【緋彩の瞳】 あなたの気持ちは知っている ①

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

あなたの気持ちは知っている ①

みちるは事務所の人から受け取った仕事のメールを読み返して、本人の意思を聞くまでもなくOKの返事をしたらしいそのコンサートの内容を読みながら、心の中でやれやれとため息をついた。
今回の仕事は本当にボランティアだ。メールの最後の方には「お父様、お母様からも了解を得ています」なんていう嫌味のような一言が付け加えられている。仕事に関して何かと口を出すのはいつものことだが、先手を打ってくるとはどういうことだろうか。
「……あぁ、そういうことなのね」
公演場所には、『TA女学院・講堂にて』と書かれていた。
毎年、TAの大学から父親が経営に携わっている会社に入社してくる子がいる。たぶん推薦枠とかで。みちるにとってはマイナス要因しかないノーギャラのコンサートだが、父親にとっては多少ビジネスを考えた上でのことだろう。優秀な人材を確保すべく、若いうちから会社の宣伝をしておきたいとでも言うのだろうか。
まさか、そんなことはないだろうけれど。
「TA……TAねぇ…」
なぜだろう。
父親と母親以外に何か、その学校の名前に引っ掛かる。
東京でも1番と言ってもいいくらいの偏差値の高いお嬢様学校。
短いスカートにブランド物のローファー。
そして翠黒のさらさらと艶のある髪。
そんなイメージが頭の中で湧いて出て、最後のフレーズで首をかしげた。
どうして、TA女学院の子がさらさらと艶のある髪なのかしら、と。
「……レイの学校だわ」
名前を呟いただけだと言うのに、心臓がとても幸せそうに踊る。
レイの学校というのなら、普段は見えない学校生活を知ることができるチャンスかもしれない。学校の中でどんな表情を見せているのか、どんな言葉を使っているのか。
すでにみちるはコンサートというヴァイオリニストの仕事そっちのけで、別の方向へと意識が飛んでいた。大手を振って、学校生活を送るレイを見ることができる。
なんてラッキーなのかしら、と。
急にやる気が出てきた勢いのまま、コードレスフォンを手にしてリダイヤルボタンを押した。
コールが7回鳴っても、繋がる気配はない。いつもは3回で出てくれるのに。留守番サービスに繋がって、名乗りもしない機械の声が要件を言えと偉そうなことを言うから、みちるはすぐに切った。
「………どうしてかしら」
平日の学校がある時間に電話をしていると言うことに気がついたのは、それから1時間してからだった。



「TAでコンサート?」
「そうなの。私が返事をする前に親が事務所にOKを出しているみたいだから、来月の17日は半日いないから」
「ふーん。レイの学校じゃないのか?」
「そうよ」
4人分の食器を洗いながら鼻歌なんて歌っていると、はるかがずいぶん機嫌がいいねと声を掛けてきた。もう少し先の予定だけれど、ついつい報告してしまう。
みちるのためにあるようなコンサートの仕事。
「それでそんなに機嫌がいいわけか。せつなが気持ち悪いって言ってたよ」
「何よ、気持悪いって」
「まぁね、君をブルーにさせるのもハッピーにさせるのも、レイしかいないわけだしさ」
「そうでもないわよ」
「またまた。自分で気が付いていないだけだろ?みちるは、レイのことになると目の色が変わるからね、わかりやすいんだよ」
どんな顔をしているのかはわからないけれど、レイのことを考えているときはとても心が穏やかになって、楽しくなって、幸せになるのは間違いない。もちろん、レイのせいで落ち込んで何も手につかないことだってあるけれど。
「いいじゃない。TAに入れるのがそんなに羨ましい?」
「さ~。あそこは恐いよな、いろんな意味で」
「知ってるの?」
「美奈子に聞いた。アイドルファン以上に行動力が半端じゃないってさ」
「お嬢様学校でしょう?」
「お嬢様は俗世界を知らないから、やることが極端なんじゃない?」
はるかなりの嫉妬とでも言うのだろうか。それともありがたい忠告なのだろうか。
「それで、はるかは何が言いたいの?」
「気をつけて、楽しんでくればいいっていうことさ」
「私、演奏しに行くのよ?」
「君の中でのメインは違うんだろ?」
「……そんなことないわよ。私はヴァイオリニストだもの」
ほんの少しの沈黙が、すでに肯定のようなものだけれど。
はるかはその後、ぜひともTA女学院に入ってみたいものだと言い残してキッチンを出ていった。結局、本音はそれだったみたいだ。




始業式後、3週目の土曜日が登校日と知ってクラスはブーイングだった。
毎年、何かイベントはだいたい土曜日に行われて、通常は休日であるはずなのに学校に出てこなければならない。
新しいクラスとはいえ幼稚舎から2クラスしかないTA女学院では、流石に初めて同じクラスになるというようなメンツはいなかった。さっと顔だけを確認して、ふーんという具合でしかない。その全員が4月・5月の学校行事の一覧を見ながらざわめいている。

4月は忙しい。

身体測定、体力測定、学力テスト、新入生歓迎会、部活の勧誘活動、その他選択授業を決めたり、教科書購入手続きやら、委員会決めやら…つまらないことが山ほど。
弓道部の2年になるレイは3年生の先輩から絶対命令として、一年生に部員募集のビラを配るようにと言われていた。鬱陶しいことを押しつけられたが、TA女学院は先輩には逆らえない。
逆らえないと分かっているから、レイは時々聞こえなかったふりをして逃げたりもしているし、先輩もレイを注意したりするとファンクラブから何をされるかわからないから、どっちもどっちなのだけれど。
そんなこんなで、レイは1年生が入学する明日から部員募集活動を始める予定だ。
4月はとにかく学校行事で振り回されそうだ。穏やかで何もないなんてありえないとはわかっているけれど、春の音楽祭とは一体何なのだろう。去年は芸術祭と言う名前で、TA卒業生の画家をやっているという女の人が講演をしに来ていた。と言うことは、今回も卒業生がピアノリサイタルでもやるのだろうか。今のところその詳細は書いていない。
いずれにしてもレイは、鬱陶しい山をいくつも乗り越えながら4月を送らなければならない。
「……みちるさんが来たりして」
あの人は、音楽をわかろうとしない人間が惰性で自分の演奏を聴くことを快く思わない人だ。だからたぶん、こういう学生のために演奏なんてしないだろう。可能性を打ち消して、レイは大きく伸びをした。

すでに見ごろを終えた桜の花が、窓の向こうで風に舞っている。




16日夜、受話器の向こうから聞こえてくるみちるさんの声はいつも以上に弾んでいた。
『レイ、明日はお昼からなら空いている?』
「昼から?空いているわ。朝は学校に行かなきゃダメだけどね」
『この前話していた音楽祭とかっていうものでしょう?』
「そうなの。でも午前中だけだから。みちるさんはオフ?」
『ん?まぁそうね。ランチ、一緒にどうかしら?』
「いいわ。でも終わるのが少し遅いから……13時くらいでも大丈夫?」
『大丈夫よ。じゃぁ、あなたの学校の校門前で待っていようかしら』
なんだろう、このみちるさんの浮かれたような声は。
何かいいことがあったのだろうか。
「そんなことされたら、生徒がパニックになるわ」
『あら、どうして?』
みちるさんは、あまりよくわかっていない。自分がそこそこ人気のある有名人と言う立場だということを。TAには海王みちるファンは多い。天王はるかファンも多い。
みちるさんが校門で立っていようものなら、学院の女の子たちが群がるに決まっている。
想像して、小さな苛立ちが胸に重みを与える。レイはみちるさんを見てキャーキャー言わないけれど、みちるさんが自分の学校の生徒からキャーキャー言われることは、なぜだか無性に腹が立つ。
「そりゃ、みちるさんはテレビで見る有名人だもの」
『あらそう?私は気にしないから、大丈夫よ』
みちるさんがレイを待っていたなんてことが生徒たちに知られたら、面倒なことになるんじゃないかと思ったけれど、みちるさんの中ではすでに決定されたような言い方だから、それ以上強くは何も言えない。
『レイ』
押し黙っていると、レイの好きなみちるさんの穏やかで優しい声が名前を呼んだ。
「なに?」
『お誕生日おめでとう』
「は?……あぁ。本当だわ」
『いやだ、もしかして全然意識していなかったの?』
「気付かなかったわ。じゃぁみちるさんは、わかっていてこの時間に電話をくれたのね?」
16日の11時50分くらいに電話が鳴ったはずだと思い返して、レイはさっきの腹立たしさが最初からまるでなかったかのような擽りを胸に抱いて、弾みたいのを押し殺した。部屋には一人しかいないのに、そんな事をする自分が妙に照れくさい。
『だって、一番に言いたかったんだもの。本当はね、一緒にいたいのは山々だけれど。あなたは明日学校だし、夜にそっちに行くのも迷惑かなって思って』
「嬉しいわ、みちるさん」
『本当?』
「もちろん、本当よ」
みちるさんは受話器の向こうで歌うように笑っている。
レイも嬉しかったからたぶん表情は笑っているだろうけれど、声にして伝わるほど表現力が追い付いていなかった。
『明日、楽しみにしているから』
「私も。学校なんてなければいいのに」
『そう?いいじゃない。コンサートでしょう?』
「みちるさん以外の人の演奏なんて、興味ないし」
『あら……まぁ、お勉強になるわよ』
「寝ちゃうかも」
『あらあら。一生懸命演奏してくれるんだから、目は開けておいた方がいいわ』
「は~い」
まるで先生と生徒じゃない。レイは心の中で思ったけれど、そんなやりとりさえむず痒い嬉しさがあるから、それすら楽しかった。




「火野さん、お誕生日なのね」
靴箱を開けた瞬間、バサバサと何かが足元に落ちてきた。足首に何かの箱の尖った部分が当たって痛い。レイは何ごとかと自分の足元を見ていると、クラスメイトが朝の挨拶をせずに声をかけてくれてきて、これがいじめの類ではないのだと知る。
「そっか……そういえばそうね」
誰が自分の上履きにまみれたプレゼントを喜ぶと思うのだろう。と思ってみても、どうせ差出人は不明だろうし。
「見て見て、紙袋までご丁寧に入っているわよ」
クラスメイトで出席番号がひとつだけ違う早川さんが、落ちてきた色々な物の中からブランドのロゴの入った紙袋を拾い上げた。丁寧というのだろうか、この場合。
「これって、プレゼントを贈った主じゃない人が入れたと思う?」
「さぁね。私、自分の靴にまみれたものは欲しくないんだけど…」
「そう?いいじゃない、人気がある証拠よ」
「知らない相手からもらったもの、早川さんはありがたく受け取れる人なの?」
「うーん。好意なのか、いたずらなのかによるかしら?でも、そんなことは私にはありえないから、嬉しくて喜んじゃうかも」
「あげるわよ?」
「結構です。私まだ、生きていたいの」
早川さんがレイへのプレゼントをかき集めて、紙袋に詰め込んでくれたものをそのままあげようとしても、ふてくされた顔で断られた。手に握らされた複数のプレゼント。なんて迷惑なことだろう。だいたい、自分の誕生日を誰かに言った覚えなどないはずだ。
「生きていたいって何?」
「だって、火野さんのファンって時々暴走するじゃない?いつだったか、文化祭の時に控え室を覗きに来て、着替え途中の火野さんをカメラでとらえようとした子たちとか、体育祭で火野さんを勝たせるために、わざと転んだり他人を引っ張ったり、あとはどさくさにまぎれて髪の毛を一本盗もうとしたり」
「……初耳なんだけど、それ」
そんな気持ち悪いことをされていたとは、全く気がつかなかった。髪の毛を盗んで何をするつもりなのだろう。藁人形にでも入れるのか。
「あら、気が付いていないの?」
「……これも、その子たちのものかしら?」
気持ちが悪いし、関わるのも面倒なことになりそうだ。持って帰る姿を見られたりしたら何か良い方に誤解されたりしないだろうか。いろんなことを考えて、また、その考えることが面倒にもなる。名乗らない人間相手に悩むことなんてバカみたいだ。
「ものに罪はないわよ。それに誕生日っていうイベントのときくらいはいいんじゃない?」
同じようにバレンタインでいい迷惑をしたのはまだ、記憶に新しい。転売したらひと儲け出来そうな量を、レイは1週間かけて分けて持って帰った。
「誕生日って、迷惑なものなのね」
「そう?誰からも何も言われないことを考えると、幸せなことだと思うわよ」
早川さんはそう言い残して、先に教室へと向かう。レイは上靴に履き替えながら、早川さんの残した言葉を聞いて、なんとなくみちるさんのことを想った。
だから、差出人不明のプレゼントを邪険にできなくなってしまった。

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Date:2014/08/13
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