【緋彩の瞳】 君の知らない物語 ①

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

君の知らない物語 ①

「スズ」
スズには許嫁がいる。結婚というものがどれほど重たいものなのか、スズはよく知らないまま育った。小さいころからあらゆるお稽古事をこなし、淑女らしく、清楚に、そして良き妻になるようにと、とても厳しくしつけられ、そしてそれがごく当たり前のことだと思っていた。
両親がとてもお喜びになる、御立派な方の元へ嫁ぐということは、スズにとって両親への孝行であると信じていた。
「純平さん、ごきげんよう」
10歳も年の離れた純平さんは、お父様がとてもお世話になっている方の1人息子で、初めて会った時から、眼帯をして、顔の半分は赤黒くただれていた。子供の頃、火事に巻き込まれて顔に大やけどを負い、左目は失明してしまわれたのだ。5歳の頃、初めて会ったときにスズはとても怖いと思っていた。純平さんのことはその一つだけの瞳で見つめられることがとても苦手で、スズは彼がおじさまと一緒に遊びに来ても、あまり話したくはないと、いつも思っていた。10も離れた男の人より、同じ年の女の子たちと遊んだり、お稽古事の方がずっと楽しい。純平さん自身も、あまりしゃべる人ではなくて、口を閉ざし、ただ、じっとスズを見つめるだけなのだ。にこりともしてくれないのは、火傷のせいなのかはわからない。
「スズは今日、初等部の卒業式だったのだろう」
「はい」
5歳のころから毎年、純平さんはスズの誕生日に綺麗な着物をプレゼントしてくれていた。毎年3月になったら、わざわざ呉服屋さんに計測をしに行くのが恒例になっている。
「おめでとう。今日は君の誕生日でもある。呉服屋からも着物が届いているよ。開けて見ると良い」
「ありがとうございます、純平さん」
家に来ていた純平さんに言われ部屋に戻ると、いつもの呉服屋のマークの入った風呂敷が畳の上に置かれていた。スズは自分で着物を着られるようになったので、学校の制服を脱いで、着物に着替えた。毎年、こうやって純平さんに見せなければならない。お母様とお父様にそう言われている。スズの家はきっと、お金に困った暮らしではないだろうが、純平さんの御家柄は日本でもとても有名な一族というもので、純平さんの言うことにスズは、“はい”と言いなさいと、お母様とお父様に強く言われていた。よくわからないけれど、そういうもの、らしいから。
22歳の純平さんとスズ。スズが16歳になるのを待つよりも、スズよりも年上で素敵な女の人はこの街にたくさんいるのではないか、といつも思う。
スズは3番目に生まれた女の子だ。1番目のお姉さまは18歳で、去年嫁いでしまった。15歳のお姉さまはまだだけど、スズよりも純平さんに年齢は近いし、後1年で結婚できる。
それでも、なぜかスズなのだ。
純平さんが待っている応接室に一礼して入ると、いつもの右の瞳がスズを捕らえた。
「……いつもありがとうございます、純平さん」
「とても似合っているよ。スズは赤がとても似合う」
お稽古事のときに、純平さんからもらった着物を着るようにしている。そのことをお母様が純平さんに話したら、とても喜んでいただけたらしい。
スズがこうして、純平さんとお話をしたりお食事をしたりするのは、お母様やお父様がそうしなさいとおっしゃるからであり、それが嫌だという感情が湧かないからだ。嬉しいとか楽しいという感情も湧かない。

だけど、許嫁とは……結婚とはそういうものなのだと信じ切れないのだ。



「スズちゃん」
「ごきげんよう、正彦さん」
「昨日、届けたお母様のお着物はどうだったかな?」
「とても綺麗でした。いつもいつも、本当にありがとうございます」
呉服屋の息子正彦さんはスズより6つ年上で、スズの家族はいつも、この呉服屋さんで着物や背広を仕立ててもらっている。お姉さまの花嫁衣装もだ。
スズが小さいころからよく遊んでもらっていて、いつも正彦さんとお話をしていると楽しいと思える。もし純平さんがいなければ、スズは正彦さんのお嫁さんになりたいと、なんとなく思っていた。それが悪いことだとも思えないし、だからと言って純平さんとの結婚がものすごく嫌というわけでもない。
「結納式のお衣装も、もう出来上がっているよ」
「そうですか」
「もちろん、花嫁衣装も立派なものを作らせていただきますからね」
「正彦さんがではなくて、おじさまでしょう?」
「そうそう、うちの父が。でも、僕も多少は手伝ってるんだよ」
正彦さんとは楽しく話すことができるのに、純平さんはとても緊張感がある。会話というものをあまりしているという実感もない。言われたことに“はい”と答えるくらいの関係だ。週末、火川神社で執り行われる結納式、そしてその1ヶ月後の4月には、スズは結婚する。
「正彦さんは、もう二十歳を超えたのでしょう?」
「あぁ。21歳になってる。そろそろ、僕も若いお嫁さんを探そうかな、なんて。ただ、まだ修行の身だから、もうちょっと先になってしまうだろうな」
スズの学校のすぐ近くにある呉服屋は、お迎えの車を待つ間によく立ち寄っていた。6歳の頃から頻繁に顔を出している。スズにとっては、学校帰りの小さな寄り道は身体に染みついている習慣になっている。
「正彦さんは若いお嫁さんがいいのですか?」
「さぁ?どうだろうね。なんていうか……なんとなくだよ」
照れたように笑う正彦さんの横顔は、スズの小さな心臓を躍らせることがある。
怖いと思う。
でも、もっとその顔を見ていたいという気持ちになってしまう。スズが習慣的にこの呉服屋に顔を出すのは、たぶん正彦さんとこうやってお話をして、笑う顔を見たいからなのだろう。
だけどそれを、当の本人に知られたくないと感じるのはどうしてだろう。
誰にも知られたくはない。
特に純平さんには知られたくない。
いや、知られてはならない。
そんな気がする。
「スズに許嫁がいなければ、正彦さんのお嫁さんになれたでしょうに」
それは子供の冗談として、だけど精いっぱいの気持ちだった。
まだ、正彦さんのお嫁さんはいないし、姿もかたちも存在しないのに、見えない未来には間違いなくそう言う人が現れる。そうなって欲しくないという、変な嫉妬があるのはどうしてだろう。
結婚しないで、なんて思う気持ちはどうしてだろう。
「本当にそうだよ。僕がもっともっと立派な家に生まれていれば、スズちゃんをお嫁に貰えただろうか。あぁ、でも純平さんのような素晴らしい御家柄では、足元にも及ばないのだから」
「………呉服屋さんだって、立派ですよ」
正彦さんはスズくらいの若いお嫁さんが欲しいだけなのだろうか。
それとも、スズをお嫁に欲しいって少しは思ってくれたということなのだろうか。
それは都合のいい解釈であって、大人の正彦さんはスズをからかっているに違いなくて。
「そうかな?でも一生懸命、白無垢を作らせていただきますよ。スズちゃんが日本で一番可愛く見えるように、ね」
「……はい」
残念だと思う気持ちを顔に出さないように気を付けながら、スズは精いっぱい笑って見せた。
このよくわからない感情が恋だともっと早く気が付いていれば、純平さんとの結婚を辞めることができただろうか。
いや、この感情が芽生えるよりもずっとずっと前から、両親は純平さんとは結婚の約束を交わしていた。
スズの同意や感情だなんて、そんなものは結婚ということに不要なものなのだろう。


火川神社での結納式もつつがなく終え、結婚式を取り行われるのは1ヶ月後に迫った。その頃から、スズは純平さんの住む家に顔を出すようにと両親から言われて、学校が終わるといつもの自分の家の車ではなく、純平さんのお家の車が迎えに来るようになった。
時間よりも早く来て、スズを待ってくれている。だから、いつもみたいに呉服屋に顔を出すということも難しくなって、1週間以上、正彦さんとは会っていない。
待ち合い場を照らす太陽は空には見当たらず、どんよりと雲が厚く覆っている。
雨が降るかもしれない。そう思ったことが空に伝わったのか、大粒の雨が突然降ってきた。
3月の風と雨がスズを濡らし、おさげは雫を滴らせている。震えながら、スズは辺りを見渡した。車はまだ来る気配がない。
「スズちゃん」
「………あ、正彦さん」
「どうしたんだい?お迎えが遅れているのかな?」
「そうみたいです」
「じゃぁ、こっちにおいで」
いつも、会いたいと思いながら会えずに帰っていた間、その気持ちが伝わっていたのだろうか。
正彦さんも同じように思ってくれていたらいいのにと言う我儘は、子供じみているのだろうか。
「あっ」
腕をとられて、大きな黒い傘へと引っ張り込まれる。

その時、心臓が驚くように跳ねた気がした。






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Date:2014/10/14
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