【緋彩の瞳】 愛をつついて ③

緋彩の瞳

みちる&レイ小説[幼馴染]

愛をつついて ③


「げ?!ほら~。アルテミス、あんたいい加減に道を覚えなさいよ」
「僕のせいか?!だいたい美奈はいつも僕を置いて行動することが多い癖に、こういうときだけ利用するか、普通?!」
「あんた、動物でしょ?嗅ぎ分けなさいよ、海王家の匂いを!」
「……僕は行ったことないんだけれど」
美奈子様の星の輝きが、レイ様のおられる場所から100mほど離れた場所で止まっている。
どうやら、レイ様を訪ねてこられる途中、二股の道でどちらに進むべきか悩んでおられるようだ。
『フォボス、美奈子様のことはどうする?』
『今日はアルテミスが付いているのよ?』
『美奈子様はアルテミスを連れてきたことはないわ』
『不思議なお方ね』
朝の穏やかな食事の時間を、レイ様はみちる様たちに囲まれてとても楽しそうに過ごしておられる。ディモスは空高く漆黒の羽を広げ、自分たちの位置が美奈子様たちに分るようにゆっくりと円を描いて飛んでみせた。美奈子様がそれに応えるように手を振っておられる姿が見え、右にお進みくださいと願いを込めて、またお庭に舞い戻る。必ず美奈子様は見つけてくださるだろう。
幾度となく、美奈子様のための道案内は経験済みだ。
「相変わらずさ、でかい家だと思わない?」
「あの人たちにとっては、これくらいがちょうどいいんじゃないのか?」
「全く、いったい門から玄関まで何歩歩けば済むんだか」
「手土産一つ持ってこないで、よく言うよ」
チャイムを鳴らして、美奈子様が入ってこられる。わざわざこの朝食の時間に来られたと言うことは、きっとお腹を空かせておられるのだろう。
レイ様を温かい愛で包んでくださる美奈子様もまた、フォボスとディモスにはかけがえのないお方なのだ。
「おーぃ、さっきはありがとう。流石、出来る戦士だわ。レイちゃんも鼻が高い」
「……美奈、嫌味か?」
美奈子様が玄関を開ける前に手を振ってこられる。フォボスとディモスはゆっくりアルテミスたちに近寄って、地上へ降り立った。
「本当、レイと美奈を交換してくれよな」
ことあるたびに、決まり文句となっているアルテミスのセリフ。
「それはこっちのセリフ。役立たず」
「僕はここに来たことがないってば!」
玄関前で始まる痴話げんかを、絶妙のタイミングで割って入ったのはレイ様だった。
扉が開かれる前にレイ様の気配を感じ、フォボスとディモスは羽音を立てずに空に舞う。
「あんたたち、朝から何?入ってこないの?」
「レイちゃ~ん。アルテミスが役に立たないから迷子になっちゃうところだったわ」
「なってないじゃない」
「ディモスが案内してくれたのよ。やっぱ頼りになるわね~。あの子たちのいる場所に、すなわちレイちゃんあり!ね?!って……およ?ここにいたのに」
美奈子様はフォボスとディモスを探しキョロキョロとされているけれど、レイ様が空高く舞う2羽を指差して、“もう用が済んだのよ”と説明されておられた。

誰かがいる時に、レイ様とたわいのない会話を交わすことなどない。
アルテミスのように、寄り添い共に歩むこともない。

レイ様とフォボス、ディモスにとって、愛で溶けあうには必要な距離なのだ。



「おまえさ、本当に朝食を求めてきたって感じだよな」
「レイちゃんに会いに来たのよ。これは、そのついでだから」
「マフィン3つ食べていうセリフにしては、説得力ないぞ」
みちるが早起きして作ったマフィンが、どんどん美奈子の頬袋に詰め込まれていく。
「本当、美奈はおいしそうに食べるわね」
レイはひとつを少しずつ食べながら、さっきから美奈子の頬袋を楽しそうに見ている。愛しそうに、という表現でも悪くはない。
「レイ、コーヒーおかわりする?」
「うん。あ…ねぇ、豆を変えてよ」
「はいはい」
レイがいる朝食といない朝食では、みちるの気合度が違う。出てくるコーヒーも、一杯一杯豆が違うし。だいたいマフィンの手作りなんて、普段は出てこない。それでも、レイはそれがこの家で特別だと言うことに気が付いているわけでもなく、いたってマイペースにみちるに命令している。もちろん、はるかがそんなことを言ったら、しばらく口を聞いてくれやしないだろう。
「そーいや、美奈子。よく迷子にならずに来られたな」
うさぎと美奈子は、ひとりでここへ来られるほど道を覚えてはいないはずだ。
「アホな猫と違って、優秀な烏がいてくれたおかげだもん。レイちゃんとワンセットだし」
アホな猫ことアルテミスは、一番に朝食を食べ終わりソファーで暇を持て余しているほたるの膝の上で、ゴロゴロとのどを鳴らして媚びを売っている。美奈子の言葉にイチイチ反論してこないところを見ると、同じようなことを何度も繰り返したんだな、と想像がついた。
「なるほどね。レイに電話するよりも、フォボスとディモスが君を導いてくれたと言うことか」
「まぁね。モテるって罪よね」
「なんだそれ?いい加減に道を覚えたらどうだ?」
「そのうち、そのうち」
レイはみちるがキッチンでコーヒー豆を挽いているのを眺めながら、そんな会話の中心に名前が挙がっていることすら興味がなさそうだ。取り立てて、それについて何か言うこともないのだろうか。
挽きたてのコーヒー豆のほのかな香り。フィルターの上に乗せられて熱いお湯がゆっくりと注がれていく。鼻に伝わってくる独特の香りに、はるかもマグカップに残っているコーヒーを飲みほして、次に備えなければと考えてみる。
せつなも同じようなことを考えていたのか、空になったマグカップを主張するようにレイのマグカップの横にならべている。人数分のコーヒーは、じらされながらポタポタとフィルターから落ちてゆく。
「はい」
「ん」
一番に注がれたレイのマグカップには、もちろんミルクもたっぷり注がれた。たとえマグカップを並べても、結局、はるかとせつなはセルフである。
「レイちゃんはいいなぁ~。道に迷ったことなんてないでしょ」
「子供のころ、森の中にあるレジャー施設の迷路で1時間以上迷ったことある。今でも覚えているわ」
意外な答えが返って来て、美奈子は思わずえ~!と声を上げた。レイにだって、迷路なんかで遊んだりする時代もあったらしい。でも、そんな時代があったのかって思うと、正直ホッとする気持ちもある。
「あぁ、あれ。今思うと、何であんなに難しかったのかしらね」
ようやく自分のマグカップにコーヒーを入れたみちるも、思い出したように言いながら腰をおろした。みちるはまだ、一口もマフィンを食べていない。レイにあれやこれやと言われてずっと動いていたのだ。
「およ、みちるさんと一緒に遊んでいたんだ」
「あのとき、みちると大ゲンカしたわよね?」
「どの道を通るかで、結構派手に言い合ったわね」
思い出したようにみちるは笑った。でも今だから笑えるのだろう。みちるの小さい頃の話には、ほとんどレイが登場するのだ。それはちょっとだけ嫉妬したくなる。
「もう、どうにもこうにもならなかったのよ。喧嘩してみちるともはぐれるし、同じところ通っている気もするし。景色はどこにいっても同じだし。しかも、深美ママは高みからビデオ回して大笑いしているのよ」
レイが過去を語るのも珍しい。あまり話さないのに。
美奈子が楽しそうに聞いているからなのか、今日はリップサービスなのだろう。
「レイちゃんは最後どうしたの?っていうか、そのころはフォボスとディモスはいなかったの?」
「いたけれど」
「使えばいいのに」
空から見れば、一発じゃん。美奈子はつづけた。
「馬鹿じゃないの?ゲームを楽しんでいるのよ?“ドラえもん”じゃないんだから。それに、使うってね、あんたのところとはわけが違うの」
ネコ型ロボットや、アルテミスとはわけが違う。とりあえず初めてレイから、フォボスとディモスの立場を聞き出せた。そして、そんなにも小さい時から傍にいたことも。
「えー。でも、せっかくいたのに?」
「どっかで見てたんじゃないの?そんなの知らないわよ」
ちょっと、ムッとしているようだ。レイがフォボスとディモスのことを話さないのは、話題の中心になりたくないからなのだろうか。
「ふーん。でも、本当小さい頃からいるんだねぇ。なんと羨ましい烏たち」
「あら、美奈子。私もレイを小さい頃からよく存じているわよ?」
結構、得意げにみちるが割って入る。
なんでも聞いてくれても大丈夫、と胸を張って。
「……いやいや。残念ながら、全然勝ってないと思うよ、みちるさん」
それはみちるが気にしているけれど、すでに白旗を振っていることなのに。
「美奈子だってそうでしょ」
みちるもあえて言われたくはなかったことだからだろうか、珍しく言い返していた。
時々、こんな風に子供になる。レイが絡むとそうなっちゃう。
「そう来たか……むぅ……レイちゃん!何か言い返してよ」
レイの顔にはすでに、面倒臭いとありありと書いているのに。
みちると美奈子に挟まる位置に座ったことを今更ながら後悔しても遅い。
「うるさいわね、まったく」
「レイちゃんさー、私とみちるさんどっちが大事?」
「はぁ?」
「美奈子、なんだか新妻みたい」
ずっと静かに聞いていたせつなは、おかしそうにつぶやいた。はるかも笑いながら頷いて見せている。仕事と私、どっちが大事?なんて。別にみちるが仕事の役割とは思わないけれど。
なら、姑と嫁、と言ったところだろうか。
「ふーんだ。いいもん。で、どっち?」
「どっちもうざい」
「う、うざい?!みちるさん、ちょっと言い返さないの?」
「別にいいわよ」
答えの出しようがないことを、説明したりするのが恥ずかしいからあえてそう言ったのだと、よく分かっているのだろう。大人の余裕をここで見せて、少し差が開いたかもしれない。
「何よ、何よ。じゃぁさ、レイちゃん。フォボスたちと私、どっちが大事?」
それは流石に、どっちもうざいなんて言えないはずだ。
「考えないわよ、そんなこと」
「じゃぁ~。じゃ、これは?目の前に海があって、私とフォボスとディモスが溺れていました。レイちゃんはそのうち1人だけ助けられます。…あぁ、フォボスとディモスは1セットでいいから。で、レイちゃんはどっちを助けるの?」
やけに美奈子はこだわる。1年以上付き合っているはずなのに、まだまだ初々しいのか、それとも他人がいなければこんなことを聞けないからなのかは知らないけれど。
レイを怒らせてもなだめてくれる人間が周りにいるから、聞きやすいのかもしれない。
これだけ顔に“うざい”と書かれていたら、流石に2人きりでは気まずいだろうし。
「くだらない。あんたなら自力でなんとかするでしょう?だいたいフォボスとディモスはそんな馬鹿な失態をしないわよ」
「そういうことじゃないもん。たとえばさ、敵に襲われたとか。真剣に答えてよ」
すでに、質問からして馬鹿げていることを棚に上げるあたり、美奈子はどうしても自分が誰からも優位な位置でレイの傍にいるということを確認したいらしい。
みちるはレイの迷惑そうな顔色を窺って、止めに入るタイミングを計っている。どうせこの後、機嫌をなだめるのはみちるの仕事なのだから、早めに手を打ちたそうだ。
「くだらない質問。美奈、って言えばそれで納得できるわけ?」
せっかくのさわやかな朝だというのに、レイを不機嫌にさせるとは。
美奈子も何しに来たんだろう。
「納得とかじゃなくてさぁ」
「……今、美奈が海に落ちたらそのまま沈めてやりたいわ」
レイは飲みかけのコーヒーとマフィンを手に持って立ち上がると、リビングから出て行ってしまう。
「レイちゃん!」
タンタンと2階へ駆けのぼる音がフェイドアウトしていった。
「美奈子、やめなさい」
なおもねばろうとする美奈子をみちるが止めて、立ち上がろうとするのを引っ張った。
「不機嫌にさせると、しばらく口をきいてくれなくなるわよ」
「みちるさんはさ、……嫉妬するつもりないんだね」
「しないわよ。安心なさい、もしそう言うことになったら迷わずあなたを助けるはずだから」
「それはレイちゃんから聞きたいんだけれど」
みちるから言われても、確かに全然面白くないだろう。みちるの言葉はお世辞ではないはずだけれど。
「レイはね、あまり話さないのよ。フォボスとディモスのこと」
「知ってるわよ。だからさ、聞きたかったんだけれど」
美奈子はちゃんとわかっていても、それでも嫉妬してしまうらしい。そのあたりは、みちるとは経験値が浅いようだ。
「どうしてそう思うの?」
「……みちるさん、レイちゃんがフォボスとディモスと話をしているのを見たことある?」
「ないわ」
長い付き合いのみちるでも、レイがどんな表情で彼女たちに接しているのかは知らないらしい。
「あるんだ~、私……偶然、盗み見ちゃったっていうか」
美奈子のがっかりした、さみしそうな顔は、それが自分に向けているものよりも勝っていたのだと十分に伝わる色をしていた。
「あんなレイちゃんの顔、見たことなくて」
「だから聞かずにはいられなかったのね」
みちるはよしよしと美奈子の髪を撫でた。
可哀想だけれど、どんなに頑張っても勝てない相手なのだと納得してもらうしかないようだ。
「あーぁ。あんな顔のレイちゃんは、フォボスとディモスしか見られないのか」
やけ食いのように胃に消えていくマフィン。美奈子だけに見せる表情だってあるはずだなんて、口にしなかった。それは美奈子が自分で見つければいいことだ。
フォボスとディモスに譲るべきものだってあるだろう。
みちるがお手上げのように、美奈子もお手上げなのだ。


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Date:2013/11/10
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