【緋彩の瞳】 ため息ひとつ END

緋彩の瞳

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みちる×レイ小説

ため息ひとつ END

1ヶ月ほど前に、一緒に点灯式を見に行こうと確かに約束をしたことを。
珍しくレイから誘ってきて、行きたそうにしていたことを思い出す。
あの時、確かレイは無理ならば気にしないでと言っていた。でもみちるは問題ないと強くうなずいていた。あの約束をした時からすでに今の仕事は決まっていたけれど、1~2時間くらいなら大したことがないと、自分から言っていたはずだ。それにあの約束をした日はちょうど、大きなコンサートが終わったばかりだった。身体中が成功の波に包まれていて、スランプに落ちるなんてことを想像していなかった。
レイは、だからここ最近は全く連絡を取ってこなかったのだろう。
もしかしたら今日のために、少しでも仕事の邪魔をしないでいようとしたのかもしれない。
「忘れていたでしょう?いいの、気にしないで。仕事があるって言うのを知っていて誘った私が悪いんだから」
「違うわ……ごめんなさい、私が悪いの」
素直に謝っても、帰る身支度の手は止まらない。
コートを羽織って携帯電話を取り出して、誰かにかけようとしている。
「すぐに着替えるから。待って」
自分の失態と、レイを怒らせたしまったことで心臓が焦っているけれど、なんとかソファーから起き上がって、許しを乞うようにレイの携帯電話を持つ腕にすがった。
今日の約束を思い出すまで、試していたはずだ。そして結局何も思い出そうとしない態度、あまつさえ身体を求め合おうとしたことに、相当腹を立てたに違いない。
デートよりもスランプ脱出のためにセックスをしようとしたと、そう思われたに違いない。
「仕事が切羽詰まっているんでしょう?みちるさんの邪魔をするのは嫌だって言ったわ」
「ごめんなさい……約束、本当…」
記憶力だって、もの覚えだって悪いわけではないのに。なかなかうまく仕事がはかどらなかったせいなのか、そっちに気を取られ過ぎていた。どんなに詫びても許されないことをした。レイを怒らせるようなことをした。
「……なんかもぅ、別に行かなくてもいいかなって思ったんだけれど。セックスしちゃって、約束をしていたことを忘れていてもそれでいいかなって思ったけれど……」
あぁ、どうすればいいのかわからない。
喧嘩なんてまともにしたことがないし、一方的にみちるが悪いのだから謝るしかできない。でも仕事をやめて、なんて言われたらどうしよう。そんなことをつい考えてしまう。
腕にすがるしかできない。何度も何度も、ごめんなさい。と言う以外に思いつかない。
「みちるさんを置いてはるかさんと行くのと、許してあげるのと。どっちの方がスランプから抜け出せるの?」
「あの……許してもらえるのなら…レイの傍にいさせて」
数秒の沈黙の後に、重たいため息がひとつ落とされる。
重苦しい空気がみちるを押し殺してしまうように感じた。
「……10分待つから、着替えてきて」



手をつないで黙々と歩く。横に並ぶというよりも、レイに引っ張られるような感じで少しだけ後ろを追いかけていくようだった。点灯の時間まであまりないというのもあるかもしれないけれど、今さら何事もなかったかのようにウキウキする気持ちなんて持てるわけもない。
「遅い!」
大学の正門前では、パラパラと人が集まる中でよく知った顔が手を振っている。
「ごめん、遅くなって」
美奈子たちだ。はるかまでいる。レイの手がさらっとみちるの手から逃げた。
「もぅ。レイちゃんがいないと大学にすら入れないんだから!ドタキャンされたらどうしようかと思ったわよ」
レイは大学の腕章を付けたスタッフに学生証明書を提示している。関係者とその知人のみが入れるTAでの点灯式を、美奈子たちも一目見に来たらしい。
「みちる、久しぶり」
「はるか……」
「どうした?浮かない顔して。大丈夫、レイとの邪魔はしないから。僕らは別行動するし」
2人だけでいたい。そう思っていないわけではないが、レイの手はもう今さら繋ぐタイミングを完全に逃してしまった。
「間に合ってよかったな。レイはみちるを迎えに行くって早めにクラウンを出たのに、なかなか帰ってこないから。かといって、いないと入れないし。もしかしていちゃついていた?」
「……いいえ」
きっとレイはすごく楽しみにしていたのだろう。美奈子たちがこんなにはしゃいで我先にと走っていくのだ。一緒に見たいと言ってくれたレイの愛情を簡単に忘れてしまえば、それは別れを切り出されるくらいのことかもしれない。
「ま、楽しんで。またな」
はるかは美奈子たちを追いかけるように、レイとみちるとの距離を開けた。
「みちるさん、行きましょう」
レイの手はスクールコートのポケットに入れられている。差し出されることも差し出すこともしない手。女の子たちのざわめきのする方向へとゆっくりと歩く。今さらまた謝りの言葉を言いそうになる気持ちを抑えた。
「点灯式に来るのは、もう本当に久しぶりなの」
暗闇の中、これから点灯されるまだ真っ暗な闇に包まれた大きなモミの木が見えるところまで来ると、レイが話しかけてきてくれた。声はあまり怒っているように感じなかった。
「そう」
「ママが卒業生だったから、小さい頃に手をつないで見に来たことがあるの。首が痛いくらい大きな木だった記憶があるけれど、こうやってみるとそうでもないわね」
点灯の時間ギリギリだったから後ろの方なのは仕方がないけれど、それでも十分に大きかった。美奈子たちが人をかき分けて前へと入っていく姿が見える。みちるはつなげない手の代わりに、少し強引にポケットへとつながっているその腕に自分の腕を通した。
「毎年見なかったのはどうして?」
「さぁ?ただ、一緒に行きたいって想う相手がいなかったし、1人で見てもつまらないし」
みちるを誘ってくれた。一緒に見たいと想う相手として、選んでくれた。それはレイの愛の表現だ。
「レイ……」
モミの木に向けられたままの視線は、みちるへ向けられることはない。
あふれたため息をなるべく吐息に変えて、みちるはレイと同じ方向を見た。

点灯のカウントダウンがどこからか始まる。

5  4  3  2  1……


「……綺麗」
悲鳴のような歓声と拍手が沸き起こり、それは見事な美しいクリスマスツリーだった。
「綺麗ね」
カトリックの学校らしく聖歌が流れて、人々に幸せと優しさを降らせるように存在している。
存在するだけで喜ばせるものがあるのだと、思い知らされる。
待ちわびる何かがあるから、人は生きる喜びを感じられるのだ。
約束をすっかり忘れていたみちるは、このツリーの前ではもっとも罪深い人間に違いない。
「高1の時に好きな人と一緒に点灯式を見たら、その人と幸せになれるっていうジンクスがあるのよ。だからうちのクラスでは、何としてでも好きな人間を連れて来るって、必死だったみたい」
「レイ……」
レイはこっちを見ようとはしなかった。降り注ぐ光は横顔を芸術品のように美しく照らす。
「私はクラスメイトと違って、必死になる必要もないって余裕な気持ちだったけれど」
嬉しい気持ちと、約束を忘れていた事実。
どういえばいいのかわからなかった。
ありがとうと言えば、忘れていたことをぶり返し、ごめんねと言えばさらに気まずい気持ちになる。
「レイ…………愛している」
レイが凄くこの日を楽しみにしていてくれたこと。
みちるを選んでくれたこと。
その気持をちゃんとわかってあげられなかったこと。
1年に、いや、一生に一度しかないチャンスだったのに、台無しにしてしまった。
たかだか自分のスランプのせいで。
才能がないことを受け入れようとしなかったプライドのせいで。
「ヴァイオリニストのみちるさんも好き。……忙しい人を好きになったんだもの。才能のある人間を自分の我儘で振り回すのは嫌だって思ってた。みちるさんが好きなことをしている姿も好きだもの」
「……私が悪いの。それはフェアじゃないわ」
本当のところ、多少自分のペースに合わせてもらうのは仕方がないだろうと思っていた。時間は確かにそうかもしれない。でも愛は互いに平等であるべきだ。レイばかりが辛い思いをしていたことを、もっと分かってあげなければならなかった。
レイがちゃんとみちるを愛してくれていることを、もっと感じ取るべきだった。
みちるがレイを愛してやまないように、レイも愛してくれていることを。
「時々でいいから。仕事が忙しくても、私がみちるさんのことが好きだっていうことは忘れないで」
足りないものは才能ではない。時間でもない。
ヴァイオリニストの海王みちるには、愛されているという自覚があまりなかったのだ。
火野レイに一目惚れしたその日から、みちるだけがレイを求めているんだと思っていた。不器用なレイが、ちゃんとみちるを愛してくれていることをわかってはいたけれど、みちるがするように我儘を言ってみたりいじけてみたり、怒ってみたり、そう言う愛情の表現をする子ではないと思っていた。
「レイ」
「あーぁ。なんか…ごめんね。こんなに綺麗なツリーだもの、みちるさんが忘れていたことを怒ったりしないで、お願いをしてついてきてもらえばよかったわね」
ため息は冷たい空気で冷やされて白くなって、よく見える。聞こえるよりそれは心によくしみてくる。みちるは言葉の代わりに触れられないポケットの中の手を求めるようにレイのコートを引っ張った。
「みちるさん、手が冷たい」
周りのだれもがツリーに夢中だから、レイとみちるが指を絡めて温め合っていることなど気にもしない。
「じゃぁ、もうしばらくこうやって温めてくれるかしら?」
「温めたら、スランプから抜け出せるから?」
みちるが好きないつものレイの横顔。微笑んでいるわけでもないけれど、穏やかで愛しい瞳にみちるだけが映されている瞬間。
「私がレイを好きだからよ」
「………スランプから脱出して、早く終わらせてね」
血が止まるのではないかと思うくらいに、強く握ってくる。
指と指の間に空気さえ入らないように。
「努力するわ」
約束するわ、と言えない自分に後ろめたさもあった。“約束”というものの重みが苦しいわけではない。いや、大切だからこそ約束は必要な時にだけきちんと交わして、守らなければいけない。
早く終わるかどうかは約束できない領域だから、軽々しくは言えなかった。
「それと、私がいるっていうことを少しでも感じて欲しいし、コーヒーは2人分淹れておいて。仕事の邪魔はしないから」
「約束するわ」
レイはあっさりしているように見えても、根に持つタイプだから。
「絶対よ」
「2度としない」
「何を言うのよ、あれで3度目よ」
絡み合う指の力がレイから抜けていく。みちるは慌てて握り返した。
「………ごめんなさい」
1度目も2度目もまったく記憶はない。だから謝るしかない。
「……はぁ。いいわ、過去のことだから」
愛の吐息が白く舞い上がる。そのため息を食べてしまえたらいいのに。
今すぐお詫びのキスをしたいけれど、ここはキリスト教の女子大学の中だ。
ひとまず、スランプと楽曲作りは頭の中にある引出しの奥にしまって、マンションに戻ったらすぐにレイと溶け合おう。
きっと、“調子いいんだから”、なんて言われるかもしれないけれど。
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Date:2014/08/13
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