【緋彩の瞳】 乙女の唇 ②

緋彩の瞳

マリみて、舞乙、ワンピ

乙女の唇 ②

「ちょっ…アイン!…やめ…んっ」
「い~じゃない。ほぅら、ケチケチしないで~~」
乾杯とグラスを鳴らしてから5分も経たずに一人でボトル半分まで減っていたとは。よほど飲みたかったようなのでとがめずに放っておいたのだが、それがよくなかった。
「…ん~!!ぷっ……んぐっ…」
生ぬるい赤ワインの味と艶やかなアインの唇が五感を刺激してくる。逃げようとしても、この華奢な腕にそんなに力があったのかと驚くほどに、アルコールのパワーを借りているために出た底力はかなりのものだ。
「酒乱――――だったのね」
今まで味わったことのない情けなさや怒りや上手く説明できない感情が、心身ともにフィアをグラグラと揺さぶる。
「フィア~…しゅきよ……あいしれるぅ…」
「ぅん……ん~!!!」
鉄拳制裁を。
誓いながらも自身もワインを飲んでほろ酔いのせいで、押し倒してきたアインの束縛から逃げようにも、腰がなかなか立たない。
「…ァ…アイ…やっ―――ぅんっ」
単に、酔っているだけじゃないとは認めたくなかった。でも、エスカレートするアインの熱烈愛情表現をそう簡単に受け入れてしまうと、今後の学園生活に支障をきたすに違いない。
逃げよう逃げようと動くほど、束縛は器用に行く手を塞いでゆく。

馴れている。
誰に教えてもらったのかしら。

ふと、彼女のお部屋係りの顔がちらついた。
『あの子だわ…』
とは言うものの、あのシズルに手ほどきを教えたのがアインかもしれない。
そんなことを考えながらすでに奪われた唇。足の間を割って入ってこようとする左手を阻止すべく最後の力を振り絞り、鳩尾を膝で蹴りあげた。

ドス!

「ぐふっ!ちょっ……反則」
獲物を捕らえていたような表情が一気に青ざめ、力の抜けた体がフィアの上にのしかかる。
久しぶりのお酒を飲む気持ちよさと、フィアの柔らかい胸に顔をうずめる心地よさに、ついつい酔いしれてしまいガードをゆるくした瞬間をフィアが見逃すはずもなく、あっけなく愛は散り去って行った。


「どうするのよ、もぅ」
どことなく漂うアルコールの臭いは部屋に染み渡ろうとしている。気持ちよさそうに気絶しているアインにブランケットを掛けてやるような情けは不要。

とりあえず、窓を開けてこの異様なピンク色の空気を外へ逃がした。
「…参ったわ」
お酒などほとんど口にしたことがないから、自分がどの程度強いのかがわからなかった。しかしこれは一般的に酔っ払っていると言ってもいいだろう。グラス1杯と口移しされたものでこんなに苦しくなるのだろうか。体が熱く、心臓が16ビートで動いている。できればアインをベッドから引き摺り下ろして自分が横になりたいが、この後始末をすぐにでもしなければパールNo.1のアインの部屋は、いつ教師や後輩たちが訪ねてくるかわからない。

仕方がない。

正気に戻ってからもう1発制裁を加えることを誓いつつ、ひとまずお酒類を机の引き出しに押し込み、床に散った飛沫もペーパーでふき取った。
さわやかな風がカーテンを撫でる午後、必死に友人の部屋の掃除をするなんて。
「アイン、覚えてなさい」
ほっぺをぺちんと平手で叩いても、幸せそうに眠る表情に変化はない。外から箒を使って扉を塞いでしまおうかと、ちらっと思った。



「はぁ~…」
そのまま自室に戻ろうとしたが、肝心のケーキを妹たちに食べさせなければならないことを思い出し、フィアは二人分のケーキを妹たちの部屋に届けることにした。別にハルカとの約束でもないし、そもそもアインとシズル姉妹の約束なのに、いらぬお節介かもしれない。
しかし、そもそもこんな目にあったのはケーキを作るというのが始まりだ。本来の約束を果たさなければ、酔ってアインにひどい目に合わされるだけ損を被り、何も得るものはない。

シズルにアインの居場所を聞かれたら、学園長のところにいるとでも言えばいい。
クリームがふんわりしている間にシズルたちの口の中に詰め込ませれば、もうフィアにこれ以上やるべきことはない。
遠くの方で終業のチャイムが鳴っている。当然、妹たちの部屋はまだ静かだった。


机にケーキを載せたお皿を置いて、堪らずそばにあるシズルのベッドに腰をおろす。アインのように楽しくなるような酔いのほうがずいぶんマシだろうにと思いながら、熱を持つ体と両手で押さえつけられたような頭痛にただ、ため息を繰り返すだけだ。
ひと目シズルかハルカの顔をみてから出て行こう。靴箱のラブレターのようにケーキだけが置かれただけでは食べずにアインを探すはずだ。酒乱女に可愛い後輩たちを近づけて被害に合わせるわけにはいかない。(もっともシズルは喜びそうだけれど)
鈍る思考回廊を何とか動かしていると、睡魔が襲った。
少しだけ。
扉が開く音と同時に目を覚ませばいい。それくらいの軽い気持ちで、フィアはベッドに横たわった。




『どないしよ…、ほんまにええんやろか?』
規則正しい寝息が、いっそう誘っているように感じた。正直言ってもう、見ているだけで十分ご馳走なのだが。
『ほんま、麗しいわ。アインお姉さまに負けず劣らず』
普段アインお姉さまが目を光らせているため、フィアお姉さまをマジマジと観察できないでいる分、ここぞとばかりにまず超至近距離で観察した。唇をあっというまに奪いたいのも山々だが、やはりちょっとでも潤いのあるキスを、と思うとちゃっちゃと終わらせたくはない。
『あぁ…たまらん。可愛らしい寝顔やさかい』
あまりに興奮して鼻息荒くしてしまいそうになるのをぐっと堪える。ベッドわきに膝を付いて、ずずっと近づいて、意味はないけれど指をほぐしたりして。
『では…心して。い、いただきます』
心の中で合掌をしたシズルは、艶かしく誘う唇一直線に自分の唇を押し付けた。



「シズル!!!大変よっ!アインお姉さまが下でみんなを……」

……
………
「でぇぇ~!!!!!!!!!!」
ハルカの叫ぶ声と、シズルにつまみ食いされていたフィアが目を覚ますのは、0.1秒の誤差だった。生憎、シズルはちょっと幸せボケをしていて、いまだフィアの唇をしっかりと覆ったまま硬直している。
「……」
「……」
『こら…あかんわ』
名残惜しそうに唇を放すと、ただならぬ殺意がシズルの瞳に飛び込んできた。
「…す、すんまへん。あまりにも麗しゅうて…その……魔がさしました」
シズルは精一杯微笑んで言った。流石にしれっと
『死んでいるんかと思って、マウスtoマウスをしていたところどす』
なんて言える訳もなかった。

「あ!あ~!!!あんたっ!フィアお姉さまになんてことしているのよ?!」

ぶっつぶす!

あまりの驚きに扉付近で腰を抜かしていたハルカがわなわなと拳を震わせながら、ドシ!ドシ!と床に穴を開けそうな足踏みで近づいてくる。
怒ったハルカなど普段のシズルなら微笑んで左に受け流すことが出来るのだが、フィアの殺気のせいで硬直してしまった身体は、心臓のリズムを正常値に戻してくれない。
「ちょぉ、ハルカさん。誘ったのはうちちゃいますよって」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!今こそ積年の恨み!!!!!」

どぉぅりゃ~!

奇声を発しながら教科書を武器に襲ってくるハルカ。
「シズル、お退きなさい」
いまだ身体がベッドに横たわったままのフィアは、シズルを片足で追い払うと優雅に立ち上がり、絶妙のタイミングでハルカのホッペを平手打ちした。
「落ち着きなさい。アインがどうしたというの?」
パシ!
綺麗に指の型が浮き上がるホッペ。
シズルは内心、
『これは間違いなく、あとでうちも同じ目に合うということどすな』
と覚悟をした。
どちらかといえばハルカは何の罪もないのに、先に叩かれるとは不運な友人だ。
「ア、…アインお姉さまがクラスメイトたちを怪しい顔して追いかけまわしているのを見かけたので、それで」
本当は文句を並べたいと顔に書いているハルカだが、これ以上わめいたらもれなくもう1発、下手したら2発は来る。本能的に危険と判断して素直に質問に答えるしかない。
「今、どこ?」
「見かけたのは寄宿舎の1階の廊下です。みんな、シズルを探しているのではないかって」
フィアは柄にもなく舌打ちをした。もちろんそれは酔っ払いのアインに対するものだったが、その音にビクッとなるハルカとシズル。
「そう。二人とも、アインを確保しにいくわよ。見つけ次第ここへ連れてくる。わかった?」
「「はい、お姉さま!!」」
なんだかよくわからないけれど、逆らうと危険だと耳の後ろ辺りで誰かが警告を鳴らしている。アインお姉さまもきっと危険な目に合う。そう察知したコーラル二人は、気のせいか千鳥足で走り出したフィアの後を追いかけるしかできなかった。
「あと、アインの生死は問わないわよ」
振り返り様に一言。
何やら第一の地雷はすでに踏まれた後なのだと、シズルは悟った。



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Date:2014/09/23
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