【緋彩の瞳】 溢れる涙の愛しさに ③

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説[実写・前世では恋人]

溢れる涙の愛しさに ③



「……どうした?」
「別に、何でも」
「そう?顔に書いているけれど、相談に乗って欲しいんじゃないの?」
「……別に」
土日、美奈子からはメールも電話も来なかった。謝ってくるとか、文句を言ってくるとかそういうことを想像していたけれど、美奈子とお揃いの携帯電話は、買ってから初めて一日中、美奈子の歌声の着信が鳴らなかった。怒らせたままなのだろう、と言うことはわかった。何も期待しない、と言い放った美奈子の顔を思い出すと、レイの中にもまだ腹立たしさや息苦しさが、血液と一緒に身体の中をぐるぐると回り続けている。
月曜日、学校が終わりいつものようにクラウンへと向かう。無意識だけど、鞄を放り投げるように置いて、音を立ててソファに腰を下ろしたその態度が、まことには“何かがあった”とすぐに伝わってしまったみたいだった。
「ふーん。まぁ、がんばりなよ」
「何をがんばるのよ」
「……そりゃ、色々?」
レイは大きなため息を吐いた。
「ねぇねぇ2人とも、何の話?」
今日は珍しくうさぎもいる。いつもは衛とデートだからって、放課後にはいないのに。亜美ちゃんは塾らしい。
「別になんでも」
「ん~、ケチ!レイちゃん、何か隠してるでしょ?彼氏でもできたの?」
「はぁ?」
「だって、最近携帯いじってること多いじゃん。それに、急に帰ったりするし。好きな人がいる人の行動パターンっていうの?」
「べ、別にいないけど…」
焦った態度を取ると、いますって言ってるようなものだから、できる限り何もないと言う態度、平静を装わなければ。
「ふーん……。レイちゃんが彼女になったら、その人大変そうだよね。なんか意地っ張りな彼女って、大変そう。好きな人には素直になるといいよ、レイちゃん!」
まるで、美奈子と喧嘩したことを知っているようなうさぎの言葉。レイは一瞬、息をする方法を忘れて吸ったものを飲み込んでしまった。
「お、おお、大きなお世話よ。っていうか、別に誰も好きじゃないわよ」
まことも息を飲み込んでいる。愛野美奈子というアイドルと付き合っていることがバレたら、ひと波乱起こることが目に見えて分かっている、
「レイちゃんさ、むしろ誰か好きになる人見つけたらいいのに。人生変わるよ?」
「……他人に変えられるようなものなの、人生って」
「そりゃね。衛は私の知らないことを色々教えてくれるし」
それはうさぎが世間知らずなだけで、相手が大学生だからでしょう。って言いたいけれど言わない。
「………うさぎは、前世で彼との関係があったから、今の衛さんのことが好きなの?」
そうだ。うさぎもまた、前世で愛し合った人と一緒になった。再びめぐり合い、恋に落ちた。
彼女も彼も、前世の記憶をかすかに持っていて、受け入れて、掟に抗い、そして愛を勝ち得た。
それは幸せなことなのだろう。でも、うさぎも衛さんも前世の記憶が戻る前からお互いに惹かれていたんじゃなかっただろうか。
少なくとも、レイにはそう見えていた。
それは運命なのだろうか。それとも、自らが選んだ相手がたまたま前世の恋人だった、ということだろうか。
「うーん。あんまり考えないかな。だって、考えて何になるの?衛は衛だよ」
「……聞いた相手が悪かったわ」
レイはため息にならない息を吐き出した。
うさぎと衛さんがどんな考えのもと、この世界で恋人になったかなんて、よそのカップルのことなのだ。レイには前世の記憶がないのだから、結局は何の参考にもならない。
「レイ、あんまり考えない方がいいんだよ。それはうさぎの言うとおりだよ」
まことは前世とか全く無関係の相手と恋愛しているから、そう言うことを言えるんだろう。
心のどこかでは、考えたくないっていう気持ちもあるし、考えないようにしていた。
うさぎのセリフもまことのセリフも、聞かせてやりたいのは美奈子の方だ。
ヴィーナスとマーズのことを持ち出して来ているのは、レイじゃない。
「……覚えていない私が悪いと思う?」
「いや、どうだろね。でも、“向こう”はレイのこと好きだよ。なんだ、そういうことで喧嘩をしているの?」
「……別に」
それが原因というか、美奈子が人の身体を触ったことが原因というか、美奈子がマーズを恋しいがるのが原因というか……
「2人とも何の話?もしかしてまこちゃん、レイちゃんの彼氏が誰なのか知ってるの?」
「いや、知らないよ。彼氏なんていないよ、なぁ、レイ?」
「いないわよ。男と付き合うなんて、時間の無駄」
言えば、うさぎは5歳児みたいに頬を膨らませる。
「レイちゃんは、愛し愛されることがどれくらい幸せなのかがわからないんだ」
「はいはい」
「どれだけ奇跡かわからないんだよ。同じ前世を持っていて、再びめぐり合えたことがどれくらい凄いことか。ずーっと昔に交わした約束を果たせたことが、どれだけ凄いことか、今、一緒にいることがどれだけ幸せか、わかってくれない」
別にうさぎのことを批難しているわけじゃないのに。
ただ、めんどくさくていつもと同じセリフを口にしただけなのに、うさぎは駄々っ子のような抗議をしてきた。
「幸せなら、それでいいじゃない。私はうさぎがどうこうって言うわけじゃないわよ」
「レイちゃんが、自分から幸せを逃しているんだとしたら、それはレイちゃんのせいだからね。意地っ張りもやり過ぎると、彼氏に逃げられるんだからね」
だから、彼氏なんていないってば。
いるのは、もっとややこしくてめんどくさい相手なんだから。
レイは地団太踏むうさぎをまことに任せて、鳴らない携帯電話を手にする。

『馬鹿』

美奈子から来るメールに返信をすることが基本だけど、初めて自分の方からメールを送った。





「………意地っ張り全開じゃない」
メールも電話もしない2日間、美奈子は仕事に全力を注いだ。カメラリハではひきつった笑顔が怖いと言われ続け、思った以上に撮影に時間がかかった。朝日と共に上を向くひまわりに囲まれて、ひまわりがそっぽ向いてしまう前にOKを取らなければならなくて、ギリギリのギリギリまで撮影は続き、マネージャーにずっと文句を言われ続けた。平日のレコーディング、土日の撮影。夏休みはもうすぐだけど、夏休みが始まれば、全国を駆け巡るツアーやイベント、撮影。テレビの仕事もある。慢性的なレイ不足になるというのに、レイはこれなんだから。
「これが意地っ張りだっていうことも、きっとわからないのよね、あの子」
ただ、火野レイが愛野美奈子を恋しがっているということだけは十分に伝わるものだ。メールも電話もしないでいたのは、レイからのアクションが欲しかったからだけど、なんて言うか予想通りのメールで、笑いがこみあげてくる。
返信しなかった。
美奈子はたった今、クラウンの入り口に入ったばかり。


「きゃ~!美奈子ちゃん!!!」
扉が開いて姿を確認すると、レイより先にうさぎが奇声を上げた。
「うさぎ、久しぶり」
芸能人の営業スマイルを携えて、学校帰りの美奈子が階段を下りてくる。5分前に送ったメールを読んで文句を言いに来たのかとも思ったけれど、それにしては早すぎるだろうし。
たぶん、レイがここにいるとわかって来た。仲間がいることも見越したうえで。
「美奈子ちゃん!元気だった?!全然遊んでくれないんだもん!仲間なのにさぁ」
「ごめんね。でも、うさぎだってデート忙しいんでしょ?」
「ううん!美奈子ちゃんが遊んでくれるなら、衛とのデートなんてキャンセルしちゃっていいもん!」
レイはその様子を見ながら、美奈子にはそんな暇なんてないし、って心の中で突っ込んだ。うさぎと遊ぶ時間がとれるなら、彼女はレイとの時間を選ぶだろう。だいたい、忙しすぎて、まだ外でデートしたことがないんだから、うさぎと外で遊ばれたら、今までが何なのかわからない。
「そう?じゃぁ、今度の休みに遊園地にでも行く?」
「うそ~!!やった~~!!!」
うさぎの喜び叫ぶ声と、
「はぁ?!」
思わず叫んでソファから立ち上がったレイの声が重なった。
「レイ……まぁ、落ち着け」
まことが両手でレイの腕を押さえてくる。しつけられていない馬じゃあるまいし。
レイは美奈子を睨みつけて、それからまたソファに腰を下ろした。
「何よレイちゃん。せっかく美奈子ちゃんが来たのに!愛野美奈子だよ?!嬉しくないの?」
「全然」
「じゃぁ、別に私が美奈子ちゃんと遊んでもいいじゃん」
「どうぞ、ご自由に」
「……何よ、レイちゃん。彼氏と上手くいってないからって、八つ当たりしてるでしょ~?」
だから、彼氏なんていないし。
馬鹿馬鹿しい。うさぎは何も事情を知らないからそういう発想になるんだろう。
「へぇ。うさぎ、レイって彼氏いるの?」
美奈子が面白そうな顔をしてうさぎに聞いている。レイは殴ってやりたい気持ちをこらえながら、なだめようとするまことに、何とかしてよ、と目で訴えた。
「うさぎ、適当なことを言うなよ。レイに彼氏なんていないって、さっきそれで話しは終わっただろ?」
「じゃぁ、いつもメールしている相手って誰よ?時々、電話だって、部屋出て行ったりしてるじゃん」
うさぎがいるときは、まことに教わったマナーモードっていうものにしているから、美奈子の歌声は流れてこない。でもだから、わりとこまめに携帯を覗いている。着信がないかどうかが、気になってしまうのだ。
「へぇ。そうなんだ」
「絶対レイちゃんは彼氏いると思うんだよね。それか、片想いとか」
美奈子のニヤニヤした嬉しそうな顔。
「うさぎ、いい加減にしないと二度と口を聞いてやらないわよ。勝手な想像で適当なこと言うのはやめて」
「そうだ。うさぎ、本当にいい加減にしろ。修羅場になりたいのか」
まことの加勢は意味が良くわからないけれど、とりあえずレイとまことが睨みつけると、うさぎはぶーたれて口をとがらせた。
「あ、そうそう!あの、ほら、クッキー!クッキー食べようよ。昨日作ったんだよ」
まことがものすごく下手な芝居で、裏返った声をあげた。鞄をまさぐって紙袋を取り出して机に広げる。色とりどりのクッキー。野菜を練り込んでいるらしい。
レイは空気を変えてくれたまことに、心底感謝した。
「私、何か飲み物買ってくる。まこと、何がいい?」
だから、この空気を保たなきゃいけない。美奈子は帰る気配もないし。
「あ、じゃぁ紅茶」
「ん、わかった」
財布を出そうとするから、それをいらないとジェスチャーして階段を上がる。
「うさぎはオレンジジュース!」
「自分で買えば」
レイは振りかえって舌を出して見せた。視線が合ったのはうさぎじゃなくて、美奈子だ。
「うわ~!ケチ!」
そのセリフだけ聞きとって、扉を閉めた。

「うさぎ、私が買ってきてあげる」
「本当?えっと、お財布…」
「いい。それくらい出してあげる」
「え~!美奈子ちゃんの奢り?!すごい…」
「ジュースで大げさなんだから」
美奈子は財布を鞄から取り出して、レイの後を追いかけた。まことが何かモノ言いたげな目で見てくるけれど、仕方がない。レイのあの様子じゃ、美奈子とうさぎの飲み物を買ってくる優しさなんて持ち合わせていないし、それよりも2人になりたいし。


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Date:2014/08/30
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