【緋彩の瞳】 ONE MORE KISS ③

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

ONE MORE KISS ③

「あれは、なかったことにするから」
「………僕も、見なかったことにする」
インターフォン越しにレイが呼ぶから、何事かと思った。レイが家を訪ねるときは決まってみちるがいるときなのに。
門前で熱烈なキスをしている2人を見せつけるために呼んだのかと思った。
でも、思い切りみちるを押し返して、“ちょっと!”なんて言っているレイの口調はどう考えても怒っているし、みちるはなんだかフラフラ足もとが千鳥になっていて。
「みちるさん、いつもお酒飲んだら誰かれ構わずあぁ言うことする人なの?」
「いや、あんなの見たことない。みちるが歩けないくらい酔っているのを見るのも初めて」
2人で支えてみちるを部屋のベッドに寝かしつけてやる。本人はレイにキスをしたことを分かっているのかいないのか、目を閉じてすでに眠る体制でいる。服を脱がしてやろうかと思ったけれど、そんな優しさはいらないから、朝起きて現実を本人が確認すればいい、なんてレイが言い放った。要するにレイは怒っている。みちるとたまたま会って、仕事の愚痴を聞いてあげる代わりにごちそうになるって言うはずだったのに、どうして酔っぱらった勢いでキスをされなきゃならないのか、レイは理不尽でならないらしい。
まぁ、いくらお互い好き同士でも告白を受諾したわけでもないし、ましてや素面でもないのにキスをされたら……レイの性格なら怒るのも無理はない。
酔ってもいつもちゃんとシャワーを浴びて寝るみちるが歩けないくらい飲んだのは、本当に仕事のストレスのせいだけなのかどうかはわからない。
レイがいたから飲み過ぎたのかもしれない。でもきっと、どんなフォローしてあげても逆効果なんだろう。
「一応、明日の朝、本人にどこまで記憶があるか聞いておいて」
「あぁ、わかった」
「私、帰る」
「送ってやるよ」
「そうしてもらえる?私、今日は一円も持ってないの」
携帯電話も持っていないレイは、ダブルベッドの端っこで小さくうずくまっているみちるの頬を軽く叩いて、“馬鹿”と呟いた。
なんだかんだとレイもみちるのことが好きなんだというのはわかるけれど、この失態をみちるは目覚めた時どこまで記憶しているのだろうか。
覚えていない方がいいような、悪いような。
あれが既に恋人同士だったなら、可愛げのある行動だった。つまりは2人の関係が微妙故に起こった不幸な事故だったわけ。
レイは車の中でも、ムスッとしている。
「………みちる、レイのこと好きだよ?」
今さらながらの無意味なフォローと分かっていても、沈黙よりはいい。
「知ってるわよ」
「レイだからキスをしたのかもしれないよ?」
「本人がどう思っているかなんて、わからないでしょ?それに、それならなお悪いと思わない?」
「いや、まぁ、そうだけど」
「いいのよ。確認を取るのも嫌だし。覚えていなかったらそれはそれでスルーしておくわ」
「でも、レイはそれでいいの?」
「みちるさんの問題でしょ」
「そうだけど。みちるは確かにレイのことは好きだけど、レイだってみちるのことを好きだろ?」
「……そうよ」
「別にみちるの方から言わなきゃいけないルールもないんじゃないか?レイのことが好きだと言い出したのはみちるが先だろうけど、レイだってみちるを好きなら、レイが言ってもいいことだと思うよ」
反対車線の車のライトに時々照らされるレイの横顔は、ムッとしたままに変わりはない。
「余計なお世話」
「だと思ってるよ、僕だって」
みちるも相手がレイだから、最後のひと押しを躊躇っているんだろうと思う。まぁ、最後のひと押しをすっ飛ばして酒飲んでキスをしちゃうんだから、今まで何だったんだろうってことだ。
レイは窓の向こうを無理やり見るように、はるかに横顔さえ覗けないようにツンとそっぽ向いた。
反論しないのは、レイの中ではるかが言ったことを否定できないという何よりの証拠だった。

何かが身体を圧迫しているような感覚
とにかく気持ちが悪い。
その一言に尽きる。
「………」
自分が立っているのか座っているのか、横になっているのかよくわからない。
胸にこみ上げる気持ち悪い熱い何か。
今、どういう状況にあるのかしら。
一度きつく目を閉じて、力を込めてしっかりと見開いてみる。
数秒考えて、何となく見たことのある風景だと理解した。
自分がどういう事態になっているのかを考えなければならない。
なぜこんなにも気持ち悪いのか。
頭が重たいのはなぜなのか。
おそらくこの風景は自分のベッドの中から見ているものだけれど、なぜベッドにいるのか。
いったいいつからベッドにいるのか。
自分でベッドに入ったのなら、その前に何をしていてこうなったのか。
「………」
まったく記憶が蘇ってこない。
誰かに頭を殴られたのかと思ってそっと頭を触っても、ガンガンと痛いけれど殴られたという外からの痛みとは違うように思えた。
「……ぅ……」
何かよくわからないけれども、胃から突き上げてくる気持ちの悪いもの。
頭が痛くて動きたくない気持ちと、吐きそうな気持ち悪さは、吐き気がやや勝っている。ベッドから起き上がり、壁で身体を支えながらトイレに向かう途中、自分が服を着たまま寝ていたのだと知った。

「おはよう、みちる。大丈夫?」
「………あまり大丈夫じゃないわ……」
「自業自得じゃないの?」
吐いてしまえばとりあえず幾分すっきりしたけれど、頭痛とけだるさはまだまだみちるに襲いかかって来ている。
「自業自得って……私、もしかして凄くお酒飲んだのかしら」
リバースしながら何となく蘇って来た記憶では、たぶんレイと一緒に食事をしていたこと。セクハラの愚痴を聞いてもらっていたけれど、そのあといつごろどうやって帰ってきたのかがいまいちわからない
「はるかとレイがあなたを抱えてベッドに運んでいたのよ」
せつなは洗面台を抱きしめるように、顔を洗っているみちるの背中をさすってくれた。
優しくて温かい手の温度の持ち主は、聞きたくなかった事実を教えてくれる。
「……レイは?」
「夜にはるかが送って行ったわ」
レストランの会計でサインを書いたと思う。だけどそれから何も覚えていない。
自分の足で家に帰れない状況だったらしいけれど、それは本当にみちる自身のことだったのか、と信じられない。信じたくもないし。
それでも、この二日酔いと思われる頭痛と体調不良は、まさしく自業自得であるという何よりの証拠。
「私、レストランで寝ちゃったの?」
「いいえ、あなたレイとタクシーで帰ってきたはずよ。少なくともタクシーに乗るまでは意識があったのでしょう?」
「……覚えていないわ」
「とにかく、シャワーを浴びて。今、8時だけど、今日も仕事でしょう?」
昨日のことよりも、別の意味で嫌な現実を告げるせつな。
昨日の服のまま、膝を抱えてうずくまりたいくらいの二日酔い。でも、これで仕事をキャンセルしたらレイに愚痴を聞いてもらっておいて最低な結果になってしまう。何が何でも、這ってでも仕事に行かなきゃいけない。
「どうしよう……レイにメールしなきゃ」
どうやって帰ったかまるでさっぱり記憶にないのに、レイに“記憶をなくしたことはない”なんて得意げに言っていたことはばっちり覚えている。
出来ればすぐにでも会って詫びたいけれど、鏡に映る自分の姿はあまりにもひどすぎる。これも全部見られていたと思うと、嫌われてしまったような気がしてならない。
「みちる、レイのことを考えるのはわかるけれど、時間はどんどん過ぎていくわよ」
二日酔いじゃない理由で青ざめているみちるの頬をつねったせつなは、眉をひそめてそれから何か含み笑いをして洗面所から出て行った。

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Date:2014/08/13
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