【緋彩の瞳】 君の知らない物語 ③

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

君の知らない物語 ③


「純平さん、お帰りなさい」
繰り返される逢瀬。明日、スズは結婚式をあげて純平さんの妻になる。純平さんのお家に訪問するのは今日で終わり。明日からここに住むのだ。
お母様は結婚式の夜は必ず純平さんと一緒に寝るようにと言っていた。その言葉の意味することはわかっていたけれど、正彦さんと永遠に結ばれない想いが苦しくて苦しくて、そのことだけがスズの身体中に痛みさえ覚えるほどだった。
どんなことがあっても、正彦さんと結婚することはできないし、純平さんの妻になることは逃げられない。
最近、駆け落ちをするという人が話題になっているけれど、スズにはそんなことをする勇気がない。お姉さま方やお父様、お母様のことを想うといたたまれなくなる。
それに、純平さんのことが嫌いというわけではない。彼からひどい仕打ちを受けたことなど一度もない。
いつも無愛想のように見えるけれど、スズやスズの家族にとてもよくしてくださっている。
「スズ」
夕食の後、純平さんの書斎に呼ばれた。たくさんの本に囲まれたこの場所。純平さんは家にいるときの多くはここで過ごしている。
「これを君にあげよう」
「……はい」
小さな小さな小箱を差し出された。髪飾りかしらと思ったけれど、開いてみるとそれは指輪だった。
「左の薬指に付けるのだよ。赤い宝石が入っているだろう」
「…ありがとうございます」
光輝いた宝石は、海外から取り寄せたものだと教えてくれた。
「それは私のお嫁さんになるという証だ。嫌でなければずっと付けていてもらえるだろうか」
「わかりました」
スズは深く頭を下げた。純平さんはスズの下げた頭を撫でてため息を吹きかける。
「スズ。私を裏切らないでおくれ」
「一生、お供いたします」
スズは純平さんに付けてくださいとお願いをして、左の薬指に付けてもらった。
「………信じているよ、スズ。私には君がとても大事なのだ。私はこんな眼帯をして皮膚の色も変わってしまい、あまり表舞台に立てる人間ではない。だからスズ、君にはこれからも辛い想いをさせることがあるだろう。私には不自由のない生活をさせてあげることくらいしかできないが、くれぐれもよろしく頼むよ」
表情に変化のあまりない純平さんは、右の瞳でまっすぐスズを捕らえて離さない。
愛という感情を抱くことは、16歳のスズには早かったのかもしれない。
愛というものが、何なのかもわからないのだから、この右の瞳に込められた愛の強さを知ることなんて、出来やしなかった。



「スズちゃん」
その夜、スズは家の前まで車で送ってもらった後、走って正彦さんの知り合いの営んでいる宿屋へと向かった。完全に日が落ちて、ポツリポツリとしかない明かり。4月といえどもまだまだ夜は冷え込む。満月に照らされて、正彦さんが外で待っていてくれた。
「正彦さん」
「本当に来たんだね。来ないかもしれないと思っていたんだ」
「………これが最後の正彦さんとの約束事ですから」
スズはこの誰にも抱かれたことのない身体を、正彦さんに捧げたかった。
純平さんとは、これから一生寄り添って生きて行かなければならない。
だけど、スズが抱かれたいと思った人ではなかった。

ただ、一度だけ。

婚約者以外の人に身体を許すことなど、あってはならないことだと十分にわかっている。
正彦さんもスズもそれでも、そのただ一度だけの想いを最後に、この逢瀬を終わらせようと約束したのだ。正彦さんが言いだしたのではない。スズがそう望んだ。
「本当に……いいんだね」


「スズはあなたが好きです。どうか、私を抱いてください」

もう、一生こんな想いを口にすることはないだろう、
そう思うと切なくて苦しくて、涙があふれて止まらなかった。

純潔を貫く正彦さんの背中を抱きしめて、スズはこのまま死んでもいいと思った。
初めての口づけも、初めての行為も、この人でよかった。そう思えた。
吐息が触れ合う距離で微笑む正彦さんの顔を、一生忘れないだろう。

そして、その日が正彦さんと会う最後の日になった。


豪華な白無垢に身を包み、結婚式は予定通りに行われた。ずらりと並ぶ人々の眼差しを受けながら、この白無垢を着るスズの身体はもう、真っ白ではないのだということが心苦しかった。
それでも、今日の夜から純平さんの家での生活が始まる。

「………何、これ」
2人のための寝室。スズは左の指輪をはめた指に何か違和感を覚えた。赤くなっている。うっ血しているのだろうか。ゆっくりと指輪をずらしてみると、そのあたりだけが血で染められたように赤い。
「……体質に合わないのかしら」
痛いという感じもない。スズは指輪を外すわけにもいかず、見て見ぬふりをした。
「純平さん」
「スズ」
「ふつつか者ではございますが、これから純平さんのお傍で支えて行きますので、どうぞ、よろしくお願いいたします」
寝間着姿の純平さんの傍に正座して座り、スズは頭を下げた。昨日、正彦さんに抱かれた身体はもう純潔を失ってしまっているけれど、それでもこの人の妻になって、一生を捧げるということに変わりはない。
望んでいるということではないが、まだ16歳のスズには、この道以外を通る術を知ることもできないのだ。
「………スズ、君は私を裏切らないと言ってくれたね」
「はい」
「その指が赤いのはどうしてだ」
「……少し、指輪でかぶれてしまったようです」
「本当か?」
「はい」
ひとつだけの右の瞳がじっとスズを捕らえる。スズも見つめ返した。動揺を見せないように。
「それは、私を裏切らないという大切な証なのだ」
「はい」
「…………見てくれの悪い私も、私なりに君を大事だと思っていたのだよ」
「ありがとうございます」
左目を失い左の顔面の皮膚を火傷の痕で変色してしまっている純平さんは、怒っているとか楽しそうとか、あまりそういうことが良くわからない。
だけど、今、純平さんは悲しんでいるのではないか。
そんな風に思えた。
「まだ若いスズを失いたくはないのだ」
「……どうされたのですか?」

純平さんの澄んだ右の瞳から、大粒の涙が一粒こぼれた。

「君にあげた指輪には、まじないをかけてあったのだ。私の愛する君が、どうか私だけを愛してくれるように、と」
まじない、と言われてもよくわからない。それは願いとは何が違うのだろう。
「純平さん?」
「裏切らないでくれと、お願いしたはずだ」
「……はい」
「私以外に、好きな男が出来ても仕方がないだろう。私は君よりも10も上なのだ。まだまだ若いスズが、面のいい男に憧れを抱くことがあっても、多少は目を瞑ろう。幸い私には片目しかないのだ。それくらいなら見えないということにしておいてもいい。そう思っていたのだ」

純平さんは、スズが正彦さんを好きだということを知っている。
知っていたのだ。そして、知らないフリをしていた。

スズは視線から逃れてうつむいた。何も言い訳などできない。
心は正彦さんの元へ置いてきてしまっている。


「スズ、君は……昨日の晩、誰かに抱かれたのだろう?」


裏切りませんと誓うための指輪が、どうして結婚式前夜に贈られたのか、その時初めてスズはわかった。
純平さんは何もかもをわかった上で、スズを試したのだ。
そして、スズは裏切った。

夫に捧げるべき純潔を、恋焦がれた正彦さんに捧げた


罪を犯した







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Date:2014/10/15
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