【緋彩の瞳】 君の知らない物語 ②

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

君の知らない物語 ②

「とりあえず、濡れているのはよくないよ」
「ありがとうございます、正彦さん」
雫に濡れないように、彼はスズの肩を抱き寄せてくれた。傘を伝い滴る雫が肩に落ちようとも、それを気にすることもなく、見上げた横顔は凛々しいと思えた。
純平さんはこんな風に、スズに優しくしてくれるだろうか。きっと、お手伝いさんの人に傘を持ってきてもらうだろう。
「少し待っていて」
玄関先に置かれた火鉢で身体を温めていると、正彦さんは温かいお茶と手拭を持ってきてくれた。おさげに染みた雨を拭い、制服の上から手拭を押さえながら水分を吸い取る。
「助かりました、正彦さん」
「いいえ。お嫁さんになるスズちゃんが、雨に濡れるなんて。何かあったら大変だ」
柔らかく優しい笑みなのに、スズは同じように笑えない。
「……あの白無垢…とても綺麗」
開かれた襖の奥に、綺麗な花嫁衣装が飾られてあった。お姉さまが着たお衣装よりもずっとずっと綺麗に見えるのは錯覚じゃない。
「京都から取り寄せた反物でね。今まで作ってきた衣装の中で、一番高級で一番美しいと父が言っていた」
「凄く素敵。近くで見てもいいですか?」
「いいよ。濡らさないように、少し離れてなら」
スズは部屋に上がらせてもらい、そして雫などで真っ白なお衣装を汚さないように気を付けて、その美しい白無垢の花嫁衣装をじっくりと見た。
「………それは、君のだよ」
「え?」
「スズちゃんが結婚式できるお衣装」
「私の?」
「あぁ。純平さんもきっと、このお衣装を着たスズちゃんを見たら、お喜びになるだろうね」
「………そうでしょうか。私には、よくわかりません」
眼帯のあの人が、どれほど素敵な花婿衣装を着ていても、スズは喜ぶことなんてないだろう。そういうものだと思うだけだ。
「スズちゃんはまだお若い。これからゆっくりと愛を育んで行くだろうから、そんな寂しい顔をすることはない」
寂しいという想いなど、感じていないはずなのに。正彦さんは励ますようにスズの肩に手を置いた。
「結婚とは、とても大変なものなのですね」
「女性にとってはそうかもしれない。私は小さいころから父が花嫁衣装を作る姿をいつも見てきた。このお店でお衣装を作る方々は裕福な人ばかりで、御両親の決めた方と結婚されることが多い。中には望まない結婚だということもあったのでしょう。泣きながら、白無垢のお衣装を着るのを耐えている女性を何人も見送ってきた。涙を流す御両親もいれば、娘の頬を叩く人もいた。今は恋をして結婚をすることもあるとはいえ、やはり家柄というものは、恋などというものに汚されるべきではないのだろう」
スズはどうなのだろう。望まない結婚かどかなど、深く考えたりはしなかった。そう言うものだと思っていたし、母もそうだったのだと思っている。愛や恋というものは空想の世界であり、それと結婚は別の場所にあると思っていた。
「じゃぁ、呉服屋さんの正彦さんは?正彦さんは恋をしないのですか?どんなお嫁さんならいいのですか?」
何を知りたいのだろう。
どんな答えだったら、スズのこのもやもやした想いは消えてくれるだろう。
どうして、もやもやしているのだろう。
「僕?……僕は海王家や三井家のような御家柄でもない、街の呉服屋の息子だから、とてもお見合いなど無理だし、性分でもない。だから、愛しいと思う人と寄り添えたらいい。嬉しいと涙して、白無垢を着てくれるような人だったらね」
まるで、百人一首の世界のような恋をする相手と結婚をしたいと言っているように聞こえた。

あぁ、でもそれは何と素敵なことだろうか。
百人一首は悲恋や別れが多いけれど、もし、恋に落ちた人と添い遂げることができるのならば、それは喜びと呼べることなのかもしれない。
「素敵。正彦さんのお嫁さんになる人は、きっといい人ね」

そして、それはスズではない。

「でも、きっと僕は……やはり本当に好きな人をお嫁さんにもらうことはできないよ」
正彦さんは少しだけ寂しそうにほほ笑みながら、濡れたスズのお下げをそっと撫でるように指ですくった。

心臓がまた、踊るように跳ねた。

「どうしてですか?」
「僕が想い続けたその子は、後1カ月で名家に嫁ぐことが決まっている。うちで作った最高級の白無垢を着て。16歳の誕生日に」

それは、


このスズのことですか。



声に出そうとしたけれど、正彦さんにきつく抱きしめられて、スズは酷い眩暈のようなものを覚えた。

これは恋というのでしょか。
誰も教えてはくれたりしない。だけど、これを恋と呼ぶのだと、スズは思えた。心臓の高鳴りと身体の震えは心地がいい。
正彦さんの腕の中は、この生きてきた16年ほどの間で初めて胸がときめく場所だった。
この人なら結婚したいと思えた。
この人となら、幸せだと思える。
子供の心しか持たないスズには、その瞬間に芽生えた感情が全てだった。



スズは純平さんに結婚して学校を辞めてしまうまで、お友達となるべく多くの時間を過ごしたいと嘘をつき、お迎えの車を1時間ほど遅くしてもらった。本当は結納式より前に中途退学をするはずだったが、純平さんが、4月の挙式なのだからと学校に行くようにと勧めてくれたのだ。そのことに今は感謝をしている。
逢瀬はTA女学院の裏門を抜けて空き家を横切り、細い道の突き当たり。人の通りもなく、誰もそこにスズと正彦さんがいることなんて、気がついたりはしない。
スズも正彦さんも寒空の中、お互いに小さく肩を震わせながら、ただただ抱きしめあって、服の上からお互いの体温を感じるだけだった。
あまり何か想いを伝えようとすると、自分がもう結婚しなければならないということを思い知らされるだけで、そしてそこからは逃げられないのだと、認めなければならない。
「好きです」と言葉にしてしまえば、それが罪のような想いがした。
正彦さんも何も言ってはくれなかった。
スズのことが好きですか?とも聞けなかった。
どんな答えでも、現実を変えられるようなものではないと、正彦さんが一番よく知っている。涙を流しながら花嫁衣装を着た女の人を何人も見送ってきた正彦さんは、例えスズもそんな風に涙を流すとわかっていても、止めてくれはしないだろう。



相手が純平さんでなければ。
御曹司じゃなければ。







you'll never know how much I love you
関連記事

*    *    *

Information

Date:2014/10/14
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/371-6911e572
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)