【緋彩の瞳】 寒いけれど、あったかい

緋彩の瞳

その他・小説

寒いけれど、あったかい

同じ失敗は2度もしない。

去年は完璧に忘れていた。

はるかのいじけようといったら、それはもう鬱陶しくて仕方がなかった。
駄々をこねるし、怒って口を利かないと思えば、ひっついて離れないし。
あんなのはもうごめん。
今年のカレンダーに早々赤丸をつけていたし、そのために買い物に出かける日にちもすでに設定していた。

最悪なのは、つめたい雨が降っていること。


この時期、冬ものクリアランスセールがどこへ行っても行われていて、レイの嫌いな人ゴミは普通の日よりも3割増しくらい。
それでも、出かけると決めたことを覆すと、プレゼントを買うこと自体を忘れる恐れがある。
寒い1月はなるべくじっと家にいようとするから、多少無理をしてでもやることはやらなければならない。だらけた生活をしたまま春を迎えてしまいかねない。
もっともそれを阻もうと押し掛けるみちると美奈がいるから、ここ数年はそんな事はないけれど。

「へっくしゅっ……」
デパートのメンズフロアで、はるかに似合いそうな春先に着られそうなセーターを購入。レディースも可愛いけれど、腕の長いはるかは、上品にメンズを着こなせる才能を持っている。
正直に言えばセール品にものすごくそそられたけれど、誕生日にそんな半額モノを買うわけにはいかない。厚手のセーターを渡したら、きっとはるかのことだから半額だったって気がつくだろう。だから、これからもう少し暖かくなれば似合いそうなものを選んであげないと、喜ぶ顔が100パーセントにならない。
「……へっくしゅっ……」
ついでに自分のためのものをレディースフロアでと思ったけれど、あまりの人の多さに萎えた。すでに冬ものは11月頃にみちると一緒に買いに行ったので、今さら困ってはいない。奪い合うような若い女の子たちの熱気の中に飛び込むほど、そこまで安いものを買いたいとも思わない。これが嫌でオールシーズンほとんど定価購入だ。美奈とは正反対。
デパートを出ても、人の通りは多かった。今日は1月の平均気温よりも低く、水道管が凍るかもしれないと昨日の天気予報で言っていた。それくらい寒い。むしろ痛い。
暑いより寒い方がまだいいけれど、だからって別に冬が好きというわけではない。
マフラーを巻きなおして、とにかく冷たい風をブロックしなければ。
それにしても、なんで雨なのだろうか。そして、この雨にもかかわらずバーゲンに繰り出す子たちの努力は真似できない。といいながらも、他人から見たらレイも同じ部類と思われても文句が言えないのだ。この時期に定価の物を買う方がきっと少ないだろうし。
「まったく~……へっくしゅっ…」
傘をさして、雨に紙袋が濡れないように気をつけながら、人込みをなんとかかわして歩いた。
傘が時々人にぶつかって、そのたびに雫が飛び散る。
ブーツの先に雨がしみてくる。
あぁ、皮なのに。
思いながら大きな通りまでやっとでて、電車なんて乗らずに迷わずタクシーに乗り込んだ。
「海王州」
みちるがいるのかいないのか知ったことではないけれど、一番温まるにはもってこいの場所。
とりあえず今日の寒さは身体によくない。
「へっくしゅ……」
「御客さん、風邪ですか?最近流行っていますよ」
話しかけてくるタクシーの運転手っていうのは、好きではないけれど。
「大丈夫です。……へっくしゅっ!……寒いですね」
身震いして腕をさすりながら、くしゃみをしてしまった恥ずかしさもあって、珍しくも愛想笑いで答えた。


「……はるか。いたんだ」
まぁ、みちるのマンションなのだから、いても悪いわけではないけれど。
「こら、レイ。雨が降っているのに買い物か?馬鹿、この寒い時に何してるんだ」
合いカギを使ってみちるのマンションに入ると、リラックスモードのはるかがいた。
みちるの気配はない。主がいないのになぜいるんだろう。なんて思ってみても、自分だって確認せずに来たのだから、まぁ意味はあってもなくてもいい。
「だって、バーゲンなんだもの……へっくしゅっ…」
バーゲンに興味がないけれど、堂々とはるかのプレゼントを買っていたなんて言うわけにはいかないし。雫にぬれたコートを脱ぎながら、プレゼントの紙袋をはるかから隠すようにソファーに置く。
「風邪引いたらどうするんだ」
引いたらはるかのせいだし。
そんなことを考えていると、しなやかな腕がレイを抱き締めた。
思っている以上に自分の身体が冷たいのか、とても温かい。
「大丈夫よ………へっくしゅ」
さっきから、ずっとくしゃみが止まらない。これはちょっと危険な信号。
「ほらもう。まったく、馬鹿なやつだ。風呂入って来いよ」
別に好きでこの寒いのに出回ったわけではない。
むっとしつつも、言い返す言葉が特に思いつかない。
別に謝らなければいけない理由もないので、黙ったままバスルームにおとなしく連行されるだけだ。
過保護なのは前世の頃から。
みちるも怖いくらいに過保護だけれど、こっちもなかなか手ごわいもの。
「風邪引きやすいんだからさ、こういう雨の寒い日にどうしても買い物に行きたいなら電話して来いよ。車出してやるのに」
「はるかが休みかどうかなんて、知らないし」
っていうか、プレゼントを買いに行ってるんだから無理でしょう。
急いでお湯を沸かしながら、ぶつぶつと怒られる。
レイは唇を尖らせて一応言い返した。
「冬は時間が取れやすいんだ。知ってるだろ?本当、馬鹿だな」
「うん。………へっくしゅっ」
ピピピとお湯張り終了の音が鳴ると、あっという間に服を脱がされて背中を押される。
「お願いだから、健康管理をちゃんとしてくれよ」
「………ふん」
温かいお湯を浴びながら、レイはその声には応えてやらなかった。
憎たらしいやつなんだから、はるかは。
プレゼントがなければいじけるし、買っても文句……というか、なんというか。
あとで、美奈に報告の電話をしておかなければ。
「へっくしゅっ!」
大きなくしゃみ一つ。身震い。

とにかく温まろう。
そしてみちるの温かい羽毛布団でゆっくり寝たなら、すぐに治るはず。

お風呂からあがってから、はるかの文句は20分以上続いた。



レイの靴とはるかの靴と美奈子の靴。
まぁ、土曜日なのだからこんなこともあるでしょうけれど。
何の連絡もせずに当たり前のように人のマンションに集合してくれて。
「ただいま。雨が降ってこんなに寒いのに、よく来たわね」
1人足りない様子。リビングでは美奈子とはるかが向かいあって何か話をしていたみたい。
「うん。みちる、レイちゃんが風邪引きかけてる。ベッドで寝てるわ」
「あいつってばさ、雨が降ってこのくそ寒いのに買い物に行っていたらしいよ。本当に世話の焼けるやつだ」
美奈子の声はさほどレイを責めていなくて、はるかは割と怒っている。
なるほど、そういうことね。
そう言えば、レイは去年の失態を繰り返さないようにすると、この間話をしていたから、たぶん、買い物っていうのはプレゼントのことで間違いなさそう。
「そう。早めに手を打てば大丈夫でしょう。見てくるわ」
あの子のことだから、格好悪いとか思ってさほど温かい格好をせずに買い物に行ったのでしょうけれど。


「レイ」
みちるのダブルベッドの真ん中に、髪の毛だけが見えている。顔も寒いのかしっかりとうずくまっていた。
「……みちる、お帰り」
少し赤くなった顔が、モグラのように出てきた。
「ただいま。大丈夫?」
「葛根湯飲まされた。あれ、嫌いよ」
嫌いと言いながらも、風邪の引きかけには一番。
レイにはよく効く。
はるかが強引に飲ませたのだろう。
「でも、熱を出してダウンするよりはいいでしょ?そんなことになったら、せっかくプレゼントを買っても後味悪いじゃない」
腰をおろしてこめかみにキスを落とす。
「みちるのキス、冷たい」
「あら、ごめんなさい。とりあえず、しっかり寝てすぐに治すのよ」
「はるか、うるさいの。ずーっとネチネチ怒ってた」
「心配しているのよ」
「……誰のせいで……へっくしょっ!」
「はいはい。子供っぽいはるかのせいね」
まぁ、これはどっちが悪いとも言えないことなので仕方がない。
額に手を当ててみても、まだ熱は出ていない。なんとか本格的になる前に対処できそう。
「みちる、今日はここで寝ていい?」
「どうぞ」
「はるかが怒っていても、みちるは味方でしょ?」
「まぁね。美奈子がいるのも味方を増やしたわけ?」
それはそれで、はるかが可哀想な気もするけれど。ただ、レイを心配しているだけなのだから。
「愚痴を電話でしていたら、勝手に来た。お腹空いたんでしょ」
「あぁ、そう。心配はついでなのかしらね」
「美奈、まだはるかのプレゼントを用意していないって。内心焦ってるみたい。またお金ないんだって」
「あの子は……まったく」
「手料理でごまかすとか言うから、それ、止めておいて」
今度はみんなお腹壊しちゃう、なんて。レイは笑いもせずに言う。
本当に笑えない。否定できないからみちるは頷いた。
「まったく、はるかは幸せ者ね。レイと美奈子にこんなに想われて」
両手を伸ばしてくるレイに応えて抱き締めてあげると、身体が冷たいと文句を耳元で言われた。これは文句と言うより、レイなりのコミュニケーションなのだけれど。
「まったくだわ」
「私のときは、何も買わないでね」
「うん。じゃぁ、ご飯作る」
サプライズ的なことを喜ぶはるかとは違い、みちるの誕生日は何も買わないで、その代り手料理でもてなしてくれる。みんなで1日24時間べったりと過ごすのが何よりのプレゼントなのだ。もちろん、はるかだって別にプレゼントが欲しいわけじゃない。ただ、去年みたいに忘れていたなんてことが何よりもダメージが大きくて、だからレイも気にして買い物に出かけたのだろうし。
「楽しみにしているわ。とにかく先にはるかの誕生日なんだから」
「念のために前の日に電話ちょうだい。買っても渡すのを忘れたら意味がないし」
「はいはい」
みちるの身体を抱きしめるレイの腕の力がいっこうに止まない。
みちるはだからきつくきつく抱きしめ返した。
「キスしてあげるから、もう放して。ご飯作らなきゃ」
「……へっくっしゅ!」
返事の代わりにくしゃみ。頬にキスして部屋を出た。
あとでまた、構ってあげないとね。


リビングではむっつりしたはるかがまだ、美奈子と向かい合っている。
「レイ、大丈夫そうよ」
「まぁ、ちょっと身体が冷えたんでしょう?熱が出るほどじゃないと思う」
美奈子はそれほど心配していない様子で、わりと調子よく笑っている。美奈子がそう言うのなら本当に大丈夫だと思えた。レイの些細な変化も美奈子は絶対に見逃さないのだから。
「一度、思い切り怒った方がいいんじゃないか?ダウンコート買ってやるって言ってるのに、分厚いのが嫌だっていって、寒いのにちゃんと厚着しないし。こんな雨が降って寒いのに、1人で出かけるし」
腕を組んだまま、はるかは冗談ではない口調で言い放っている。美奈子と向かい合っていたのはそれについて、なのかもしれない。
「そういうところに無頓着なのがレイちゃんなんだから。いいじゃん。ねぇ、みちる?」
レイだって、さすがにこんな寒い雨の日ならばじっとしているだろう。はるかだけがその理由を知らなくて、みちると美奈子がこんなに心配しようとしないことに、はるかが少し苛立っているのも無理はない。
「みちる、注意したか?あいつ、さっき何度も言ったのに聞く耳を持とうとしないんだ」
「言ったわ」
過保護なんだから。意見は真っ当なことだけれど。確かにレイはダウンコートなんて絶対嫌なんて言って、いつもロングコートなのだ。しかも中のセーターもしっかりと温かいものと言うわけでもない。
「まったく……。元気になったら、もう一度しっかり怒ってやる」
はるかがレイに勝ったところなんて見たことがない。同じことを想っているのか、美奈子は真面目な顔をしているのに、目は笑っていた。

“どうせその怒りだって、プレゼントを渡された瞬間、溶けて消えて、しまりのない顔になるんでしょ”


って。

きっと美奈子がはるかの機嫌を取って、怒っていることそのものを忘れさせてくれるでしょうけれど。
「はるかは幸せ者ね」
思わず呟いてしまう。
「……なんでだよ?怒ってるんだけど?」
美奈子がこらえきれずに、笑いだしてしまった。
「今にわかるわよ」
あと5日くらいしたら、ね。
「なんだよ、みちる?おい、美奈子は何で笑ってんだよ?」


その質問に答えられるのも、5日後になりそう。


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Date:2014/09/23
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