【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ②

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ②


「レイちゃん?」
壁伝いに自室に戻り服を着替えていると、裏庭から亜美ちゃんの声がした。嘔吐をして気がめいっていて、連絡を入れるタイミングをすっかり逃したままだったと、今、思いだした。
「亜美ちゃん」
「……レイちゃん」
部屋の襖をあけると少し息を切らした亜美ちゃんが、レイの顔を見て驚いた表情を見せる。
「どうしたの、レイちゃん」
「ごめんなさい。相談したいことがあったんだけど……とりあえず、座って」
レイはシャツのボタンを留めながら、亜美ちゃんを部屋に招き入れた。
左の薬指にかすかな違和感を覚える。でも、何も変化はなかったから、ただの被害妄想なのだろう。
「顔色、悪いわ」
「……ちょっとね。それよりごめんなさい、お勉強の時間を奪ってしまって」
「そんなこと、気にしないで。何かあったのでしょう?」
とても心配そうに顔を覗きこんでくれる亜美ちゃんの優しさを、やっぱり利用しているのではないかと思えてきた。どんなことがあっても、亜美ちゃんの気持ちには応えられないって言い放ったのはレイなのに、こんなときに一番に頼るなんて。
「………いきなり、女の人が現れて…」
それでも、レイはさっきの出来事をできるだけ詳しく説明した。彼女がどこか別の場所に助けを求めに行っていたとしても、もし亜美ちゃんが助ける術を導き出してくれるのであれば、夜が明けるまでに探し出して、助けられるかもしれない。


そう、思いたくて。



「それは、本当に呪いなのかしら?」
「わからない……私はあまり、怨念というか、そういうものや、霊的な何かを感じることが出来なかったの」
亜美は青白い顔のレイちゃんから、呼び出した事情とその体調の悪い原因を説明してもらいながら、持ってきていたパソコンを指令室のデータベースと繋いで検索をかけていた。もちろん、データとしては何も見当たりそうにない。地球外の生物の飛来という感じもないようだった。
「レイちゃんがどうしようもできないのに、その手のことを私たちで何とかするということはできるのかしら」
「うさぎのヒーリングとかが効果あるようにも、全然思えないわ」
「そうね……。一番いいのは、その自称占い師という人を見つけ出して、どれくらい真実味があるのかを聞きだすことでしょう」
「どこの誰というのを調べるには、無理があるわ」
膝を抱えてうずくまる、艶のある黒髪。亜美はそっとその髪を指で絡みとった。
深い意味はない。
ただ、彼女を好きだと思うから。
「………あの人の死相は…あれはもう……」
「死相は消えることはないの?」
「私の知る限り、よほどのことがないとそれは無理だと思うの。身体に染み渡るようにあった赤い痣のせいなのか、それとも、彼女の定められた寿命なのかはわからない」
亜美が髪を撫でるのを居心地悪そうにしながら、それでもレイちゃんは止めてとは言わなかった。その優しさはとても残酷で、レイちゃん自身を傷つけ、亜美を息苦しくさせる。
「その女性の名前も聞いていないのね」
「えぇ。でも、知りたくなかったわ。聞いてしまって、忘れられなくなったら嫌だもの」
その人はきっと死ぬのだろう。レイちゃんはそれをわかっていて、それでも何もできないことを簡単に受け入れられないでいる。
亜美にできることなど何もない。だけど、頼ってくれてうれしかった。
亜美1人だけを呼んでくれて。
「みちるさんの鏡を使わせてもらおうと思っても……今、日本にいなかったわ」
「………そう。確か、ウィーンだったわね」
「えぇ」
レイちゃんがみちるさんに恋焦がれる想いは、亜美がレイちゃんに想いを寄せる感情とは違って、あまりにも何も求めなさ過ぎて、儚くて痛々しい。好きだと言うことを認めることもせずに、ただ、想う。無自覚に焦がれては、なぜそう言う想いをしているのかさえわかっていない。

想いを口にせずに、最初からあきらめている



本当にその名が似合う

「お役に立てなくて、ごめんなさい」
「ううん。こっちこそ、変な相談をして悪かったわね。新手の敵の仕業というわけでもなさそうだから、私たちがどうしても、何かしなければならないことでもないもの」
それでも、優しすぎるその心は見ず知らずの人の死を背負い、嘆き悲しむのだろう。

この愚か者を救ってあげたいと願っても、その瞳が亜美に向けられることは永遠にない。
そんな彼女だからこそ、淡く愛しいと思えるという矛盾のループから、いつになったら抜け出せるのだろうか。






あれから、新聞にあの女性が死んだというような記事は見つけられずに3日経過した。人の死が必ず新聞に載るとも限らないし、それだけで生きているという確証が得られたと言うわけではないが、レイは気休めでもいいから、確認せずにはいられなかった。
「レイ」
「みちるさん。おかえりなさい」
昨日の夜、みちるさんから連絡が入り、無事に仕事を終えて帰国したことを教えてくれた。クラウンのいつもの席にはレイだけがいて、仲間はまだ来ていない。
「ただいま」
広いソファーの隣に腰を下ろしたみちるさんは、さらりとレイの髪を指に絡ませて子供をあやすように笑みを見せてくれた。
「どうだった?」
「いつも通り、ね。小さいホールでも歴史のある場所で演奏をして、色々と勉強になったわ」
「そうなの。本場だものね」
音楽史に疎いから、レイは正直よくわからない。だから、みちるさんの楽しそうな笑みに返すのは、その笑みを見て楽しいって思える気持ちしかない。
「レイは?変わりなくて?」
「えぇ……いつもと変わらない、平凡で平和な日常だったわ」
そんな平凡がずっと続けばいい。誰も苦しまない世界が永遠にあればいい。ようやく全ての戦いから解放されたのだから、毎日積み重ねる平凡ほど愛しいものはないと思わずにいられない。
「それはいいことね」
みちるさんはストレートティと、今月から始まった期間限定の洋ナシタルトを注文した。
「何日か前、連絡くれたでしょ?あの時、何かあったの?」
「え?……あぁ…」
解決の糸口を求めてみちるさんの通信機を鳴らしたのは、あの日だった。レイはどうやって言い訳をしたのだっただろうか。思い出せない。あのあと亜美ちゃんが来て、予備校に間に合わなくて、家で一緒にご飯を食べてから帰って行った。あの夜から、あまり深く眠れないでいる。
「何か、切羽詰まったような感じだったわよ」
「そう?」
みちるさんの視線から逃げるように顔をそむけると、頬を引っ張られた。年齢も変わらないのにこうやって子供扱いされるから、もっと幼い子みたいに演じた方がいいのかな、なんて考えたくなってしまう。
「こらぁ、レ~イ」
「何にもなかったけど、なんとなく」
「ウィーンいるっていうことを、忘れていたの?」
「いつ出発とか、そのあたりまではちゃんと聞いていなかったの、ごめん」
「……もぅ」
引っ張られた頬を解放されたら、ちょうどみんなが入ってきた。同じタイミングでみちるさんの注文したケーキセットが来て、おいしそうだ!と十番高校組が輪になる。
「レイちゃん」
輪に入らなかった亜美ちゃんが、レイを睨むように見つめてきた。レイの隣、みちるさんの反対側に腰を下ろすと、耳を貸してと腕を引っ張られる。
「新宿で怪奇現象的な…変な事件があったらしいの。ちょっとだけ、話し、いいかしら?」
「………まさか」
久しぶりに会うみちるさんの顔を見ていたいという想いは、亜美ちゃんのレイを心配している表情には敵いそうにない。
「まだ、わからないわ。指令室に」
「……えぇ」
亜美ちゃんは何も注文せずに、すぐに席を立ってパーラーを出た。
「ちょっと、ごめん。ゆっくりしてて。また上がってくると思うから」
「え?何?来たばっかりじゃん」
レイは紅茶を飲み干すと、亜美ちゃんを追いかけるように立ち上がった。うさぎはみちるさんのタルトをつまみ食いしながら、頬を膨らませている。
「ちょっとね」
鞄を手に取ろうとすると、しなやかで白い手に邪魔をするようにレイの鞄を横取りされた。
「みちるさん?」
「せっかくレイと待ち合わせして、お茶しているのに。一体何なの?」
「ちょっと、亜美ちゃんに調べてもらっていたことがあってね」
不満そうな顔に、今度は幼稚っぽくじゃなくて、落ち着いた笑みを見せてみる。
「今?」
「すぐよ。資料をもらったらまた帰ってくるから」
「……何か、隠してない?」
「隠すって。ちょっと、うちの学校で欲しい資料を探してもらっていただけ」
口から出まかせって案外簡単にできるものね、なんて自分で自分を褒めながら、鞄を奪い取ってレイは席を離れた。
「レイ」
「………何でもない」
じっと様子をうかがっていた美奈の視線は戦いのときに見せるものと同じで、無視をすることを許してはもらえない。
「必ず報告しなさい」
「………考えさせて」
横を通り過ぎるその数秒だけで交わされたそれだけで、レイはやはりこの人には敵わないと思い知らされる。いつでも何もかもを見抜かれているようで、怖いとさえ思えるくらい。




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Date:2014/11/02
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