【緋彩の瞳】 崩壊前夜

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

崩壊前夜

旧サイトのキリ番



「静かね」
風も吹かない、雨も降らない、常にすべてが一定の優しさで作られたシルバー・ミレニアム。
もう慣れきったはずの環境なのに、やけに今夜は心にしみた。
「あら、起きたの?」
「えぇ。あなたの体温がないから」
バルコニーに出ていつものようにタバコを吸っていたヴィーナスは、その煙がマーズに掛からないようになるべく勢いをつけて遠くへと吐き出すと、手すりにこすり付けて火をもみ消した。
「まったく。ここで吸わないでよ」
「失敬、失敬」
素足で灰を蹴散らすわけにはいかず、ヴィーナスはとりあえず笑ってごまかしてみる。マーズもそれほど強く注意はしないでため息を吐くだけ。
「マーズ、ベッドに戻ったら?私もすぐに戻るし」
「…まだ、吸うの?」
「ん?あと1本だけね」
タバコを吸っていることを知っているのは、マーズだけだ。吸っている姿はあまり見せたくないのが本音。いや、でももしかしたら認めてもらいたいのかもしれない。
本当は、どうしようもなく弱い人間なんだって。
あなたに頼って、タバコに頼って、そうやって何か支えがないとまっすぐに立っていられない人間なんだって。
「はい」
地球国産の高級葉巻に火をつけようとマーズに背を向けたら肩を叩かれた。振り向くと人差し指から手品のように揺らめく炎。
さすが、火を扱う戦士。
「ん、ありがと」
肺いっぱいにこみ上げるものは、安らぎだとか不安を解消するような成分でもなんでもなく、虚しさだけ。
「げほっ…う、げほっ」
火を扱う戦士であるはずの彼女は、なぜだかタバコの煙に弱く、火が突いたとたん吐き出してもいないのに咳き込みだした。また、一歩二人の間が広がる。
「マーズ、部屋に戻ってなさいよ」
「ん…げほっ…ん…だ、大丈夫。待つ、わ」
といいつつ、背を向けて手で人工的に風を作る姿。矛盾した行動は、マーズらしくもない。
「冷えるわよ、そんな格好なんだし」
肺に入れた何かいいようもならない虚しさを吐き出して、そして罪を吸い込んで。
「ん…ヴィナ、あんたも大して変わらないわよ」
シルクの薄いガウン1枚だけで。
「…わかったわよ。もうやめます」
彼女も同じ格好で、はだけたガウンの中は当然何もつけていなくて。
愛してるを刻み付けた痕が、はっきりと白い素肌に見えている。
ゆっくりタバコを吸っていたい気持ちと、本当はこんなものに頼るほど弱くはないのにっていう言い訳めいた思いが交わる。だけど、目を擦って咳をこらえる彼女が傍にいるのであれば、吸うわけにもいかず。
だから、部屋に入って待ってろって言ったのに。
しぶしぶともみ消したタバコをバルコニーから放り投げた。
「いいの?明日ジュピターが庭であんなものを見つけたら騒ぎになるわよ」
「マーズのバルコニーから降ってきたもの。ジュピターも文句言えないわよ」
マーズを敵になんて、怖いじゃない?なんて言ったら、少し赤くなった瞳は怖いくらいにヴィナを捕らえる。
降参のポーズ。
「…ヴィナ、もう寝ましょう」
「…うん。うん、寝るよ」
何の変化もない、変化が訪れないこの王国のこのマーズの部屋のバルコニーから見える庭。
もう、数え切れないくらいこの景色を見てきた。朝を見てきたのに。
なぜだか今日は、心にしみてくる。
タバコを吸っても、マーズが傍にいても、ヴィーナスの瞳はこの景色を無意識に焼き付けようとする。
「ヴィナ」
珍しくマーズが背中を抱きしめてきた。
ひどく冷たい。冷えた体。
「…ヴィナ、何かあった?」
腰に巻かれた腕が離れないように、ヴィーナスはその腕をぎゅっと握り、もっと自分の背中にくっつくようにと引っ張る。普段こんなことをしたら、1時間は立ち上がれないくらいのビンタを食らうはずなのに。
「マーズも…、マーズもこの景色がしみる?」
「何?何か感傷に浸っているみたいだけど」
冷たい頬がヴィーナスの首筋を擦る。
甘えてくるなんて、マーズには似合わない行動だわ、と感じた。
でも、らしくないっていうのはお互い様かもしれないけれど。
「うん。なんだかね。わからないけれど。胸騒ぎっていうのかしら?変な気分なの」
変な気分なのは、マーズが甘えてくるせいかもしれない。
ヴィーナスの腰に回された両手は、ヴィーナスの素肌を愛でるように撫でる。
「マーズ?」
「…あなたにも、先見の力があるのかしら?」
マーズが微かに笑う声が耳に届く。その笑い方はとても自虐的に感じた。かすかだけれど、ヴィーナスにはそれが安易に判別できる。
彼女が何を想っているのか、何を考えているのか。そういうのを想うことが好きだから。
「マーズ。あなた、また隠し事?」
「まぁね」
白を切る声と、止まない愛撫。さっきまで散々愛した仕返しにしては切なく感じる。
「…そう。何も言わないままでいるのね」
「えぇ。未来なんて知らないほうがいいわ」
「そうかしら?先手を打てるじゃない」
「運命は決まっているわ。知ってしまうことを絶望だと想う人もいる。もっとも、私はそうじゃないけれど」
「…どういう……」
この心にしみる想いは、マーズが見せているのね。
愛撫を受けながらヴィーナスは目を閉じた。
何を考えているの?
何を想っているの?
そして、これから何が始まろうとするの?
未来がないというの?
どうしてあなたじゃなく、この風景を私の心に残そうとするの?
「…んぅ…」
めったにしてくれないのに。
艶めく漆黒の髪をわずかに掴んだヴィーナスは、そのままマーズに身体を預けて目を閉じる。
「ヴィナ、ベッドに行く?」
彼女の瞳を見つめることが出来なかった。




懐かしい風景だけが心を支配する。
瞳を閉じれば当たり前のように感じる。風もなく、季節もない、静かな世界。
王国中に響き渡る警報の音で目が覚めたとき、傍にあったはずの温もりはなかった。
「マーズ?!どこなの?!」
バルコニーから見える風景は、数時間前の面影などなく。
邪悪な闇に囲まれ、死に逝く王国の姿。そして、月の兵士たちの亡骸の中に見える赤いコスチューム。
「マーズ?!マーズ?!」


私たちに未来はないと言うの?


あの時、彼女に尋ねていたらどう答えが返ってきただろう。

あの、なんでもない静かな風景が目を閉じても耳を塞いでも、心にしみてくる。



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Date:2014/09/23
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