんて思わなかったわ」
弱音を吐きだしながら飲み込むワインは、レイが継ぎ足してあげるたびにすぐに消えていく。
思いきり酔いたいだけ酔えばいいし、タクシーで送ってあげればあとはせつなさんたちに預ければいい。ただ、明日の二日酔いがちょっと心配。
「よく我慢できるのね。私なら、セクハラされたら睨みつけるかも。少なくとも笑えない」
「そこがあなたのいいところよ」
「そうかしら?」
「そうよ。それにレイは可愛いから、周りが褒めても本当のことだもの。仕方ないわ」
「……は?」
みちるさんはそう言い放つと、ワイングラスで顔を隠してしまった。
夏の暑い日に水を飲み干すように消えて行ってしまう。ついであげるのは止めようかと思った。
「みちるさん、お水飲む?」
「お水?いいわ」
酔って言い放ったのなら笑ってスルー出来るけれど、本当にそう思ってくれているのだとしたら、この場合はどんな言葉が適切なのかはわからない。みちるさんから言われたと言うことが何よりうれしいのだけれど、素直に受け取るには相手の酔い具合が今一わからない。
「ほとんど一人で1本空けたけれど……いいの?」
「いいのよ。それに酔いたいし」
みちるさんの許容範囲なんて知らないし、まだ本人はシラフだと思っているのなら大丈夫だと思う。いい値段のする白ワインを注文して、みちるさんは愚痴を身体から吐き出して、幾分楽しそう。
「愚痴はいくらでも聞くけれど、身体はいたわった方がいいわ」
「記憶がなくなるくらい酔ったことってないのよ。でも、ちょっとやってみたい気持ちにもなるわ」
「なんでまた」
「さぁ?まぁ、人がいると気を使ってセーブしているから、今日くらいはね」
今日はいいのかしら。
気を使わない相手なら、ありがたいことだけれど。
「気にせず飲ませてほしい、ということね?」
「そう言うことよ」
酔っぱらいを相手に素面のレイはどこまで本気でいられるのだろうか。
自称あんまり酔わないみちるさんは、ちょっとすわっている視線でレイを見つめてきて、不覚にもそわそわしてしまった。
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Date:2014/08/13
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