【緋彩の瞳】 ONE MORE KISS ④

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

ONE MORE KISS ④

『みちるに確認を取った。タクシーに乗ったことすら覚えていないらしい。キスのことは言ってないからね』
はるかさんからのメールを読んだ後、ムッとしているレイちゃんの顔色をうかがった。
「で、みちるさんからメール来たの?」
ストラップも何もないレイちゃんの携帯電話が一度本人の手に戻り、ボタンを2度押してまた違う画面が現れた。
『昨日はお食事に付き合ってくれてありがとう。そして、ごめんなさい。あなたに随分迷惑をかけたみたい。ちゃんと会って謝りたいの。改めて電話をするわ』
まぁ、みちるさんからは無難なメール。
そして自分に記憶がないことをさりげなく書いていないあたり、逃れようとしている気もするし、自分からカミングアウトするのもためらっている様子がわかる。
「レイちゃん、みちるさんになんて送ったの?」
「“ばーか”って」
「また、悩ますようなコメントだねぇ」
「自業自得なんじゃない?」
ものすごい怒りのオーラを発してクラウンの空気を温めていたレイちゃんは、酔っぱらったみちるさんにキスされて怒っている。
普通は喜ばしいことでも、レイちゃんにはそう言うのは通用しない。
TA女学院の女王様、この近辺ではレイちゃんの髪の毛1本すら欲しがる子たちが山のようにいるのに、そんな人の唇を奪った相手がべろべろに酔っぱらって、しかも覚えていないなんてことになれば、まぁ、怒るのも無理はない。
ましてや、レイちゃんがこの世界で唯一恋愛感情を持っている相手なのだから、余計。
うさぎちゃんとかなら、されても何とも思わないかもしれない。
「それに対しては?」
「何度か着信があったけれど、出ていないわ。少し頭を冷やした方がいいと思う」
「まぁ、酔っちゃったときに本音が出たんじゃないの?」
「酔っても記憶をなくしたことがないのが、本人の自慢なのよ?」
「それを覚えていないのが、腹立たしいわけ?」
「どっちもよ」
酒の勢いでキスしただけならまだしも、それを覚えていないとは。
何ともったいないことを。
「レイちゃんじゃない人にでもやった可能性があるのも、みちるさんが好きなレイちゃんとしては複雑なんだ」
「…………殴るわよ」
今さら、オフレコにしなくてもいいのに。みんな知ってるのに。レイちゃんだってみんながわかっていることを感じているんだろうから、もういいじゃんって思う。
意地っ張りなんだから。
まぁ、みちるさんもレイちゃんが意地っ張りだとわかっていて、好きになったんだもんね。美奈子ならお互いに好きだと分かった時点で容赦しないけれど、みちるさんもレイちゃんもこの微妙な関係を楽しんでいるのか、1歩が出せないだけなのか、ずいぶん長い期間、ぐつぐつ煮込んでいる感じ。いい加減、鍋が焦げる。
「とりあえず、レイちゃんはどうしたいわけ?」
「別にどうもしないわよ」
「酔っていたんだから、許してあげなよ。酔わせたのはレイちゃんでしょ?」
「勝手にジャブジャブお酒を飲んだのはみちるさんよ」
「いや、レイちゃんがいるから羽目を外したんでしょう。酔った原因があるとすると、レイちゃんなんじゃない?」
レイちゃんいわく、みちるさんは記憶をなくしたことがないことが自慢だったらしい。
それを自慢げに言い放ったその日に、もうその伝説を破るというミラクルを達成したのは、普通に考えてレイちゃんがいたからに違いない。
「だからって、やっていいことと悪いことがわからないくらいになるのは、おかしいと思う」
単に、レイちゃんはみちるさんとの初めてのキスを、奪われる形になったことが腹立たしいのかな。
意外とロマンチスト?
まぁ、これだけ長い間両想いを続けたのなら、初めてのキスは盛り上がってしたいという気持ちもわからなくはない。
「まぁさ……だったら、本人に何があったのかを告げて、深く反省してもらえば?」
記憶がなくなっていたみちるさんからしたら、レイちゃんが何をどう怒っているのか知らないままオロオロしなければならないのも、辛いに違いないだろう。レイちゃんの言葉の通り、自業自得と言えばそれまでだけど、一応、仕事も含めて色々悩みを抱えていたらしいから。
「知らないわよ、もう」
「うーん。じゃぁ、レイちゃんさ。私は口止めされても断るわよ?仮にみちるさんが私に聞いてきたら教えるからね。もちろん、私からみちるさんに連絡を取るようなことはしないけれど」
レイちゃんは渋っている。
嫌そうな顔をして見てくるけれど、いつかは誰かが本当のことを言わなきゃいけないことだって、わかっているのだろう。
「好きにして」
「あと、ちゃんとものすごくレイちゃんが怒っていたことも、言っておいてあげるから」
「あんまり余計なことをベラベラ言うんじゃないわよ」
「任せなさいって」
もうすっかり仲間内では公認の両想いなんだから、いい加減にしてもらわないと周りが迷惑だ。
みちるさんはきっと、はるかさんやせつなさんにはぐらかされて、美奈子に必ず縋りついてくる。
「あんまり意地張ってると、レイちゃん飽きられちゃうから気をつけなよ?」
「あっちが悪い」
やっぱり、素直じゃない意地っ張りだ。


レイの携帯電話は電源が切られていた。たぶん、わざと切っている。仕事が終わったのは夜の9時を回っていて、神社まで押し掛けてもいいのか正直躊躇った。会ってくれないかもしれない。
酔って何かをしでかしたのは間違いないと思う。酔ってタクシーで送ってもらっただけなら、レイはここまで怒らないはず。
はるかの”本当に、何も覚えていないのか?“という聞き方は、きっと何かとんでもないことがあったんだということを言いたいから確認を取ってきたんだろうし。
はるかに何度聞いても、タクシーからベッドまで運んだだけだ、なんて。
「もしもし?」
『はいはい。あ、やっぱ掛かってきた』
はるかがあてにならない以上、救いの手を差し伸べてくれるのは“エセ愛の女神”しかいない。レイが何か愚痴をこぼす相手がいるならば、美奈子が真っ先に上がる。
悔しいけれど、レイはいつも美奈子に色々話をしているらしいから。
「今、どこ?」
『家で待機してる』
待機ってどういう意味なのかしら。電話をかけてくることを読まれているということなら、レイからすでに情報を得ているに違いない。
「じゃぁ、聞かせて」
『連絡取れないんだ』
「携帯電話を切られてしまっているの」
『へぇ』
「知っているのなら、教えてくださる?」
『本当に記憶ないわけ?』
仕事中も、二日酔いに耐えながらなんとか思い出そうとしたけれど、食事中にどんな会話をしたかは思い出せても、本当にお店を出てから一切の記憶が飛んでいるのだから、仕方がない。
記憶喪失がこんなにも怖いものだと思わなかった。自分のことが思い出せないということは恐怖と言ってもいい。
「ないわ。頑張って思い出そうとしても、全くもって蘇らないの」
『そりゃまぁ、レイちゃんが怒っても仕方ないよね』
「いったい何があったの?私、何かとんでもないことをしたの?」
『みちるさんが思う、とんでもないことってたとえば何よ?』
……
………
その美奈子の質問は、まさか本当に何かとんでもないことをレイにしたのかしら。
「……押し倒したとか」
『いや、それならみちるさんの頬に、レイちゃんのビンタの指の跡が付いてると思うけれど、ないでしょ?』
確かに、押し倒したらレイはその場で平手打ちをお見舞いするかもしれない。
「もう少しソフトなこと?」
『ソフトって何?でも、みちるさん、ある意味近づいてきているわよ』
美奈子の声は笑っている。
近づいてる?押し倒してはいないけれど、似たようなことをレイにしたというの?
それって、相当最悪なことじゃないかしら。
「まさか、レイにキスを迫ったとか……」
『ぴんぽ~ん!』

二日酔いよりひどい眩暈が襲った。


『タクシーの中で、ずっとレイちゃんにゴロゴロ甘えてきて、“好き?”とかしつこく聞いてきたらしいわよ。覚えてる?』
「………わからないわ」
『そんでもって、タクシーからみちるさんを引きずり降ろしたら、抱きついて来て、いきなりみちるさん、レイちゃんにキスをぶちかましたらしいわよ』


背中が冷たくて痛い。
本当にそんな事をしたのかしら。
まったく記憶がない。
この唇がレイの唇と重なったというのに、まったく記憶がない。

いろんなことがショック過ぎて、もう一度記憶を失ってしまいたいくらい。

『しかも、門まで迎えに来たはるかさんの目の前でぶちゅ~だって。何でまた、そんなことするの?』
「………私は、なんでそんなことをしたの?」
馬鹿。
なんでそんなことを。
いったい何で、そんな事をしでかしたの。
ただ、間違いなく、レイだからそんな事をしたんだろうけれど。
レイだからこそ、そう言うことはしちゃいけないはずなのに。
『なんでだろうねぇ。酔った勢いって怖いね』
「嫌われてしまったということね」
『ん~~。怒っていたけれど、意地張ってるだけだから』
「………謝らないと」
『記憶がないことを謝るって、大変よね』
また、それがきっとレイを怒らせるはず。
記憶がないことを謝るって何?とか
誰でもするんじゃないの?とか
色々ネチネチ言われそうな気がする。
「はぁ………」
『そんなため息吐かないで。ピンチはチャンスよ』
「あなた良いわね。そういうポジティブな考えってどうしたら湧き出るのかしら」
『まぁ、レイちゃんはみちるさんのことが好きだから怒ってるわけなんだし。これで嫌いになったのなら、たぶん携帯を切ったりしないって。みちるさんが会いに来るのを分かっているから切ってるんでしょ?色々、レイちゃんも言い訳を聞くつもりはあるはずだから』
美奈子のセリフはちょっとだけ説得力があって、なんとなく妙な期待を抱いてしまう。
「だといいけれど」
『一応、レイちゃんからは本当のことをみちるさんに言っていいって許可もらってるし。それってさ、大丈夫っていう証拠だよ。もういい加減、はっきりさせたら?付き合ってっていう一言があったら、別にキスしても怒らなかったわけでしょ?』
「……それもそうね」
どのみち酔って記憶がないことは、残念ながらマイナスでしかない。
『ちゃんと言えば、ちゃんと伝わるって』
美奈子の励ましに背中を押されて、みちるは急いで神社に向かった。

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Date:2014/08/13
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